写真左からBitStar代表取締役社長執行役員CEOの渡邉拓氏、M&Aクラウド代表取締役CEOの及川厚博氏
写真左からBitStar代表取締役社長執行役員CEOの渡邉拓氏、M&Aクラウド代表取締役CEOの及川厚博氏
  • エンタメ業界で「単一事業の会社」は顧客から選ばれない
  • M&Aの高値づかみ、避ける方法は組織体制を含めた「仕組み化」
  • M&A後の事業と組織の計画は、“プレディール”で期待値調整
  • M&Aでの離職者ゼロ──仕組み化と組織化のPMI
  • M&Aに挑戦できるかどうかは、将来の描き方で決まる
  • 自由な発想で大きな絵を描きつつ、「悲観のシナリオ」も忘れずに

M&A(合併と買収)と資金調達のプラットフォームを運営するスタートアップ・M&Aクラウ​​ド代表取締役CEOの及川厚博氏が、M&Aを経験したスタートアップ、事業会社、VCへ「M&Aは『グロース』と『ハピネス』をデザインできるか?」をテーマに話を聞く本連載。第3回は、YouTuberやTikTokerといったクリエイターの支援事業、SNS向け動画コンテンツの制作・運用支援事業を手がける、BitStar代表取締役社長執行役員CEOの渡邉拓氏との対談の内容をお送りする。

及川:BitStarさんは今まで何件、M&A(合併と買収)していますか。

渡邉:大きなところでは、2021年にファッションD2Cブランドを手がける2社、2022年に動画事業展開のViibarさん(現VideoTouch)が運営していたコンテンツプロデュース事業を譲受しました。その他メディアの譲受等、比較的小規模なM&Aも含めると8件あります。

及川:未上場でこれだけ活発にM&Aを実施しているスタートアップは、他にAnyMindさんくらいじゃないでしょうか。創業後、かなり早い段階から取り組まれていますよね。M&A戦略について、全体的にご紹介いただけますか。

渡邉:小規模なM&Aを始めたのは、創業4年目の2018年ころからです。当社のM&Aの目的は、一言で言うと「事業ポートフォリオの強化と拡充」です。「クリエイターエコノミーを代表するプラットフォーマーになる」という中期目標を達成するために、M&Aは必要不可欠な打ち手だと考えています。

現在、当社事業のコアになっているのは、YouTuberやTikTokerを中心としたクリエイター支援とコンテンツ制作です。ソーシャルメディアの普及によって、僕らが「ミドル以下」と定義している50万フォロワー以下のクリエイターが爆発的に増えた一方で、収益化に苦戦する人たちも多くなっています。

そこで当社は「世界中に眠るすべての情熱が、スポットライトを浴びる社会を実現する。」というビジョンのもと、フォロワー数の少ないクリエイターでもマネタイズできるよう、さまざまなサポートを提供しています。

及川:広告主の企業起点ではなく、クリエイター起点でサービス展開されているのでしょうか。

渡邉:両方手掛けていますが、どちらかというとクリエイター起点が多いのが当社の特徴です。クリエイターと広告主をつなぐエージェント事業を核に、クリエイターのマネジメント、動画以外のマネタイズ手段を持ちたいクリエイター向けのD2C支援やその他活動のプロデュースなども展開しています。企業のニーズに合わせ、当社が主体となり、ソーシャルメディアコンテンツを制作・運用する事業もあります。

エンタメ業界で「単一事業の会社」は顧客から選ばれない

及川:BitStarさんは早くからポートフォリオ経営を進められてきました。スタートアップ界では、最近でこそ「マルチプロダクト」を推す風潮が来ていますが、ちょっと前まではむしろ「事業を絞れ」「ワンプロダクトでやれ」というのが主流だったと思います。

渡邉:エンタメ業界では、単一事業の会社は顧客から選ばれなくなっていく傾向があります。クリエイターから見れば、広告タイアップもマネジメントサービスもD2C支援のサービスも、ワンストップで提供してくれる会社の方が付加価値は高いですよね。実際、単一事業の企業は撤退したり、ピボットを余儀なくされたりしているのも目にします。

ですから、クリエイターやクライアント企業に提供できる価値を最大化し続けることが、業界でプレゼンスを築いていくカギになると考えています。そこで、まずは隣接領域から事業のカバー範囲を広げていく手段として、M&Aにも取り組んできました。

及川:未上場スタートアップがM&Aを進める場合、自社の既存投資家との合意形成も1つのハードルになりそうです。

渡邉:事業戦略の中でM&A戦略全体をどう位置付けているのか、その中で個社ごとのM&Aにはどんな意義があるのか、グループに迎えることでどれだけの業績アップが見込めるのか──このあたりの説明は当然求められますし、鋭い質問も飛んできます。

ここ1年くらい、比較的大きなM&Aにも取り組むようになり、自分自身も社外取締役や投資家の皆さんにだいぶ鍛えられました。僕は学生起業後に別のスタートアップで新規事業の立ち上げを経験し、その次がBitStarの創業と、スタートアップ界にどっぷり浸かってきた人間ですが、ここに来て大人の経営を学ばせていただいています。

ただ、最近は投資家の皆さんにとっても、これまでの実績が安心材料になっていると思います。M&AしたD2C事業の売上はジョインから2年で約2倍、コンテンツ事業は1年弱で約1.3倍になっていますから。

M&Aの高値づかみ、避ける方法は組織体制を含めた「仕組み化」

及川:何がそれだけの急成長を可能にしているのでしょうか。

渡邉:M&A以前に自社内でも事業間でシナジー創出を追求してきた経験や、今まで培ってきた経営のノウハウを応用できたことが大きいと思います。

及川:やはり、そこですか。M&Aで高値づかみと言われるようなケースでは、特にクロスセルの部分で、事前に想定した効果を挙げられていないことが多いんです。そうした場合、そもそも買い手の社内でも、クロスセルがうまくいっていなかったパターンが多いのかなと。BitStarさんがクロスセルで成功してきた秘訣は何でしょう。

渡邉:これは組織体制を含む「仕組み化」に尽きると思います。僕はエンタメ業界には珍しい理系出身で、物事を構造的に考えるタイプなんです。号令だけ掛けても、現場がなかなか動かないケースってありますよね。そんなときは組織をガラッと変えてみたり、インセンティブをつけてみたり。まずはアクションを起こし、PDCAを回すことを積み重ねてきました。

たとえば、最近は「ショート動画」(スマートフォンでの視聴を前提とした短尺の動画)のニーズが伸びており、当社でも注力領域として、部門間連携を促してきました。ところが実際には思うように進まず、聞けば現場にはそれぞれの事情があるんです。営業にとっては、通常のYouTube動画の方が売上単価が高いので、ショート動画を売るインセンティブは弱い。コンテンツ制作のプロにとっても、スマホで簡単に作成できるショート動画には、作る意欲がわかない。

そこで、これは仕組みから変えるしかないと。既存の組織との機能の重複にはいったん目をつぶり、各部門からショート動画の担当者と機能を集めて、新組織をつくることにしました。新規事業の立ち上げが得意な役員をショート動画領域のトップに置いたところ、四半期ベースで倍々で成長したんですよ。

及川:その決断をした渡邉さんもすごいですし、担当役員の方のリーダーシップも強いですね。

M&A後の事業と組織の計画は、“プレディール”で期待値調整

渡邉:同じように、M&Aでジョインする会社に対しても、全社レベルのプロジェクト体制で支援しています。関連事業部ごとに窓口を置いたり、ショート動画のケースのように専門組織を立ち上げたり。都度、最適な手法を検討します。

及川:さらりとおっしゃいましたが、各部門からリソースを集めるのって大変なことですよね。各担当者個人、それから所属組織の目標設定にも関わってくるのではないでしょうか。

渡邉:大変です(笑)。ただ、当社はバリューの1つに「団結する。」を掲げていて、全社に浸透していることが力になっていますね。各責任者とのすり合わせができれば、あとはだいたい回っていきます。

及川:MBO(Management By Objectives、目標管理制度)やOKR(Objectives and Key Results、目標と主要な成果の設定による目標管理手法)の見直しなどは、M&A後に突貫工事をするのですか。それともM&Aのクロージング前から準備するのでしょうか。

渡邉:クロージング前から、両社で事業計画と組織計画をつくっていて、そこにはBitStar側の担当部門トップも参加します。現場が動き出した後、都度見直していく必要はありますが、それは双方織り込み済みです。

一番怖いのは、後々になって「両思いだと思い込んでいたけれど、実は初手から期待値がずれていた」というケース。M&Aの成約前に、いったん詰められる部分は詰めておくようにしています。

M&Aでの離職者ゼロ──仕組み化と組織化のPMI

及川:吸収合併、子会社化、事業譲渡など、M&Aのスキーム検討についても伺いたいと思います。一部のスタートアップの買い手からは「会社ごと買うと、IPO(Initial Public Offering、新規株式公開)時の監査で引っかかるリスクが増えそうで怖い」との声も聞こえてきます。

渡邉:あくまで事業ファーストで判断しています。当然、IPO時期や売り手企業の成熟度によってはリスクにもなりえますが、しっかりとDD(Due Diligence、M&A対象会社の事前調査)をした上でリスクがあれば、お互いでそれを認識しあって対応していくことが大事です。

BitStarの例で言うと、D2Cはもともと社内で取り組んでいたとはいえ、事業としては若干飛び地的な領域です。そういう場合は、新たな仲間はグループ会社としてまるごと迎える。逆にBitStarのD2C部隊も、将来は別会社化した方が動きやすくなるかもしれません。

一方、広告エージェントやコンテンツ制作は、当社のコアをなす事業で、売上も人数規模も大きい。ここにジョインしてくる部隊については、どこかの段階で一体化した方がシナジーを出しやすくなる可能性もあると考えています。

及川:昨年、Viibarさんから譲受したコンテンツプロデュース事業がまさにそのケースですね。これまでで一番大型のM&Aだったと思いますが、PMI(Post Merger Integration、M&A後の経営統合のプロセス)はどのように進められたのですか。

渡邉:いわゆる「100日プラン」を実行しました。3カ月間のうち、ざっくり前半は「経営」と「業務」、後半は「組織」と「意識」の融合を進めたかたちです。タスクごとに双方の幹部陣が対等な人数ずつ参加し、全体プランに沿って動かしてきました。

及川:その成果が「1年弱で売上1.3倍」になったわけですね。

渡邉:Viibarさんから迎えた部隊は、16人の大部分が制作系の人材なんです。そこにBitStarの営業機能を掛け合わせたことで、早いタイミングでアップセルにつながりました。一方で、先方のプロデューサー陣は実力者ぞろいで、切磋琢磨してBitStar側のレベルを引き上げてくれています。職種の定義や評価基準については、BitStarの方でもブラッシュアップの機会になりました。

今では完全に組織も一体化していますが、M&A起因による退職者は1人も出ていません。PMIとしてはうまくいったのかなと思います。D2C事業も含め、今までM&Aで辞めたメンバーはいないですね。

及川:BitStarさんの柔軟な受け入れ姿勢があったからこそですね。100日プランでは「意識」の融合も図ったとのことですが、BitStarさんには熱狂的と言ってもいいような、熱いカルチャーがあると感じています。社員総会などには、M&Aでジョインした皆さんも参加するのですか。

渡邉:参加してもらっています。グループにいる意味って、僕は究極的には人間関係をどれだけ構築できるかだと思っていますから。横のつながりをつくれる機会は、意識的に設けています。

社員総会も進化させていて、直近の回は全体的にインタラクティブに進めました。一方的な発信は全社戦略と新ビジョンの説明くらいにとどめ、残りのプログラムはほぼグループディスカッションに費やしました。そうしたら、参加者の満足度が2倍弱に爆上がりしたんです。

一方的な発信はオンラインでもできるので、全員がリアルに顔を合わせる貴重な機会は、双方向のコミュニケーションをベースに、BitStarグループとしてのカルチャーをつくっていくために使うべきだなと思いました。今後ますます重要になる部分だと思っています。

M&Aに挑戦できるかどうかは、将来の描き方で決まる

及川:M&Aの活用に関心を持つスタートアップも最近は増えてきた一方で、実際にはなかなか踏み切れないものです。BitStarさんはなぜ実行できたのでしょう。

渡邉:当社の事業の核には、「クリエイターエコノミーの活性化を通じて、社会にインパクトを与えたい」という強い想いがあります。創業時から、10年で売上100億円、次の10年で1000億円という大きな目標を掲げており、そのためには毎年30%以上という高い成長率の達成が求められます。そうなると、オーガニックで可能な成長率との差分は、新規事業の創出かM&Aで埋めるしかない。長期ビジョンから逆算したときに、M&Aが必要であることは明白です。

実際、DeNA、サイバーエージェント、ソフトバンクなど、メガベンチャーはみんなコングロマリット化していますよね。特にM&Aは縁次第ですから、機会があれば取り組みたいと考えてきました。

及川:M&Aをやり始めたころは、どんなフェーズだったのでしょう。すでに黒字化している事業もあり複数事業化も軌道に乗ってきた、といったところでしょうか。

渡邉:軌道に乗るところまでは至っていませんでしたね。当社の事業は、広告エージェント事業以外はすべて、短期で収益化するのが難しいものばかりなんです。ただ、長期的にクリエイターやクライアント企業から選ばれる存在になるためには、今は隣接領域に張っていくことが必要な時期だと。

マネジメント事業など、立ち上げ時は僕らが学ぶ立場でもあるのでマージンなしでやっていましたから。赤字を掘りつつ、将来の成功を信じて基盤をつくっている時期でした。

及川:その段階でM&Aを実行したのは、本当にすごい。仕組み化を追求する論理性の裏には、熱いロマンをお持ちなんですね。昨今、スタートアップにとって厳しい市況が続いていますが、IPOについてはどうお考えですか。

渡邉:BitStarとしてIPOをどう位置付けるか、ここはかなり社内で議論を重ね、考え方を整理してきました。結論、当社が売上100億円、1000億円レベルの企業になるために、IPOは1つの選択肢だと。

長期で見れば、クリエイターエコノミーにはまだまだ伸びるポテンシャルがあります。IPOというイベントで大型の資金調達を行い、投資をますます加速して成長スピードを高めていく──これが本来、一番望ましいシナリオです。

とはいえ、外部環境はコントロールできませんから、悪条件の下でも評価される企業になっていきたいと考えています。現状はコストの見直しやROI(Return On Investment、投資収益率)の精査を進め、生産性の向上や投資の最適化を図りつつ、IPOの好機を待つ。ある程度の資金調達につながるIPOでなければ、当社にとっては実施する意味が弱いととらえています。

自由な発想で大きな絵を描きつつ、「悲観のシナリオ」も忘れずに

及川:今後、新たにM&Aに取り組みたいと考えているスタートアップに向けて、アドバイスをお願いします。

渡邉:買い手にとって、僕が特に大事だと考えているのは、「悲観のシナリオ」を持っておくことです。相性のよさそうな候補会社と出会えると、互いに気持ちが盛り上がるものです。一方では、できるだけ自由な発想でシナジーの可能性を探り大きな絵を描きつつ、頭のもう半分では、要所要所で悪い方に転んだ場合の展開も想定しておく。高値づかみを避けるためには、冷静なシミュレーションが不可欠です。

売り手が何を求めてM&Aしようとしているのかを見極めることも大切です。M&Aを希望する売り手は大きく分けると、会社が成長の限界を迎えているケースと経営者が利確してイグジットしたいケース、この2つだと思います。

後者の場合、買い手は売り手企業の経営者がそれまでに得た経験値抜きで、企業や事業のガワだけ引き継ぐことになるわけです。社内にノウハウが蓄積されている事業領域であればそれでも回していけるかもしれませんが、今後どこまでの成長が見込めるのか。 創業者がいなくても回るビジネスであれば、そもそも参入障壁が低いということではないか。こうした点は、十分検討した方がよいと思います。

ちなみに、当社のM&Aでは基本、経営者に残ってもらっています。それによって、属人的な経験値が生かされるのはもちろん、事業成長に強くコミットする人の存在や熱量自体が、リスクの軽減にもつながると考えています。

及川:やはり、冷静な目をお持ちですね。M&Aの売り手の方は、どんな点を意識すべきだと思いますか。

渡邉:もし、会社がさらに成長できる環境をつくることがM&Aの主目的なのであれば、契約時の個人的なリターンの大きさにはあまりこだわらず、純粋に会社の成長可能性を考えて相手を選んだ方がよいと思います。

会社の業績が期待通りに伸びていけば、給与やインセンティブの交渉はジョイン後でも十分可能なはずです。当社の場合も、優秀な経営者には当然グループに残っていただきたいですから、報酬面は状況に応じて、柔軟に検討していきたいと考えています。

一方、経営者が事業を離れることを希望している場合、買い手から高い評価を得るためには、やはり足元でしっかり利益を出しておくことが大切です。たまに売り手の方から、「バリュエーションは前回ラウンドの際と同じでお願いします」と言われるケースがあるのですが……。

及川:それは無理ですよね。「自分たちがいくらで売りたいか」ではなく、「自社を取得することで、相手はどれだけの利益が見込めるか」という視点がないと、そもそも交渉にならないです。BitStarさんは、今後どんなM&Aをしていきたいとお考えですか?

渡邉:当社はエンタメ業界の中でも、テクノロジーやデータベースの蓄積・活用によってベストプラクティスを見いだすことに強みを持っています。また、先ほど触れたように、事業成長を実現するための仕組みづくりや複数事業によるシナジー創出も得意分野です。こうしたノウハウを今後も磨きアピールしていくことで、一緒にビジョンを実現したいと思える仲間を増やしていきたいです。

将来的には、事業領域的に超飛び地の企業を買うとか、小が大を買うようなM&Aにもチャレンジしてみたいと考えています。キューサイを買ったユーグレナのケース、コールマンを買ったビザスクのケースなど、学びが多いですね。

エンタメ業界は中小規模のプレイヤーの多い分散市場であり、かつ変化のスピードの速い領域ですから、強いプラットフォーマーになるためには、M&Aは非常に有効な手段です。社内で新規事業を生み出す力ももちろん高めつつ、自社の取り組みの延長線上にない事業については大胆なM&Aで取り込み、バリューにも掲げている「突き抜ける。」存在を目指し続けます。