サイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏
サイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏
  • 創業者が勘や経験でやってきたことを言語化しないといけない
  • 次世代の経営を担う16人は「みんないいやつ」
  • 創業当初から意識していた「新卒育成重視」の組織作り
  • 経営判断を本や取材から断片的に追うと「逆に分からない」
  • メディア事業・ABEMAに残る、「属人性」の壁
  • 今は頭のてっぺんから爪の先まで「サイバーエージェント」

1998年3月18日──25年前のこの日、サイバーエージェントは東京・原宿で創業した。わずか3人でスタートした会社は、2000年3月には東証マザーズ市場(現・グロース市場)に上場。そして2014年には東証一部(現・プライム市場)に市場変更。今では時価総額5500億円超、6500人の社員を抱える規模にまで成長した。

サイバーエージェントの創業者で代表取締役社長である藤田晋氏は6月に50歳を迎える。プライム上場企業の社長としてはまだまだ若いが、3年後には後継者を発表し、自身は代表権を持ちつつ会長職となるべく、サクセッションプラン(後継者育成)を進めはじめた。その布石としてサイバーエージェントの経営について考えをまとめた「引き継ぎ書」を社内で作成。16人の後継者候補を選出し、研修の真っ最中だという。

藤田氏はサイバーエージェントの25年の組織作りをどう振り返り、後継者に何を伝えようとしているのか。藤田氏に直接話を聞いた。

創業者が勘や経験でやってきたことを言語化しないといけない

──なぜこのタイミングで後継者育成を始めたのでしょうか。

後継者のことは、これまでもうっすらと頭の片隅にはありました。ですが、そこまで考えていたわけではないんです。実際のところ、僕は大企業の社長としては若いですし、気力も体力もあります。

ですがある社内資料に、10年後の時間軸で考えるという内容のものがありました。そこに「(2033年には)60歳」と書かれていて、これはまずいなと思ったんです。今までの経験から、10年なんて本当にあっという間に過ぎると分かっています。これはもう(後継者の)準備をしないといけない、となりました。

普通の会社であれば、経営者が60歳という年齢でも問題ないと思うのですが、サイバーエージェントはやはり若い人が活躍できる会社です。就職でもそういうイメージで評価されています。若い人がバリバリ働き、活躍できて、人も会社も成長する──そんないいスパイラルをずっと作ってきました。若い人の活躍はそのスパイラルの起点になるので、「社長が変わらず、もう60歳」というのは、サイバーエージェントでは避けなければいけません。

そう思ったとき、まるで息を吸って吐くかのように、自然に決断しました。長年思い悩んで「ここだ」という訳ではないんです。10年後を見据えて、まずは会長職になろうと2022年の春に決めて、その年の社員総会で「4年後にまず代表権のある会長兼CEOになり、新社長を決める」と発表しました。

ですが、今ひとつみんな驚かなかったというか、現実味がなかったというか……。

「この会社の社長は藤田である」とみんな、決めごとのように感じたり、考えているようでした。社内だけでなく、社外からも大きな反響はありませんでした。それから1年たちましたが、この間に16人の社長候補を選び、研修を進めてきました。

──社員の反応が今ひとつだったというのはどういうことでしょうか。

「まだ4年ある」と考えたと思いますし、「(藤田氏は)会長として会社にいるんでしょう」とも思っていたのかも知れません。社員総会で話したので、それなりに社外にも話が出ていくかと思ったのですが、そういうこともありませんでした。「そんなこと、外に言ってはいけない」と考えたのかも知れません。

──社長候補の研修に向けて、「引き継ぎ書」を作ったと聞きました。

社外取締役の方が、「藤田さんが勘や経験でやってきたことを、言語化しないといけない」とアドバイスしてくれたんです。

確かに僕自身は25年も経営をやってきているので、そのやり方が染みついています。しかも、あまり社内でも説明しなくても済むようになってしまった。僕の中ではちゃんとしたロジックがあるんですが、それを言語化せずに物事が進むようになってしまいました。

ですが、それを言語化して他人が分かるようにしてから引き継がないといけないと気が付き、社内でプロジェクトチームを作って引き継ぎ書を作ることになりました。

引き継ぎ書が2023年初にできて、ちょうど先週(編集注:取材は3月中旬に実施)、社長候補の16人に対してそれを使った研修合宿を実施しました。僕が言うのも何なのですが、これが「神回」になりました。本当に、こういうものが必要だったんだなと。

結局のところ、僕の立場で仕事しているのは、僕1人だったというか。サイバーエージェントグループ全体の社長である僕の目線ではどう考え、どう行動してしているのか、そしてどういう風に考えてるのか、僕の中では全てつじつまが合っています。もちろん、ずっとそばで働いていたような役員であればなんとなくそれを分かってくれています。

けれども、外から断片的に見ている人には分かりづらかった。今回の合宿ではその全部を伝えたんです。候補者はやはりみんなこの会社にいる人たちなので、すごく腹に落ちる話だったと言われました。メンバーからも「これ以上の研修はない」という声が上がりました。

──引き継ぎ書の中身は社外秘と聞きました。社長候補の16人に向けてどのようなことを伝えたのでしょう。

社外秘というか、単純に表に出せるような書き方をしていないということなんですが(笑)。

サイバーエージェントには「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンがあります。それを日々目指すために、「足元の営業利益の確保」「中長期の繁栄」「社員の満足度」「株価を含めた外からの評価・期待値コントロール」の4項目と、さらに番外編として「リスク管理」という合計5つの項目に分けて言語化しました。

単純に言えば、「(上述の項目を実現して)足元で営業利益を出していて、その施策が中長期的に有効で、社員も生き生きと働いていて、外からのイメージもいい」なんて、めちゃくちゃいい会社じゃないですか。これを実現することがCEOとして大事であり、それだけで十分なことです。その実現のために、やるべきことを徹底的にやるというだけなんですが。

社外秘だという「引き継ぎ書」の冒頭スライド
社外秘だという「引き継ぎ書」の冒頭

あとは事業も、人も、企業文化も、すべてにおいて一貫性を持つこと。それに加えてリーダーとしての献身性、責任感。その3つの重要性を伝えました。エモーショナルな言葉でごまかすのではなく、「期待値の高い方を選んでいる」「損得感情で決めている」というような言葉をあえて使って説明しています。

──具体的に話した事例やエピソードなどはありますか。

例えば、我々は上場企業なのでグループで連結決算を出しています。その連結決算の数字を作る上で、売り上げと利益を単体で上げようが、グループで上げようが、何だって構わないんです。「今期はCygamesで稼いで、ABEMAに投資しよう」ということでも、トータルでしっかり増収増益できていればいい。 これは当たり前なはずですが、あえて言葉にして伝えないと外からの評価などで(経営者が)ぶれてしまうんです。

次世代の経営を担う16人は「みんないいやつ」

──(ブログやゲームサービス群の)「Ameba」も、立ち上げから黒字化まで5年(2004年〜2009年)かかりました。当時は「広告で稼いでAmebaに投資しよう」という意思決定だったと思います。そういった思考の背景は言葉で伝えないと伝わらない、と。

そうですね。業績がいい時期に“次”を仕込まないと中長期で苦しむことになります。足元の利益だけでなく、中長期で「右肩上がりの階段のような業績グラフ」を作らないといけません。それはCEOの役割です。一見当たり前のことのように聞こえるかも知れませんが、経営の仕事は複雑怪奇なものです。何かを言っても、言ったそばから経営はぶれていきます。

「ぶれてはいけない」という意味においては、今回引き継ぎ書を作って言語化し、それを伝えた意義は大きかったと思います。いろんな会社がサクセッションに失敗しているのは、「誰を選ぶか」ばかりに注力して、そもそも引き継ぎするべきものを明確化していないからではないでしょうか。特に創業者が社長を続けている会社は、社長のトータルプロデュースによってすべてのつじつまが合い、それが「一貫性」となって成立していることが多いです。

研修でも僕の言葉でそこをしっかりと伝えました。まずはなぜこの会社が成り立っているのかを理解してもらい、それを踏まえた上での守破離というか、時代とともに変えるべきところを変えていくということが大事なのかと思います。

16人の社長候補者に説明したことで、サイバーエージェントの経営としての一貫性がみんなの共通言語になったと思います。(候補者全員が)後継者にならなくとも、参加しているのはサイバーエージェントの次世代リーダーばかりです。共通理解が進み、これからみんながチームで経営していく時にすごくやりやすくなったことは、大きな実りだと思います。

──16人の候補者はすべてプロパー社員だと聞いています。もう少し具体的に教えてください。役職やスキルなど共通点はありますか。

全員プロパー社員だったのは偶然です。まったく意識していなかったんですが、研修でふと見渡したらそうなっていたんです。でもやはり、そこがうちの会社らしいとも思いました。「経営の多様性」と言っている会社は、相当古く硬直化している会社です。我々はまだまだ大きく成長している最中で、(経営の多様性よりも)同じ志で一致団結して突破していかないといけない会社です。僕と近い年齢のメンバーは選んでいません。10歳ほど若い世代を中心に、下は30代前半の人間もいます。

また共通点はないのですが、16人はみんな似ていますね。みんな「さわやかでいいやつ」ですよ。サイバーエージェントではこれまで役職を上げる時も、「実績より人格」と言ってきました。候補者が並んだときに、「こういう人たちがサイバーエージェントの経営を担うんだ」と分かる人には分かると思います。

──後継者を決めるポイントはあるんでしょうか。

2024年の秋には1人に絞ろうと考えています。1年くらいは交代の期間が必要ですから。決める時はすぐに決まると思うんですが、今は一切考えないようにしています。

創業当初から意識していた「新卒育成重視」の組織作り

──スタートアップの起業家と話すと、「組織作りにおいてサイバーエージェントを意識している」と聞くことが少なくありません。新卒、プロパーを重視する組織作りはいつ頃から意識しているのでしょうか。

実は会社設立3カ月目には、新卒採用を始めているんです。まだ会社の体裁をなしていない頃ですが、最初から新卒に対する意識は高かったと思います。

そうは言いつつ、途中で「成長を急がなきゃいけない」という状況になりました。ネットバブルの時期には「中途でいい人材が採れるチャンス」と思い採用しましたが、バブルが崩壊し、人が辞めていきました。そんな状況で、結局のところ求心力を持つようになっていたのが、新卒でした。

あと、サイバーエージェントは「新卒カルチャー」が合っている。それで2003年、会社が始まって5年たったタイミングで実施した役員合宿で、(新卒育成重視の)方針を決めました。以後、大きな買収や、いきなり社外の人をスカウトして上層部に入れるようなこともしないようにしてきました。

──緊急事態宣言下ではフルリモートを実施したものの、早い段階で「週3日出社推奨」にしました。ウェットなコミュニケーションを重視する印象があります。

一貫しているのは「社員をやる気にさせること」です。

リモートを週3出勤推奨に戻した理由も、「人に見られている方がやる気を出すだろう」という理由からです。だから今、社内にはすごい数のビデオ会議ボックスがあります。「Zoomしに会社に来てね」というように。1人で仕事をするより、みんな居るところの方がやる気が出ますから。ただそんなに強く言っていません。出社日でも出社率は6割くらいです。そもそも、そんなに強制する会社ではないですが、大きな指針を言わないと、社員も動きづらいので。

経営判断を本や取材から断片的に追うと「逆に分からない」

──藤田社長は「あと10年で60歳」と語っていますが、楽天の三木谷社長(代表取締役会長兼社長最高執行役員の三木谷浩史氏)が間もなく60歳、U-NEXTの宇野社長(USEN-NEXT HOLDINGS代表取締役社長CEO/U-NEXT取締役会長の宇野康秀氏)、GMOインターネットの熊谷社長(GMOインターネットグループ代表取締役/グループ代表 会長兼社長執行役員・CEOの熊谷正寿氏)は60歳、ソフトバンクの孫社長(ソフトバンクグループ代表取締役 会長兼社長執行役員の孫正義氏)は65歳でみなさん現役です。代表権を持ったままとは言え、創業者が退くには早い気もします。

うちの会社は若い人が活躍する会社だから、というところはあります。正直、僕も経営者としては今が一番脂が乗っているというか、経営の経験値が上がっているタイミングです。このまま経験値を積んで60歳以降もやれるとは思いますが、早いのはやはり弊社特有の事情ですね。

──「サイバーエージェント=藤田晋」というイメージは社内だけでなく、社外にも強くありそうです。

僕も今年50歳で、人生の半分を「サイバーエージェントの社長」として過ごしてきました。やればやるほど引き継ぎできない会社になっていくのを日々実感しています。だからこそ引き継ぎ可能な会社にするにはどうすればいいかと考えています。この仕事はもう誰にもできないと思うからこそ、言語化しなければいけない。そう思って引き継ぎ書を作り、合宿をやって、少し光が見えてきたというところです。

やってみて初めて、僕自身も「確かに伝わらないよね」と分かりました。これまでは頭の中だけで自分の選択は「なるほど、つじつまが合っている」と思っていました。ただ、これまでに本も書いていますし、取材もたくさん受けてきました。ですが、「その部分部分のを断片的に読んだら、逆に分からないんだ」と。そんな状況だったところで(合宿で改めて)全体像を語ったことが、結果として実際に起こしたアクションの裏付けになったというか、“腹落ち感“が出たという印象です。

社外にも代替わりを伝えるために、もしかしたら引き継ぎ書を清書して書籍化するかも知れません。また未定ですが。

メディア事業・ABEMAに残る、「属人性」の壁

──いまだ数百億円の赤字を流すABEMAの黒字化など、後継者にとっては経営者として胆力を試される、チャレンジングな新規事業などがあります。

「僕(藤田氏)の言うことだから」と社内も社外も納得して進めてきたこともあるので、ABEMAのような大きな新規事業は多少難しいところはあると思います。

ただ、中長期で見たときに絶対に正しいと思ったことや、明らかに我々が有利なチャンスに出会った時、ちゅうちょなくチャレンジして欲しいですね。それが共通理解になるように引き継ぎ書にも書きましたし、またそれが許容されるような文化の会社を作ってきたつもりです。

──以前に、ABEMAは10年がかりでやる事業と語っていました。

ちょうど(会長職になる予定の)3年後がABEMAの10周年なんです。そこまでにかたちにしよう、と。ただABEMAで僕がやっていることを引き継ぐのは、サイバーエージェント本体よりも難易度が高いかも知れません。

──ABEMAについては、今も現場の会議に出席し、企画の部分にまで直接関わっていると聞きました。

大分そこは減っています。これまでは稼働の8〜9割だったところを6〜7割くらいに……そんなに変わらないですか(笑)。

──ABEMAと言えば、ワールドカップ(FIFA ワールドカップ カタール 2022)の全試合配信は大きな反響がありました。

そうですね。あれでかなり局面が変わりました。ユーザーも好意的で、良質なコンテンツも持ち込まれるようになりました。演者も「ABEMAに出演すること」自体を好意的に受け止めていただいています。

それまで苦労したことは、ワールドカップ以降一気に解決しました。ここからはマネタイズをしっかり頑張って、損益分岐点を越えることをしっかりやるというところです。

──ワールドカップでは解説に起用した本田圭佑さんも話題になりました。そのキャスティングは友人関係でもある藤田社長が直接交渉したと聞いています。属人性のある役割を引き継ぐことができるのでしょうか。

そこがABEMAの難しいところです。スポーツ界も芸能界も独自の価値観を持っていて、創業者で、ずっと(役割の)変わらない人物を好みます。だからこそ僕と関係を築いてくれているところもあります。ただこれは、永遠にやるわけにはいかないですから。60歳で退かなければ70歳のときにどうするのか、となりますよね。

今は頭のてっぺんから爪の先まで「サイバーエージェント」

──ネットバブルの時期にはサイバーエージェントにもハードシングスがあったと聞きます(編集注:2000年代前半のネットバブル崩壊で株価が下落した際、サイバーエージェントは買収の危機にあった)。リスク管理についてどう伝えているのでしょうか。

確かに「ハードシングスみたいな話は?」と取材でもよく聞かれます。ですが、そのネットバブル崩壊後に買収されそうになったとき以外、サイバーエージェントにはハードシングスってないんですよね。

「平和でいいな」と思われるかも知れません。ですが短期の利益を犠牲にしても次の種を仕込むというのは、そういう(リスク管理の)話です。

また僕は「敵がいない人ですよね」とも言われます。これは偶然ではなくて、敵を作らないように防いでまわっているんです。そういうことも説明しないと、平和な時期が偶然続くものだと思われるかもしれません。

──3年後に代表権を持つ会長職になり、その後は徐々に会社から離れていくことを考えていると聞きます。少し早い話ですが、その後のプランをどうお考えですか。

先ほども経営者は一貫性と献身性と責任感という話をしましたが、僕はサイバーエージェントに対して責任を負っているので(完全に引き継ぐのが)無理だと思ったら、会長兼CEOを続けようと思っています。もちろん(後継者が)大丈夫で、僕が引いて企業価値が上がるのであればそれが理想です。そうしたら自分がどうするかはまた何かを考えます。

24歳で会社を作ってからずっと、頭のてっぺんから足の爪先まで、「サイバーエージェント」に捧げています。辞めてから何をするかなんて考えられませんよ。