カミナシ代表取締役の諸岡氏
カミナシ代表取締役の諸岡裕人氏
  • 紙の帳票が残る現場、デジタル活用で変革
  • カギは“ノーコード”、現場担当者が自らの手でアプリを製作
  • 1日2時間の確認作業が5分程度に削減
  • 食品工場向けのバーティカルSaaSから、30業種で使われるホリゾンタルSaaSへ
  • 30億円調達でマルチプロダクト化、「紙をなくす」の次なる挑戦へ

「ノンデスクワーカー」──。デスクでPCなどを使って仕事をするのではなく、製造工場や飲食チェーンなど“現場”で働く人々のことだ。調査データなどによって分類の仕方や細かい割合は異なるが、日本国内では就業人口の半数以上、実に3900万人以上がノンデスクワーカーと言われる。

便利なデジタルツールが普及しているオフィスワーカーとは異なり、ノンデスクワーカーの現場では現在でも“紙”を用いた作業が主流だ。オフィスワーカー向けに作られた既存のサービスが必ずしも合致するわけではなく、デジタルやペーパーレスの恩恵を十分には享受できていなかったとも言えるだろう。

そんなノンデスクワーカーの現場が、“現場向けにデザインされたサービス”の広がりによって変わり始めている。

2016年創業のカミナシは、現場向けのDXサービスを展開するスタートアップだ。同社の展開する「カミナシ」は、プログラミング知識なしで業務アプリが作れる“ノーコード”型のソフトウェア。食品工場やホテル、飲食店など現場で働く人々が自らアプリを作り、これまで紙帳票を使って進めていた業務をデジタル化している。

その名の通り「現場の紙をなくす」ことにより、業務効率化や生産性の向上を後押しするサービスだ。

2020年のサービスローンチから現在までの累計導入社数は300社。これまで7000カ所以上の現場で活用されてきた。

ホテル経営のルートインジャパンや飲食チェーンのロイヤルフードサービスなど、大手企業が数百店舗規模で取り入れる事例も徐々に増加。セブン‐イレブンおよび日本デリカフーズ協同組合(セブン‐イレブン向けの食品を製造するメーカーが加盟する団体)と進めてきた取り組みは139工場まで広がり、全工場のうちの8割近くでカミナシが導入されるまでに広がっている。

紙の帳票が残る現場、デジタル活用で変革

カミナシのサービスイメージ
カミナシのサービスイメージ

セブン‐イレブンで販売しているデザートやサンドイッチなどの商品を開発するプライムデリカは、カミナシを用いて現場のDXに取り組む1社だ。

1日に平均で17万食を製造する同社の佐賀工場では、紙帳票の印刷、配布、回収、チェックをデジタル化したことにより、作業時間を約10分の1程度まで減らせたという。工場内では約300台の機械設備が稼働しており、これらの始業・終業時点検をカミナシに切り替えるだけで3時間の削減につながった。

また同工場では100人以上の外国人従業員が働いている。カミナシに搭載されている多言語翻訳機能を使ってアプリ上のチェック項目を翻訳することで、彼ら彼女らが点検作業を担えるようになった──。そのようなデジタルの強みを活かした効果も生まれている。

「現場では紙をベースとしたアナログな作業が今でも残っています。紙で作られたチェック項目を見ながら、手動で記録を残す。その後工程では、管理者の人たちが目視でその内容を確認し、承認しなければならない。多い現場では1日に200枚ほどに及ぶこともあります」

「さらにそのデータをExcelに転記して、報告書にまとめていく。最初の入り口が紙であることによって後工程も含めて非効率になっているので、カミナシではそれらの業務をデジタル化する仕組みを提供してきました」

カミナシ代表取締役の諸岡裕人氏は現場の課題をそのように説明する。

紙の帳票を電子化するようなシステム自体は、決して真新しいものではない。既存サービスの中には豊富な機能を取り揃えたものも存在しており、ITの扱いに長けた企業を中心にそのようなサービスが選ばれてきた。

その反面、多機能で複雑であるがゆえに、ITに慣れていない人にとっては「使いやすさ」がネックになることもあった。専任のIT担当者がいないような現場も珍しくない中で、「現場の担当者が使いこなせるツール」であるかどうか。カミナシではその点にこだわりながら、プロダクトの開発とサポート体制の整備を進めてきた。

諸岡氏の話では、実際にほとんどの顧客において「(プロダクトが)簡単に使えること」と「カスタマーサクセスのプログラムが充実していること」が導入の決め手になっている。“現場のDXの一歩目”としてカミナシを使い始める顧客も増えているという。

食品工場での利用イメージ
食品工場での利用イメージ

カギは“ノーコード”、現場担当者が自らの手でアプリを製作

カミナシの特徴の1つが、プログラミングの知識がなくても、簡単なマウスの操作(ドラッグ&ドロップ)でアプリを作れるノーコード型のサービスであることだ。あらかじめ用意された雛形なども活用しながら、現場の担当者が自分の手でアプリを作る。

「たとえばセブン‐イレブンと製造メーカーとの取り組みでは139工場でカミナシが活用されていますが、各工場で使っている機械やチェックしたい項目は異なります。場合によっては、同じ会社のA工場とB工場でも内容が違ったりする。だからこそ、その現場を熟知している人たちが、自らの手で最適なものを作れる点を評価いただいています。やっぱり現場ごとで、皆さんのこだわりがありますから」(諸岡氏)

カミナシでは現場の担当者が自身でアプリを作る
カミナシ上でアプリを作っている様子

ポイントは現場主導であることと、簡単に作り直せることだ。基本的にアプリを作るのは本社のIT担当者などではなく、現場のスタッフ。一度作ったものを後から簡単に改良できるため「一緒に働く作業員やパートの方からもらったフィードバックを踏まえて10分程度で修正し、改良版が使えるようになる」(諸岡氏)といった使い方がされている。

自分たちで“スクラップアンドビルド”を繰り返しながら作ったアプリだからこそ、定着しやすい。チャーンレート(解約率)は直近1年平均で0.39%。中には数百種類のテンプレートを自作して運用する企業もいるそうだ。

「A工場でうまくいった雛形をコピーして、B工場やC工場に横展開することもできます。実際にセブン‐イレブンと製造メーカーとの取り組みでも、そのようなかたちで広がったんです」(諸岡氏)

1日2時間の確認作業が5分程度に削減

カミナシを導入した現場では主に「作業品質の向上」「管理業務の削減」「レポート作成業務の自動化」という3つの点で変化が生じることが多い。

例えばカミナシではデータを入力する際に間違った値を入れると「アラートが出る」ように設計できる。従来は管理者が目視で確認して口頭で注意する必要があったが、カミナシを使えばアプリが365日24時間“その都度”自動でガイドしてくれるようになるので、ミスが発生しづらくなる。

間違った値が入力された場合にはシステム上でアラートが表示される
間違った値が入力された場合にはシステム上でアラートが出る

ある現場では大小合わせて月間で120件程度起こっていたミスが2件まで減った。リアルタイムに作業内容が確認できるようになることから、食品事故などを未然に防ぐような効果も出ているそうだ。

管理業務の削減はわかりやすい。紙の帳票がデジタル化されることで、画面を数クリックすれば承認作業が終わる。複数の管理者が存在する場合でも、自動で承認依頼メールが飛ぶので無駄がない。中には「1日2時間の確認作業が5分程度になった」という事例も生まれている。

また、写真や数値といったデータを入力していくと、レポートが自動で作成される機能も備える。諸岡氏によると「レポートの内容は各社によって全然違うもので、それぞれの現場に秘伝のExcelがある」が、あらかじめカミナシにその雛形を取り込んでおくことで、各社の形式に合わせたレポートが“勝手に”出来上がる仕組みだ。

食品工場向けのバーティカルSaaSから、30業種で使われるホリゾンタルSaaSへ

もともとカミナシは食品工場の課題を解決する“業界特化型のSaaS”として2018年にスタートしている。

背景にあったのは諸岡氏の原体験だ。諸岡氏の父親は空港関連業務や食品製造、ビル清掃などを請け負うワールドエンタープライズの経営者。諸岡氏自身も起業前には同社で勤務し、実際に食品製造工場など現場の業務を経験した。

“従業員の97%”がノンデスクワーカーという環境において、仕事のメインツールは紙とペン。非効率な業務も多く新卒で入社した若手もどんどん退職してしまう状況で、会社にとっても大きな痛手になっていた。

テクノロジーを活用してノンデスクワーカーの働く環境を変えたい──。そのような思いが原点となり、諸岡氏は後にカミナシのアイデアに行き着くことになる。

2018年に前身となる食品工場向けのSaaSをローンチするも、この業界だけに特化していては市場規模の観点から目指しているような事業規模には成長できない。そう考えて、2020年にはさまざまな業界のノンデスクワーカーの悩みを解決する“現場向けのDXサービス”へとピボット。新たなスタートを切った。

「食品工場で発生しているような課題は、他の業界でも起こっているのではないか。そんな仮説もありピボットをしました」と諸岡氏は当時を振り返る。その仮説は的中し、カミナシの累計導入社数は300社を突破。食品工場を筆頭に飲食チェーン、ホテル、交通、警備業、製薬メーカーなど業種は30を超えた。

飲食店での利用イメージ
飲食店での利用イメージ。大手チェーン店での導入も進む

特にこの1年では社内のセールスやサポート体制の強化が進み、エンタープライズの顧客が増加している。前身となるサービスを含めると、現場向けのSaaSを提供し始めてから約5年。市場や現場側の変化も大きい。

2018年当時は、諸岡氏が商談をした企業の約半数は「現場ではスマホの利用がNG」で「クラウドサービスの導入が難しくオンプレのみ」という条件だった。先方から問い合わせがあった場合でも、この条件に合致せず商談が即終了するようなことも珍しいことではなかったという。

今でもほとんどの顧客にとって「カミナシが現場で導入する最初のSaaS」だが、バックオフィス部門などではすでに何らかのクラウドサービスを活用しているところも出てきている。

「ある顧客では、カミナシを現場の従業員へ説明するにあたって『(人事・労務向けSaaSの)SmartHRと同じようなもの』だと伝えたそうなんです。(SmartHRで)簡単な操作で年末調整が終わるように、現場の業務が楽になると。その結果『確かにSmartHRは便利だったから』と一気にカミナシの活用に対する社内の意欲が増しました」

「この話を抽象化すると、バックオフィス部門などで擬似的にDXの成功体験を積んだ方々が増え、現場での(SaaSの)活用にも前向きになっている側面があるのではないかと思います」(諸岡氏)

今でも紙の帳票がメインツールとなっている現場は多い
紙の帳票に記入している様子。カミナシではこのような現場のDXを後押ししている

30億円調達でマルチプロダクト化、「紙をなくす」の次なる挑戦へ

今後カミナシでは従来の「業務(Operation)」領域に加えて、「人(Employee)」や「コミュニケーション(Communication)」領域にも事業を拡張する方針だ。「まるごと現場DX構想」を掲げ、将来的には1つの画面上で現場のさまざまな課題を解決する“オールインワンサービス”を目指していくという。

プロダクト開発や組織体制を強化する資金として、Coral Capital、ALL STAR SAAS FUND、千葉道場ファンド、みずほキャピタルを引受先とした第三者割当増資により約25億円を調達。金融機関からの融資も含めて総額で約30億円を集めた。

新プロダクトの第1弾「カミナシ Employee」では、短期の時給労働者などフロー型人材の入退社手続きや管理にまつわる業務の効率化から始める計画。2023年中のリリースを見込む。

「カミナシとしては『ノンデスクワーカーの才能を解き放つ』というビジョンを掲げているくらいなので、事業規模としてもARR100億円、さらにそれ以上を目指しています。それを踏まえると、1つのプロダクトだけでは難しい。今後は隣接する領域へと拡張し、マルチプロダクト化を進めていきます」

「現場って、人の入れ替わりが激しいんです。『スキマバイト』など短期のアルバイトなども含めると年間数百人単位で人が入れ替わります。入退社手続きや人材管理の負担が大きいだけでなく、実はメンバーが稼働した後も、会社からメールアドレスの付与をしないことが多いため、情報の伝達に時間がかかる。これらの課題は『会社と従業員の情報のやり取り』がデジタル化されていないことが大きな原因です。まずはこの領域をテクノロジーを使って変えていきたいと考えています」(諸岡氏)

海外では現場のHRやコミュニケーションに関連する課題を解決するSaaS企業が大きな成長を遂げている。諸岡氏が1つのベンチマークに挙げる「Beekeeper」は“ノンデスクワーカー向けのSlack”のようなサービスで、2022年11月に5000万ドルの資金調達を発表した。

日本でもSansanやマネーフォワード、freeeなど成長を続けるSaaS企業が他社のM&Aも含めてマルチプロダクト化をしながら、周辺領域への進出を進めている。カミナシとしてもノンデスクワーカーに最適化するかたちでプロダクトを拡張しながら、「オフィスワーカーとノンデスクワーカーのギャップ」を埋めていくことを目指すという。