
- ロボット好きのエンジニア、フリーランスを経て高校3年生で起業
- 事前注文で待ち時間なし、完全無人のカフェロボット
- 「root Cの会社」から「OMOの会社」へ
- 社員数十名のスタートアップが、グローバル飲食チェーンから選ばれる理由
- エクイティとデットで約54億円を調達
アプリ上で時間と受け取り場所を指定しておけば、淹れたてのスペシャルティコーヒーをすばやく受け取れる──。そんな特徴を持った完全無人型のカフェロボット「root C(ルートシー)」。現在は首都圏を中心に駅中やオフィスビル、商業施設など10箇所でサービスを提供している。
このカフェロボットを開発しているのが2018年創業のNew Innovationsだ。同社は代表取締役CEOの中尾渓人氏が18歳の時に創業したスタートアップ。2019年からroot Cの実証実験を開始し、2021年に同サービスを正式にローンチした。
近年はroot Cで培ってきた経験を活かし、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせて企業の課題を解決する「OMO(オンラインとオフラインの融合)ソリューション事業」を主軸事業として規模を拡大している。
2021年にはブルーボトルコーヒージャパンと共同で非対面店舗を実現するシステムを開発。現在も大手カフェチェーンや飲食チェーンなど、複数の事業者とのOMOプロジェクトが水面下で進んでいるという。
New Innovationsでは今後root Cの強化に加えて、OMOソリューション事業の拡大に向けて大きく舵を切っていく計画。そのための資金として、シリーズAラウンドで複数の投資家を引受先とした約26.3億円の第三者割当増資を実施した。
合わせて同社では複数の金融機関から融資などによって約27.8億円を調達しており、調達額の合計は約54.1億円となる。以下は今回出資した投資家陣。
- SBIインベストメント
- グローバル・ブレイン
- KDDI Open Innovation Fund 3号
- 三井不動産
- HERO Impact Capital
- SMBCベンチャーキャピタル
- 静岡キャピタル
- DEEPCORE
- THE SEED
- MIXI 創業者 笠原 健治氏
- 他1社
ロボット好きのエンジニア、フリーランスを経て高校3年生で起業

New Innovationsの創業者である中尾氏は、生粋のエンジニアだ。
幼少期からものづくりに関心があり、自宅の炊飯器やテレビなどを「分解しては元に戻す」ことを繰り返していたという。小学生になってからは本格的にロボット開発にのめりこみ、4年生でロボット競技の大会「ロボカップジュニア」に出場。中学生時代には日本代表に2度選出され、世界大会での入賞経験を持つ。
ロボット開発には資金が必要になるため、高校入学後はフリーランスエンジニアとしての活動を始める。コンピュータウイルスの駆除やシステムのメンテナンスといったウェブ関連の受託案件を請け、高校3年間で取引先の数は300社ほどにまで広がった。
さまざまな案件に携わる中で少しずつ起業を考えるようになった中尾氏は、さまざまな経営者や先輩起業家に話を聞いて回るようになる。実際に話を聞いた人数は約1000人。最終的には高校卒業を間近に控えた2018年1月、18歳でNew Innovationsを立ち上げている。
明確な事業案が決まっていたわけではなかったため、自身が経験してきたロボット製作とソフトウェア開発の知識を掛け合わせて「人々のリアルな行動を変える」ことをテーマに事業案を検討した。その中で行き着いたのが、コーヒーを対象にしたカフェロボットのroot Cだ。
コーヒーは「1日に複数回飲む」人も珍しくないほど、ビジネスパーソンを筆頭に性別を問わず身近で人気な飲料と言える。一方でその供給方法には改善の余地もあると考えた。
毎朝同じ時間帯に同じカフェに行き、同じようなメニューを注文するために毎回並ぶ人がたくさんいる。美味しいコーヒーが飲みたいけれど、カフェは時間がかかるので、仕方なく自販機やコンビニで済ます場合もあるだろう。
既存のコーヒーの供給方法における「場所や時間、質のアンマッチ」を解消するための仕組みを作れれば、ビジネスチャンスがあるのではないか──。そのような狙いからroot Cを立ち上げ、2019年に実証実験を始めた。
事前注文で待ち時間なし、完全無人のカフェロボット

カフェロボットをうたってはいるが、root Cはロボットがアームを動かして自動でコーヒーを注ぐようなものではなく、受け取り用のロッカーを備えた“巨大な自動販売機”のような見た目だ。
あらかじめ専用のアプリから時間と場所を指定した上でメニューを注文しておくと、スムーズにいれたてのコーヒーを受け取れる。料金は一律450円。頻繁に利用するユーザー向けに月額1980円からのサブスクリプションプランも提供している。
「人件費をなくすことによりコスト構造を変え、カフェチェーンと比べて原価が4〜6倍高いコーヒー豆を使っても、コモディティコーヒーより少し高いくらいの価格に収めることができている」(中尾氏)ことも特徴で、定期的に利用しているユーザーからは味に対する評価が高いという。
アプリのダウンロード数は2023年3月末時点で8.5万件を超えた。女性が5割強を占め、30代を中心に幅広いユーザーに活用されている。当初はサブスクユーザーが多かったが、サービス自体の認知度や設置場所が広がる中で、単品購入者も増えてきた。

root Cの実現に欠かせないのが、クラウドと設置したロボット(エッジデバイス)を相互に連携させる「ステート管理(状態管理)」技術だ。双方向で常に状況を共有し合うことで、通信障害などが発生した場合に「ロボットがどこまで自力で復帰するか」といったことを細かく制御できるという。
またロボットの内部に設置されるセンサーなどを用いて、遠隔から温度などの衛生状態を管理できる仕組みを構築した。root Cでは2021年に「規制のサンドボックス制度(新技術等実証制度)」の認定を受けて、「無人店舗での牛乳を使用したカフェラテの販売」を実現している。これも上述した技術を前提としたものだ(現在は移設にともない、カフェラテの提供は一時停止中)。
2021年4月に正式版をローンチしてからの約2年間は、プロダクト開発の傍ら、駅や商業施設、オフィスビルなど場所を変えながら検証を進めてきた。
現在の設置エリアは都内を中心に10箇所。受取の手軽さや、待ち時間なしで好きな時間帯に使えることなどからオフィスビルは特に相性が良い。「カフェや自動販売機ではなくroot Cが良い」との理由から、1階の中央エリアにroot Cを設置する不動産ディベロッパーも存在する。
通路やエレベーターホールの周辺など「人流はあるものの広さが限られており、カフェなどを開設することが難しいスペース」に設置できる点もroot Cの特徴の1つだ。
中尾氏によると、約2年間で「売れる場所、売れない場所の傾向」も徐々に見えてきた。人気の場所では1日200杯以上売れることもある一方で、数杯〜十数杯しか売れない場所もある。「(幅広い層からの需要が見込める)コーヒーだからといって、場所を問わず売れるわけではない」(中尾氏)ことがわかった。
またそもそも設置場所が少ないことや、「スタートアップ的にアジャイルで作り込んできた」が故にシステムのエラーのような不具合が生じていたことなど、改善点も浮き彫りになってきた。
「(アンケートなどを通じて)感想を聞いても、コーヒーの味には満足いただいている方が多い一方で、設置場所が少ないといった声が多い。設置場所が少ないことから日常使いも難しく、それが成長の足かせにもなっていると感じています」(中尾氏)
現在は量産化に向けた開発を進めており、不具合の改善や利便性向上に向けて「ほとんどイチから作り直した」という新バージョンを春から夏にかけてローンチする予定。調達した資金を用いてマーケティングなどにも投資をしながら「2024年末に100台の設置」を目標に、事業を加速させる計画だ。
「root Cの会社」から「OMOの会社」へ
New Innovationsでは今後もroot Cに力をいれていく方針だが、売上などの観点ではOMOソリューション事業が主軸となりつつある。同事業は省力化や自動化を軸に、ハードウェアの製造とソフトウェアの開発を通じて、顧客の事業成長を支援していく取り組みを指す。
2021年には事業の一環として、ECサイトで注文した商品を店舗のロッカーから受け取れる「スマートショーケース」を開発。ブルーボトルコーヒージャパンと協業し、“非対面カフェ”を実現するオーダーサービスと受取ロッカーシステムの製造も手掛けた。

中尾氏によると現在は小売や飲食を中心に7つのプロジェクトが進行中。特にグローバルカフェチェーンや飲食チェーンなど、飲食領域における3つの案件が先行している。
守秘義務の観点から現時点で具体的な内容は公表されていないが、「(開発中のものとは異なるが)イメージとしては『オムライスを自動で作る』といったように、特定のメニューを自動で調理するようなロボット」(中尾氏)を開発するという。
「3つのプロジェクトの量産台数を合計すると、国内外で10万台規模になる」と中尾氏が話すように、各案件の規模は大きい。早ければ今秋には日本の一部店舗で試験運用を開始する見込みだ。
「『新しいテクノロジーを使って、新しいマーケットで、新しいことをやる』という選択は絶対にしないように決めています。現在目を向けているのは、グローバルでものすごく規模が大きいレガシーな領域。すべての要素が新しい場合、ハードウェアではリスクが大きいので、まずはすでに確立しているマーケットにテクノロジーを入れることで、成長に貢献したいと考えています」(中尾氏)
パートナー企業を巻き込んだOMO事業のアイデア自体は何も突拍子のないものではなく、数年前から検討を進めてきたものだ。
1つの転機になったのが、2020年の春から夏頃。新型コロナウイルスの影響などから業態転換を考えた複数の事業者から「root Cを作れるなら厨房を完全自動化するようなロボットや、自動で商品の受け渡しができるようなソリューションを作れないか」「root Cの機能の一部を切り出して提供してもらえないか」といった声が寄せられた。
実際に現在プロジェクトを進めている顧客の中には、その頃から時間をかけて議論を重ねてきた企業もあるという。
中尾氏自身、起業当初は「root Cを横展開する」ようなかたちで、特定の領域ごとに自社ブランドのロボットを展開することを考えていた。ただ、root Cを手がける中で「そのアプローチは必ずしも最適ではない」と整理がついたことから、方向性を変える決断をした。
「もともとは業界の課題や自社の技術を認識した上で、(ブランドの立ち上げも含めて)自分たちですべてをやるべきだという意識が強かったんです。ただ、root Cで少しずつ実績ができ始め、いろいろな事業者とも話をする中で、そうじゃないなと。すでにブランドを持っている方々に自社の技術を活用してもらう方が、自分たちも得意なところに注力できます。その方がより多くのお客さんに早く使ってもらうこともできるので、合理的だと思ったんです」(中尾氏)
社員数十名のスタートアップが、グローバル飲食チェーンから選ばれる理由

それにしても創業数年、社員数も数十名ほどのスタートアップが、なぜ大手の飲食チェーンから選ばれることができたのか。中尾氏はその理由を「この会社であれば、やりたいことを本当に実現できると感じてもらえたからではないか」と分析する。
「私たちが対面するのは日本法人のトップや経営企画の本部長といった役職の方が多いのですが、みなさんすでにコンサルティング企業などから提案を受けているんですね。ただ『ここの数字がどのように改善された結果、全体のROIがこう変わる』という理論はわかったけれど『実際に実現できるんですか』というところがネックになって、辟易されていることも多い」
「私たちももちろん資料は作るのですが、早い段階でプロトタイプを作り、従来のフローが何が変わるのかをテストキッチンで試してもらうということをやっています。(開発までに)少し時間はかかるのですが、実物を見ながら、コスト削減の無人化ではなく、収益向上の自動化ができるかどうかを確かめてもらう。先方にとっても損失はなく、実際に実現できるのであればやりたいといっていただけることが多いです。特に外資系の企業はある意味『あっさり』しているというか、スタートアップであることが理由で『選ばれにくい』ということはあまりないように感じています」(中尾氏)
このアプローチを可能にするのが、自社で抱える工場機能とプロトタイプの開発に特化した専門チームの存在、そしてroot Cの製造を通じて培った土台となる技術だ。
New Innovationsでは2021年から自社で工場設備を構え、root Cの製造や新製品のプロトタイプの開発を効率よく進められる環境を整えてきた。当初は栃木県に工場施設を保有していたが、2023年には本社オフィスと同じ建物内の別フロアに施設を移転。よりスピード感を持って開発できる体制を作った。

開発チームの編成も特徴的で、大きく「量産化を担当するエキスパートのチーム」と「R&Dやプロトタイプの開発を“やり散らかす”チーム」に分かれている。社内には中尾氏をはじめロボットコンテストを経験してきたエンジニアが10人以上在籍しており、ロボカップで活躍したメンバーも集まってきているという。
「うちの競争力の源泉となっているのが、やり散らかすチームです。このチームの役割は、量産性や商用化の観点もある程度考慮しながら、まだ誰も作ったことのないような製品を1日でも早く1度実現すること。極端な話、オムライスの調理用ロボットであればまずは1皿作ったら壊れてしまうものでもいいので、1日でも早くデモができる状態を作ることです」(中尾氏)

各プロジェクトで製造する製品は異なるものの、状態管理技術を始めとしてroot Cで培った技術を活かせる部分も多い。コアとなる技術をモジュール単位で管理し、“パーツ”として複数のプロジェクトに転用できる仕組みを作ることで、開発のスピード自体も早められる。
事業構造も特定の企業との間だけで完結する受託開発モデルではなく、システム面の知財はNew Innovationsに帰属する。“ローンチパートナー”として業界を代表する企業の声をもとに開発したプロダクトは「業界のニーズ自体を反映したもの」(中尾氏)であるため、同じ課題を抱える別の事業者にも提供するし、そこで生まれた技術的な資産は他のプロジェクトにも活用する方針だ。
「このやり方であれば、自分たちはマーケティングのリスクを極力負わずに済むというメリットもあります。マーケットの代弁者の声を聞きながら、販売を握った状態で商品開発ができる。その製品を本当に実現できるかどうかのリスクは負いますが、できたけど売れるかどうかわからないというリスクは負わないので、本腰を入れて開発ができます」(中尾氏)
収益はハードウェアの販売代金と月額のサービス利用料を見込む。開発するすべてのロボットはクラウドにつながっているため、「新しいメニューの配信」など既存のロボットがアップデートされるのもポイントだ。
もっとも、現時点ではRaaS(ロボティクス・アズ・ア・サービス / ロボットをサービスとして定額で販売するモデル)のようなモデルは考えておらず、あくまで「物売りとしてのビジネス」を軸にする方針。ロボット1台あたりの価格は「500万円〜1000万円」程度の想定で、当面は大手企業向けに数を量産する前提で設計をしていくという。
エクイティとデットで約54億円を調達
今回の資金調達は、New Innovationsにとって2020年6月に1.7億円の調達を発表して以来、約3年ぶりとなる。
エクイティとデットを組み合わせたものだったこともあり、ファイナンス自体は数年がかりの長期戦となったが「(調達環境の悪化など)市況の影響はあまりなかった」と中尾氏は振り返る。
「事業進捗が遅れて(ファイナンスに)時間を要したり、反対に事業がうまくいったので大きな調達に踏み切れたり、自社の状況によるところが大きかったと思います。私たちの場合はハードウェアが絡んでくるので、開発機材や製造設備などお金がかかる。エクイティの投資家が期待するような資本利回りにはそぐわない部分も多いので、少し時間はかかりましたが、デットも組み合わせることによってバランスの良いファイナンスができました」(中尾氏)
早い段階から製造設備を外に出し“ファブレス”型で経営するという選択肢もあるが、中尾氏自身は「アンチ・ファブレス」を掲げ、初期は自社で内製化することにこだわる。
その分だけ製造設備などのコストは増えるが、「自社で1製品1ラインを持つことが、付加価値の高い製品を開発することや、プロジェクトの立ち上げスピードを早くすることにつながる」というのが同氏の考え方。将来的に量産化に踏み切るフェーズにおいては、ファブレス型で運用する方針だという。
「AIやロボティクス技術を用いて省人化や自動化に取り組んでいますが、『人のリプレイス』をやりたいわけではありません。たとえば飲食店やサービス業における接客は、人がやるからこそ生まれる温もりなど、人的な付加価値が大きい部分です。私たちが自動化や省人化をするのは、あくまでロボットの方が得意とする工程。ここを徹底的に効率化することにより、人の手を介すことで付加価値が生まれる業務に、より多くの時間を使えるようにしていきたいと考えています」(中尾氏)