
- VC担当者が後押し、創業1年後の資金調達後にM&Aを実施
- M&Aで経営人材獲得し、アジア圏でのナンバーワンを目指す
- PMIの肝はスタートダッシュ、グロースの手応えが現場に火をつける
M&A(合併と買収)と資金調達のプラットフォームを運営するスタートアップ・M&Aクラウド代表取締役CEOの及川厚博氏が、M&Aを経験したスタートアップ、事業会社、VCへ「M&Aは『グロース』と『ハピネス』をデザインできるか?」をテーマに話を聞く本連載。第4回は、二度の延期を経て東証グロース市場に上場したEC・マーケティング支援企業・AnyMind Group代表取締役CEOの十河宏輔氏との対談の内容をお送りする。
及川:創業が2016年ですから、約7年での上場というスピード感でしたね。デジタルマーケティングとインフルエンサーマーケティングのプラットフォームでスタートして以来、次々と新サービスを立ち上げてこられ、先期(2022年12月期)の売上は250億円近い規模に達しました。事業の全体像からご紹介いただけますか。
十河:「ブランドコマース事業」と「パートナーグロース事業」の2軸で展開しています。ブランドコマース事業では、マーケティングプラットフォームのほかに、生産管理やECマネジメント、在庫・物流管理のプラットフォームもそろえ、ECやD2Cに取り組むクライアントを一気通貫でサポートしています。
一方、パートナーグロース事業では、クリエイターと呼んでいるインフルエンサーの支援やパブリッシャーと呼んでいるWebメディアやモバイルアプリを運営する企業のマネタイズ支援を行っています。
及川:「全く同じ領域をカバーしているプレーヤーはほかにいない」とIR資料にありましたが、投資家を回る際などはどう説明されたのですか。
十河:比較的近いのは、2021年にIPOをして、2022年にプライム市場に市場変更されたAIマーケティングのAppierさんです。成長率や利益の規模感、海外で創業しており海外売上比率が高い点なども似ているんですよ。主幹事会社や投資家との間でもよく話題に上がりました。
ただ、Appierさんはマーケティング領域を深堀りされているのに対し、当社はクライアントであるブランドのバリューチェーン全般にカバー範囲を広げてきています。そこは大きく違う点です。
及川:各事業の立ち上げ順は、当初から計画されていたのでしょうか。
十河:最初に取り組んだマーケティング領域には私自身、前職(サイバーエージェントグループのマイクロアド)で培った知見があったことに加えて、インターネットビジネスの中でもTAM(Total Addressable Market:獲得可能性のある、最大の市場規模)の大きい領域といえば、やはりマーケティングとECです。そこでクライアントとなるブランド群との関係値を築き、東南アジアにおいて先行者利益を取りに行く戦略でした。
ちょうどインフルエンサーマーケティングが東南アジアで盛り上がり始めていた一方、マッチングプラットフォームはまだ存在しなかった時期でもありました。その段階で他社に先駆けてプラットフォームをつくるのは、インターネットビジネスの歴史から見ても正しい選択だなと。
クライアント基盤を一定築いた後に、サービスを強化する意味もあり、コンテンツマネタイズに注力してきました。ここも伸びしろの大きい領域です。東南アジアは経済全般、成長著しい地域ですが、当社はその中でも成長市場に網を張っていて、ビジネス手法としては正攻法だと考えたことを取ってきたかたちです。
創業時からベンチマークしていたのがテンセントやアリババで、当社もアジア地域で圧倒的ナンバーワンになることをイメージしつつ、布石を打ってきました。

VC担当者が後押し、創業1年後の資金調達後にM&Aを実施
及川:M&Aに関しても、きっと早くからシミュレーションをされていたのかと思います。「この事業領域の会社を買いたい」とか「グループイン後はこんな機能を担ってもらいたい」といった考えはあったのでしょうか。
十河:M&A想定というより、経営者としてのトレーニングのような感覚で、シミュレーションは常にしていますね。「自分がこの会社の社長だったら、こういう一手を打つ」とか「このビジネスモデルは絶対にグローバル市場に通用するから、自分だったら今のタイミングで海外進出する」とか。そういうことを考えるのが癖になっているんです。
前述のとおり創業当時にベンチマークしていたのがテンセントやアリババでしたから、M&Aにはいずれ取り組んでいく必要があるとは当初から考えていました。GoogleやMETAにしてもそうですが、海外のメガベンチャーはM&Aをどんどん仕掛け、成長手段として使いこなしています。
そんなイメージを早くから持ちつつも、具体的にM&Aを考え始めたタイミングは、創業1年後の2017年に実施した資金調達の後からです。調達した16億円を成長投資としてどう使っていくか、その選択肢の1つとしてM&Aにも取り組みたいと考えました。
及川:調達した資金をM&Aに使っていくことは、VCなど投資家との出資交渉段階から握っていたのですか? 投資家とのコンセンサスをどのように取るかは、未上場スタートアップのM&Aにおいて課題になりやすい部分です。
十河:それが当社の場合、VCの担当者がむしろ全面的にバックアップしてくださったんです。ご自身が今までいろいろな会社を見てきた経験から、「M&A活用は企業がスピード成長を遂げるためのカギ」という考えをお持ちの方でした。
及川:なかなかないケースですね。
十河:最初のM&Aを実施した頃は、当社にはまだCFOもおらず、M&Aのケイパビリティもなかった中で、VCの担当者がCFO的な役割を果たしてくださいました。私と二人三脚でディールを進め、最終的なバリュエーション検討に関しても、かなりアドバイスしていただきました。
及川:なるほど、本当に相性がよかったんですね。M&Aに対する理解の深いキャピタリストと出会ったことが、AnyMindさんが未上場スタートアップのうちから“M&A巧者”になった大きなきっかけだったわけですね。

M&Aで経営人材獲得し、アジア圏でのナンバーワンを目指す
及川:最初にウェブメディア運営支援のフォーエムをM&Aした後、インフルエンサーマーケティングやD2C支援の領域を中心に、国内外で7件のM&Aを手掛けられました。一見、自社でも立ち上げられそうな事業を持つ企業が多いようにも思えますが、どんな戦略でM&Aを進めてこられたのでしょうか。
十河:当社にとって、特に重要なポイントになっているのは、経営人材の獲得です。今、アジア13カ国・地域で事業展開していますが、それぞれの地域で、経営人材をオーガニックで育成や採用するのはなかなか大変です。
その意味で、優秀な経営者のいる会社、かつ事業領域が近くて確実にシナジーの見込める会社をM&Aするというのは、当社がアジアで成長していくうえで、非常に有効な手法です。
グループ経営にもいろいろなスタイルがあると思いますが、当社の場合はコーポレートやバックエンドの機能含め、段階的にではありますが100%統合していくのが基本スタンスです。最終的にはカルチャーも近づけていきたいと考えています。ですから、先方の経営者にはAnyMindの経営にも一定のコミットをしていただきたい。そこは検討過程でもかなりディスカッションをしますし、M&A後の役割や契約書面にも必ず反映しています。
及川:かなりアクハイヤー(人材獲得を目的としたM&Aのこと)の側面が強いわけですね。
十河:例えば、タイのM&A先のトップとナンバーツーの人材がAnyMindグループの経営陣に入っていますし、香港のM&A先の社長も今、香港含めた中華圏全体の責任者になっています。国内でもM&AでジョインしたフォーエムやGROVE、ENGAWAの社長たちには、日本事業の経営の一部を担っていただいています。
こうしたスタイルを取ることで、AnyMindがグループとしてパワーアップすると同時に、仲間に加わる各社にとっても、社長自身がPMIの推進者になりAnyMindのアセットを自社の成長のためにフル活用できる体制が整います。結局、各社が何を期待してAnyMindにグループインするかというと、一番はそこだと思うんですよ。
AnyMindにとってM&A先は、その地域のそのドメインで圧倒的ナンバーワンを獲得していくためのパートナー。M&Aの目的としては非常にシンプルです。ですから、ジョインしてくれた経営者には、「事業成長のために必要なものは全力で提供します。何でも言ってください」といつも伝えています。
及川:M&A先のグロースにフォーカスする考え方は、以前お話を伺ったSHIFTさんとも通じるものがあります。
アクハイヤー色の強いAnyMindさんの場合、いかに相性のよい経営人材を獲得できるかがM&Aの成否を左右することになるかと思います。先方との相性を見極めるコツは何でしょう?
十河:やはりコミュニケーションを積み重ね、人となりを知ることです。特に海外の経営者の場合、文化的な違いもありますし、互いの考え方を理解できるまでに時間がかかることもあります。成約前に5回くらい飲みに行くこともあります。
及川:そういう席で、十河さんが必ず聞いているポイントなどあれば教えてください。
十河:なぜ起業したのかと、今後何を目指していくのか、この2点は必ず聞きます。要は「圧倒的ナンバーワン」への想いをいかに共有できるかです。そのためにできることや必要なことを熱く議論する中で、互いに理解が深まり、気持ちが固まっていくことが多いです。
及川:ということは、すでに「圧倒的ナンバーワン」になっている企業というより、これからなれそうな企業を買っている?
十河:そうですね、マーケット自体の成長スピードが速いですから。現時点でどうかはあまり重視していません。
デジタルマーケティングやインフルエンサーマーケティングの企業には、大きく2つのタイプがあります。1つはプロダクトドリブンで、テクノロジーやデータベースに強みを持つタイプ。そしてもう1つはオペレーションやセールスを得意とするタイプです。当社は前者の強みを持っていますので、パートナーとして補完関係にあるのは、後者のタイプです。互いの強みを活かし合うことでナンバーワンを狙える体制をつくるという観点でも、M&Aは有効な手段です。
今、世の中でどんどんテクノロジーの重要性が増していく中で、危機感を感じている経営者が多く、当社としてはグループインのメリットをアピールしやすい状況です。加えて、当社はアジア各国に拠点を置いているので、グローバル展開を図りたい会社に対しても、リソースを提供できます。実際、M&Aでジョインしたタイの会社の事業を半年で一気に複数市場に展開した例もあり、いい連携が取れています。
PMIの肝はスタートダッシュ、グロースの手応えが現場に火をつける
及川:先期(2022年12月期)に黒字転換を果たされました。これだけのスピード感でM&Aを重ねつつ、着実な事業成長につなげてこられた秘訣は何でしょうか。
十河:1つ大きかったのは、優秀なCFOを採用できたことです。元モルガン・スタンレーのTMT担当で、メルカリやLINEのIPOも支援していた人物なので、インターネットビジネスの解像度も高い。理想的なバックグラウンドの持ち主です。
出会いは数年前、私がモルガン・スタンレーの東京オフィスを訪問した際に、たまたま向かい合わせの席に座ったのが彼でした。お互い香川県出身と分かって「今度、香川飲みしましょう」と誘ってもらい、内心「こんなチャンスはない」と盛り上がりまして。その席で「CFOに興味ないですか?」と水を向けて、そこから一気に口説きました(笑)。
及川:やっぱり常にアンテナが立っているから、転がり込んできたチャンスをがっちりつかめたわけですね。
十河:おかげで2件目のM&Aからは、彼と二人三脚で進めてくることができました。彼は都度、『何がリスクになるか』『当社として譲れない条件は何か』といったことを冷静に提示してくれます。ビジネス面の勘も鋭いので、私との議論もスムーズです。ファイナンス面の要所は押さえつつ、絶妙なバランス感覚で進めてくれています。
及川:AnyMindさんの場合、そもそも近い領域で、高確度でシナジーの見込めるM&Aしているとは思いますが、一般にはそうしたケースでも、期待通りの成果が出ない事例は多々あります。AnyMindさんがPMIで成功してきた理由は何でしょう。
十河:M&A直後、つまりスタートダッシュの段階で目に見える成果をつくれるか、ここがカギになると思っています。現場が盛り上がり、「新体制になってよかった。今後もどんどん伸ばしていける」というムードができれば、あとはだいたい回ります。ですから、PMIの最優先事項は、両社の関係部門がいいスタートダッシュを切れる体制を整えること。この点は先方経営陣とも、事前に認識をすり合わせています。
早い段階で先方の業績を伸ばすことは、メンバーのリテンションの観点でも一番効果があります。とはいえ、それが100%有効かというとそうではありません。中にはM&Aに伴って会社の仕組みや雰囲気、オフィスなどが変わること自体にメンバーが違和感を持ってしまうケースもあります。それはやはり、どの会社でも多少はありますね。
当社の場合はこれまで、先方の創業者やキーマン、また社員に関しても、特に事業の成長と自己の成長に向けたコミットの強いメンバーたちにとって、エキサイティングな環境づくりにフォーカスしてきました。それが結果的に、グループ全体にとっての最適解でもあったと思っています。
及川:スタートアップにとって、事業成長のタイミングでキーマンのモチベーションが高まり、いいサイクルが回っていくことはよくありますね。その意味で、最大級の起爆剤になり得るのがM&Aなのかもしれないとお話を伺って感じました。
M&A先企業の創業者に対するインセンティブ設計に関しては、どんな工夫をされていますか。
十河:意識してきたのは、創業者の方にとって、M&A時点よりもジョイン後に、よりリターンを得られるかたちをつくることです。ですから、M&Aの対価を100%現金にすることはあまりなく、現金と株式交換を半々にしたりするケースが多かったですね。またAnyMindでの役割と組み合わせて株式報酬についても活用しています。
今後に関しても、引き続き株式交換やストックオプションは活用していきたいと考えています。
及川:上場後はM&A戦略も変わってきますか? これまでグロースフェーズの会社を買うケースが多かったと思いますが、より規模の大きな会社をドーンと買うスタイルに変えていくといったことはありますか。
十河:M&Aはやはり、上場準備期間中は控えざるを得なかった部分があります。ここからは攻めていきたいです。
とはいえ、上場企業としては当然、リスクもコントロールしながら一歩一歩着実に成長させていく責任がありますから、M&Aを考えるうえでもその観点は重要です。一方で中長期視点での勝負も必要だと思っています。当社がビジネス展開している東南アジアやインドは、向こう10年、20年伸び続ける市場だと思っていますし、個人的にもいずれは大型M&Aも活用したいという気持ちがあります。
もしリクルートがIndeedを買っていなかったら、META(当時はFacebook)がInstagramを買っていなかったら……と想像すると、当時大きな決断をした経営陣の目利き力を改めて感じます。AnyMindもアジアを代表する企業になっていくためには、どこかで思い切った判断が必要な場面が出てくるかもしれません。そのタイミングに備えて、今後もさまざまな角度から脳内シミュレーションをしつつ、経営力を磨いていきます。
