Anyplaceでは“リモートワークに最適化したサービスアパートメント”を運営している。快適なインターネット環境やオフィス家具、仕事用の機材などがあらかじめセットアップされているのが特徴だ。
Anyplaceでは“リモートワークに最適化したサービスアパートメント”を運営している。快適なインターネット環境やオフィス家具、仕事用の機材などがあらかじめセットアップされているのが特徴だ。
  • コロナ禍で宿泊施設に求めるものが変化、リモートワーク最適化で事業拡大
  • コロナで売上半減も、ユーザーの声から新たな事業機会を発見
  • 投資家から800万ドルを調達、将来的には短期利用ニーズにも対応へ

コロナ禍で激変した働き方。IT領域を筆頭にリモートワークが広がり、特に米国などでは場所を問わずに仕事をしながら生計を立てる「デジタルノマド」が増えた。フリーランスに限らず、フルタイムであっても自分の好きな場所から働く選択肢が少しずつ普及しつつある。

日本人起業家の内藤聡氏が米国で創業したAnyplaceは、そのような新しい働き方を後押しすることで事業を伸ばしているスタートアップだ。

コロナ禍で宿泊施設に求めるものが変化、リモートワーク最適化で事業拡大

Anyplaceが展開する「Anyplace」は、言わば“リモートワークに最適化したサービスアパートメント”だ。主に長期出張者やデジタルノマド人材に対して、快適なインターネット環境や仕事用の機材などを備えた物件を提供している。

「コロナ前後で働き方が変化したことによる、ユーザーが宿泊施設や長期滞在型の物件に求めるものも大きく変わりました」

内藤氏はコロナ後の変化についてそのように説明する。

「米国では『Work From Anywhere(オフィスにとらわれずあらゆる場所で働く)』が一般的になってきており、フルタイムでもリモートで働く人が増えています。そのような中で、宿泊施設に長期間滞在しながら働くというスタイルも広がった。実際にAirbnbなどの利用者も28日以上の長期予約が増えています」

「ただそこで課題になるのが、仕事環境です。従来の宿泊施設はコロナ前の前提で作られているものが多く、Wi-Fiが遅かったり、デスクが小さかったりする。単に宿泊するだけであれば良くても、そこで仕事をするとなるとペインが大きかったんです」(内藤氏)

例えばサンフランシスコのオフィス空室率は約20〜30%と高い水準。直近ではコロナ前の働き方に戻すような企業も出てきてはいるが「GAFAなどの一部企業ではそのような兆候も見られる反面、スタートアップを中心にリモートを継続する企業も多い」(内藤氏)という。

Anyplaceではこのリモートワーク時代の働き方における課題の解決策として、「リモートワークに最適な環境を実装した物件」を自分たちで提供するという方法を選んだ。

大手の不動産会社と提携して借りたアパート(サブリースモデル)に、高速なWi-Fi、広めのデスク、ワークチェア、モニター、ウェブカメラ、マイクといったリモートワークの必需品を設置。「ユーザーはラップトップさえ持ってくれば快適に仕事ができる」という環境を整えた上で、1カ月以上の長期滞在用物件として提供している。

物件のワークスペースのイメージ
物件のワークスペースのイメージ

主なユーザー層はコンサルティングファームやクリエーターなどプロジェクトベースで働く長期出張者と、シニアエンジニアなどを中心としたデジタルノマド人材。現在は米国の4都市で100室ほどを運営しており、ユーザーは平均で1回あたり2カ月程度滞在するという。

利用料金は都市や物件などによって異なるものの、大まかな目安は月額で5000〜6000ドルほど(1ドル140円換算で70万円〜84万円程度)と、決して安価なわけではない。だがこれまでAirbnbの物件や長期滞在型向けのホテル、既存のサービスアパートメントで仕事をしていたユーザーからすると、それらの施設には課題が多く、「このぐらいの金額を支払ってでも、もっと良い環境を手に入れたいというニーズがある」と内藤氏は説明する。

「ユーザーインタビューをしていて好評なのは、『仕事環境が保証されていること』と『質が一貫していること』です。ホテルやAirbnbの物件はWi-Fiやデスク環境などが実際にチェックインするまでわかりませんが、Anyplaceの場合はその点を担保しています。また困ったことがあれば現地のコンシェルジュが対応してくれるため、ホスピタリティの観点で気に入ってもらえることも多いです」(内藤氏)

2021年4月のローンチから2年強。まだまだ対象エリアや物件数は限られているものの、年間の売上は「Run Rate(直近の売上高をベースに推計した予測値)で430万ドル規模」まで拡大。この1年でも3倍近くの成長を遂げているという。

「このペースで拡大できれば年内には1000万ドル規模も目指せるくらいには伸びてきています。1600室ほど運用できれば1億ドルを超えるくらいの事業規模が見込めるので、まずはそこを目指します」(内藤氏)

基本的にユーザーは物件に居住するので、キッチンなどのスペースも完備。物件によっては(建物内に)フィットネスジムなども備える。
ほとんどのユーザーは物件に居住することになるので、キッチンなどのスペースも完備。物件によっては(建物内に)フィットネスジムなども備える。

コロナで売上半減も、ユーザーの声から新たな事業機会を発見

現在運営するサービスは約2年前に始めたものだが、会社の創業自体は2015年までさかのぼる。渡米して起業するものの、最初の2年は苦戦。内藤氏は複数のサービスに挑戦したが、どれもうまくはいかなかった。

そんな時期を経て、2017年にローンチしたのが「ホテルを賃貸できる」ことをコンセプトとしたAnyplace(現在のAnyplaceとは異なるサービス)だ。

元々のAnyplaceはホテルやコリビング物件などの一室を月単位で手軽に賃貸できるマーケットプレイスで、サービス上に掲載している物件は基本的な家具やインフラ周りのセットアップが完了している点が特徴だった。内藤氏自身が引っ越しにストレスを感じていたことから、「ホテルに住む」感覚で、フレキシブルな住の体験があれば便利なのではないかと考えたことがきっかけだ。

そこから発展した現在のAnyplaceは年々利用者が増加し、事業規模も拡大。国内外の投資家から数億円規模の資金調達も実施した。

ただ、さらなる成長に踏み切ろうというタイミングでコロナが本格化。ロックダウンの影響などから予約のキャンセルや早期退去などが相次ぎ、Anyplaceも「2020年のGMV(取扱高)は半分以下に減った」ほどの打撃を受けた。

一方で、コロナ禍において新たな働き方が広がるにつれて、デジタルノマド人材などの利用が少しずつ増えていった。

「これで一気に事業が回復すると思ったのですが、実際には使ってくれたものの、なかなか契約が延長されなかった。ユーザーにフィードバックを求めると『Wi-Fiが遅い』とか『デスクが小さい』といった声が聞こえてきたんです。扱っている物件がコロナ前の働き方に最適化したものだったため、(リモートワークに慣れた)新たなユーザーが満足するような物件がないことが原因だとわかりました。もともとマーケットプレイスとして(既存の物件を掲載するモデルで)運営してきたので、自分たちで在庫を持つという発想はありませんでした。ただニーズに応えるには新しい物件を自分たちで作る必要があると感じて動き出したんです」(内藤氏)

Anyplace代表の内藤氏
AnyplaceのCEOを務める内藤聡氏

内藤氏の友人が、Airbnbで借りていた滞在用の物件に重たいモニターをわざわざ運び込んで仕事をしている姿を目にしたこともヒントとなった。「そこまでして仕事環境にこだわるのであれば、リモートワークに特化した物件を作ればチャンスがあるのではないかと感じた」という。

通常であれば事業基盤が小さいスタートアップが不動産会社から物件を仕入れるのはハードルが高いが、コロナ禍で空室が増えていたことも内藤氏たちにとってはプラスに働いた。自ら営業し、物件の調達に成功。まずはテスト的に1部屋だけ運営してみると、すぐに大手IT企業のデータサイエンティストの利用が決まった。

反応が良かったことから手応えを掴み、内藤氏は正式なサービス化を決断。2021年4月に「Anyplace Select」としてローンチする。

投資家から800万ドルを調達、将来的には短期利用ニーズにも対応へ

その後のAnyplace Selectの拡大により、会社は再び成長軌道に乗った。会社としてもより大きな可能性が見込めるAnyplace Selectに注力すべく、サービスブランドをAnyplaceに統一した上で、マーケットプレイス型の旧Anyplaceを閉じることを決めた。

現在のサービス上では自社で仕入れた物件のみを扱っているため、「サービスの体験全体を管理できること」がマーケットプレイスとは異なるポイント。一方で物件や家具の調達ために、先行して資金が必要となるビジネスでもある。

Anyplaceでは今後の成長に向けて、国内外の投資家から新たに800万ドルを調達。著名な個人投資家でもあるジェイソン・カラカニス氏が立ち上げた米LAUNCH Fundやアーリーステージ向けVCの米CapitalXに加えて、日本の三井住友海上キャピタル、FreakOut Shinsei Fund、デライト・ベンチャーズなどが今回のラウンドに参加した。

Anyplaceはシリコンバレーバンクから200万ドルのデットファイナンスも実施しており、それも含めた調達総額は1000万ドル。この資金を用いて組織体制の強化と共に物件の拡大に取り組む。

まずは長期滞在を軸に都市や物件数を拡大しながらサービスの成長を目指すが、将来的には短期利用にも拡大していく構えだ。

短期の運用の場合には規制の問題がネックになるが、中小規模のホテルなどと契約し、内装を変えて提供する方法を取れば、ホテルと同じように短期間で貸し出すことができる。サービスの方向性は異なるものの、2022年にSPACを介してNASDAQに上場したSonderのようなプレーヤーも存在する。

「現時点ではバーティカルニッチな領域かもしれませんが、だからこそ他の目立った選択肢もない状況です。従来の宿泊施設としては、大がかりな投資をして既存の物件にテコ入れをするほどは仕事環境を重要視していない。一方でスタートアップにとってはキャピタルインテンシブな領域なので、資金調達環境が厳しい状況で新たに参入するのは一定のハードルがあります。チャンスがある間にしっかりと事業を広げて『仕事環境でいったらAnyplace』だと思ってもらえるようなサービスにしていきたいです」(内藤氏)