デライト2号ファンド マネージングパートナーの南場智子氏、渡辺大氏、浅子信太郎氏
左からデライト2号ファンド マネージングパートナーの南場智子氏、渡辺大氏、浅子信太郎氏
  • 2号ファンドではディープテックにも投資
  • 社会人起業家候補に伴走しながら投資するビルダーファンド
  • 今が日本のスタートアップエコシステムの可能性を広げるチャンス

ディー・エヌ・エー(DeNA)創業者で代表取締役会長の南場智子氏が、起業・事業経験を持つメンバーらと2019年に創業したデライト・ベンチャーズ。1号ファンドはDeNAの単独出資でありつつもコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)ではなく「独立系ベンチャーキャピタル(VC)」をうたい、シード・アーリーステージのスタートアップに投資。これまで約100億円を運用し、累計45社に出資してきた。

同社は7月5日、新たにデライト・ベンチャーズ2号投資事業有限責任組合(デライト2号ファンド)を150億円規模でファーストクローズしたと発表。同時にスタートアップスタジオ機能に特化した15億円規模のデライト・ベンチャーズ・ビルダー2号投資事業有限責任組合(デライト・ビルダーファンド)の設立も明らかにした。

2号ファンドにはDeNAのほか、機関投資家や金融機関、事業会社も出資。1000億円規模以上の社会課題解決やグローバルをターゲットに成長を目指すスタートアップを対象に投資を行う。

また、ビルダーファンドでは、同社がこれまでもベンチャー・ビルダー事業として行ってきた起業準備・事業創出フェーズの起業家支援に特化。起業を志すビジネスパーソンが本業の傍らで起業できる環境を用意して事業化を進め、フェーズごとに判断して投資をする。

2号ファンドではディープテックにも投資

新ファンドの立ち上げにあたり、純投資と起業準備・事業創出フェーズの支援に特化したビルダーファンドとを分けたのは、なぜか。デライト・ベンチャーズを南場氏とともに創業したマネージングパートナーの渡辺大氏は、「必要なスキルセットや実行すべきことがかなり違うので、それぞれの成功確率を最大化するため」と説明する。

先述のとおり2号ファンドは、DeNA単一LPだった1号ファンドと異なり、機関投資家や金融機関の三菱UFJ銀行、第一生命、日本生命、みずほ銀行、三井住友銀行、横浜銀行、そして事業会社の三井不動産なども出資している。

「VCがあるべきパフォーマンスを行うためには、機関投資家をはじめとした金融機関の投資を受け、名実ともにコーポレートVCではなく独立した運営を行うVCとして見てもらわなければなりません。これは1号ファンド立ち上げの時から計画していたことですが、今回、外部から大部分の出資を受けることができました」(渡辺氏)

投資テーマは、「情報の非対称性を解消するビジネス」「社会生産性を劇的に改善するビジネス」「社会の持続性に直接貢献するビジネス」の3つ。渡辺氏は「スタートアップエコシステムには、経済を引っ張っていく大企業を生み出す役割がある」として、投資先選定では「世界に羽ばたく“兆円”企業になるかどうか」を重視すると述べている。このため、1号ファンドでは手がけなかったディープテック領域にも、ファンドの15%程度を投資していく構えだ。

「ディープテックは収益化までの道のりが長く、ビジネスとして成り立たないなどの失敗パターンもよくあります。我々の強みは、ビジネス面でDeNAのアルムナイネットワークからの人材供給や、マーケットリスクの見極め力があること。また技術リスクについては、共に出資するディープテック系のVCなど、専門家に聞きながら投資を進めていきます」(渡辺氏)

また、クライメート(気候)テックについても「Web3やAIより長期かつ本質的・不可逆的な領域なので、注力していくことになると思います」と渡辺氏は述べている。

1社あたりの投資サイズは1号ファンドと同様の数千万円〜数億円で、1社最大20億円を想定。アーリーステージでの投資先の中で大きな成長を見込めるスタートアップには、手厚いフォローオン投資を行っていく考えだ。

社会人起業家候補に伴走しながら投資するビルダーファンド

デライト・ベンチャーズは創業以来、VCとしての純投資と同時に、起業を目指す社会人を対象にした起業機会創出にも取り組んできた。1号ファンドにおいても累計14件、VC資金を調達しての独立・起業を実現している。

ビルダーファンドの設立にともない、南場氏に加えて新たにDeNA出身の坂東龍氏、同じく元DeNA CTOの川崎修平氏が同ファンドのマネージングパートナーに就任した。坂東氏は「みんなのウェディング」事業責任者やペイジェント取締役、SHOWROOM取締役などを務めた人物。川崎氏はエンジニアとして「Mobage」や「モバオク」を3カ月で開発した経緯を持つ。

2号ファンドと異なり、ビルダーファンドは1号ファンドと同様にDeNA単独出資で運営する。

デライト・ビルダーファンド マネージングパートナーの南場氏、坂東龍氏、川崎周平氏
左からデライト・ビルダーファンド マネージングパートナーの南場氏、坂東龍氏、川崎修平氏

ビルダーファンドの強みについて、渡辺氏は「DeNAのアセットや人材をいいとこ取りできるところ」という。

「DeNAにとっては、独立したVCとしてデライト・ベンチャーズが成功することで、新しい取引の流れや起業家を引き付け、ブランドを上げることができる。これは長期的なファイナンシャルリターンや成功を意図的に選択した結果。これを継続することを重視して、ビルダーファンドはDeNAの1社LPとしています」(渡辺氏)

デライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダー事業では、これから起業したい社会人を主なターゲットとしている。ファンドはファイナンシャルリターンで利益を出すビジネスモデル。だが投資判断だけでなく、起業家候補に伴走して事業のネタや顧客課題探し、そのためのフレームワークを提供するなど、アイデア作りから運営・外部VCからの調達までの一連のフローで起業家を支援する。

ベンチャー・ビルダー事業におけるスピンアウトまでの流れ
ベンチャー・ビルダー事業におけるスピンアウトまでの流れ

「起業は上流工程ほどリスクが高く、失敗要素がたくさんあります。そこをなるべく上流で一緒に見つけて、ムダな失敗をせずにスタートアップとして始動する、というところを我々の価値として提供しています」(坂東氏)

坂東氏は「大企業にはすごく優秀な方々が社会人として働いていますが、そういう人が起業しようと思い立っても、いきなり会社を辞めて起業するには、給料や生活のリスクがある。それに起業準備の時間がなかなか取れません」と社会人起業の難しさについて話す。

そこでデライト・ベンチャーズが書類選考・面接を通過した起業家候補に対して、「課題探索・企画」「開発前検証」「初期開発・検証」「運営・調達」の各フェーズで支援をしながら、予算を承認(投資判断)するかたちで事業化を進める流れだ。初期開発・検証のフェーズ以降は、デライト・ベンチャーズが起業家候補を有期雇用し、子会社として会社を作って検証を続け、うまくいったものはスピンアウトする。

「スピンアウトするときに、オーナーシップを持ってもらうことを我々は重視しています。そこで株式の82%を創業者、我々は18%の割合を持って卒業してもらうというところが特徴となっています。一般的な企業の中で事業を作ってスピンアウトしても、事業責任者が株式の大半を持つことは、日本ではほぼありません。新規事業を企業の中で作る安心感と、スタートアップとして成功したときに事業責任者にファイナンシャルリターンがあるという、2つのいいとこ取りを目指しているのがこの仕組みです」(坂東氏)

「ほとんどが失敗するスタートアップの中で、それほど大きくない会社の50%の株式を持っているより、少ない割合でもすごい成功をする会社の株式を持っていた方が、VCとしてははるかにいい。確率を優先せず、短期の実入りを優先することでかえって成功確率を下げるというのは、日本の“オープンイノベーション”だけでなく、米国のCVCでもよくある話。この発想の転換は重要です」(渡辺氏)

起業家候補については、純投資型の2号ファンドと同様に「世の中の大きい課題を解決するインパクトのある事業を作るという野望を持っていることは、前提として大事」と坂東氏はいう。これまでの応募者には、銀行や商社などの大企業で新規事業を担当してきた人や、DeNAのようなメガベンチャーの新規事業部門にいた人、スタートアップのミドル〜レイターステージで社長以外のコアメンバーとして活躍している人などが多いそうだ。

事業では「課題解決型の事業へ投資したい」と坂東氏。エンターテインメントやBtoCよりは、明確に顕在化している課題を解決したい人が対象となっているという。

「起業はしたいけれども事業のアイデアが見つからない、プロダクトを作るチームを組成したいけれどもエンジニアがいないといった、熱量はあって優秀なんだけれども起業できない方が、本当に日本にはたくさんいる。そういう人たちに、我々はフレームワークやお金、人材といった武器を提供して、一緒に起業家の課題を解決したい」(坂東氏)

今が日本のスタートアップエコシステムの可能性を広げるチャンス

「スタートアップエコシステムがもたらした影響は、ちょっとした隙間経済などではなくて、経済そのものの原因を担うようになっています」と渡辺氏は語る。

世界の時価総額上位10社を見ると、7社がVCによる出資をもとに上場した企業だ。Apple、Microsoft、Alphabet(Google)、Amazonなど、日本でも大きな存在感を示している。また、米国のR&D支出の8割以上、雇用の約半数が、VCから資金調達した企業によってまかなわれている。

世界の上場企業 時価総額ランキング(2023年6月28日現在、CompaniesMarketcap.com)
世界の上場企業 時価総額ランキング(2023年6月28日現在、CompaniesMarketcap.com

一方、日本の時価総額上位50社の中には、VCから資金調達したスタートアップは入っていない。

「本来のスタートアップエコシステムの役割は、ものすごい数のトライアルがあって失敗もあるが、異常値的に成功したところが経済を引っ張ること。日本のスタートアップは(上場サイズが)非常に小さいだけでなく、分布でも“小さいドングリ”の背比べになっています。これはあるべき姿ではありません」(渡辺氏)

日本の経済は大企業主体のままだと渡辺氏はいう。VCへの投資も機関投資家からではなく、ほとんどが大企業からのもので、人材も大企業に集約されている。起業しても、新しいビジネスにチャレンジしにくく、失敗できない環境にある。会社法や税制面でも世界から見れば不便な点が多い。また、スタートアップが異常値的な成功を狙う前に、小さな成功で上場することが習慣的にも契約上も課せられており、上場してしまえば四半期ごとの利益の多寡に事業が左右されるようになる。さらに、逆説的だが世界第3位の経済圏を抱える日本では、海外進出しなくてもビジネスが成立してしまう状況もある。

「上流から川下まで、日本のスタートアップのエコシステムは、世界と比べて小さくなる要因が多々あります。これを1つのVCで解決することはできませんが、ある程度のインパクトは残したい。起業のハードルを下げ、我々が金銭的なリスクを取ることで、起業家がビジネスのリスクを取りやすくし、大きくチャレンジしてもらえるような投資形態や、ストックオプションの仕組みづくり、経済界に対する働きかけを行う。それにより、このエコシステムの不可逆的な変革に貢献したい。これはデライト・ベンチャーズ設立のもともとの趣旨でもあります」(渡辺氏)

渡辺氏は「1号ファンド設立から3年の間に、世の中のモメンタム(情勢)が変わった」といい、スタートアップ育成5か年計画も出た今、「いいタイミングに新ファンドを設立できた」と話している。世界的にはVCが逆風にある中で、これまでスタートアップ投資の比率が少なかった日本では、VC投資を増やそうという動きもあるという。

「世界が足踏みしている間に、日本が急速に追いつくチャンスです」(渡辺氏)