
- ECサイトで約700万円の売上を記録、老舗店の冷凍煮かつサンド
- 独自技術で汎用性の高さを実現、熱々の料理もそのまま冷凍可能に
- 「冷凍機メーカー」ではなく「冷凍ソリューション」の会社へ
- “冷凍機屋”生まれの起業家が創業、きっかけはマンゴスチン
- 年商は二桁億円に、パナソニックCVCなどから20億円調達し1兆円企業目指す
“冷凍食品”の領域が活性化している。長期間保存できる上に調理が簡単なものも多く、多様な料理や素材を手軽に自宅で楽しめるのがメリットだ。事業者の視点では販路の拡大のほか、フードロスの削減や飲食現場における人手不足といった課題の解決策としても期待が高まる。
特にこの2〜3年はコロナ禍で内食需要が増したことに加え、新たな収益源の創出に向けて冷凍食品に可能性を見出すプレーヤーが増加。大手食品事業者から新進気鋭のスタートアップ、街の飲食店まで冷凍食品を手がける企業の幅自体も広がってきた。
冷凍食品市場が拡大する背景の1つに急速冷凍を中心とした冷凍技術の進化が挙げられるが、独自の冷凍技術で注目を集める“冷凍テック”スタートアップがある。2013年創業のデイブレイクだ。
同社では2021年10月に自社開発の特殊冷凍機「アートロックフリーザー」の販売を始めた。強みは汎用性の高さだ。従来は冷凍が困難だとされていた食材のうまみや形状を維持しながら急速冷凍できるため、この冷凍機を用いれば寿司やカツサンド、天ぷら、ラーメン、弁当などさまざまな料理が冷凍化の対象となる。
東京都内のある寿司屋では9999円の「冷凍寿司セット」を商品化してオンライン上で販売したところ、「自宅で職人の味が楽しめる」とたちまち人気商品に。月間で300食を売り上げた。
アートロックフリーザーは個人経営のパン屋から上場企業まで幅広い規模の事業者で活用が進んでおり、発売から約1年半で導入社数は400社を超える。
スタートアップが手がけるこの冷凍機がなぜ注目を集めるのか。デイブレイク創業者で代表取締役を務める木下昌之氏に、その理由や事業を立ち上げた背景を聞いた。
ECサイトで約700万円の売上を記録、老舗店の冷凍煮かつサンド
東京・八王子に店舗を構える老舗店・Jazz Bar & Cafe ROMAN。同店ではアートロックフリーザーを活用し、長年親しまれてきた看板メニューである「煮かつサンド」の冷凍販売を始めた。
従来は店内で提供していたメニューを“冷凍煮かつサンド”として商品化すれば、直接来店することが難しかった消費者にもECサイトを通じてその味を届けられる。ECサイトでは最高で月に約700万円の売上を記録するなど、売上拡大にも大きく寄与した。

商圏や販路の拡大による売上アップは、事業者にとって冷凍化することによるわかりやすいメリットだ。冷凍すれば長期間保存ができるため、食品や素材の廃棄を減らすことで余計なコストを削減し、利益率を改善する効果も見込める。
九州のあるうなぎ店ではデイブレイクの支援を受けて「うな重」を冷凍化し、自動販売機などで提供している。自販機で売ることで営業時間外に非対面で顧客にリーチできるようになったが、変化はそれだけではない。「自販機で購入して気に入った消費者が今度は店舗に食べに来る」といったように、認知拡大や集客の効果ももたらしている。
冷凍技術の活用が、現場の人手不足の解消や働き方改革につながるケースもある。上述したうなぎ店ではセントラルキッチンを取り入れた、新しい店舗のオープンを予定している。新店では店内で複雑な加熱料理などをせず、あらかじめセントラルキッチンで職人が調理して冷凍しておいたメニューを、電子レンジなどで温めて提供するという。
「決められた手順に沿って温めればアルバイトスタッフでも職人の味を再現できるようになるため、各店舗ごとに職人を配置する必要がなくなります。飲食業界では職人の採用が大きな課題になっていますが、(冷凍技術を用いれば)新しいビジネスモデルを実現できる可能性があります」(木下氏)

あらかじめ料理を冷凍しておけば、ピーク時の現場の負担を軽減することもできる。ある弁当店では4名程度の従業員が早朝4時から出勤して仕込み作業をしていた。デイブレイクの冷凍機を導入することでどのような変化が生まれたのか。
おかずは日中に前もってまとめて作っておき、冷凍してストックするように業務のやり方を変えた。そうすることで早朝に一から調理をする必要がなくなり、お米や凍らせたおかずを容器に詰めるだけで済むように。結果として8時から作業を始めても十分に間に合い、人手も2人いれば対応できるようになった。
独自技術で汎用性の高さを実現、熱々の料理もそのまま冷凍可能に

デイブレイクの特殊冷凍技術は、冷風を用いた急速冷凍(エアブラスト)技術をさらに発展させたものだ。
食材を冷凍する場合、0℃〜ー5℃の温度帯(氷結晶生成温度帯)を通過する際に細胞に含まれる水分が氷に変わる。通常の冷凍技術では氷の結晶が大きなひずみになることで細胞を破壊してしまい、うまみ成分の破壊や変色を引きおこす原因となっていた。
それに対して急速冷凍では素早く水分を凍らせることにより、氷の結晶を小さくし、細胞の損傷を極小化する。そうすることによって、うまみ成分の流出を防げるわけだ。
デイブレイクではこの技術を基としながら、冷風の温度や風の当て方などを独自に研究。調理済みのあたたかい食品や、形状維持などの観点で冷凍が難しいと考えられていた食品の急速冷凍を実現した。
「従来は冷たい温度の強烈な風をガンガン当てれば早く冷凍でき、品質が高くなると考えられていました。それは間違いではないのですが、食材にダメージを与えてしまい、冷凍の対象となる食材が限られてしまう可能性がある。そこで優しい風を当ててみるのはどうかと試してみた結果、工夫次第では米の立ち方や魚の色といった品質の向上を見込めることがわかりました」
「自社製品で特徴的なのが風を送るファンの数で、この部分をものすごく研究しました。一般的な製品ではファンは3枚程度ですが、当社のファンは倍以上。小さな気流を大量に発生させることで優しい風が食材に満遍なく当たり、食材へのダメージを抑えることができる。冷凍ムラがなくなることで、凍結完了までの時間を短縮する効果もあります」(木下氏)

急速冷凍の手法としては冷風の他にも液体や窒素ガスを用いるものもある。デイブレイク がその中から冷風を選択しているのは、コスト面や汎用性の観点が大きい。
窒素ガスは大量の食品を冷凍する際などに適している反面、冷凍時の電気代やガス代といったランニングコストが高くなりやすい。冷風を基にしたアートロックフリーザーでは、窒素ガスを用いるケースと比べて「1キロの食材を冷凍する際のコストを10分の1以下に抑えられる」ため、小規模な事業者でも導入を検討しやすい。
液体を用いる手法では、真空パックした食材をアルコールなどの液体に入れて冷凍する。冷凍効率自体は高いとされている一方で、必ずしも汎用性は高くはない。例えば刺身などを真空パックすると、形状が変わってしまったり、うまみなどがドリップとして流れ出てしまったりする恐れがある。

上述したように「汎用性の高さ」はデイブレイクの特殊冷凍技術の特徴だ。400社以上の導入企業のうち、7割程度は本格的な冷凍機を導入するのが初めて。冷凍化できる食品の対象が広いことが、顧客層や市場自体の拡大にもつながっていると木下氏は話す。
加えて、アートロックフリーザーには冷凍機内や外部の温度をセンサーで把握し、アラートを出すような仕組みも組み込まれている。冷凍機の中に食材を入れすぎると内部の温度が上がり、急速冷凍の効果が損なわれてしまう。機械側がそのリスクを感知して、ユーザーをサポートするようなかたちだ。


「冷凍機メーカー」ではなく「冷凍ソリューション」の会社へ
現時点でデイブレイクの売上の大半は冷凍機の販売によるものであり、同社が“冷凍機メーカー”であることは間違いない。ただ、単に冷凍機を売っているだけの会社ではなく、冷凍機の販売以外にも複数のマネタイズポイントがある。
木下氏はデイブレイクについて、冷凍機を軸にした冷凍ソリューションの会社であり「むしろ冷凍機を販売してから(のサポート)が重要」だという。
例えば社内には料理人や管理栄養士などから組成された研究開発チーム(ラボ)が存在し、そのチームが中心となって顧客と共同で“冷凍に最適なレシピ”の研究開発に取り組んでいる。
木下氏によると、冷凍化にあたっては通常のレシピとは異なる冷凍用のレシピの開発が成功のカギを握ることも多い。同じ素材でも冷凍の方法次第で品質が大きく変わるからだ。
魚などの素材であれば、冷凍前の処理スピードや冷凍時間によって味や食感に違いが生じる。魚種が同じでも産地や魚の状態が違えば、最適な冷凍の方法も異なるという。
調理した食材を冷凍する場合も同様だ。だし巻き卵であれば、片栗粉を加えることで旨味成分を逃さずに保持できる。寿司の場合は冷凍することで酢飯の風味が飛んでしまうため、通常の酢飯とは異なる専用の酢飯が必要になる──。このような具合に、ラボのメンバーが中核となって徹底的にレシピを研究するのだそうだ。
研究内容については顧客向けに動画コンテンツとしても配信している。ノウハウの共有や顧客同士の交流を目的としたファミリー会(ユーザー会)の開催や、成功企業の現場を訪問するモデル企業視察ツアーも含めて、「冷凍リテラシー」の向上につながる施策には積極的に取り組む。
ビジネスモデルは違えど、このようなアプローチは旧来のメーカーよりもSaaSを手がけるスタートアップなどに近いかもしれない。
「急速冷凍機を購入している企業でも、実際にうまく活用できているのはそのうちの5%程度ではないかと思うんです。逆に言えば、95%ぐらいの企業に関してはもっとうまく活用できる余地がある。実際に顧客からも(購入後の)サポートやコミュニティへのニーズは高く、それが選ばれる理由の1つにもなっています」(木下氏)
冷凍フードの販売支援も冷凍ソリューションの一環だ。プロデュースした冷凍食品の販売先に困っている顧客も多いため、デイブレイクでは「アートロックフード」として百貨店や小売店などに顧客の商品を代行販売する事業も展開している。
特に今後広げていこうとしているのが海外だ。その一歩目としてシンガポールに拠点を開設し、日本企業が手掛けた冷凍食品のグローバル展開に取り組む。
「冷凍の強みは(手順などに沿えば)いつでもどこでも同じ味を再現できる可能性があること。日本の食品を世界にも出すことで、商圏を大きく広げていくことができます」
「ただ、海外で販売するとなると、コンテナの契約や現地での販売員の採用、プロモーションなどやらなければならないことが多い。特に中小規模の会社の場合、自社だけで海外進出するのは簡単ではありません。デイブレイクが突破口を開いていくことで、顧客のビジネスを後押ししながら、自分たち自身も世界で勝てる企業になっていきいたいと考えています」(木下氏)
“冷凍機屋”生まれの起業家が創業、きっかけはマンゴスチン

近年は「フードテック」と言われるように食の領域で新たな事業を展開するプレーヤーの数が増えてきた。ソフトウェアやアプリだけでなく、調理ロボットなどハードウェアを手がけるスタートアップも徐々に生まれてきているが、「冷凍機」を手がけるスタートアップはかなり珍しい部類に入るだろう。
そもそもなぜ木下氏は冷凍機を軸としたビジネスで起業をしたのか。その背景には自身の生い立ちも深く関係しているという。
木下氏の家系は80年ほど続く老舗の“冷凍機屋”だ。木下氏自身も21歳から10年以上にわたって父親が代表を務める会社に務め、施工管理士として経験を積んできた。
転機となったのは30代で東南アジアを旅したこと。「業界でひと通り経験を積んできた中で、収益は上げられるけれど、何のためにやっているのかが見えなくなってしまっていた」ことを機に、海外へ旅に出かけた。その際に偶然タイの露店で出会った“マンゴスチン”が、木下氏の起業の原体験となった。
「その美味しさに感動したのと同時に、この味をどこでも食べられるような仕組みを作ることができればイノベーターになれるのではないかと思いました。自分が培ってきた冷凍技術を使えば、それが実現できるかもしれない。この領域なら自分自身にしかできないチャレンジができる、ある意味『宿命』のようにも感じたことが、起業のきっかけとなりました」(木下氏)
露店では複数の店舗で同じようなフルーツが並べられており、余ったものが大量に廃棄されていることを知った。そのような状況下で生産者や販売者が儲かっているのかといえば、決してそうではなかった。
廃棄してしまっているものを冷凍して価値ある商品に変換できれば、生産者や販売者にも対価を戻せるのではないか。当時は「フードロス」や「サーキュラーエコノミー」といった概念の注目度は高くはなかったが、冷凍技術が社会課題の解決に繋がるかもしれないという見立ては起業前からあったという。
木下氏は2013年にデイブレイクを創業し、思い入れの強かった「冷凍」を軸に事業を始める。とはいえ最初はメーカーとしてではなく、既存の冷凍機を扱う代理店としてスタートした。
翌年には複数の冷凍機を掲載した比較サイトを立ち上げ、「冷凍機版の保険の窓口のような立ち位置の会社」として、顧客のニーズを聞きながら最適なものを提案した。
複数の会社を横並びにして比較する仕組みには、当初反発もあった。ただ「本当に良いものを作っている会社にとっては、販路の拡大にもつながる」と木下氏自ら各社の代表に直接説明して回り、理解を得ながら事業を作っていったという。
ただ、代理店事業が広がるに連れて、次第に課題を感じるようにもなった。デイブレイクには、さまざまな顧客から冷凍機に関する要望や製品へのフィードバックなどが集まる。それを各メーカーに何度も伝えていたが、なかなかアップデートが進まず、思い描いていたような製品が生まれない。顧客のニーズとの間にギャップが広がっていた。
また市場の競争環境自体も変わり始めていた。デイブレイクのサイトを模倣するような競合も出始め、会社としても事業内容にテコ入れをするフェーズに差し掛かっていた。
顧客のニーズに応えるために、自分たちで冷凍機を作ろう──。
デイブレイクでは祖業の代理店事業に加えて、2016年には冷凍フルーツをオフィス向けに販売する「HenoHeno」事業を開始するなど事業領域を広げていたが、2020年に自社で冷凍機を作ることを決断。そこから生まれたのが現在の主力製品となっているアートロックフリーザーだ。
年商は二桁億円に、パナソニックCVCなどから20億円調達し1兆円企業目指す
デイブレイクは自社で製造機能を持たない“ファブレス型”のメーカーではあるが、それでも冷凍機の開発販売に挑戦すれば今まで以上にコストがかかり、それだけリスクも伴う。
木下氏は「そこに対しては不安もあった」が、製品自体には当初から自信があったという。10年近く代理店事業に取り組む中で豊富なデータやノウハウを蓄積し、見込み客のネットワークも構築していたためだ。
現在のアートロックフリーザーの価格は最安モデルでも約400万円。それでも導入先が広がり続けており、販売から1年半で導入社数は400社を超えている。会社の売上も年商で二桁億円規模まで成長してきた。
まずは国内市場でしっかりと勝ちきることが目標だが、その先にはグローバル展開も見据える。すでにアートロックフリーザーは10カ国で顧客を抱えるが、特に欧米などでは「ノンフロン化」などサステナブルな冷凍機を求める声が強い。現時点での製品では応えられないニーズも存在するため、冷凍機の改良も必要だ。
デイブレイクではさらなる事業拡大のための資金として、2023年7月に創業以来2回目となる外部投資家からの資金調達を実施した。金融機関からの融資も合わせて調達総額は20億円となる。
今回のラウンドではモバイル・インターネットキャピタル、環境エネルギー投資、パナソニックくらしビジョナリーファンド(パナソニックのCVC)、SMBCベンチャーキャピタルなどが株主として参画。特にパナソニックとのタッグは今後の製品開発においても大きいという。
今後は調達した資金も活用しながら環境に配慮した新たな冷媒の研究開発を進める。リモートコントロールや遠隔監視などのIoT機能の改良、データを活用したAIフリーズモードの開発など、テクノロジーを用いて利用者を手助けする仕組みの実装にも力を入れる計画だ。
「ある投資家には、『ITやAIの領域で勝てている日本企業はほとんどいない』と言われました。ですが冷凍機のようなグローバルニッチな産業や製品においては、世界で勝てる可能性がある。実際に加熱調理の領域では、時価総額が1兆円を超えるドイツ発のラショナルのような企業も生まれています。冷凍の領域はIoTやAIの活用なども含めて、これからさらに進化していく領域です。ここで世界で1番の会社になりたいですし、それができれば時価総額が1兆円を超えるところも目指せると考えています」(木下氏)