
- 採用難で現場の生産性向上が急務に
- 通常ルートよりも大幅にショートカット
- 業務のデジタル化で生産性向上、掲載できる商品数が1.5倍に
- 地方のネットスーパーが「安くて早い」でAmazonを上回る
- 「アプリで買うきっかけ」をいかに作るか
- アフターコロナの成長にも期待
コロナ禍で「買い物」に関する行動が変わったことを契機に、急拡大したネットスーパー市場。富士経済の市場調査によると2020年に市場規模が2000億円を突破し、近年は前年比で10%以上の成長を続けている。2023年には3000億円を超える(3128億円)見込みだ。
小売企業の中には、新たな顧客を惹きつける武器としてネットスーパーやネットドラッグストア事業へ参入するケースも増えてきている。そんな企業の“黒子”として、着々と事業を広げているのが2017年創業のスタートアップ・10Xだ。
同社では2020年5月に、スーパーやドラッグストアなど小売企業を対象としたECプラットフォーム「Stailer」の提供を始めた。簡単に言えば、ネットスーパーの立ち上げに必要なシステムやアプリを取りそろえたサービスだ。
サービス開始当初はイトーヨーカドーやライフのような大手スーパーでの活用が目立っていたが、この1〜2年で顧客の幅が広がってきた。
特に直近では長野県で約50店舗を展開する食品スーパーのデリシア、近畿や北陸などで約150店舗を展開する総合スーパーの平和堂、愛媛を中心に中四国でドラッグストアを手がけるレデイ薬局といったように、地方のスーパーやドラッグストアへの導入が加速している。
現在準備中の企業も含めてStailerの顧客は12社。直近3カ月で注文がつく店舗数は400店を超える。
スーパーやドラッグストアでStailerの活用が広がっている背景には何があるのか。10X代表取締役社長の矢本真丈氏に聞いた。
採用難で現場の生産性向上が急務に
「スーパーやドラッグストアの経営が難しくなってきている」。矢本氏は小売企業の現状について、そのように話す。特に「人手不足」や「採用難」といった課題は、地方の企業でより深刻だ。
ただでさえ少々高齢化が進み働き手の数が足りないことに加え、過酷なイメージもあってか、今までと同じ時給で募集をしてもなかなか人手を確保できない。10Xでもそんな声を聞くことが増えたという。
「いかに現場の生産性を上げていけるか。それと並行してお客様との接点を増やしたり、顧客体験を良くしたりできるか。これらの問題を同時に解ける選択肢として、Stailerに関心を持っていただくことが増えてきています」(矢本氏)

現場スタッフが使う商品ピッキングやパッキング用の業務アプリ、在庫データを管理する商品マスタ、注文状況を可視化する管理システム、消費者が触れるモバイルアプリ。Stailerではこのような仕組みを包括的に提供している。
10Xが培ってきた知見は、新たな機能としてStailerに落とし込まれることで、さまざまな企業が使えるようになる。伴走支援にも力を入れており、各顧客に合わせて事業成長に必要なノウハウを直接提供している。
通常ルートよりも大幅にショートカット
Stailerの利用料金は初期費用と定額の月額利用料、顧客の売り上げに連動した報酬(レベニューシェア)から構成されるため、顧客が儲かるほど10Xの売り上げも増える構造だ。そのためお互いがネットスーパー事業の成功という共通の目標に向けて、プロジェクトを推進しやすい。
「全国チェーンのコンビニなどとは違い、スーパーやドラッグストアは特定の地域に根ざして展開しているところも多いです。そのため“自社流”のやり方以外をほとんど知らず、ずっと手探りで事業をやってきたというケースも珍しくありません。我々の価値は、色々なパートナー企業と探索を続けてきた中で得られた知見や成功事例をもとに、顧客に伴走できること。通常のルートよりも大幅にショートカットできる点に、期待していただいていると考えています」
「この構造はStailerを立ち上げた時から変わりませんが、3年間の間で『ゼロから立ち上げたネットスーパーが(限界利益ベースで)黒字化を達成した』といった実例ができてきました。当初と比べても、提供できる価値のレベルが1段2段上がってきています」(矢本氏)

Stailerは新規でネットスーパーやネットドラッグストアを立ち上げる際だけでなく、既存のシステムから乗り換える際の選択肢としても活用されている。矢本氏によると、この比率はちょうど半分ずつだ。
あえて既存のシステムから移行するのは、Stailerのシステム的な柔軟性の高さからだという。
従来型のネットスーパーの場合、システムの設計が複雑化し、システム変更や開発のスピードが事業面のネックになりうる。ベンダーに新たな機能の開発を依頼する場合、数カ月・数千万円単位の時間とコストがかかってしまうこともある。
ある企業はインボイス制度へのシステム対応に向けて既存のベンダーに見積もりをしたところ、1000万円を超える開発費用がかかると言われた。このケースでは、Stailerであればプラットフォームに共通仕様として同様の機能が開発されるため、追加のコストがかからなかった。
そういった点にメリットを感じ、Stailerへ切り替える顧客もいるという。ネットスーパーの運営に必要な環境を、素早く低コストで手に入れられるのは、Stailerの大きな特徴だ。
赤字のネットスーパー事業を変革するために、システム面から抜本的に見直したい。そういった背景から、新たな基幹システムの候補としてStailerに辿り着く企業も増えてきているという。
また“消費者向けアプリ(ネットスーパーアプリ)”の存在も大きい。「今の時代、お客様の視点では基本的にネット=スマホという世界観になってきている」(矢本氏)中で、10Xでは複数社のパートナーとともにネットスーパーアプリの体験を磨き込んできた。
実は日本には、ネットスーパーアプリに注力して開発してきた事業者はほとんどいない。このアプリ開発の知見が、小売企業がStailer導入を検討するきっかけにもなる。
業務のデジタル化で生産性向上、掲載できる商品数が1.5倍に
Stailerを活用している現場では、どのような変化が生まれているのか。
“生産性の向上”という観点でわかりやすい例が、ネットスーパーにおけるピッキングやパッキング業務の効率化だ。
注文の入った商品を売り場で1つ1つ確認しながら該当するものをピックアップし、注文ごとにパッキングした上で、記録をする。今でもこの一連の作業を“紙”で記録・管理している現場は多い。
Stailerではこの業務を担当するスタッフ向けのアプリを独自で開発。ピッキングのタスクを自動生成する機能などを通じて業務を効率化すると同時に、商品のバーコードをスマートフォンで読み取る仕組みを取り入れることでミスの発生を防ぐ。

ある店舗ではこのシステムを活用し、担当者の数を増やすことなく、出荷できるキャパシティを約1.5倍へ拡大することに成功した。
そもそも紙の記録がベースになっていると、生産性を測ること自体が難しい。業務を改善するための基準となる「データ」が手に入ることは、デジタル化することの利点だ。
このスタッフアプリと同様に「商品在庫マスタ」を半自動で生成する機能も、Stailerの強力な武器となっている。
「手動で運用する場合、現場では『3人の専任スタッフが毎日1万2000点の商品(SKU)が書かれたエクセルのシートを見ながら、3店舗分の販売計画や在庫情報を手動で更新する』といったことが行われています。Stailerでは内部のシステムと繋ぎ込むことで、在庫マスタが半自動で生成されるため、専任のスタッフを雇う必要がない。そのため、他の仕事により多くの時間を使うことができます」(矢本氏)
ネットスーパーでは膨大な数の商品を扱う上に、商品ごとのステータスも冷蔵や常温などバラバラなため、在庫の管理が複雑になる。結果として掲載できる商品数も、実店舗に比べて限定されることが多い。
Stailerでは統合したデータを基に高い精度で在庫を推測するアルゴリズムを開発することで、店舗に近い品揃えの実現を後押ししている。100店舗以上でStailerを活用するライフでは、導入後に商品掲載数が最大で1.5倍に拡大した。
「実際に店舗で扱っている商品の4割〜6割程度しか掲載できていないということもあります。そのような状況だと『店舗に置かれているあの商品がなぜアプリにはないのか』と、クレームにも繋がってしまう。商品数はお客様の満足度やネットスーパー事業の売上にも関わってくる重要な要素です。またアプリ内の売り場の構成も商品マスタの情報を軸に生成されていくので、ネットスーパーのコアとなる売り場を、低コストで作れることも強みになっています」(矢本氏)
地方のネットスーパーが「安くて早い」でAmazonを上回る
Stailerの提供を始めてから3年。複数の顧客を支援してきた中で、矢本氏たちにとってもさまざまな発見があったという。
例えば「ネットスーパーやネットドラッグストアは店舗の顧客を奪うのではないか」と言われることもあるが、店舗とオンラインの併用によって顧客の利用金額が上昇することもわかってきた。
実際にStailerを活用するある顧客では、店舗のみを利用している消費者と店舗とオンラインを併用している消費者の単月の購買費を比較したところ、併用ユーザーの購買金額が2倍近くになったという。
なぜそのようなことが起こったのか。矢本氏によると、オンライン販売を始めたことで「普段お店で買っていたものとは別のもの」が購入されるようになった。具体的には野菜ジュースや飲料水のケースといった重たいもの、食品、日用品といったものだ。
「ユーザーインタビューをしてみると、新たに購入されたものは、もともとAmazonなどで買われていることが多かったんです。ネットスーパーやネットドラッグストアは基本的に店舗と同じ価格のため、他のECサイトよりもお得な料金で購入できる可能性がある。しかも近隣の店舗から配送されるため、最短で当日中に商品が届きます。Amazonよりも早くて安いという体験は、大きなバリューになっています」
「要は『何と比べられているのか』が重要なんです。この事例の場合、比較対象となっているのはAmazonであり、Amazonでの消費を置き換えていることになります。そのため店舗の売り上げを奪うのではなく、店舗の売り上げにアドオンする形で、トータルの利用金額が増えました。実はこれと全く同じような現象が、他のネットスーパーやネットドラッグストアでも起きているんです」(矢本氏)
店舗内を歩き回って商品をくまなく探すのは大変だが、アプリではスマホを簡単に操作するだけで、さまざまな売り場を回覧できる。
オンラインを併用すると購入点数や利用金額が増える背景には、「アプリを使うことで新しい商品の発見につながっている側面もあるのではないか」というのが矢本氏の見解だ。
「アプリで買うきっかけ」をいかに作るか
もっとも、こうした体験を広げていくにはネットスーパーやネットドラッグストアのアプリを消費者にインストールしてもらう必要がある。そのためには「(アプリで)買うきっかけをいかに作るか」が重要で、10Xでもパートナーと試行錯誤をしてきた。
有効策の1つになりうるのが「アプリ限定の特売価格(10Xではバスケットスターターという名称)」だ。

普段であればもやしをカートに追加する人が約10%だったところ、限定価格で販売すると25%に増えたといったように、価格の影響は大きく「明確に巨大なリフト(利用者の増加)が起きる」(矢本氏)という。
「卵や牛乳、納豆といった日配品は購入頻度が高いので、こういうものが安いとアプリで買うきっかけになりやすいです。一方で何でもかんでも値引きをしていては、いつまで経っても事業として成立しない。例えばお水などの場合、お客様にとっては単に安いことが大事なわけではなく『普段使っているAmazonよりも安い』ことが大事なんです」
「そうであれば、実は単価はその水準まで上げてしまってもいいかもしれない。場合によってはドラッグストアやスーパーの方々が、必要以上に安く売りすぎているケースもあり得ます。今後はデータを活用しながら、店舗とオンラインを合わせてどのように粗利をコントロールしていくかが重要になると考えています。必ずしも企業とお客様の体験がトレードオフの関係になるわけではなく、全体として気持ちのいい体験が必ず作れるはずです」(矢本氏)
Stailerでは事業者の販促をサポートする仕組みとして、クーポンの管理機能やレジ前(決済前)に商品を推薦する機能などを実装してきた。

今後はこうした機能も拡張していく計画だ。クーポンの対象や条件を商品ごとに柔軟に設計できる仕組みや、特定の顧客セグメントに対して値引きなどの施策を実施できる仕組みなどを検討するという。
アフターコロナの成長にも期待
2023年3月には複数の銀行などからデットファイナンスで15億円を調達し、事業拡大に向けて動いてきた10X。ただ、1年ほど前の段階では「市場」と「事業」に対して不確実性を感じていたと矢本氏は話す。
「ネットスーパーの領域がこの2〜3年で急速に盛り上がったのは、コロナの影響が大きかったです。それがアフターコロナの時代にはどうなるのか。小売企業がネットスーパーをやるモチベーションが下がっていくのではないか、お客様も利用しなくなるのではないか。その心配がありました」(矢本氏)
蓋を開けてみると、2023年に入っても各顧客がGMV(流通総額)や売り上げなどの指標を更新し続けている。中には年次2倍以上の成長を達成している顧客も出てきた。
初めてネットスーパーに挑戦した企業や、Stailerに切り替える前は苦戦していた企業においても成果がで始めたことで、「ネットスーパーに関しては、お客様が全く使わなくなるという可能性は低く、企業側のニーズに対してもしっかりと応えていけるという手応えをつかめた」(矢本氏)という。
近年の市場の広がりは、10Xに関連する話に限ったものではない。この2〜3年の間に新たにネットスーパーを始める、もしくは一度断念していたものを再開する事業者が増えた。
そのような企業を支える裏方として楽天全国スーパー(楽天)やJapan NetMarket(スーパーサンシ)などのサービスも生まれてきている。これらはStailerにとっての競合だ。
「ネットスーパーに取り組む企業は増えてきていますが、それに伴って伸び悩む企業も増えてきています。実際に『(他社サービスや自前で開発したもので)苦戦しているのでStailerの話を聞きたい』と問い合わせをいただくケースも多いです。10Xとしては、Stailerであれば本当に成長するネットスーパー事業が実現できるという立ち位置を確立していきたい。ピーター・ティールが小さな市場を独占することの重要性を説いていましたが、ネットスーパーはまさにニッチであるものの、魅力的な市場だと考えています」(矢本氏)
今月、米国で食料品の即日配達サービスなどを手がけるInstacartがナスダックに上場した。同社のプラットフォームの流通総額は日本円で約4兆円。日本のネットスーパーの市場規模が3000億円程度と推計されていることを踏まえると、大きな差がある。
「米国と日本では文化や市場の構造自体が全く異なるので、同じくらいの規模まで成長するかという問題はありますが、ネットで生鮮食品を買って配達してもらいたいというニーズ自体はグローバルで共通するものだと思うんです。裏を返すと日本(の食品ECの普及)が進んでいないのは、それが進まない理由があるから。その課題を解決していければ、日本の市場はまだまだポテンシャルがあると考えています」(矢本氏)