ASTRA FOOD PLANで代表取締役を務める加納千裕氏
ASTRA FOOD PLANで代表取締役を務める加納千裕氏
  • 廃棄されていた玉ねぎの端材を、高品質な“たまねぎパウダー”へ
  • 「乾燥するより、廃棄した方が安い」を覆す
  • 父の約20年間の研究を受け継ぎ起業
  • 良い装置を作ったのに、導入が進まない
  • 「食品メーカーの数だけ、かくれフードロスは存在する」

売れ残りや賞味期限切れで販売できなくなった商品など、“本来食べられるのに捨てられてしまう食品”や“食品が廃棄されること”を指すフードロス(食品ロス)。農林水産省の推計では、令和3年度のフードロス量は523万トン。前年度より1万トン増えた。

フードロスは社会課題の1つとして取り上げられることが多いが、その中には野菜の芯や皮、ヘタといった“食品ざんさ”や“未利用農作物”などは含まれていない。

実はこれらに由来する食品廃棄の量は年間で約2000万トン。いわば大量の“かくれフードロス”が存在するわけだ。

そんなかくれフードロスの削減とアップサイクル(新たな価値をつけた製品にすること)に取り組んでいるスタートアップがある。埼玉県富士見市に拠点を構える、2020年創業のASTRA FOOD PLANだ。

同社では独自開発した食品の乾燥・殺菌装置を用いて、食品ざんさをパウダーに変える技術を持つ。このパウダーを「ぐるりこ」の名称でブランド化し、食品メーカーや飲食店などと組んで商品を開発していく構想だ。

牛丼チェーンの吉野家などと玉ねぎの端材から生まれたパウダーを用いてパンを開発する実証実験に取り組むなど、数は限られるもののユニークな事例が生まれ始めている。

独自の過熱蒸煎機を用いて食品ざんさなどをアップサイクルし、高付加価値パウダー「ぐるりこ」として提供する
ASTRA FOOD PLANでは食品ざんさなどをアップサイクルし、高付加価値パウダー「ぐるりこ」として提供する

廃棄されていた玉ねぎの端材を、高品質な“たまねぎパウダー”へ

1日に最大約700キロ、年間では250トン以上──。吉野家のセントラルキッチンでは、製造工程で大量に発生する「玉ねぎの端材」の処理に悩んでいた。

キャベツや白菜の端材に関しては動物用の飼料として動物園に寄付するなどしていたが、玉ねぎには動物が中毒症状を起こす可能性のある成分が含まれているため、同じような処理が難しい。抗菌性が高いことから、堆肥化するにも時間と費用がかかる。

結果として全て廃棄せざるをえず、年間で数百万円のコストがかかっていたという。

玉ねぎの端材
課題となっていた玉ねぎの端材

どうにかしてこの課題を解決できないか。そこで同社が相談を持ちかけたのが、ASTRA FOOD PLANだった。

ASTRA FOOD PLANは過熱水蒸気技術を用いた食品乾燥機「過熱蒸煎機」を開発するフードテックスタートアップだ。

同社の過熱蒸煎機は、わずか5〜10秒程度で食品の乾燥と殺菌を同時に行う。ボイラーを使わずに過熱水蒸気を発生させる仕組みがコア技術となっており、従来の乾燥技術に比べてエネルギー効率が高いのが特徴だ。食材の風味の劣化や酸化、栄養価の減少を抑えられる特性も備える。

ASTRA FOOD PLANで代表取締役を務める加納千裕氏によると、同社と吉野家では2022年の2月から実証実験をスタート。過熱蒸煎機を用いて、玉ねぎの端材を高品質な“たまねぎパウダー”に変える取り組みを続けてきた。

粉末化した玉ねぎは香りの良さが特徴で、甘みやうまみもある。ただ、吉野家の中では使い道がなかっため、パウダーの用途を考案し、売り先を開拓する必要があった。そこで生まれたのが「パンの生地に練り込んで使う」という発想だ。

過熱蒸煎した玉ねぎパウダー(左)と、玉ねぎパウダーを使用したパン(右)
過熱蒸煎した玉ねぎパウダー(左)と、玉ねぎパウダーを使用したパン(右)

ベーカリーチェーンのポンパドウルがこのたまねぎパウダーを採用したことで、工場で捨てられていた玉ねぎの端材はオニオンブレッドの原料として、有効活用されることとなった。

「オニオンスープのような香ばしい香りが特徴です。生地に少量練り込むだけでも玉ねぎの風味を出せるということで、パンの原料として採用いただきました。実際に私も食べたのですが、ものすごく美味しかったんですよ。リピートがすごく多いということで、SDGsの達成につながるからというよりは、味を気に入って買っていただけているのではないかと考えています」(加納氏)

「乾燥するより、廃棄した方が安い」を覆す

かくれフードロスの課題は、吉野家に限らずさまざまな食品メーカーや飲食店が抱えているものだ。

それでもかくれフードロスの有効活用はなかなか進んでこなかった。その大きな原因となっていたのが「コスト」だと加納氏は話す。

「従来の乾燥技術ではコストが高すぎて(乾燥することが)難しい状況でした。堆肥化するのも社会的に良いことをしているアピールにはなりますが、廃棄するよりもコストがかかることが多いため、コストダウンどころかコストアップになってしまう。食品メーカーの方と話をしていても、経済的に見合うかたちで、リサイクルではなくアップサイクルができる手段に対しては、期待値がかなり高いと感じています」(加納氏)

例えばフリーズドライ装置は食品の品質を保ちやすく、酸化も抑えられるが、価格の高さがネックになりやすい。大型のものになると数億円規模の導入コストがかかるほか、電気代をはじめとする運用コストも高額だ。イチゴなどのような一部の食品を除くと費用対効果が合わず、小規模な事業者には導入が難しいという。

一方で熱風乾燥機は数百万円ほどで導入できるものも多いが、長時間にわたって熱をかけ続けることになるため、酸化による色の劣化や風味の劣化が課題となる。

ASTRA FOOD PLANの過熱蒸煎機は最小モデルの機種で1500万円程度から。またレンタルすることも可能なため高額な装置ほど負担が大きくない(現時点ではタマネギが原料の場合のみレンタル可能)。数百度の高温スチーム(過熱水蒸気)を用いることで、食材の酸化を抑え、栄養価の損失や風味の劣化を防ぎながら処理ができるとしている。

ASTRA FOOD PLANが手がける過熱蒸煎機
ASTRA FOOD PLANが手がける過熱蒸煎機

これまでの過熱水蒸気の発生方式ではボイラーでの加熱が2回必要で、それがエネルギーコストが増える要因になっていた。ASTRA FOOD PLANの場合はボイラーを用いることなく過熱水蒸気を発生させる仕組みを構築したことで、大幅なコストダウンを実現したという。

ランニングコストを抑えるという観点では、5〜10秒程度で乾燥と殺菌を同時にできるのも強みだ。

「コストがかかりすぎるがゆえに、乾燥するよりも廃棄した方が安い」という現状を打破することができれば、かくれフードロスのアップサイクルは広がっていく。それが加納氏の見立てだ。

過熱蒸煎機(大きいモデル)
過熱蒸煎機(大きいモデル)

ASTRA FOOD PLANでは過熱蒸煎機を顧客へ販売、もしくはレンタルし、工場などに設置してもらう。そこで製造されたパウダーはASTRA FOOD PLANが買い取り、食品メーカーなどに販売することで収益を得る。

「過熱蒸煎機の導入によって食品パウダーの製造や販売ができれば、今までコストをかけて廃棄してきたものが、収益を生み出すようになります。食品メーカー側もSDGsの取り組みをしたいというニーズが高まっている状況です。パウダーを商品開発に活かしていただくことで、食品ざんさが魅力的な商品に変わり、消費者に届いていくという流れを作れる。このような循環型のフードサイクルを構築し、かくれフードロスを解決していきたいと考えてます」(加納氏)

ASTRA FOOD PLANでは2022年9月に自社のラボを開設し、複数の企業と過熱蒸煎テストを実施してきた。

テストは有料だが、問い合わせが多く、試した食材は100品目を超えた。人参の皮やキャベツの芯、白菜の外葉といった野菜の端材を始め、コーヒーかすや茶かすなどの飲料ざんさ、卵殻など、さまざまなかくれフードロスに有効活用できる余地があるという。

食品ざんさのイメージ
食品ざんさのイメージ

父の約20年間の研究を受け継ぎ起業

ASTRA FOOD PLANは3年前に創業されたスタートアップだが、同社のコアである過熱水蒸気技術は、加納氏の父・加納勉氏が約20年間におよび研究してきたものだ。

勉氏はもともとセブンイレブンジャパンの常務取締役だったが、加納氏が子供だった頃に交わした親子の会話が、1つの転機となった。

「学校で『添加物がたくさん含まれているコンビニ食は食べないほうが良い』と教わったことを父に伝えると、大変ショックを受けてしまって。もっと安全にお弁当を作る技術はないかと本気で探し始めた結果、当時はまだ注目されていなかった過熱水蒸気技術を発見したんです。最終的にはこの技術で過熱蒸気調理器を作ると意気込んで、会社を辞めてしまいました」(加納氏)

過熱水蒸気を調理に用いれば、食品の劣化が抑えられる。この技術を用いた調理器によって酸化防止剤がいらない弁当や、着色料が不要な健康的な食品を実現できないか──。

勉氏は約20年にわたって、過熱水蒸気技術を軸とした事業をいくつも模索したが、ビジネスとしてはなかなか大きな成果に繋がらなかった。

「父の事業にかける思いを尊敬していた」と話す加納氏は、食品メーカーなどで働いた後、父親の会社を手伝うようになる。

「ゆくゆくは自分が会社を継ごうと考えていたのですが、(事業がうまくいかず)継ぐつもりだった会社自体がなくなってしまったんです。ここまでやってきたことが途絶えてしまうのはもったいないと感じていたので、父の知見や思いを受け継ぎ、世代交代をするようなかたちで新しく立ち上げたのが、今の会社です」(加納氏)

加納千裕氏(左)と加納勉氏(右)
加納千裕氏(左)と加納勉氏(右)

良い装置を作ったのに、導入が進まない

父親の代では過熱水蒸気技術を用いたオーブンの開発や販売などに取り組んでいたが、加納氏が創業したASTRA FOOD PLANではこの技術を乾燥機に応用した。

通常であれば、大がかりな装置を1から開発するだけでも、数年〜10年単位の時間がかかってもおかしくはない。ただ、業務提携を結んでいた機械メーカーと協力し、「そのメーカーが保有している乾燥機に過熱水蒸気技術を組み込む」方法で試作品を作ったところ、それがうまくハマったのだという。

もっとも、当時から現在のビジネスモデルを思い描いていたわけではない。「良い機械ができたので、この機械を販売するだけでもやっていけるんじゃないかと思っていました」と加納氏は振り返る。

最初に対象にしたのは、米粉だった。主な目的も野菜の端材のアップサイクルではなく、穀物をアルファ化すること。米粉をアルファ化することで、グルテンの代わりとして、グルテンフリーの食材の原料などに使えるのではないか。そこに可能性を見出していた。

そんな加納氏がなぜ、野菜の端材に注目するようになったのか。きっかけとなったのが「商談で出てきた企業の悩み」だ。

機械の販売先を開拓するべく、さまざまな会社と商談をしていると、食品ざんさにまつわる話を聞くことが多かった。それもほとんどが野菜の端材に関するものだったという。

試しに野菜の端材を過熱蒸煎機に入れてみると、前処理が必要なことがわかった。加納氏たちは装置を開発してから製造ノウハウを構築するまでに1年ほどの期間を要しているが、この期間は野菜によって切り方や装置の風の強さを変えるなど、試行錯誤が続いた。

「(過熱蒸煎機の)運転を調整したり、前処理の方法を変えることで、やり方次第ではあらゆる食材を乾燥できることがわかりました。ニーズ自体も多かったので、これは野菜をやるしかないと思ったんです」(加納氏)

それでも、一筋縄にはいかなかった。装置が完成し、製造ノウハウに目処がたっても、思うようには導入が進まない。「(製造した粉末の)売り先があれば、ぜひ導入したい」。食品メーカーなどからは、そのように言われることがほとんどだった。

「結局のところ、良い装置を作っても(粉末の)出口がなければ導入してもらうことはできない。商談を続けて半年くらい経ったころ、そのことに気づきました。装置を販売するだけでは事業として難しいと考え、現在のビジネスモデルへと移行したのです」(加納氏)

「しいたけぐるりこ」や「ニンジンぐるりこ」などパウダーの種類の拡充に取り組む
「しいたけぐるりこ」や「ニンジンぐるりこ」などパウダーの種類の拡充に取り組む

「食品メーカーの数だけ、かくれフードロスは存在する」

現在ASTRA FOOD PLANの過熱蒸煎機は、しいたけを生産する事業者やオリーブを栽培する農法生産法人など3社で導入されている。

事業としてはまだまだ立ち上がったばかりではあるが「毎日のように問い合わせをいただいているほか、ラボもほぼ毎日稼働して常に何らかの食品のテストをしている」状況であることから、手応えを感じていると加納氏は話す。

もともと加納氏が食品メーカー出身だったこともあり、製造した粉末の用途は食品の原料を中心に考えていた。ただ、取り組みが広がる中で、新たな用途も見えてきている。

例えばお茶やコーヒーのかすといった飲料ざんさは、1日で数十トン単位の量が発生することも珍しくない。必ずしも美味しいわけではないが、その消臭効果を活かせば消臭剤などに使える可能性がある。大量に安く粉末化すれば、食品以外の用途も見込めるわけだ。

漬物工場で大量に発生していた白菜の端材から生まれた“白菜パウダー”は、食品の原料としての使い道がなかなか見つからなかったが、ほかのスタートアップと話している中で“建材”として活用できる可能性が見えてきたという。

今後ASTRA FOOD PLANでは、過熱蒸煎機やぐるりこシリーズの普及に向けて体制を強化していく計画。循環型のフードサイクルを広げていくべく、埼玉県などで自治体や地域の生産者、教育機関などと連携した実証実験も進めていく。

9月には埼玉りそな創業応援投資事業有限責任組合、アグリビジネス投資育成(JAグループの投資部門)、三菱UFJキャピタル、IDATEN Venturesを引受先とするシリーズAラウンドで、1.8億円の資金調達も実施した。

「自分で営業をする中で気づいたのは、食品メーカーの数だけ、かくれフードロスが存在しているということです。今まで声をあげることができなかっただけで、みなさんが本当に悩まれていたのだと知りました。過熱蒸煎機とぐるりこの社会実装を進めていくことで、かくれフードロスを少しでもゼロに近づけていくことを目指します」(加納氏)