Notionのメンバーら。一番左がCEOのIvan Zhao氏
Notionのメンバーら。一番左がCEOのIvan Zhao氏 画像提供はいずれもNotion
  • “メディアに出ない”CEOが語った日本進出
  • レゴのように自由に組み立てるソフトウェア
  • 「内への情報共有」から「外への情報共有」のツールに
  • 危機的状況からの再出発は「京都」から
  • すでに黒字化、日本語を中心に多言語対応も検討

タスク管理のTrelloやAsana、メモ作成・保存のEvernoteーー仕事に必要な情報を管理するためのツールは数多く存在する。だが、働き方は人や組織によって様々であり、かゆいところにまで手が届く、ぴったりのツールを探すのは困難だ。そして複数のツールを並行して使うのは時として厄介なこともある。

そこで米国を中心に注目を集めているのが、ユーザーが自分が使いたいようにカスタマイズできる、オールインワン情報共有ツールの「Notion(ノーション)」だ。ノートやスプレッドシート、カレンダーなど、あらかじめ用意されたテンプレートを使い、自分好みのソフトウェアを組み立てることができる。

タスク管理に使われているNotionのスクリーンショット

Notionは普通の業務用ツールにはない魅力がある。ノートのように簡単な機能ならば誰でも利用できるし、用途が明確であれば、機能をユーザーが自由自在に組み立てられる。その特異性から世界中に熱狂的なファン・コミュニティが形成され、日本でもブログやSNSで活用法についての投稿が増えている。

Notionを開発するNotion Labsはメディア露出に積極的ではない。4月にニューヨーク・タイムズが報じたIndex Ventureなどを引受先とした約54億円(5000万ドル)の資金調達以前は、ベンチャーキャピタルに住所を明かさず、出資話を拒んでいたことでも話題になっていた。直近の調達で企業価値が約2100億円(20億ドル)となりユニコーン企業となったNotion Labs。その共同創業者でCEOのIvan Zhao(アイバン・ザオ)氏が、DIAMOND SIGNALの独自取材に応じた。

“メディアに出ない”CEOが語った日本進出

「写真は苦手だ」とIvanから送られてきた自画像
「写真は苦手だ」とZhao氏から送られてきた自身のイラスト

今後は積極的に新たな市場を開拓していくというNotionが狙っているのは、ここ、日本だ。同社が抱えるユーザーはコロナ禍にも関わらず急増しており、その数は400万人以上。その多くは日本にいるという。

「我々は現在、50〜60人ほどの組織で、大半がサンフランシスコに、数名が海外にいる状況です。国際的な展開を進める際には、日本を出発点にするのが最善だと考えています」(Zhao氏)

NotionのマスターマインドであるZhao氏は写真撮影に消極的であり、提供された写真も、記事冒頭にあるNotion Labsのメンバーと写る横顔だけだ。彼の写真はニューヨーク・タイムズ記事以外ではあまり見ることはできず、SNSやウェブサイトでは彼を模したイラストが使われている。

質問に対する受け答えもユニークだ。「特に影響を受けた企業家は?」という筆者の問いに対し、Zhao氏は「ある晩は人参が食べたいし、別の晩はキャベツを食べたい」と答える。

「意思決定は自分の“直感(Intuition)”と“好み(Taste)”に頼ることが多い」という同氏は取材中、アーティスト、そして起業家としての顔を使い分けているような印象だった。自身の思想が色濃く反映されているツール・Notionの開発者としての顔、そして従業員や顧客を安心させるため、長年避けてきたベンチャーキャピタルから資金を調達する経営者としての顔だ。

レゴのように自由に組み立てるソフトウェア

Notion Labsは2013年に米サンフランシスコで設立されたスタートアップ企業だ。カナダ人であるZhao氏はブリティッシュコロンビア大学を卒業した後に、サンフランシスコに移り住み、Notion Labsを立ち上げた。

大学では認知科学を学んでいたZhao氏だが、当時交際していた女性や友人たちはファッションやアート界隈にいた。「コードが書けるナード(オタク)は自分だけだった」(Zhao氏)ため、彼らのウェブサイトを制作していたという。だが、3つ、4つと制作していく中で、ウェブサイトを作るためのプロダクトを開発すれば、より多くのニーズを満たせることに気づく。今ではより多様な課題を解決するためのツールとなったNotionだが、原点はこの気づきにあるという。

「ソフトウェアの役割は人々の課題解決。ですが、抱えている課題や働き方は人や組織により異なるものの、コードが書けなければ既成品を使うしかありません。そして、既成品を使う場合、働き方をソフトウェアに合わせる必要があります。もしユーザーがソフトウェアを自身や組織に合わせてカスタマイズすることができれば最高だと思いませんか。それが私たちの哲学です」

「Notionをカスタマイズするには、なにもプログラマーである必要はありません。プラスチック射出成形の専門家でなくても誰もがレゴを組み立て遊ぶことができますよね。Notionではノートやスプレッドシートなどを組み合わせ、自分だけのソフトウェアを作ることが可能です」(Zhao氏)

NotionではAsanaやTrelloで行われるタスク管理、Evernoteで行われるメモ作成・整理、といった様々な機能を“ブロック”と呼ぶ独自の単位で捉えている。ユーザーは、Notionが提供するさまざまなブロックを、まるでレゴのように組み立てて、自分好みのソフトウェアを作ることができる。ある人にとってはメモ帳代わりのシンプルなソフトウェアだが、ある人に取っては複雑なデータを扱うスプレッドシートのようなソフトウェアになる。これがNotionの最大の特徴だ。一方で組み合わせによって「なんでもできる」という点が、使い方やツールの機能の説明を難しくしている側面もある。

Notion Labsでは短期的な目標として、Notionに用意されているブロックを、その用途に特化したソフトウェアより優れたものにしていきたいと考えている。

「多くの利用用途でより優れた体験を提供していきたいと考えています。例えば、タスク、ドキュメント、Wiki、メモの作成・管理といった機能です。タスク管理に関してはAsanaのほうが優れていますが、シンプルなツールであるTrelloよりは大部分で優っていると言えるでしょう。Evernoteとは同程度と捉えていますが、利用用途によってはEvernoteのほうが優れている場合もあります。まずは特化型のツールと同程度、もしくはより優れたツールとなることを目標に改善を進め、その後はよりパワフルなツールを目指し、開発を進めます」(Zhao氏)

「内への情報共有」から「外への情報共有」のツールに

さまざまな機能を持ちながらも、もともとは個人や、チームといった「内への情報共有」のための利用を想定していたというNotion。だが最近では、スタートアップが採用情報サイトを作ったり、エンジニアやクリエーターがポートフォリオサイトを作ったりと、「外への情報共有」に使われるケースも増えている。日本でも「くらしのマーケット」を提供するみんなのマーケットなど、新しいツールを好むスタートアップ企業が活用している。この状況には、Zhao氏も驚いているという。

「こんなに多くの人がNotionを使ってポートフォリオを公開するのは想定外でした。LinkedInがあるのに(笑)。我々の採用に応募してくる人たちもNotionを使ってレジュメを作成していることが多いです。ポートフォリオ、そして採用ページにNotionが使われているのは驚きです。ですが、プログラミング言語などを作る上では、開発者にとっての『想定外の行動』はありがたいもの。想定外の用途でNotionが利用されることで、ツールの持つ潜在的な力を知ることができます」(Zhao氏)

危機的状況からの再出発は「京都」から

約54億円を調達し「収益がなくてもこの先10年は事業を続けていける」(Zhao氏)というNotion Labsだが、数年前は危機的状況にあった。2016年、当時は5人の組織だったが、キャッシュアウト目前となっていた。Zhao氏と共同創業者のSimon Last氏は全従業員をレイオフし、Notionを再構築するために2人で京都へと渡った。

「全従業員をレイオフし、士気は低く、まだ2人とも訪れたことのなかった日本でNotionをイチから作り直すことにしました。京都を選んだのは、東京や大阪の物件と比較し、大きな部屋をAirbnbで借りることができたから。東京のような大都会と比較し生活のペースが穏やかで、伝統や職人的な技巧からは多くを学びました」

「強いこだわりを持つ人が多く、例えば飲食店では、多くの来客がない日でも、準備に余念がありません。顧客のことを第一に考え、丁寧に接する。その精神は、我々のカスタマーサポートや営業のありかたに影響を与えています。そして京都の職人が伝統や技巧に持つ誇りを、我々はソフトウェアに落とし込みました。程々の品質で満足するべきではなく、プロダクトの細部にまでこだわりを持つことが大切だと考えています」(Zhao氏)

ちなみに、サンフランシスコにあるNotionオフィスでは土足厳禁で、従業員は入り口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。Zhao氏は自宅でも下駄風のサンダルを愛用。Amazonで買ったというサンダルは「近所迷惑にならないように」と足音の静かなゴム底のものだ。

プロダクトの細部にまでこだわりを持つNotionでは、オフィスの家具や備品にも妥協は一切許されない。Zhao氏いわく、アート・スタジオのような空間を心がけているという。

「オフィスの家具は伝統的で時代に左右されないもの。触るだけで“職人の技”を感じることができます。オフィスで使われているペンも全て高品質なものであるべきだと考えます。量より質が重要です。Notionも根本的にはツールであり、ユーザーの使い心地が全てです。ですが、大企業のように整いすぎているのは避けたい。アート・スタジオを訪れると物が散乱しています。散らかりすぎるのも問題なので、バランスは難しいですね」(Zhao氏)

以下はサンフランシスコにあるZhao氏ご自慢のNotionオフィスの写真だ。

すでに黒字化、日本語を中心に多言語対応も検討

Notion Labsでは現在、日本での事業展開を進めるためにスタッフの採用を進めているいる段階だという。多言語対応も検討しており、Zhao氏いわく、日本語対応が最優先になる可能性は高い。しかし、それ以上の具体的な情報については明らかにしなかった。

取材後、Notion広報から「オフィシャルキャラクターだ」と送られてきた、ファンによる非公式キャラクター「notionko(のしょこ)」のイラスト
取材後にNotion広報から送られてきた、ファンによる非公式キャラクター「notioko(のしょこ)」のイラスト

年に1度ほど日本に訪れているというZhao氏は、2019年11月にも来日。日本のスタートアップ業界に関わる人々と会食した際に、東京大学の教授や大規模なスタートアップ関係者にもNotionユーザーがおり、感激したという。

Notionユーザーのコミュニティは世界中で形成されているが、中でも日本のコミュニティは「特に強力」だとZhao氏は言う。

同氏は特に電子書籍の『わかる、Notion 徹底入門』(ノースサンド)の出版、そしてNotionを擬人化したキャラクター「Notioko(のしょこ)」の登場を喜んでいた。

NotiokoのTwitterアカウントは自らを非公認キャラクターとしているが、Notion広報は「オフィシャル」と説明している。今後このキャラがNotionにどう関わっていくのか気になるところだ。

「Notionは日本で生まれ変わりました。そして日本は世界で2番目に大きいエンタープライズ市場。我々にとって、日本は米国と同等に、もしくは米国に次いで、重要な市場です。仕事のリモート化、そして組織のグローバル化が進み、仕事に使うツールの重要性が増しています。我々はフレキシブルで様々な利用用途に対応するツールを提供し、多言語対応を進めることで、より多くの個人や企業のポスト・コロナにおける働き方を支援していきたいと思っています」(Zhao氏)

売り上げに関する具体的な発言は得られなかったが、Zhao氏いわく、同社は黒字続きだ。5月には無料プランにおける制限を大幅に解除し、月額5ドルで提供していたプランと同等の機能を利用できるようにした。個人ユーザーではなく、チームやエンタープライズ顧客で収益化しようという狙いだ。そのため、Zhao氏の口からは取材中、「エンタープライズ」という単語が何度も発された。

Notionが最終的に置き換えたいのはMicrosoft Office、ないしは、Microsoft Teamsだろう。大型調達に踏み切った理由についてZhao氏に問うと、同氏は「特にエンタープライズ顧客に対して、我々が今後数十年続いていく企業だということを示す必要があった」と話す。

Index Venturesは2015年にSlackに投資しており、1年半ほどかけてNotionを口説き落としたパートナーのSara Cannon氏はSlackのボードオブザーバーを務めていた人物だ。同氏はSlackの競合とも言えるメッセージ・ツールのQuillへの投資も担当した。

Zhao氏が言う通り、日本はエンタープライズ向けのプロダクトにとっては巨大な市場。米アクセラレーターY Combinator参加企業の半数がNotionを導入していたと報じられたこともあったが、エンタープライズ顧客の獲得がNotion Labsの今後の成長には重要だ。コロナ禍の影響で海外展開にも課題はあるが、Zhao氏の視線は、すでに日本に向いている。