OneNDAのコンセプトについて すべての画像提供:Hubble
OneNDAのコンセプトについて すべての画像提供:Hubble
  • 必要なのはNDAの統一規格に賛同するだけ
  • 法務の専門家でなくても契約内容を正しく理解できる仕組み目指す
  • 契約の形そのものをデザインすることで業務の抜本的な変革へ

企業にとって自社が保有するノウハウや情報は競争力の源泉にもなりうる重要な資産だ。だからこそ他社と取引をする際にはNDA(秘密保持契約書)を締結し、情報の漏洩を防いだ上でビジネスを進めるのが基本になる。

一方でNDAを結ぶプロセスでは契約書の作成、レビュー・修正、当事者間でのやり取りなどが発生するため、時にはビジネスのスピードを遅くしてしまう場合もある。少なくともそこまでリスクが大きくないものや、慣習的に締結されているようなものに関しては一連の進め方を再発明できる余地があるかもしれない。

リーガルテックスタートアップのHubbleはそのような考えから、NDAを統一化する取り組み「OneNDA」を立ち上げた。

「秘密情報に関する取り決めが重要であることは大前提としながらも、取引の当事者双方が事前に共通認識を持った上で、今まで以上にスピーディーに取引を開始できる状態を作ることができないか。それがこのプロジェクトの大きなテーマです」

弁護士でHubble取締役CLO(最高法務責任者)の酒井智也氏はOneNDAのコンセプトについてそう話す。

OneNDAでは「ウェブ上に公開されたNDAの統一規格」を用いることで、契約締結に至るプロセスを簡潔にするプロジェクトだ。今回はその全体像やもたらされる変化について酒井氏とHubble代表取締役CEOの早川晋平氏に話を聞いた。

必要なのはNDAの統一規格に賛同するだけ

他社とビジネスをするにあたって「まずはNDAを締結させてください」「雛型を送るので内容の確認をお願いします」といったやり取りが発生することがよくある。NDA締結の典型的なシーンだろう。

通常NDAは取引の開始前に個別に締結される。当事者のどちらかが雛形を用意して、もう一方がその内容を確認しながら契約を進めていく。

これがOneNDAだと「双方が事前にOneNDAに参加しておくだけ」で済むようになる。

OneNDAのイメージ
OneNDAの契約イメージ

OneNDAでは賛同する当事者間の取引に適用されるNDAの統一規格を作り、内容をウェブ上でオープンにしている。自分と取引先の両方が賛同していれば統一規格が適用されるため、わざわざ個別で契約書を作成したり、内容を調整したりする手間がない。

冒頭で触れた通りNDAの締結にあたっては契約書の作成、レビュー・修正、双方でのすり合わせなどに時間とコストがかかっていた。取引先の数が多い企業の法務担当者は特に負荷が大きく、外部の弁護士などにレビューの依頼をする場合などはリーガルコストがかさむ。NDAが締結されるのに時間がかかってしまうと、その分ビジネスの話を進められない期間も伸びてしまう。

OneNDAではその時間とコストを取り除き、ほんの数分で取引を開始できるようにすることを目指している。

「御社はOneNDAに参加してますか?」「はい、してます」「でしたらすぐに情報を共有しますね」ーー。思い描いているのはそのような世界観の実現だ。

「『NDAの締結をもっとスピーディーにやりたい』『無駄が多くコストもかかってしまっている状態なので改善したい』といった声は以前から耳にしていて、現場のニーズがあることはわかっていました。一方で難しいのが、同時に法的な効力も考えなくてはならないこと。NDAを軽視するのではなく、その重要性を踏まえながらどうすれば実現できるのかをずっと模索してきました」

「その過程で、そもそも契約とは何なのかを改めて考えてみたんです。契約とは意思の合致でその効力が発生するものなので、口頭でももちろん成立するし、サービス利用規約に同意する形でもその効力は発生しており、必ずしも個別で契約書を交わさなければ効力が発生しないわけではありません。そうであれば、秘密保持に関する取り決めも個別にNDAを締結せずとも効力を発生させる形があるはずだと思いました」(酒井氏)

日本にいれば、基本的には日本の民法が適用される。そしてその内容は誰でも確認できる。同じようにOneNDAというコンソーシアムに所属すれば、参加者の間ではOneNDAの規格が共通認識として適用される仕組みを作ったらいいのではないか。こうしてOneNDAの構想が生まれた。

Hubbleでは今回のサービスローンチに先駆けて、6月にティザーサイトを公開している。SNSではちょっとした話題にもなって、酒井氏の元にも現場の担当者を中心に共感の声が多数届いたそうだ。

その反面、一部では「M&Aなどのように機密説が高く、複雑な契約の場合はどうするのか」といった懐疑的な意見もある。それに対するHubbleの考え方は、OneNDAにマッチしない時は今まで通り個別でNDAを作成すればいいというものだ。

「民法に定められている内容を修正したい場合に当事者間で契約書を作っているのと同じで、OneNDAで対応できない場合には個別でNDAを作ることも可能です。そこはどちらかだけしか使えないのではなく、両方が共存して使えるものだと周知していけば理解は得られると思っています」(酒井氏)

もともと酒井氏や早川氏自身も全てのケースでOneNDAが適しているとは考えていないという。NDAの中にはものすごく複雑で専門家が時間を使ってしっかりと検討すべきものもあれば、そこまでリスクが高くなくスピードを優先した方がいいものや慣習的に締結されてるものもある。OneNDAが特に相性がいいのは後者で、前者についてはOneNDAに賛同しているからといって無理に統一規格に沿って進める必要はない。


法務の専門家でなくても契約内容を正しく理解できる仕組み目指す

従来は百社百様だったNDAの統一規格を作ることによる効果は、リーガルコストの削減やNDA締結の迅速化だけに留まらない。

早川氏は自身の体験も踏まえて「法務のバックボーンがない人でも、自分の契約の内容を自身で正しく把握することに繋がる」と話す。

「自分自身、相手先から送られてきたNDAにどんなリスクが潜んでいるのかがわからず、外部の弁護士にチェックをお願いすることがよくありました。そこまで複雑な取引でない場合には、自分も含めて法律の専門知識がない人でも自信を持って判断できるような契約の形を実現できないか。そんな仕組みをずっと考えていました。OneNDAはリーガルチェックにかける時間や費用を減らすだけでなく、誰もが契約の内容を理解できる基盤にもなり得ると思っています」(早川氏)

OneNDAが浸透すれば、公平な契約を促進することにもつながる。大企業と中小企業間、企業と個人間で契約をする際には「立場の強い方が自分にとって有利な契約を押し付ける」ようなこともある。統一規格が広く受け入れられるようになれば、そのような不公平な契約が減っていくかもしれない。

「よりフェアな社会を作っていく上でも、民法のように内容が公開されていて、そこにみんなが賛同していくやり方が最も受け入れられう可能性があると考えました。OneNDAには企業だけでなくフリーランスなど個人の方にも参加してもらえるようにしています」(早川氏)

また酒井氏は各自が締結しているNDAの内容をしっかりと把握した上で、情報をしっかりとコントロールすることへの意識が醸成されていくような環境を整えたいと言う。

「NDAを締結しておけば安心というわけでもありません。秘密事項が漏洩等された場合には、その損害を遡及的に回復することは簡単ではありません。裁判での立証のハードルも低くはないと考えます。それよりも重要なのは『この契約によって自分はどこまで情報を渡すべきか』『それを誰に対してどのタイミングでどのように提供するか』といったように、大事な情報を自分でしっかりとコントロールすることです」

「たとえばOneNDAの統一ルールの中で『秘密に扱って欲しい情報は、事前に必ず指定しないといけない』と定めておけば、必ず契約前にジャッジすることになります。自分たちの秘密情報をどのように守っていくべきか、それをきちんと認識できる仕組みにしていきたいと思っています」(酒井氏)

契約締結の業務負担を削減するだけであれば、AIレビューシステムが同じような役割を担える。中長期的には契約の当事者が共通の認識を持った上で、双方がしっかりと秘密情報の管理について考えるようになることがOneNDAの価値になるというのが酒井氏の考えだ。

契約の形そのものをデザインすることで業務の抜本的な変革へ

OneNDAを手がけるHubbleは2016年創業のスタートアップだ。2018年にWordで作成した法務ドキュメントの管理・共有をサポートする「Hubble」のテスト版をローンチ。翌年から本格販売を始めた。

Wordで作成した法務ドキュメントの管理・共有をサポートする「Hubble」の利用イメージ
Wordで作成した法務ドキュメントの管理・共有をサポートする「Hubble」の利用イメージ

Hubbleには法務担当者が使い慣れたWord形式の契約書をボタンひとつでクラウド上に自動共有する機能を始め、バージョン管理や契約書にまつわるコミュニケーションを一元化する仕組みなどを搭載。シンプルながら現場のニーズに応えるシステムとして導入が進み、現在は三井不動産やカシオ計算機といったエンタープライズ企業を中心に活用されている。

OneNDAに繋がる構想についてはHubbleのローンチ前から議論していたそうだが、その必要性を一層強く感じるようになったのは早川氏や酒井氏自身がHubbleのセールスを通じて様々な企業の担当者と話をしてきたことが大きい。

「会社としては『契約業務を改革していきたい』という大きな思いを持っています。これまではそのアプローチの1つとして、Hubbleという汎用的なSaaSプロダクトを練り上げてきました。ただ実際に600〜700社の方とお話をする中で、契約書の形式や契約業務のあり方が本当に各社各様でバラバラなことを実感し、汎用的な解決策を提供するだけでは不十分だという結論に至ったんです。Hubbleと並行して、OneNDAのようにそもそも契約の形自体をデザインする取り組みも必要で、それが抜本的な解決策になるえるというのが見えてきました」(酒井氏)

Hubbleでは契約業務においても部署や会社をまたいだコラボレーションが進んでいくことで仕事も円滑に進むと考えている。主力プロダクトのHublleとOneNDAではアプローチは異なれど、「オープン」や「コラボレーション」をキーワードに契約や法務の働き方を見直していくという思想は同じだ。

今後は引き続き既存プロダクトのアップデートに取り組みつつ、OneNDAの普及にも力を入れていく計画。現在は早川氏や酒井氏ら社内メンバーに加えて、外部の弁護士数名にもチームに入ってもらって統一規格の内容やプロダクトの見せ方などを議論しているそう。ゆくゆくは統一規格の中身を解説したコンテンツを追加するなど、よりわかりやすいな仕掛けも作っていく。