フォトシンス代表取締役社長兼CEOの河瀬航大氏 すべての画像提供:フォトシンス
フォトシンス代表取締役社長兼CEOの河瀬航大氏 すべての画像提供:フォトシンス
  • 4500社が導入したキーレス入退室管理システム
  • 「全ての扉を1つのIDで開ける世界」の実現へ
  • ビルのセキュリティゲートをスマートに

「以前から掲げていたキーレス社会の実現に向けて、ようやくプロダクトが追いついてきた感覚があります」

そう話すのは、後付け型スマートロック「Akerun Pro(アケルンプロ)」を軸に法人向けのサービスを拡大してきたフォトシンスで代表取締役社長兼CEOを務める河瀬航大氏だ。

主力事業であるクラウド型のオフィス入退室管理システム「Akerun入退室管理システム」の累計導入社数は4500社を突破。直近約2年で中小企業やスタートアップだけでなく、大企業や行政機関などへの導入も進んだ。

そのフォトシンスが“物理的な鍵をなくすキーレス構想”を加速させるべく、新たな一歩を踏み出す。同社は8月4日、農林中央金庫など複数の投資家を引受先とする第三者割当増資と金融機関からの融資により、総額35億円の資金調達を実施したことを明らかにした。

フォトシンスでは調達した資金を活用し、全ての鍵をクラウド化する新戦略「Akerun Access Intelligence」を推進していく計画。法人向けの新サービスとしてオフィスビルの来訪管理をスマートにする「Akerun来訪管理システム」の問い合わせ受付も開始した。

今回の主な投資家および融資元は以下の通りだ。河瀬氏によると2018年5月に10億円の調達を発表してから複数回の資金調達を実施していて、35億円はその総額になるとのこと。創業からの累計調達額は約50億円になるという。

・農林中央金庫
・NTTドコモベンチャーズ
・三井不動産(31Ventures 運営者:グローバルブレイン )
・LINE Ventures
・凸版印刷
・BSP GROUP
・Scrum Ventures
・常陽産業研究所
・グロービス・キャピタル・パートナーズ(既存投資家)
・新生銀行(融資)
・日本政策金融公庫(融資)
・みずほ銀行(融資)
・常陽銀行(融資)

4500社が導入したキーレス入退室管理システム

フォトシンスは2014年9月に河瀬氏らが創業したスタートアップ。全ての扉をクラウドに繋げ、物理的な鍵をなくすことを目指してこれまで10個のプロダクトを作ってきた。

最初に手がけたのは個人向けのスマートロックだったが、実際に提供してみると法人からの需要が多かったため、2016年に法人向けの「Akerun Pro」を発表。これが1つのターニングポイントにもなり、フォトシンスは徐々にスマートロックを軸としたSaaS型の「入退室管理ソリューション」を提供する会社として事業を拡大していく。

Akerun Proはオフィスのドア錠のつまみ(サムターン)に粘着テープを使ってデバイスを貼り付けるだけで設置できるのが特徴。NFCリーダーをつければスマホに加えてSuicaやPASMOといった交通系ICカードから簡単に開錠・施錠ができるようになる。

これに入退室管理の仕組みを紐づけたのがAkerun入退室管理システムだ。同サービスではウェブ上の管理画面「Akerun Manager」やアプリから、ユーザーの入退室履歴の確認、ユーザーへの鍵権限の付与・削除などができる。

「だれが、どこに出入りしたか」といったデータがクラウド上に全て保存されていくため、入退室管理の記録だけでなく勤怠情報の管理にも役立つのがポイントだ。個人情報を取り扱う事業所の入退室管理の義務化や、働き方改革における労働時間の適正把握の義務化などが追い風にもなり、さまざまな企業へ導入が進んでいる。

「Akerun入退室管理システム」のイメージ
「Akerun入退室管理システム」のイメージ

近年は大手企業からの引き合いが増えていることを受け、2019年5月に既存の電気錠・電磁錠や自動ドアに対応した「Akerunコントローラー」をローンチ。Akerun Proでは対応できなかった企業に対しても入退室管理システムを提供できる基盤を作った。

「この1年ではやはり大企業への導入が広がっています。本社オフィスもそうですが、増えているのはコワーキングスペースやサテライトオフィスでの活用。本社以外の拠点もしっかりとセキュリティを担保しつつ、入退室や勤怠の情報などは一元管理したいというニーズがかなり強くなっています。特に新型コロナウイルスへの対策として郊外や地方にも仕事ができる拠点を設ける企業が増えている印象で、その際にAkerunを導入いただくことも多いです」(河瀬氏)

また地方企業からの問い合わせも増えた。コロナ禍において「ハンコを押すためだけに出社する」ことの是非が大きな議論にもなったが、地方では管理職など一部の社員しか鍵を持っていない企業もあり、「鍵の受け渡しのためだけに出社する」ケースが実際にいくつも発生しているそうだ。

鍵の受け渡しをクラウド上でやりたい、誰が出社しているのか勤怠状況を把握したいという声が今回のタイミングで一気に増加した。それもあってフォトシンスでは6月に福岡にも拠点を開設し、地方企業への対応にも力を入れ始めている。

冒頭でも触れた通り現在Akerunの導入企業社数は4500社を超え、アカウント数も66万人を突破した。

「ほとんどは東京都のオフィスワーカーに使われていて、都内のオフィスワーカーにおける利用率は7.4%。割合的には100人に聞けば7人はすでにAkerunでオフィスの鍵を開けているような状態です。少しずつではありますが、インフラとして広がってきているという手応えはあります」(河瀬氏)

都内中心地のAkerun導入企業マップ(セキュリティの関係上マップの位置を微妙にずらしてる)
都内中心地のAkerun導入企業マップ(セキュリティの関係上マップの位置を微妙にずらしてる)

「全ての扉を1つのIDで開ける世界」の実現へ

今回の資金調達はさらに多くの企業の課題を解決すべく、既存事業の改善・拡大に向けた人材採用や販促活動の強化に用いる。ただそれに留まらず、創業以来のビジョンとして掲げてきた“キーレス社会”の実現に向けた研究開発にも投資をする。

そこでキモになってくるのが新戦略となるアクセス認証基盤のAkerun Access Intelligenceだ。このAkerun Access Intelligenceとは一体何か。大雑把に説明すると「AkerunユーザーID」と紐づいた交通系ICカードに対して、様々な場所に設置されたAkerunへのアクセス権限を付与できる仕組みだ。

要はAkerunがあらゆる場所に普及すれば、普段使っているSuicaやPASMOを1枚持ち運ぶだけでオフィスからホテル、自宅まで様々な空間に出入りできるようになる、ということになる。

Akerun
「Akerun Access Intelligence」のイメージ

「実現したいのは『物理的な空間に入るための鍵を統一化すること』です。これまで様々な扉に出入りするために、それぞれの扉ごとに生成された鍵を持ち歩いていました。オフィス用の鍵やカードキー、ビルのセキュリティゲートを通るための入館証から自宅の鍵、車の鍵まで。扉と鍵はn:nの関係だったんです。Akerunではそれをn:1の関係性にしていきたいと考えています。自分たちが開発してきたハードウェアを用いて、いろいろな扉をインターネットに繋げていく。そして全ての扉を1つのIDで開けれるような仕組みを作ることで、キーレス社会の実現を目指していきます」(河瀬氏)

Akerun Access Intelligenceは大きく3種類のデータから成る。1つめが名前や所属会社、住所といった「基本情報」。2つめが電話番号やメールアドレスといった「デジタルID」。3つめがユーザーが普段使っている交通系ICカードなどの「物理ID」。これらを紐づけてAkerunユーザーIDとしている。

「たとえばオフィスの鍵を第三者に渡したいと考えた時、通常は物理的な鍵や社員証などを手渡しする必要がありました。それがAkerun Access Intelligenceだと、相手のメールアドレスがわかるだけで普段使っているICカードに権限を付与することができます」(河瀬氏)

河瀬氏は具体的なユースケースとして「賃貸物件の契約」と「ホテル」の2つの事例を挙げる。

賃貸物件の申し込みをする際に、申込書に電話番号やメールアドレスを記入することが多い。仮に申込者がAkerunユーザーIDを保有していて、入居する物件もAkerunを導入していた場合、Akerun Access Intelligenceを使って鍵の受け渡しをスマートにできる。

Akerun Access Intelligenceによる、鍵の受け渡しイメージ
Akerun Access Intelligenceによる、鍵の受け渡しイメージ

Akerun Access Intelligence上では申込者が普段使っている交通系ICカード情報が紐づいているので(あくまでシステム側で処理をするため、ユーザー情報が第三者に開示されるわけではない)、電話番号だけ教えてもらえれば、鍵を渡すことなく申込者のSuicaやPASMOで家の鍵を開けられるようになる。

ホテルも同様だ。予約時に電話番号を伝えておけば、同じような要領でICカードに権限を付与してもらい、部屋の鍵として使える。

ビルのセキュリティゲートをスマートに

フォトシンスでは今後Akerunの設置箇所を広げていくことで、この体験ができる場所を増やしていく方針だ。本日ローンチした法人向けの新サービス・Akerun来訪管理システムは、Akerun Access Intelligenceを広げていく上でも重要な一手となる。

オフィスビル向けの「Akerun来訪管理システム」
オフィスビル向けの「Akerun来訪管理システム」

これまで展開してきたAkerun入退室管理システムはオフィス向けのプロダクトだが、今度のAkerun来訪管理システムではビル向け。大型のオフィスビルなどに設置されているセキュリティゲート(フラッパーゲート)を、セキュリティを確保しながらよりスムーズに通れる体験を作るためのものだ。

既設のセキュリティゲートに後付けで導入できるデバイスを設置することで、Akerun来訪管理システムからゲートの通過権限を自由に付与することが可能に。上述したユーザーIDの仕組みによって、各ユーザーは受付の手間なく、交通系ICカードでゲートを通れるようになる。

たとえばAkerun来訪管理システムが設置されたビルのテナントに来客がある場合、以下の流れで進む。

まずはテナント側の担当者(Aさん)が、来訪管理システムにアクセス権限を付与したい来客(Bさん)の名前や連絡先、訪問時間などを登録する。もしBさんがすでにAkerunユーザーIDを持っていれば話は早い。交通系ICカードを持っていけば、当日はセキュリティゲートにカードをかざすだけ。ゲートを通過したタイミングでAさんに通知が送られるため、オフィスに着いてからの受付もスムーズだ。

もしBさんがAkerunユーザーIDを持っていなければ、少しだけフローが異なる。まずAさんが来客登録をしたタイミングで、Bさん宛にメールで受付番号が届く。Bさんは当日受付付近に設置されたタブレットの元へ向かい、そこで番号を入力して交通系ICカードをかざす。ユーザーIDの登録に同意(許諾)をすればその後の流れは一緒だ。

既設のセキュリティゲートに後付けデバイスを組み合わせて、オフィスビルの来訪管理にも対応する
既設のセキュリティゲートに後付けデバイスを組み合わせて、オフィスビルの来訪管理にも対応する

多くのオフィスビルでは来訪時に毎回受付で会社名や氏名などを手書きで記載する必要があり、来訪者の負担になっていた。また「手書きで提出された来訪者の情報や履歴をリアルタイムでデジタル化できない」「名刺など複製可能な身分証明書で個人を認証するなどセキュリティ面で不安がある」などビルデベロッパー側の悩みもある。

Akerun来訪管理システムでは高度なセキュリティと来訪管理のデジタル化を進められるため、来訪者だけでなくデベロッパーにもメリットが大きいというのが河瀬氏の考えだ。テナントにとっても入居先のビルにこの仕組みが導入されていれば、夜間や休日の来客対応なども楽になる。

実証実験で使用した後付けデバイス
三井不動産との実証実験で使用した後付けデバイス

今回フォトシンスでは三井不動産と協業し、同社の本社オフィスエリアでAkerun来訪管理システムの実証実験を始めたことも明かしている。オフィスエリアの受付とセキュリティゲートに「Akerun来訪管理システム」を導入。来訪者はAkerunユーザーIDに登録されたICカードを利用して、三井不動産本社オフィスエリアのセキュリティゲートにアクセスできるようになる。

「オフィスビルはまさにそうですが、今後は人の出入りの多い空間にどれだけAkerunを入れていけるかが1つのポイントです。フォトシンス単独では成し遂げられないので、今回株主として仲間になってもらった方々も含め、他社との連携も検討していきます。オフィスの場合は入退室管理の課題が大きかったので、(Akerunと連動した)サブスク型の入退室管理システムという形を選びました。やり方やマネタイズポイントはそれぞれの領域で異なるので、きちんと事業としても伸ばせるような方法を模索していこうと思っています」(河瀬氏)

「2014年の起業当初から今進めているような世界観を実現してみたいなと、ぼんやりとは考えていたんです。ただ当時の自分がそれを発信してもあまり説得力が伴わない状況でした」と河瀬氏は打ち明け、現状についてこう語る。

「それから数年かけて数字が積み上がってきた中で、キーレスの世界観を実現するリーディングカンパニーとしての立ち位置まではもってこれたのかなと思っています。1つのIDで全ての扉を開けるという世界観はSFで想像していたようなものにも近いですが、しっかりと実現させていきます」(河瀬氏)