
- コロナ禍で従業員のメンタルケアが“喫緊の問題”に
- 「エンプロイーサクセス」を日本に広める
- 調達した資金で外部サービスとの連携を視野に開発を加速
新型コロナウイルス感染症の影響で仕事のリモート化が進み、中にはオフィスを解約する企業も出てきた。多くのIT企業は緊急事態宣言の解除後もリモートワークを前提とした働き方を推進している。
リモートワークの普及には、通勤時間の削減による、生産性の向上や地方人材の活用などメリットも多いが、デメリットもある。
経営者や管理職からすると、いくらSlackやZoomなどのコミュニケーションツールを駆使したとしても、従業員のコンディションを把握しづらいのは不安の種だ。
そこで登場したのが、SlackやMicrosoft Teams(以下、Teams)といったチャットツール上での返信速度や投稿内容など、従業員の行動データを機械学習で解析し、コンディションを“見える化”するプラットフォーム、「Well(ウェル)」だ。提供するのはBoulder(ボルダー)。2019年4月に設立されたスタートアップだ。
本年7月28日、BoulderはWellのベータ版を正式リリースするとともに、総額1億円の資金調達の実施を発表した。調達ラウンドはプレシリーズAで、引受先はSalesforce Ventures Japan 元Japan Headの浅田慎二氏が4月に設立した独立系ベンチャーキャピタルのOne Capital、そして既存株主のジェネシア・ベンチャーズだ。Boulderは2019年8月にも、ジェネシア・ベンチャーズ、INITIAL代表取締役の佐久間衡氏、そしてヘイ代表取締役の佐藤裕介氏を引受先とするシードラウンドで、総額6000万円の資金調達を発表していた。
Wellではチャットツールにbotを入れてテキストをクロールし、解析。見える化したデータのダッシュボードを管理職向けに提供する。
「リモートワークの普及で、従業員の状況を、管理職も人事も把握しづらくなりました。(管理職も人事も)不安ですし、従業員自身も、どのように働けば良いのか戸惑っている状況です。Wellがあることで、例えば働き過ぎで鬱になってしまうケースを早めに探知し、解決していくことができます」
Boulder代表取締役の牟田吉昌氏は取材に対してそう話す。一例として、「投稿のDM(ダイレクトメッセージ)比率の増加」や「働き方のバイオリズムの変化」は従業員がストレスを抱えており、離職や休職に繋がりかねない危険な兆候だ、といったことがSlackやTeamsの利用傾向から読み解けると同氏は言う。中でも筆者が注目したのは、「ありがとう」と多く投稿する従業員はストレス度が高い可能性がある、という解析結果だ。牟田氏いわく、「ありがとう」と多く投稿する従業員は「評価を気にしやすい、もしくは人に気を使っている人が多く、ストレスがたまりやすい傾向にある」という。
Wellではそのような「黄色信号」を早期に察知し、該当従業員にサーベイを送信することでより詳しい状況把握を行い、人事担当者に解決策をレコメンドする。SlackやTeamsから得られる客観データ、そしてサーベイから得られる主観データを用いて、従業員のメンタルケアに繋げていくのだ。
コロナ禍で従業員のメンタルケアが“喫緊の問題”に
牟田氏が言うように、仕事のリモート化により従業員のストレスは増え、従業員のメンタルケアは多くの企業にとって課題となっているようだ。これを明らかにした調査があるので紹介したい。
一橋大学イノベーション研究センターが5月に公表した「新型コロナウィルス感染症への組織対応に関する緊急調査:第一報」によると、調査に協力した約半数の企業が「従業員への意思伝達が難しくなった」、「従業員同士の意思疎通が難しくなった」、または「部門間の連携が難しくなった」と回答した。
また、仕事上のストレスが増えたと約60%の企業が回答。一方で現場でのミスやトラブルが増加したと回答する企業は約10%に留まっている。同調査では「従業員間のコミュニケーションとメンタルケアが喫緊の問題」と示唆している。
これはテキストでのコミュニケーションが増えたことにより、対面コミュニケーションを通じて行っていた「意思疎通」や「メンタルケア」をリモート化で補うことを、多くの企業が困難だと感じていることの現れではないか。

「エンプロイーサクセス」を日本に広める
Boulderが日本で広めようとしているのは、「エンプロイーサクセス」という概念だ。牟田氏いわく、エンプロイーサクセスとは、顧客を成功に導きLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)を最大化する「カスタマーサクセス」のように、従業員の成功を事業の成功と考え、自社の収益と従業員の幸福度を両立させる、という考え方だ。前述のとおりリモートワークの普及で従業員のコンディション管理が難しくなった今、エンプロイーサクセスは企業にとってより重要な指標となったと牟田氏は言う。
海外では、SAPが2018年11月に80億ドル(約9100億円)で買収した「Qualtrics」などが先行してエンプロイーサクセスを提唱している。だが、米国などでは日本と比較し離職率が高く、転職が一般的であるために、こうしたサービスは主に離職・転職予測に使われている。一方、Wellは終身雇用が当たり前である日本企業向け。従業員の幸福度を向上させ「長く働いてもらうこと」を念頭に開発されており、企業が得られる最大の効果は、離職率の低下だ。
今、企業にとってはSlackやZoomといったコミュニケーションツールの導入が最優先であることは確かだ。そして業務効率化を目的とし、業界特化型SaaSを導入する企業も多い。今後Boulderが導入社数を増やしていくためには、Wellを通じて「離職率の低下」だけに留まらない、より多くの付加価値を提供していく必要がある。
調達した資金で外部サービスとの連携を視野に開発を加速
牟田氏はWellで提供する次なる価値として、「リファラル採用の効率化」を挙げる。今回調達した資金をもとに、外部サービスとの連携を視野に入れた開発を進める。
従業員の満足度が高くなければ、リファラル採用で知人を連れてきたいとは思わないだろう。そこで、牟田氏はWellを使い従業員の満足度を上げつつ、例えば社員が各々採用に関われるATS(採用管理)ツール「HERP Hire」などと連携することで、企業のリファラル採用にも活用できるようにしたいと考えている。
牟田氏は現在のWellについて、「従業員のコンディションを可視化できるが、企業の課題解決はまだまだできていない状況」だと説明する。そこで前述のとおりリファラル採用に活用できる機能を開発するとともに、従業員の体験を向上させるべく、外部サービスとの連携も進めている。年内にはパートナーとの取り組みも発表できる見込みだという。
2019年9月に提供開始したWellのアルファ版は約10社にクローズドで提供されてきた。Boulderでは2021年の8月までにベータ版を100社に導入し、検証を続けることでPMF(プロダクトマーケットフィット)を目指すという。