公正取引委員会の審査結果で、合計シェアが6割に達していることが明らかになったPayPayとLINE Pay
公正取引委員会の審査結果で、合計シェアが6割に達していることが明らかになったPayPayとLINE Pay 撮影:石井徹
  • 最大の競合は「現金」
  • 市場を固めたPayPayはマネタイズにシフト

8月4日、Yahoo! Japan親会社のZホールディングス(ZHD)とLINEの経営統合を巡って、大きな進展があった。ハードルの1つとなっていた日本の公正取引委員会による審査が完了したのだ。

LINEとYahoo! Japanはニュース配信事業、広告事業、コード決済市場で競合している。公取委の審査ではこの3分野において両社の統合は競争を阻害しないという判断となったが、特に市場支配力が強いコード決済事業に関しては「注記付き」で統合を認める判断となった。

コード決済事業では、ZHDと同じソフトバンクグループのPayPayが圧倒的な強さを見せている。公取委の審査レポートによるとPayPayは2020年1月時点のコード決済(利用金額ベース)で市場シェア55%を占めている。一方、LINE Payは市場シェア5%で、両社を単純合算するとシェア60%におよぶことになる。

コード決済におけるPayPayおよびLINE Payのシェア 出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」
コード決済におけるPayPayおよびLINE Payのシェア 出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」

PayPayはコード決済サービスの中では後発組で、2018年7月にサービスを開始した。飛躍のきっかけとなったのが2018年12月にスタートした「100億円あげちゃうキャンペーン」。予算100億円、会計金額の20%を還元するという大胆な内容のキャンペーンで、決済できないなどのトラブルを起こしつつも世間の注目を集め、コード決済そのものの認知度を一気に向上させた。

その後PayPayでは全国に営業部隊を展開し、都心の個人商店から地方の観光地まで幅広くにコード決済を売り込んだ。2019年以降はZHDの親会社にあたるソフトバンクグループとソフトバンクの資本も投入し、巨大な赤字を積み増しながらユーザー数と加盟店を増やしてきた。2020年6月末時点でユーザーは3000万人を突破し、対応店舗網は全国230万カ所に及んでいる。

一方、LINE Payは2014年12月サービス開始と、実はコード決済市場では古株だ。LINEアプリに組み込まれているという利便性を強みとして、着々と市場シェアを伸ばしてきた。登録ユーザー数は2019年10月時点で5000万人を突破している。

LINE Payでは2018年8月からは加盟店決済手数料を3年間無料とする施策を展開。政府主導の共通QRコード規格「JPQR」にも参加し、加盟店拡大を図った。

ただ、直近ではプロモーション費用を控えつつ、クーポン配布やLINE Pay クレジットカードの投入など、既存ユーザーの利用機会を増やすような施策にシフトしている。前述の公取委資料によると、2019年4月時点ではLINE Payは25%の市場シェアを保持していたが、2020年5月には5%に低下している。

PayPayの親会社の1つであるZホールディングスとLINE Payの親会社のLINEは2019年11月、経営統合を発表。統合に向けた審査を進めてきた。

2019年12月23日、経営統合に関する記者会見で手を取り合うZホールディングス代表取締役社長の川邊健太郎氏(左)、LINE代表取締役社長CEOの出澤剛氏(右)
2019年12月23日、経営統合に関する記者会見で手を取り合うZホールディングス代表取締役社長の川邊健太郎氏(左)、LINE代表取締役社長CEOの出澤剛氏(右) 撮影:石井徹

最大の競合は「現金」

LINEがグループに加わることで、コード決済市場の圧倒的王者のPayPayは、さらに市場での影響力を高めることになる。ただし、公取委の判断は、両社の統合が直ちに問題とならないと判断している。

政府が2019年9月~2020年6月まで展開したキャッシュレス推進キャンペーンによって、コード決済の利用率は大きく拡大した。コード決済の決済手段としての利用割合は2019年4月の時点では1.76%だったのに対し、2020年1月には7.30%まで増加している。

一方で、決済手段として未だに根強いのは現金だ。2019年4月では52.64%と過半数を占め、キャンペーン期間の2020年1月にも41.58%の決済が現金だ。

同期間にはクレジットカードも利用割合を拡大しているが、30.90%→34.70%と、その伸張は小幅だ。利用動向をみると、クレジットカードは高額決済、コード決済は少額決済とすみ分けが進んでいる。

つまり、コード決済市場は現金の少額決済の需要を奪って成長している格好と言える。

出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」
出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」

また、ユーザーにとっては他の決済手段を選ぶ自由もある。コード決済サービスはアプリを導入してアカウントを登録し、銀行口座やクレジットカードを登録すれば使える。他のサービスへの乗り換えも難しくはなく、複数のサービスを使うユーザーもいる。

コード決済事業者はユーザーを拡大、定着させるために多くのプロモーション費用をつぎ込んでいる。その一方で、ユーザーはキャンペーンを展開しているサービスを渡り歩いて使うような状態になっている。PayPayでは実際、還元額を増額したキャンペーンの実施日のみ大幅に利用額が増えているような状況にある。

出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」
出典:公正取引委員会「令和2年8月4日)Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」

こうした市場の動向もあり、公取委は2社の統合自体は競争の制限とはならないと判断した。一方で現金による決済は減少傾向にあり、コード決済はクレジットカードなどの他の決済手段とも共存していることから、今後競争が阻害されるおそれもあるとして、両社の統合にあたり「条件」をつけている。

条件は2項目あり、統合後の3年間に渡り適用される。1つはコード決済企業での競争状況やユーザーデータの利用状況を公取委に報告すること。もう1つは加盟店契約で排他的な条項(他のコード決済は導入しないといった制約)を設けないことだ。

なお、審査を要請したZHDとLINEが提案した内容を公取委が承認するかたちとなっている。

市場を固めたPayPayはマネタイズにシフト

コード決済市場で圧倒的なシェアを獲得したPayPayだが、そのユーザーと加盟店は、莫大な費用が獲得したものだ。同社の業績は2019年度はマイナス367億円の営業赤字、2020年度にはマイナス822億円とさらに赤字幅が拡大している。同社はユーザーを拡大を進めつつも、収益化をシフトしていく方針を示している。

コード決済の場合、決済手数料そのものでの収益化するよりも、周辺サービスの利用を増してグループ全体での収益化を狙う戦略が王道となる。PayPayが意図する「スーパーアプリ」化もその1つだ。

PayPayの言う「スーパーアプリ」とは決済アプリを起点としたポータル化で、たとえばPayPayアプリから配車サービスのDiDiでタクシーを呼ぶといった機能拡張を行っている。

また、ZHDはPayPayを「Yahoo! JAPAN」に並ぶブランドと位置づけており、6月末にはZHD内の金融関連サービスと企業を「PayPay」ブランドに改称することも発表している。たとえばジャパンネット銀行は「PayPay銀行」に、YJFX!は「PayPay FX」といった具合で、長い歴史の中でYahoo!グループに加わった金融関連サービスをPayPayブランドに結集させつつある。

金融サービスを「PayPay」ブランドに統合するZホールディングス。 出典:Zホールディングス2020年度第一四半期決算説明会資料
金融サービスを「PayPay」ブランドに統合するZホールディングス。 出典:Zホールディングスのプレスリリース

一方でLINEは、メッセージングアプリの「LINE」を元にさまざまなサービスを拡充してきた経緯があり、LINE自体がスーパーアプリで、LINE Payはその一翼をになうサービスと言える。統合後にPayPayブランドに統合する意義は薄そうだが、加盟店営業ではPayPayとの共同販促で攻勢に出られるだろう。

合併審査中ということもあり、ZHDとLINE両者の首脳から統合後の方針ついての戦略が語られることは少ない。一方で、スマホ決済サービスの今後という点では、両者の戦略はそう離れてはいないだろう。

LINEとZHDはもともと2020年内に経営統合を完了する予定だったが、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行により、海外で合併審査の進捗が遅れている。新生ZHDとその傘下企業としてのYahoo! JapanとLINEは、2021年3月に誕生する予定だ。