StockX・CMOのディーナ・バーリ(Deena Bahri)氏
  • “真贋鑑定”と株式市場に着想を得た“ダイナミックプライシング”で人気に
  • マーケティングのデジタルシフトで販売額は月間最高記録を達成
  • 日本版に期待される“独自コンテンツ”と“コラボレーション”
  • 強みは国際的なネットワークによる豊富な在庫

スニーカーやストリートファッションに特化したマーケットプレイス、「StockX(ストックエックス)」。2016年に米国で誕生したこのサービスは、真贋鑑定で本物と認定したデッドストック(購入済みの新品)のスニーカーのみを、株式市場に着想を得た料金設定で販売する。“スニーカーヘッズ”と呼ばれる熱狂的なスニーカーコレクターを中心に支持を集める。

サービスを運営するStockXは2019年6月に時価総額が1000億円(10億ドル)を超え、ユニコーン企業になった。今では197の国・地域に顧客を抱え、9万8000点以上の商品を取り揃える。

そんな国際的なマーケットプレイスを手掛ける同社は3月、日本法人であるStockX Japanを設立。6月には日本版サービスを正式に開始した。サービスは日本語・円表記になり、日本語でのカスタマーサポートにも対応する。

もともとは2020年7月に開催予定だった東京五輪とあわせて、大々的なローンチの計画をしていたという日本版サービスだが、惜しくもコロナ禍で“ひっそり”とした立ち上げとなった。だが、巣ごもり需要もあり、ユーザー獲得は好調だ。同社の幹部たちは「どんな状況でも人々はスニーカーを欲しがります。それは私たちにとって希望の光のように感じられる。日本版のローンチは、StockXという国際的なマーケットプレイスのさらなる成長に大きく貢献する」と語る。

今回DIAMOND SIGNALでは米StockX・CMOのディーナ・バーリ(Deena Bahri)氏、そしてStockX Japan統括のユイ・ドーン(Duy Doan)氏とブランドマネージャーの山村剛史氏への独自取材を敢行。これまで明かされていなかった、日本進出の経緯を聞いた。

“真贋鑑定”と株式市場に着想を得た“ダイナミックプライシング”で人気に

StockXは2015年7月に米・ミシガン州のデトロイトで設立されたスタートアップだ。提供するのはCtoCのマーケットプレイス。当初はスニーカーに特化していたが、現在ではアパレルやトレーディングカードなど、取り扱う商品の幅を広げている。

ネットオークションやフリマアプリには、精巧に作られた“スーパーコピー”と呼ばれる偽物のブランド品が多く出品される。ナイキやアディダスに代表されるメーカーのスニーカーも、もはやそんなブランド品の1つとなっている。その背景にあるのは、レアなスニーカーのプレミア化だ。定価1〜2万円のスニーカーが、その希少性から10万円以上で売られるケースも珍しくない。

そこでStockXはマーケットプレイスを提供して買い手と売り手のあいだに入るだけでなく、偽物の流通を妨げ、理不尽な価格の高騰が起こらない仕組みを用意することで、リセール市場の“悪しき実態”をディスラプト(破壊による変革)した。

StockXでは現在、3カ国6カ所に真贋鑑定を行うための「オーセンティフィケーションセンター(鑑定センター)」を設置している。米国はミシガン州デトロイト、 アリゾナ州テンピ、ニュージャージー州ムーナチー、ジョージア州アトランタに。英国はロンドンに。オランダはアイントホーフェンに、それぞれ鑑定センターを設置している。

StockXの「オーセンティフィケーションセンター」
真贋鑑定は手作業で行われる
StockXでは9万8000点以上の商品を取り揃える

各鑑定センターには訓練を受けた約170人の専任鑑定士がおり、日々、世界中から送られてくるスニーカーなどの真贋鑑定を行っている。StockXに並ぶ商品は全てこの真贋鑑定を通過し、同社が本物だと鑑定して専用の「タグ」をスニーカーに付けたものだ。

真贋鑑定を通過したスニーカーに付けられる「タグ」
真贋鑑定を通過した印のタグが付けられたスニーカー

理不尽な価格高騰を避けるためには、株式市場に着想を得たダイナミックプライシングの仕組みを導入した。商品ページには、商品の市場価格や売買の件数、過去の販売データなどから算出された適正金額を提示する。購入者は、StockXが提示する価格ですぐに購入するか、希望額を提示してその額での出品を待つ。販売者は、StockXが提示する価格で販売するか、購入者が提示している金額で売れるまで待つかを選ぶことができる。

StockXは販売者から手数料を徴収することで利益を得る。販売手数料は11〜12.5%で、販売実績に応じて手数料は変動する。初めて販売する時は12.5%だが、販売数が100足を超える、もしくは販売額が2万5000ドル(約270万円)を超えた場合には11%になる。

マーケティングのデジタルシフトで販売額は月間最高記録を達成

ローンチから4年。累計取引数は1000万件以上。年間の流通総額は約1000億円(10億ドル)を突破。StockXは巨大なマーケットプレイスに成長した。直近ではコロナ禍では2020年に予定していたマーケティング施策の多くは白紙となったが、5月、6月は販売額で月間最高記録を更新した。

社会的距離を保つ必要があることから、対面が発生する物理的なイベントは開催できないーーそこで同社は顧客との接点をオンラインに絞った。結果、ゲストを招いたオンライントークイベントなどには特定のエリアからだけではなく、世界中から参加できるようになり、想定以上の集客に繋がった。

「スポーツチームや音楽イベントのスポンサー。このような予定の多くはなくなりました。誰もが外出を自粛せざるをえない。そこで我々は『対面で得られる体験をどうオンラインで提供するか』を必死に考えました」(CMOのバーリ氏)

4月にはStockXが制作したドキュメンタリー映像作品『We’re Not Particularly Talented, We Just Try Hard(編集部訳:僕たちには別に才能があるわけではない、努力をするだけだ)』を公開した。ファッションデザイナーのリース・クーパー(Reese Cooper)氏を題材にした作品だ。

バーリ氏いわく、StockXでは作品の公開に合わせて、ロサンゼルスで大規模なイベントを開催する予定だった。だがコロナ禍で方針を変えざるを得なくなり、イベントはオンラインで実施。幸いにも、世界中から参加者が集まる熱度の高いイベントになったという。

日本版に期待される“独自コンテンツ”と“コラボレーション”

日本進出もコロナのあおりを受けた。法人こそ3月に設立したものの、ローンチイベントは白紙になり、マーケティング戦略も大きく変更せざるを得なくなった。バーリ氏らは日本戦略について、まずはUI/UXの最適化と、日本独自のコンテンツ発信という地道な手段から進めるという方法を選んだ。

StockXでは、自社の認知向上とスニーカー文化の発展を目的に『The Magazine』と題したオウンドメディアを展開し、著名人のインタビューやスニーカーの歴史など、さまざまなコンテンツを制作している。現在は英語版(日本版では翻訳コンテンツを掲載)しかないThe Magazineだが、バーリ氏はそこに日本独自のコンテンツも掲載したいと考えている。そして、ゆくゆくは日本のブランド、ファッションデザイナーやタレントとのコラボレーションも期待していると同氏はつけ加える。

StockXでは“新規上場株”ならぬ“新規商品公開”という意味の「IPO(Initial Product Offering、Initial Public Offeringではない)」というコラボレーション企画を展開している。この企画ではスニーカーメーカーやファッションブランドが限定商品を用意し、StockXの仕組みを活かして、「メーカー希望小売価格」ではなく、StockX上での「市場価格」で販売する。5月にはNew BalanceおよびファッションブランドNo Vacancy Innとコラボレーションし、スニーカー「New Balance 650 x No Vacancy Inn」を販売した。

8月からはソーシャルメディアを活用したポップアップイベントの「DropX」を新たに展開している。DropXは、ファッションデザイナーたちがStockXと共同開発した限定商品について紹介するライブ配信を行い、配信を最後まで見た視聴者だけがその商品を買えるというイベントだ。8月13日にはファッションデザイナーのキャリー・マンデン(Carri Munden)氏とリアム・ホッジス(Liam Hodges)氏がInstagramでライブ配信し、限定デザインのTシャツを販売した。StockXにとって、コラボレーションは今、特に重要だと言える状況だ。

「コロナ禍のため東京でパーティーは開催できませんが、世界中の人たちが楽しめるコンテンツを制作できる。私は“文化交流”に期待しています。日本のチームとは密に連携していきます」(バーリ氏)

そんなバーリ氏の希望に応えるのは、StockX Japanブランドマネージャーの山村氏だ。前職のレッドブル・ジャパンでは、マーケティング部でカルチャーマーケティングを総括。約30年、DJとして活躍してきた側面も持つ同氏は、音楽やストリートカルチャーのキーパーソンたちと広く交友関係を持つ。

StockX Japanブランドマネージャーの山村剛史氏

「StockXでは設立当初から日本に目を向けていました。理由は、日本には世界的に有名で人気なデザイナーなどが多く存在するからです。特に渋谷・原宿は世界から注目されています。ここで過去に何が起きていたのか。今何が起こっているのか。発信していけるようにしたいです。デザイナーやアーティストとのコラボレーションは今後、絶対にやっていきたいと思っています」

山村氏は情報発信やコラボレーションに積極的な姿勢を見せる。

強みは国際的なネットワークによる豊富な在庫

StockX日本版は3月から日本語化を進め、6月に正式ローンチを発表した。大々的な発表は行わなかったが、日本でのユーザー登録数は(日本語化以前の)前年比で98%増加と好調だ。

StockX Japan統括のドーン氏は「コロナが世の中を取り巻くなか、あまり大々的にローンチを発表するべきではないと判断しました。それよりも、顧客体験を少しでも良くすることに注力しています」と語る。

「今は顧客が我々に何を求めているのかを見極める時です。米StockXが自国の顧客に提供しているような優れた体験を、日本の顧客に向けて提供していく必要があります」(ドーン氏)

StockX Japan統括のユイ・ドーン(Duy Doan)氏

StockX日本版が展開する前から、日本には「Monokabu(モノカブ)」、「SNKRDUNK(スニーカーダンク)」、「KCKC(キクシー)」など、先行する競合サービスが生まれている。だが、ドーン氏は「市場を活性化させる上で競争は重要です」と話し、余裕を見せる。

「Monokabu、SNKRDUNKやKCKCは、各社でそれぞれ在庫を抱えています。一方で我々には国際的なネットワークがあり、圧倒的な在庫数がある。それが最大の強みです。スニーカーヘッズは、より豊富な選択肢の中からお気に入りを探し、購入できます」(ドーン氏)

「1人でも多くの日本のスニーカー好きたちが、気に入ったスニーカーを適正価格で購入できるようにすること」──ドーン氏はStockX Japanの目標についてそう話す。そのためにも、まずは顧客体験を最適化。そこからは、さまざまなコンテンツの制作やコラボレーションが視野にある。

「私は原宿のスニーカーショップを訪れるのが大好きです。しかし、リセールショップの店頭に並んでいるスニーカーの値段には根拠がなく、高額です。スニーカーを適正価格で販売し、日本のストリートカルチャーの素晴らしさを国内外に発信する。それが我々のミッションだと思っています」(ドーン氏)