
- スポーツ領域における「情報の非対称性」をなくす
- 「読者の悩み」から生まれたインソール
- 300人以上のアスリートを始め、累計で1.5万足を販売
- ネット発のスポーツウェルネスメーカーとして拡大へ
「ネットの流通経路を押さえた上で、将来的には既存のスポーツメーカーとも肩を並べられるようなブランドを作っていきたいと当初から思い描いていました。特にポテンシャルがあると感じているのが『スポーツ用品の日常消費』の領域。普段使うものにスポーツ技術を転用していくことで、消費者の生活の質を高めていくサポートができればと考えています」
そう話すのは2018年創業のスポーツテック企業・TENTIAL(テンシャル)で代表取締役CEOを務める中西裕太郎氏だ。同社では月間180万PVを超えるスポーツ情報メディア「SPOSHIRU(スポシル)」と、D2C型のスポーツブランド「TENTIAL」を手がけている。
メディアからスタートし、昨年8月にはTENTIALブランド第1弾となる商品としてインソールを発売した。これまでに累計で1.5万足以上の販売実績があり、アスリートを始め、経営者から農家まで「足の悩みを抱えるユーザー」を中心に顧客を拡大してきた。
そんなTENTIALでは7月にアカツキ、MTG Ventures、セゾン・ベンチャーズ、プロテニスプレイヤーの西岡良仁氏、マネーフォワードの投資子会社HIRAC FUNDなどから1.7億円の増資も発表している。この資金を用いて自社商品の拡充のほか、既存サービスのアップデートにも取り組み、ゆくゆくはネット発の次世代スポーツウェルネスメーカーを目指していく計画だという。
スポーツ領域における「情報の非対称性」をなくす
今でこそ経営者として毎日事業に打ち込んでいる中西氏だが、高校時代まではサッカーと向き合う日々を過ごしていた。インターハイへの出場経験もあり、目標はプロサッカー選手になること。大学にスポーツ推薦で進学するか直接プロを目指すか、高校卒業後の進路を真剣に考えていた時に狭心症を発症してしまい、別の道へ進むことを余儀なくされた。
さまざまな方向性を模索する中で偶然出会ったのが「プログラミング」だ。YouTubeで当時アメリカの大統領だったバラク・オバマ氏がプログラミング学習を進めている動画を見て、のめり込んだという。
サッカーも学歴もなかったけれど、プログラミングを学び始めたことで人生が変わったーー。そんな自分自身の体験を世の中にも広めていくべく、中西氏は19歳の時にプログラミング学習事業を展開するインフラトップ(2018年11月にDMM.comが買収を発表)に創業メンバーとして参画した。
同社で事業責任者などとして約3年間働いた後は、一度大企業で修行するべく22歳でリクルートに中途入社。23歳で満を持してTENTIAL(創業時の社名はAspole)を立ち上げる。
元からスポーツを軸に起業することは決めていたが、改めて事業案を整理する中でインターネットを上手く活用した次世代のスポーツメーカーという構想が固まった。そのためにはまずネット上でスポーツの流通・コマースの領域を抑えにいく必要がある、そんな考えから作ったのがSPOSHIRUだ。
このメディアの特徴は、現役のアスリートと連携し彼ら彼女らの知見をもとにコンテンツを作っていること。サッカーや野球、ラグビーなど各スポーツのルールやスキルアップ方法に関するノウハウ記事から、スポーツ用品の解説記事まで幅広いジャンルをカバーする。現在月間180万PVを超え、SPOSHIRUを経由して毎月2〜3万件の商品が購入されている状態だ。
アスリートとの関係性はTENTIALの強みの1つ。同社には中西を始め、学生時代にスポーツに打ち込んで全国大会に出場した経験をもつメンバーが多く、アスリートとのネットワークも広い。今回株主として西岡氏が参画しているだけでなく、元プロサッカー選手の播戸竜二氏がCSO(チーフスポーツオフィサー)としてアスリートとの関係性作りや社内メンバーの1on1などに関わっているのもユニークな点だ。
また、TENTIALがメディアから事業をスタートさせたのは、ネットのチャネルを抑えるというビジネス的な観点に加えて中西氏自身が「情報の非対称性が多い」と課題感を感じていたことも大きい。
「スポーツ領域は、アスリートを始めこの分野に詳しい人と一般の消費者との間に大きな情報のギャップがあります。アスリート側からその知識や経験を発信することが少なかったので、スポーツ用品の選び方にしても体の状態を整えるためのノウハウにしても、消費者側は知らないことが多かった。ネットで検索しても個人ブログなどが上位に表示されることも多く、なかなか正しい情報にたどり着けないこともあって自分自身でも課題に感じていました」(中西氏)
その情報のギャップをアスリートと連携しながら作ったコンテンツで埋めていこうというのがSPOSHIRUの戦略であり、同サービスの拡大に繋がった大きな要因でもある。

「読者の悩み」から生まれたインソール
冒頭でも触れた通り、中西氏は当初からSPOSHIRUの次の打ち手として、“スポーツ×物販”の領域に参入する計画を立てていた。ではその中でなぜインソールを最初のプロダクトに選んだのか。そこには大きく2つの理由がある。
1つはスポーツメーカーがたどってきた歴史だ。中西氏によると、スポーツメーカーの多くは最初にシューズを始めとした「足」の領域からビジネスをスタートさせている。背景としてシューズは「機能性ブランドとしての認知が取りやすい」商材であり、医者やアスリートなどからも明確に機能性がわかるものの方が受け入れられやすいという事情があるそう。
同じような観点からTENTIALでも当初はシューズやサンダルなども検討したが、それらの商材はロット数やサイズなどの変数が多く作りにくいため、まずはインソールに目をつけたのだという。

そしてもう1つ、SPOSHIRUを運営する中で気づいた「ユーザーのペイン」もインソールから攻めるきっかけになった。
スポシルのユーザーデータを分析してみたところ、検索エンジンで足の悩みを解決する方法を調べ、検索結果に表示されたスポシルの記事にたどり着く人が一定数いることがわかった。そこで試しにLINEで足の不安を気軽に相談できる「足の相談所」を接骨院と連携して開設したところ、1日に30件ほどの相談がきたそうだ。
「足の課題を抱えている人が多いとことがわかったので詳しく調べてみた結果、『浮き指』という病名があること(立っている時や歩いている時に足の指が床や靴底に接地しない、接地していても指先に力を入れて踏ん張れない状態)や、足の状態が悪いと肩こりや腰痛に繋がるメカニズムになっていることなどを知ったんです。そうであるならば、足を改善するだけで日常生活のポテンシャルがすごく上がるんじゃないかと考えインソールに可能性を感じました」(中西氏)
一般レベルのインソールの知識があったとはいえ、中西氏には自ら製造した経験まではない。そこで専門家に話を聞くべく、スポットコンサルサービス「ビザスク」などを活用しながら商社や工場の担当者に片っ端から話を聞いた。
オンラインや電話でのヒアリングも含めるとその数はだいたい40人ほど。そこからインソールの知識や業界のネットワークを広げていった。TENTIALとインソールを共同開発するBMZは、ではプロスキー選手などトップアスリートが活用するインソールを手がけることでも知られる群馬のメーカー。その会社との縁もビザスクで知り合ったビジネスマンからの紹介で生まれたものだ。
300人以上のアスリートを始め、累計で1.5万足を販売
昨年8月に念願のインソールを発売してから約1年。インソールのラインナップはスニーカー用、革靴用、ジュニア用の3種類に拡大した。直近ではソックスの販売も始めたほか、新型コロナウイルスの状況を鑑みてマスクの製造・販売にも取り組む。特にマスクの特需が影響してはいるものの、7月には月商が1億円を突破。8月もその勢いを維持している。


主力製品のインソールは毎月1000足ほどがコンスタントに売れていて、累計販売数は前述のとおり1万5000足を超えた。300人以上のアスリートが使っているほか、コンディショニングに気を配りたい経営者や医者、足の痛みなどを抱えている農家や配送会社のドライバーなどにも活用されている。
価格は税抜で7980円。市場には1000円前後の商品も多く出回っているので安さをウリにしているわけではないが、これまで接骨院で数万円かけてインソールを作ったり、高額な商品を使っていた人にとってはより使いやすい価格帯になっているという。
中西氏がインソールの差別化要素としてあげるのが、大きく「機能性」「権威性」「ストーリー性」の3点だ。
機能性は品質やそれによって得られる効果のこと。たとえば上述した浮き指の症状がある場合、足の指を上手く使えるようになるだけで体のバランスが良くなり、姿勢も改善され仕事のパフォーマンス改善も見込める。実際にTENTIALを使っているユーザーからも機能性に対して価値を感じてもらえていることが多いそうだ。
権威性については製造工程でスポーツドクターなどにも入ってもらっているほか、実際にアスリートが使っていることも一般消費者にとっては安心できるポイントになる。
そしてこのインソールを使って実際に生活がどのように変わったのか、ブランドに紐づくストーリーや体験価値をネット上で上手く伝えられるのもTENTIALの強み。もともとネット発で始まっている企業のため、他のメーカーに比べてもアドバンテージがある。
TENTIALではECサイトに「ジャーナル」というメディア機能を設けていて、医師の監修を受けた「足に関する情報コンテンツ」を掲載している。このサイトだけで月間で30〜40万のPVがあり、足の状態を改善したい人との接点としてだけでなく、実際に購入に至ったユーザーがどんな経緯でTENTIALを訪れたのかを知るためのツールにもなっているという。
ネット発のスポーツウェルネスメーカーとして拡大へ
TENTIALでは今後もメディアとD2Cブランドの2つを軸に事業の拡大を目指していく。
SPOSHIRUでは中西氏が「スポーツ版の@cosmeのようなイメージ」と話すように、コンテンツの配信だけでなく、ユーザーがスポーツ用品のレビューを投稿できるCGMの仕組みを実装していく方針だ。
D2Cブランドについては靴下やサンダルなどフットケア領域のラインナップを増やすほか、「かなり引き合いがある」(中西氏)というゴルフ用途に特化したインソールの準備も進める。
商品の拡充以外では機能性に関して科学的なエビデンスを示すための研究開発や、さらなるデータ活用に向けた仕組み作りにも力を入れていく予定だ。
たとえば一部のアスリートとは足をスキャンして詳細なデータを取得し、オーダーメイドのインソールを開発するような取り組みも行なっている。中長期的にはECサイト上に診断コンテンツを設け、ユーザーごとに「既存の商品で十分に対応できるか」「オーダーメイドが必要か」を診断しながら、個々に合ったインソールを提案することも視野に入れている。その点、TENTIALのプロダクトはSPOSHIRUもECサイトも全てフルスクラッチで開発しているため、柔軟にカスタマイズできるのも自社の強みとのことだった。
こうした取り組みを加速させながら、ネット発のスポーツウェルネスメーカーとして様々な領域で事業を展開するのが会社としての目標だ。中西氏はカナダ発のスポーツブランド・lululemon(ルルレモン)を1つのベンチマークに挙げながら、今後の展望について語る。
「自分たちの強みはスポーツの技術やノウハウを、一般消費者の生活に転用していく仕組みだと思っています。最先端を行くスポーツ医学の先生やアスリートとのネットワークがあり、そこから生まれた商品をネット上で流通させるための基盤もまさに今磨いているところ。同じ仕組みを食品やサプリメントに広げたり、健康やウェルネスを軸にした住まいを手がけたりすることもできると考えているので、まずは服の領域で機能性の高いブランドをしっかりと確立させることが目標です」(中西氏)