
- Visa加盟店で利用できる法人プリペイドカードを数秒で発行
- スタートアップにおける“クレカの与信問題”を解決
- 「カードを簡単に複数枚発行できること」で生まれた価値
- 金融業界出身の2人が創業、自らもクレカの与信課題に直面
- カードは出口の1つ、法人向けウォレットとして拡張目指す
管理画面上からワンクリックするだけで、VISA加盟店で使える法人カードを何枚でもすぐに発行できるーー。8月24日に正式公開となる「paild(ペイルド)」はそんな特徴を武器に、“法人決済”にまつわる課題の解決を目指している。
カードを作るのに必要な時間はほんの数秒、管理画面上で「新しいカードを作成」ボタンをクリックするだけだ。上限金額を設定すればすぐに使える状態になる。
社員ごと、プロジェクトごと、シチュエーションごとなど用途に応じて何枚ものカードを用意できるので、paildがあれば現金で行なっていた立替経費精算の手間などもない。誰が何にいくら使ったのかも管理画面から簡単にわかる。
サービスを運営するのは2017年創業のHandiiだ。同社は2019年6月にニッセイ・キャピタルとCoral Capitalより総額3億円の資金調達を実施したことを発表。同時にpaildの事前登録受付を始めた。
そこから1年強にわたって関東財務局への登録やプロダクト開発、仮説検証を進め、今回ついに正式版のローンチにこぎつけた。
Visa加盟店で利用できる法人プリペイドカードを数秒で発行
paildはオンライン上で“法人プリペイドカード”を何枚でもすぐに発行できるウォレットサービスだ。

カードの発行だけでなく、一時停止・削除や月ごとの利用上限金額の設定など、細かい権限管理も含めて全て管理画面上で完結する。出張時やイベント時などに「一時的に利用できる専用のカード」を発行することも容易いし、立替経費精算が多いような会社であれば社員ごと、もしくはチームごとに個別でカードを用意するのもいいだろう。
バーチャルカードに加えてリアルカードの発行も可能で、Visaに加盟する約5300万店以上でクレジットカードと同じように使うことができる。会社のウォレットにチャージした残高を複数のカードでシェアする仕組みを採用しているため、一般的なプリペイドカードのように1枚ずつ入金する手間もない。管理画面から各カードの上限金額を設定するだけでよく、複数枚を管理するのも簡単だ。
またプリペイド型で与信審査がなく、与信がネックになって利用限度額が制限される心配も無用だ。会社のクレジットカードが限度額に達して止まってしまい、事業に関わる重要なサービスが使えなくなってしまうような事態も避けられる。
初期費用やシステム料は無料で、バーチャルカードについては発行手数料などもかからない。リアルカードの発行も現在は無料。2021年1月以降は1枚につき580円(税別)が必要になる予定だ。
Handiiでは当面は決済ごとに発生する決済手数料を収益の軸としつつ、今後は新機能や追加のサービスを有料で提供していくことも計画しているという。

スタートアップにおける“クレカの与信問題”を解決
Handiiは正式版にさきがけ、今年4月からpaildのベータ版を運用してきた。同社で代表取締役社長兼CEOを務める柳志明氏の話ではすでに150社以上がウォレットを開設し、法人カードを使っている状態だという。
代表的なユースケースの1つは「法人クレジットカードの与信」に悩まされてきたスタートアップの利用だ。
創業期のスタートアップが法人クレジットカードを作成する場合、与信限度額が資本金や売上などを基に設定されるため、かなり限定的な金額になることが多い。
その結果、中には資金調達に成功して数千万円〜数億円のキャッシュを持っているにもかかわらず、すぐに上限金額を超えてしまい通常業務に支障をきたしてしまう企業もある。何を隠そう柳氏たち自身が創業期にこの問題に直面し、それがpaildを立ち上げることにも繋がった。
この領域では、独自の与信審査方法を取り入れた法人クレジットカードサービスを展開する「Brex」が海外で急速に事業を拡大し、ローンチからわずか1年半ほどでユニコーン企業の仲間入りをしている。要はグローバルで同じようなニーズがあるというわけだ。
実際にpaildのベータ版を活用する約150社のうち、だいたい半数はスタートアップ企業なのだそう。与信の問題を解決する手段としてのニーズも間違いなく存在するという。
ただそれ以上に柳氏が手応えを感じているのが「カードを何枚でも簡単に発行できる」ことによってもたらされる、現場の業務効率化や利便性の向上だ。
「カードを簡単に複数枚発行できること」で生まれた価値
コロナ禍においては多くの企業がリモートワークを導入した。それによって「各自が離れた場所で働きながら、どのようにしてカード決済をするのか」という新たな問題が生まれ始めている。
「今までは全員がオフィスに出社していたので、ある社員が『このツールを購入したい』と言えば、管理部のメンバーがカードを持っていってその場で番号を打ち込んだていたような企業も少なくなりません。これがリモートワークだとできない。カード番号を全員にシェアするのはあまりやりたくない一方で、立替経費精算にすると一時的に社員の負担となってしまう。そこに頭を悩ませている担当者の方も増えてきています」(柳氏)
柳氏によると、この課題を解決する手段としてpaildへの関心が高まってきているという。同サービスであればリモート環境でも管理画面からポチポチするだけで何枚でもカードが作れる。いらなくなればすぐに停止でき、不正利用のリスクも抑えながら運用できる。
またこのユースケースに限らず、現場の経理担当者から評判が良いのが「誰が、何の用途で、いくら使ったのか」をスムーズに把握できること。paildではカードごとに利用明細が残るため、カード発行のやり方やカード名を工夫することで、従来は時間のかかっていた照会作業の工数をグッと減らすことができる。


個人やチームごとにカードを作ればその単位で利用明細が残っていくし、社内イベント用など特定のシーンに合わせて適切な上限金額のカードを作れば、後から確認する手間もない。たとえば「社内イベント用の軽食を手配するために5万円分のカードを作っておいたから、この中で上手くやりくりして欲しい」といって担当者にカードを発行するようなイメージだ。
「ある程度の規模の会社が1〜2枚のカードを社内で回しながら使っていると、明細の記録だけがたまっていくものの、『誰が何の目的で使ったのか』がわかりません。そのため担当者の方は毎回Slackなどで誰の明細なのかを確認しないといけない。paildを使い始めてから、その手間が省けたというフィードバックを複数社から頂いています」(柳氏)
特に反響があったのがクライアントワークをしているコンサルティング企業だ。クライアントのために費用を立て替える際、同じカードで決済すると「どの決済とどの顧客がひもづいているのか」がわからなくななってしまう。そこでpaildを通じてクライアントごとのカードを用意することで、この問題を解決しているのだそうだ。
金融業界出身の2人が創業、自らもクレカの与信課題に直面

代表の柳氏は、東京大学大学院を経てJPモルガンでM&Aや資金調達のアドバイス業務に従事してきた金融業界出身の起業家だ。高校時代の同級生でもあり、三菱東京UFJ銀行のクオンツとして働いていた森雄祐氏(CTO/共同創業者)に声をかけ、2017年に2人で会社を始めた。
創業者の経歴を見ればすんなり金融関連の事業に決まったようにも思えるが、当初は無人ジムなど全く別の事業案を考え、アクセラレータプログラムなどにも参加していたそう。1年ほど試行錯誤する中で、最終的に自分たちも馴染みのある金融領域に戻ってきた。
最初のアプローチとして法人決済の分野を選んだのは、海外でBrex(スタートアップ特化のクレジットカード提供サービスを提供する、米スタートアップ)のような企業が急成長している様子を見て彼らが取り組む課題に関心を持ったことに加え、自らが起業後にクレジットカードの上限金額に悩まされた経験が大きい。
Handii設立当初、コーポレートカードの上限金額は30万円。新しく広告を打つために上限枠を引き上げようと思ったが、結局60万円までにしか上がらなかった。手元にキャッシュはあったもののカードの上限金額の関係で十分に広告を打てず、柳氏いわく「お金があるのに、お金が払えない問題」に直面した。
自分たちと同じようなフェーズの企業では、同様の課題を感じているところも多いのではないか。試しに周囲に話を聞いてみると、どうやら仮説が当たっていそうなことがわかった。そこからさらに30〜40社にヒアリングをしても「(上限金額を超えてしまい)カードが止まってしまった経験のある企業」が一定数いることも判明したという。
改めてニーズを感じ、そこからはpaildの開発に注力した。今年3月には前払式支払手段(第三者型)発行者として登録が完了。プロダクトに関しても通常のカード会社であればSIerなどに外注することも多い「カード決済のプロセッシング部分」を自前で作り上げ、ユーザーのニーズに柔軟かつスピーディーに対応できる基盤を整えた。
当初は昨年秋のローンチを目指してはいたので予定よりは少し時間を要したが、「時間がかかった分、より安心して使ってもらえるようなプロダクトが作れた」と柳氏は話す。
カードは出口の1つ、法人向けウォレットとして拡張目指す
ベータ版をローンチしてから約4カ月。開発前のヒアリング時点から、中堅規模の企業なども含めて「立替経費の精算」などに課題を感じている企業が多いことがわかってはいたものの、実際にサービス提供する中で顧客のペインに対する理解も深まった。
「与信だけが問題なら、発行するカードは1枚でもいいはず。でも実際に顧客の使い方を見ていると、従業員数の少ない企業であっても複数枚のカードを発行している企業が多いんですね。ウェブで数クリックするだけで簡単に何枚もカードを発行できる仕組みは他にはないので、当初考えていた以上に、そこに価値を感じてもらえているということを実感できました。自分たちとしても今後はその仕組みがあるがゆえに実現できる価値をもっと訴求していきたいと思っています」(柳氏)
自身も抱えていた「スタートアップの与信の課題」に対してもアプローチは続けていくが、日本はアメリカと比べるとスタートアップの数も少なく、市場のパイも小さい。国内ではリモートワークが広がり始めていることに加え、DXや生産性向上、働き方改革などが重要なトピックとして取り上げらることも多いため、まずはそのニーズに合わせる形でプロダクトの機能改善や他社サービスとのAPI連携などを進めていく方針だ。
paild自体は法人カードからスタートしているものの、カード自体はあくまで「ウォレットサービスの出口の1つ」であると考えており、ゆくゆくはこの出口のバラエティを広げていく計画。柳氏は「色々な業界でデジタル化が進んでいるが、お金の領域はまだまだできることが多くあります」とした上で、特にアナログな要素の残る法人決済の領域をpaildでアップデートしていきたいという。
「法人がお金を使うという観点で考えると、前工程に稟議があり、後工程には会計があるというように、(個人の決済と比べても)多くの人がイメージしているよりも幅が広いものだと考えています。自分たちは『新しい金融を切り開く』ことをミッションに掲げていますが、前後の工程にもしっかり踏み込んだ法人向けの金融サービスを作っていく計画です。特にこの領域は既存の金融機関や金融サービスも十分に巻き取れておらず、人が手を動かしながら苦労して対応していた部分も多い。自分たちの特徴はデジタルウォレットという形で法人のお金に直接触れられることなので、そこを起点に新たな価値を提供していきます」(柳氏)