
- モバイルゲームのバランスチェックを行いつつ、大会出場を目指す
- プロゲーマーだけでない、幅広いキャリアプランを提供したい
- 「選手のブランド化は狙うが、無理な黒字化は考えていない」
年々、市場規模が拡大している「eスポーツ業界」。KADOKAWA Game Linkage(カドカワゲームリンケージ)の調査によれば、2019年の国内eスポーツ市場規模は、前年比127%の61.2億円。今後、家庭用ゲーム機・PC 向けのゲームタイトルがモバイル端末でも多く展開されることもあり、2020年から2023年にかけて年間平均成長率は約26%で推移していくと予測されている。
実際、ここ数年で高額賞金がかかった大会も少しずつ増加している。たとえばスマホ向けカードゲーム「Shadowverse(シャドウバース)」の大会「Shadowverse Word Grand Prix」は、優勝賞金が1億1000万円となっている。また、世界最大級の格闘ゲーム大会「Evolution Championship Series(エボリューション・チャンピオンシップ・シリーズ)」に協賛する日清食品や、自社のeスポーツチームを持つ日本テレビ放送網など、デジタルゲーム業界以外の企業でeスポーツ事業に出資・参入する企業も増えてきた。プロゲーマーは賞金やスポンサー契約料で生計を立てるべく、日夜トレーニングに励んでいる。
「eスポーツブームの夜明け」とも言われている日本だが、海外と比較するとその普及は途上段階にある。特にプロの選手が生計を立てることの難しさやトレーニング環境の構築など、選手を取り巻く課題は少なくない。
そうした中、モバイルゲーム事業などを手がけるアカツキが、新たにeスポーツ実業団「Team UNITE(チームユナイト)」を立ち上げた。

モバイルゲームのバランスチェックを行いつつ、大会出場を目指す
Team UNITEはメンバー全員がアカツキの社員によって構成されるeスポーツ実業団。所属するプレーヤーはアカツキの社員としてトレーニングに取り組み、大会出場を目指す。ゲームタイトルによってはコーチがつき、ゲームの周辺機器などの機材の費用はアカツキが負担する。
企業がeスポーツチームを所有するケースは珍しくないが、Team UNITEが従来のeスポーツチームと異なるのは、プレーヤーがアカツキの社員として通常の業務もこなす点にある。実際、ゲーム事業部で検証とカスタマーサポートを行う「CAPS(キャップス:Customer And Product Satisfactionの略)」チームの一員として、モバイルゲームのバランスチェックなどを担当する。もちろん、業務に対する給与も支払われる。
Team UNITEの設立者であり、チームオーナー・事業責任者を務める渡辺佑太郎氏は設立の経緯について「安定した報酬を得ながらトレーニングを重ね、大会出場実績を積むことができる場として、プロを目指すプレイヤーにとっての登竜門にしたいと思っています」と語る。プロ選手の輩出によってeスポーツ市場の成長に貢献しつつ、アカツキとしては選手の豊富なゲーム経験を自社タイトルにフィードバックすることが主な目的だ。
現在はトレーディングカードゲームの「マジック:ザ・ギャザリング」のプレイヤー2人が所属しており、同タイトルで世界選手権準優勝経験を持つ片山英典氏がコーチを務める。片山氏はチーム設立前からアカツキの社員だったが、eスポーツとは直接関わらない業務に従事していた。だが、実績が評価されコーチに抜擢された。第1弾タイトル「マジック:ザ・ギャザリング」で、 第2弾タイトルはバトルロイヤルゲーム「Apex Legends」に決まっているが、今後取り扱うゲームタイトルは増やしていき、タイトルごとに選手募集を行う予定だという
プロゲーマーだけでない、幅広いキャリアプランを提供したい
渡辺氏は、学生時代にFPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲームで世界2位になり、台湾で開催された世界大会に出場した経験を持つ。しかし、eスポーツだけで生計を立てていけるとは思えず、選手としてのキャリアを断念。結果的にゲームとは無関係の業界に就職した。
「昔と比べたら少しずつ改善してきたものの、日本のデジタルゲームに対する風当たりはまだ強い。世界クラスの実力を持っていた当時でさえも、周囲に『本気でゲームをやりたい』とは言いづらい雰囲気がありました」(渡辺氏)
そんな渡辺氏がアカツキに入社し、Team UNITEを立ち上げたのは「eスポーツ選手は立派な仕事ではない」というイメージを変えるためだ。数年前から日本でも高額賞金の大会が増えているeスポーツ業界だが、プロ選手が活躍しやすい環境が整っているとは言い難い。大会賞金やスポンサーからの資金だけで生計を立てることができるのはプロ選手でも一部に限られ、プレイ動画配信やゲームとは無関係の業界で日銭を稼ぎ、その合間にトレーニングをするプレイヤーも少なくない。
こうした現状から、Team UNITEは「選手がモチベーションを保てる環境づくりこそが大事だ」と考え、待遇・サポートの拡充に注力している。所属選手はアカツキと契約するが、雇用形態は選手により相談し、仕事に応じた報酬を受け取る。現状の雇用形態は契約社員だが、選手の希望によっては正社員としての雇用も視野に入れている。eスポーツ選手だからといって特別視することなく、入社や昇進の決定は「アカツキの社員として活躍できるか」を軸に判断される。
CAPSでの勤務時間は10〜15時(通常の社員は18時まで)で、eスポーツのトレーニングは夕方以降に行う。海外プレイヤーとのやりとりも多いトレーニングは夜間に行う方が効率的なため業務とのバッティングも少なく、大会前などにはトレーニングの比重を高めることも可能だ。もちろん、大会への遠征期間も勤務時間としてみなされる。
「CAPSでの業務はトレーニングを妨げるものではなく、むしろ選手にとって長期的にプラスになると考えています」と渡辺氏は話す。

選手はこれまで培ってきたゲームの経験を活かして、アカツキが運営するモバイルゲームで新しく登場するキャラクターや新規イベントのバランス調整を担当し、実際にタイトルの開発者とコミュニケーションを取りながら業務をこなす。CAPSはゲーム業界未経験者が約8割を占め、ここからゲームプランナーを志す社員も少なくない。実際にゲームプランナーやディレクターに転身して活躍している社員も多い。
こうした業務を通じて、Team UNITEの選手は競技経験だけでなく、ゲーム会社での勤務経験も積むことができる。eスポーツ業界を取り巻く課題の1つが、選手のセカンドキャリアだ。現役で活躍できなくなった選手は大会のキャスターや配信者になることもあるが、ゲームとは無関係の職業に就くことも多い。
渡辺氏は、「キャリアの選択は各人の自由ですが、せっかくであればこれまでの経験を活かしてほしいです。プロのeスポーツ選手としてスポンサー契約を狙うのはもちろん、ゲーム開発など本人の希望に沿ったキャリアプランを選んでもらえればと思います」と話す。
「選手のブランド化は狙うが、無理な黒字化は考えていない」
今後は「Apex Legends」の選手を集めつつ、「マジック:ザ・ギャザリング」の選手をサポートし、公式大会での上位入賞を目指す。
また、グッズやアパレルの開発や、チーム単位での動画配信にも意欲的だ。ファッションブランド「ナノ・ユニバース」がプロデュースするチームユニフォームを、今秋に発表予定。海外ではeスポーツチームとハイブランドのコラボレーショングッズが多数展開されており、今後もグッズ展開を積極的に行う。他には音楽グループ「いきものががり」のファン向けアプリを開発するアカツキの子会社「Crayon(クレヨン)」の知見を活かしたファンコミュニティサービスも検討中だという。
選手ごとのオリジナルグッズ販売やファンアプリを通じて、各選手をブランド化していくのが狙いだ。とはいえ、アカツキからはTeam UNITE単体での黒字化は求められておらず、あくまで選手が活動しやすい環境づくりを重視するという。
こうした活動を通じて、数年後に「プロゲーマーを目指す人々の登竜門」としての地位を確立するのが当面の目標だ。学生支援を通じてより多くのプレイヤー輩出を目指していく。
「まずは、プロゲーマーが挑戦するに値する職業だと認知してもらうこと。ゲームへの偏見をなくして、少しでも多くの人にプロゲーマーを『憧れられる存在』にしていければと思っています」(渡辺氏)