
- 1台で複数の作業をこなすロボットアームが、ISSへ
- 宇宙の作業コストを100分の1に下げる
- ロボット開発のスペシャリストが集まる技術者集団
- 世界的宇宙機関や民間企業と比肩する存在を目指す
宇宙ビジネスが過熱している。モルガン・スタンレーの予測によれば、2040年代の宇宙ビジネスの市場規模は2016年の約4倍に相当する約1.1兆ドル(約120兆円)。イーロン・マスク率いる宇宙輸送サービスのSpaceXや6月に宇宙事業専任の新部門を設立したAmazon.comなど、民間企業の進出も盛んだ。
日本発スタートアップで人類の新天地開拓に大きく貢献しようとしているのは、宇宙作業ロボットを開発するGITAI(ギタイ)だ。同社は2021年度に⽶国⺠間宇宙企業のNanoracksと合同で実証実験を行うことを発表した。実験ではISS(国際宇宙ステーション)の船内で、同社の汎用(はんよう)型作業ロボットが宇宙飛行士の作業を代替する。
民間企業で作業ロボットを宇宙に打ち上げるのは、これが初となる。過去にはアメリカ航空宇宙局(NASA)などの機関が汎用型作業ロボットを宇宙に送り出したことはあるが、ロボットの稼働には至っていない。今回の実証実験に成功すれば、宇宙で汎用型作業ロボットの活動を成功させた世界初のケースになる。
また、GITAIは実証実験の実施と同時に、新たに宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)との事業コンセプト共創活動の開始も発表している。GITAIとJAXAは以前から共同実験を行ってきたが、今後は宇宙作業ロボット技術の獲得とロボットによるサービス提供を目指し、より積極的に協力。2021年度の実証実験にJAXAが技術協力を行うほか、将来的にはJAXAが運用するISS内の日本実験棟「きぼう」での宇宙ロボットの実証・サービス利用に向けた検討を進めていく。
1台で複数の作業をこなすロボットアームが、ISSへ
GITAIが開発するのは、半自律・半遠隔で稼働する汎用型作業ロボットだ。宇宙開発ロボットの多くは単一の作業しかこなせないが、GITAIのロボットはスイッチ操作やケーブルの抜き差しなど、1台で複数の作業に対応可能。双腕ヒューマノイドロボット「G1」と、ロボットアーム「S1」の2種類を開発している。
同社がロボットの制御手段としてAIによる自律制御のほかに採用しているのが、地上の人間が遠隔で監視・操作する「テレプレゼンス」だ。作業ロボットが置かれている状況の映像や力覚、触感がデバイスを通じて伝達されるため、オペレーターは直感的に操縦することができる。

2021年度にNanoracksと合同で行う実証実験では、S1をISSのBishopエアロック船内に設置。スイッチ操作などの船内作業や、宇宙用パネルなどの組み⽴てを遂行する予定だ。
Nanoracksが宇宙へのロボット打ち上げの機会を提供し、NASAが輸送やISSへの設置を担当。今回は自律制御を用いた技術実証がメインで、一部ヒューストンのNanoracks管制室からの遠隔操作による実験も行われる。現在はNASAで打ち上げ予定のロボットを審査している段階だ。
今回の実験の成否について、GITAIのFounder&CEOを務める中ノ瀬翔氏は「宇宙では常に何が起こるかわかりませんが、それでも成功する確率はとても高いと考えています」と自信を見せる。今回の結果をもとに、2022年には宇宙船外での実験も予定している。
宇宙の作業コストを100分の1に下げる
GITAIの創業は2016年。これまでSkyland VenturesやANRI、Spiral Venturesなどから3回の資金調達を行い、累計で約6億円を調達している。
同社のビジネスモデルは、汎用型作業ロボットを宇宙機関や民間企業に販売する受注開発だ。売上額は非公開だが、すでに複数の受注を獲得しているという。
「これまで宇宙開発に携わる民間企業は輸送手段に関連した技術を開発することが多く、作業手段にフォーカスした企業は少なかった」と中ノ瀬氏は説明する。しかし、汎用的な作業を遂行できるロボットの需要は着実に高まっているという。

GITAIは「ロボットによる宇宙飛行士業務の代替」を目指し、「宇宙で働くロボットを実現させることで、宇宙の作業コストを100分の1に下げる」というビジョンを掲げている。その背景にあるのは、あまりに高額な宇宙飛行士のコストだ。
「宇宙での作業の多くは、宇宙飛行士でなければこなせません。しかし、1人の宇宙飛行士が1年間活動するために必要な費用は約400億円。時給換算すると500万円に相当します。ロボットなら体調管理のための検査や訓練にかかるコストも必要ありません。ロボットの導入で時給を50万円にできれば、宇宙開発のコストを大幅に削減できます」(中ノ瀬氏)
また、地上よりはるかに強い放射線にさらされるため、1人の宇宙飛行士が宇宙空間に滞在できる時間は生涯で2年間程度だともいわれている。安全性の面からもロボットによる代替の需要は高い。
2018年に地上でJAXAと共同で行った実証実験では、スイッチ操作、工具操作、柔軟物操作といったJAXAが提示した宇宙飛行士の作業18個のうち13個をロボットに代替させることに成功。2021年度の技術実証では船内作業の代替がメインだが、宇宙ステーションの修理などの船外作業や衛星への燃料補給・修理など、より幅広い作業を代替できるロボットを開発していく予定だ。

ロボット開発のスペシャリストが集まる技術者集団
前述の通り、民間企業で作業ロボットを宇宙に打ち上げるのは、GITAIの実証実験が初。これに成功すれば、世界で初めて宇宙で作業ロボットの活動を成功させたケースになる。
NASAなどの宇宙機関も開発に注力する中で、日本のいちスタートアップであるGITAIが世界に先駆けて汎用型作業ロボットの技術実証に挑戦できるのはなぜなのか。開発力の根底には、宇宙分野に限らない幅広い分野で高い知識と経験を持つメンバーにあると中ノ瀬氏は説明する。
フルタイムで勤務するメンバーは12名だが、そのうち8名が博士号取得者で、2名が東京大学の助教を経験している。中でも、2019年に入社したCRO(チーフ・ロボティクス・オフィサー)の中西雄飛氏は、二足歩行ロボットベンチャーのSCHAFTを設立し、Googleに売却した経歴の持ち主。中西氏以外でも、家庭や工事現場といった地上での活用を想定した汎用型作業ロボットの開発経験を持つメンバーが多いのだという。
「ざっくりいうと宇宙ロボットには耐久面など宇宙で求められるスペックと機能面でのニーズがあり、多くの組織は前者を万全にすることばかりに専念します。一方、後者のスペシャリストが多い弊社では、宇宙開発に必要な機能を想定してから宇宙機として実現可能かどうかを判断して設計しています」(中ノ瀬氏)
また、GITAIのロボットのソフトウェアやハードウェアはいずれも内製。モーターのドライバーや基盤の組み上げまで自社で行っている。「幅広い領域を自社で製造して一体化させる統合開発力の高さも、宇宙ロボットには欠かせない要素です」と中ノ瀬氏は強調する。
世界的宇宙機関や民間企業と比肩する存在を目指す
2021年度のISS船内での技術実証以降も、22年には船外、24年には月での探査や基地建設の実証実験を予定しているGITAI。宇宙機関や民間企業からの受注も増えており、宇宙で働くロボットを実現させることで宇宙の作業コストを100分の1に下げるというビジョンの実現に向けてさらに活動を進めていく。
さらに長期的では、2030年をめどに宇宙ステーション船内・船外作業の自動化や軌道上サービス・月面基地開発におけるロボットシステムの開発に、世界的なロケット開発企業のパートナーとして取り組むことを目指す。40年には宇宙コロニーや火星、月への都市建設の際に安価で安全な労働力を提供できる体制を構築したいのだそうだ。
「基地開発やコロニー建設では、より多くの労働力が求められるはず。この頃には、弊社が名だたる宇宙機関や民間企業と肩を並べて宇宙開発を率先できる存在でありたいです」(中ノ瀬氏)