
- 最初に声をかけてもらうVCになるため投資領域・戦略発信を強化
- 若手キャピタリストが輝くには専門性とネットワークが重要
- CVCとして目指すはテンセント、Googleのハイブリッド版
- 6年前のピッチイベントをリニューアル、VC間ネットワーク構築も
新型コロナウイルス感染症は国内経済にも打撃をもたらしたが、2020年上半期の国内スタートアップの資金調達動向を見ると、企業数では減少しているものの、総額では3359億円と昨年同時期の3188億円を上回る調達が実施されている。
2020年8月には決済・EC事業を展開するヘイが約70億円、自動運転システム用ソフト開発のティアフォーが約98億円を調達するなど、大型調達も行われた。資金調達環境が完全に復調したとは言えないまでも、非常事態宣言が解除され、先の見えない状況からは徐々に抜け出しつつある今、事業成長が見込めるスタートアップには投資家からの注目も集まる。
一方「投資家にとっては、競争は近年激化している」とヤフーの投資子会社、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるYJキャピタル代表取締役社長の堀新一郎氏は語る。
堀氏にCVCやスタートアップ投資を取り巻く環境、YJキャピタルの近況や、ZHDとスタートアップとの連携で期待されるシナジー、LINEとの経営統合に寄せる期待などについて話を聞いた。
最初に声をかけてもらうVCになるため投資領域・戦略発信を強化
コロナ禍直前の2018〜2019年は、CVCの設立やファンドの組成も相次ぎ、起業家にとっては投資家を選びやすい状況が生まれていた。堀氏は当時から「YJキャピタルは起業家から一番最初に声をかけてもらうVCにならなければならない。そのためにはファンドの知名度はもちろん、個人でもバイネームで指名されることが重要だ」と考えていた。
米国でトップクラスのVCに属するキャピタリストは、ポッドキャストやブログ、Twitterなどで積極的に情報発信を行っている。日本でもその流れは確実に来ていると感じた堀氏は、自身もnoteの記事執筆や書籍『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(NewsPicksパブリッシング)の構想を進め、発信強化に努めていた。また、YJキャピタルとしても体質改善を進めてきたという。
「今年は名前と顔を覚えてもらうために『YJキャピタルはどういう会社に投資するVCなのか』、投資戦略と投資領域を今まで以上にはっきりと発信するように変えました」(堀氏)
現在、投資対象としてYJキャピタルが特に注力するのは「メディア」「コマース」「Fintech」の3本柱。特にメディアではVRや音声、コマースではソーシャルコマース、Fintechではアグリゲーション型の金融商品仲介サービス(スマホで保険が買えるInsureTechなど)といった領域を重点投資領域として、各領域担当者のTwitterアカウントとあわせて2020年初に発信した。
「指名を受けるためには、その領域の担当キャピタリストがTwitterやブログなどで日頃の調査結果を情報発信して、勉強会を開催することなどが有効です。これは年初に立てた目標でしたが、コロナの影響で、よりTwitterやブログ、SNSでの情報発信が重要になってきました」(堀氏)
これまでのYJキャピタルの悩みは、キャピタリストを複数抱えているにもかかわらず、堀氏1人だけにスポットが当たる状態だったことだ。
「YJキャピタル、イコール個人名が1人だけという状態は不健全です。各セクターごとのキャピタリストがしっかりと輝いている状況にすべく、この1月から力を入れてずっとやってきたのですが、その結果、コマース領域ではヘイへの投資、メディア・音声領域ではstand.fmへの投資が決まり、Fintech領域でもいま交渉を進めているところ。成果が出始めています」(堀氏)
堀氏は、投資領域のアピールだけでなく、YJCキャピタルがCVCだからこその強みも打ち出したいと語る。
「今までは、CVCとしてヤフーやグループ企業との事業提携を強く打ち出すことはしてこなかった。これをもっと分かりやすく打ち出すことによって、起業家から選ばれる存在になっていきたいということは、常々考えていました」(堀氏)
昨年秋からはLINEとの統合の話も挙がっているヤフー、そしてZHD。「超巨大なインターネットカンパニーとして、一休やアスクル、バリューコマース、カービューなど、グループ傘下にはたくさんの企業があります。統合が完了すれば、メディア領域においてLINEというすごいパートナーも将来的に加わってくる。私たちはヤプリやKaizen Platform、Reproをはじめ、エンタープライズSaaSのスタートアップなどにも数多く出資していますが、ZHDグループの企業に営業したいという問い合わせも結構あります」(堀氏)
さらに間口を広げれば、ZHD親会社であるソフトバンクとソフトバンクグループも彼らの後ろ盾となる存在と言える。スタートアップにとって、こうした企業への営業機会はありがたい話だ。実際に、BtoB SaaSスタートアップをグループ企業へ紹介したところ、商談がどんどん決まっていったと堀氏は言う。
「CVCなのに今まで何でちゃんとやってなかったんだと本当なら怒られるところなんですが、今年はそうした活動にも力を入れています」(堀氏)
これらの背景があり、また参画する中核メンバーが自律して活動できる体制が整ってきたこともあって、YJキャピタルが選んだのは、ZHDとの事業シナジーのさらなる加速だ。
YJキャピタルは9月16日、ヤフーをはじめとしたZホールディングスグループ(以下ZHD)の企業とスタートアップとの連携強化を目指すピッチイベント「Zピッチ」をスタート。参加企業の募集も開始した。
若手キャピタリストが輝くには専門性とネットワークが重要
この半年は常に「起業家からどういう存在のVCとして見られたいか、ブランディングを考え、投資戦略を際立たせ、投資した後のグループ会社とのシナジーを分かりやすく伝えるための活動を具現化してきた」と堀氏は振り返る。
人材面では「CVCでは投資経験者をなかなか採用できない」という悩みもあると明かす。
「商社や事業会社の投資部門にいた人がVCに転職するとき、スタートアップを助け、成長したい、キャピタリストとして活躍したいとなったときには、給与だけでなくインセンティブも欲しいと思うんです。そこで経験ある人は、インセンティブのある独立系のVCに流れてしまう。CVCは外部から経験者を採用できないので、未経験者だけで戦うことになります」(堀氏)

数年前から日本でもスタートアップエコシステムができあがり、VCによってシード、アーリー、ミドル、レイターとステージごとに投資対象が分かれるようになった。また対象となるセクターも複雑化して投資領域は拡大し、「1人で何でも全部やるのは限界がある」と堀氏はいう。そこで若くて経験のないキャピタリストが起業家に信頼され、選ばれ、投資機会を得るには、その領域に一番詳しいことが重要だと堀氏は語る。
「そうなれば、起業家はその人の話を聞きたいという気持ちになる。事業アドバイスが聞きたいなら、エンジェル投資家に会いに行けばいいんです。でも、世の中の投資家がすべて事業・起業経験者かというとそうういうわけでもない。アメリカのトップティアのVCでも、起業を経験していない人が独立してキャピタリストとして成功しているというのは、統計的にデータが出ている話です」(堀氏)
かつ、堀氏は「独立系VCにはなく、YJキャピタルにはあるアセットをフル活用するとしたら、例えば『PayPayの中山(一郎)社長を紹介できます』と言えることが強みとしてあります」と述べている。
「社内ネットワークを持つことと、その領域にむちゃくちゃ詳しくなることが、若くて経験のないキャピタリストが短期的に立ち上がれる方法だというのは、苦肉の策で私が思いついたこと。ただ、あえて言えば、投資銀行や証券会社はセクター別にアナリストを抱えているし、プロフェッショナルファームではコンサルティングでも弁護士でも得意となるセクターを持っています。これまでのVCはシード特化などステージ別に投資対象が決まっていましたが、これはマーケットとして未成熟な成長市場だったから。今は成熟段階に入ってきたので、より専門性が求められるのではということは、5年ぐらい前から感じていました」(堀氏)
日本でも海外でも、SNSで目立つキャピタリストに起業家から声をかける例が事実としてある、と堀氏。「若い学生に人気があるVCが大活躍する時代にどう割って入るか。上には輝いているトップキャピタリストがいて、その人たちが死ぬまで世代交代できないというのはキツい。2020年、このマーケットで個人としてどう成功するか、スタートアップ的な考えで行けば、(得意分野で)一点突破してから、経験を広げて活躍していくことになるのではないかと思います。各メンバーには専門性を身に付けるよう、口を酸っぱくして言っています」(堀氏)
CVCとして目指すはテンセント、Googleのハイブリッド版
現在のYJキャピタルには、グループ企業から来たメンバーが多いという。「グループ各事業部が出展してサークル勧誘のようなことをお祭りのようにやる社内フェスがあるんですが、そこで毎年採用しています。4〜5年前に異動してきた人は説明しても『そんな仕事があるんですか?』という反応で、こちらから活躍しそうな人を口説いて誘う感じでした。それが、一昨年前ぐらいから『やりたい』という人が増えてきました。隔世の感があります」(堀氏)
キャピタリストとしてのキャリアへの興味と、ZHD全体での新しい事業にシナジーある領域に行きたいというモチベーションを持つメンバーの移籍がグループ内から増えている今、ZHDグループ、ソフトバンクグループとも「温度感はいい」と堀氏はいう。
「新型コロナの影響で各カンパニー、事業部には業績で大きな影響を受けたところもあって、高い緊張感の中で業績を達成するプレッシャーの中にあります。面白いスタートアップを彼らも常に探している。私たちは毎月、商談の内容や投資した会社、投資を見送った会社のレポートをヤフーの事業部長やカンパニー長にメールで共有していますが、リストを送ると『ちょうどこの領域でこういうスタートアップを探していたが、どこがいいか』『こんな会社あったんですね』と問い合わせが来るんです。そうすると、その領域の会社をリストアップして紹介したり、グループで評価されている企業で我々が投資を見送ろうとしていたところを見直したりできます。こういった活動を私たちは常日頃、ずっとやっています」(堀氏)
堀氏は今回のZピッチについても「CVCであることを最大限打ち出して価値を届け、グループシナジーを作る新しい一手」と位置付ける。海外の超大手ITカンパニー、テンセントとGoogleの投資部門の動きに注目しているという堀氏は、次のように述べている。
「テンセントの投資部門は投資戦略が明解です。『WeChat』のユーザー数を増やせるか、ユーザーの滞在時間を増やして広告や商品のクロスセルを狙えるか、1ユーザーあたりの平均売り上げ(ARPU)を上げることができるか。この指標を取ることにより、ゲームや漫画といったコンテンツだけでなく、フードデリバリーなども投資対象になっていきます。私たちもPayPayやヤフーショッピング、一休、アスクルなどいろいろなサービスがあるので、3本柱にフォーカスはするとしても、テンセントのような投資戦略は非常に向いていると考えます」(堀氏)
またGoogleについては、持株会社のAlphabt傘下のGV(旧Google Ventures)のデータと技術の活用に着目。「保有するビッグデータを投資先に提供する点が彼らの特徴となっています。またGoogleの才能あるエンジニアと連携することで新しいサービス開発を行い、スタートアップの成長をお金だけでなく支援することを謳っている。これもすばらしいことです」(堀氏)
堀氏は「私たちはまだ道半ばのところ」と言いつつ、「こういったテンセントやGVのハイブリッドのようなことを国内でぜひ、しっかりやりたい」と語っている。
LINEとヤフーとの経営統合に関連しての協業については、まだ決まっていないことが多いとして「事業機会の可能性は大きくて高いと思っている」と述べるにとどまったが、「とても可能性を感じているし、一緒にやっていきたい」と堀氏は期待を隠さない。両社の対話は9月に入ってから、少しずつ始まっているとのことだった。
今後のYJキャピタルの方向性については「CVCとして、組織として戦っていく」という堀氏。「2019年まではCVCが乱立し、VCは個人の時代だったが、これからは組織力で戦う時代になっていく。ベンチャー投資業界が成長期から成熟期に入り、これからは組織力を築いたVCが起業家に選ばれる時代になる。危機感を持って、時代に合った活動を展開していく」と語った。
6年前のピッチイベントをリニューアル、VC間ネットワーク構築も
Zピッチに先駆けること5〜6年前。堀氏はスタートアップとヤフーの各事業部との“お見合いピッチ”をクローズドなイベントとして、隔週で開催したことがある。堀氏がピックアップしたスタートアップが、ヤフーの各カンパニーやグループ会社の事業開発部長の前でプレゼンテーションを行うピッチイベントで、社内からは「すごく反響があった」(堀氏)そうだ。
当時のYJキャピタルは4人体制で、堀氏1人がイベント運営に携わっており、手が回らず5〜6回で終わってしまったそうだが、「実際にYJキャピタルで投資が決まったスタートアップや、グループ会社と提携交渉が進んだケースもあり、いいイベントでした」と堀氏は振り返る。
「今は体制が整ったことで、私も中長期戦略が考えられるようになり、もっとグループシナジーを出す活動を増やそうと考えています。営業機会だけでなく、事業開発や事業創造の部分も強化したい。グループ会社と、スタートアップの新しいテクノロジーやビジネスアイデアと一緒に面白いことをやっていこうという環境、アセットが5〜6年前と比べるとはるかに増えました。ピッチイベントを再開するには絶好のタイミングです」(堀氏)
堀氏はヤフーだけでなく、ZHDとしてソフトバンクグループにも声をかけて参加してもらうことで、通信会社としてのソフトバンクとのコンテンツ連携や、法人営業部隊との営業面での連携なども今後期待できると考えている。
Zピッチが対象とする登壇企業は、YJキャピタルの既存投資先だけではなく、まだ投資していないスタートアップも含まれる。堀氏は「Win-Win-Winの関係を作りたい」と語る。
「YJキャピタルから投資ができて、ZHDグループ会社は事業シナジーが得られ、スタートアップは資金が得られて事業提供ができ、業績も上がる。1社でも多くのスタートアップにそういった機会を提供したいので、開催頻度はなるべく上げていこうと思っており、今回も隔週での開催を予定しています」(堀氏)
1回当たりの登壇社数は3〜4社。以前のピッチイベントではテーマ設定や登壇する企業の調整、20〜30人ほど参加するオーディエンスが入れるスペースの確保などが大変だったそうだが、オンライン化でより開催しやすくなったという。
「同じトピックでスタートアップをそろえると聞き手は提携などのイメージがしやすいですが、登壇スタートアップにとっては競合の前でのプレゼンテーションはやりにくい。オンラインであれば、1社ずつ呼んで発表してもらう形もとれますから」(堀氏)
開催頻度を上げることでグループ社内でのプレゼンスも確立できると堀氏はいう。「YJキャピタルが国内スタートアップについてはグループ内で一番詳しい存在であることをZピッチを通じて知ってもらい、登壇企業に限らず『あのスタートアップに会いたい』『あの技術に興味がある』という声を吸い上げたい。同じ社内でも今はオフィスに集まらなくなっているので、情報交換が難しくなっている。定期的に意見交換できれば、フィードバックをもらうことになり、それが次のヒントにもなります」(堀氏)
オンラインの難点として、既存のつながりはさておき、新しいつながりを取り付けにくいということがあるが、Zピッチの開催をきっかけに「若手キャピタリストがグループ社内と接点をつくり、直接対話する機会にもしたい」と堀氏はいう。
YJキャピタルにとってのZピッチ開催メリットについて、堀氏は「1つはキャピタリストに起業家からのインバウンドの問い合わせが増えること。もう1つはVCに声をかけてピッチ参加を呼びかけることで、YJキャピタルに出資して欲しいスタートアップではなくて、ZHDと組みたい投資先を紹介してもらうことができること」と語る。
「いいスタートアップを紹介してもらえて、VC間のネットワークもできる。6年前に試みたけれども続けられなかったピッチイベントをリニューアルする、最大の意義とも言えます」(堀氏)