
- Charichariはコロナ禍で過去最高の月間利用数を記録
- 電動キックボードをシェアサイクルのポートに配置
- 2社のスタートアップが都市部の短距離移動を革新する
- 「シェアサービス」ならではの利便性と安全性
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、三密を避けられる移動手段としてシェアサイクルの利用が急速に進んだ。厚生労働省が5月4日に公表した「新しい生活様式」の実践例では、「公共交通機関の利用」について「徒歩や自転車利用も併用する」ことを推奨。やむを得ない通勤や外出自粛下での気分転換といった用途で活用された。
自転車に加えて注目を集めているのが電動キックボードのシェアリングサービスだ。海外では先行してサービスが広がっていたが、非三密の移動手段としてニーズが高まっている。
電動キックボードは現行法上では原付自転車として扱われるため、公道で走行するにはウィンカーなど国土交通省が定める保安部品を取り付け、原動機付自転車登録をし、免許証を携帯する必要がある。だが道路の真ん中を走行するのは危険だ。そのため電動キックボードシェアを展開する事業者らは、政府の「新事業特例制度」を利用し、自転車専用通行帯での走行を可能とした。10月には全国各地で、国内初となる公道での実証実験が実施される予定だ。
実証実験を実施する予定の事業者の1つが、福岡市に拠点を置き電動キックボードのシェアサービス「mobby」を展開するスタートアップのmobby rideだ。同社は9月18日、実証実験の開始に先立って福岡市でシェアサイクル「Charichari」を展開するスタートアップのneuetとの事業提携を発表した。
mobby rideは福岡市で10月に開始を予定している公道の実証実験において、mobbyで運用する機体を市内に設置されたCharichariのポートの一部に配置していく予定だ。
2社のスタートアップが手を組んだ理由について、mobby ride代表取締役社長の日向諒氏とneuet代表取締役社長の家本賢太郎氏に話を聞いた。
Charichariはコロナ禍で過去最高の月間利用数を記録
電動キックボードのシェアサービスのmobbyは、フィンテックスタートアップAnyPayの新規事業としてスタート。2019年6月、事業を切り出すかたちでmobby rideを設立した。分社化前の2018年12月、福岡市が主催する実証実験フルサポート事業に採択され、実証実験を進めてきた。
BtoB事業も展開している。8月にはトヨタ自動車九州がmobbyの電動キックボードを110台導入。福岡県にある宮田工場で工場内の移動に活用している。
Charichariは2018年2月より福岡市を中心に展開するシェアサイクルで、同年6月から福岡市との共同事業としてサービスを提供する。もともとはメルカリ子会社のソウゾウが「メルチャリ」の名称でサービスを提供していたが、2019年6月にneuetが事業承継。2020年4月にサービス名をCharichariに変更した。
Charichariを使うには専用のアプリをダウンロードし、街中のポートに設置された自転車を解錠。利用後はポートに返却する。利用料金は1分4円で、福岡市には約300カ所のポートと約1500台の自転車が展開されている。
Charichariはコロナ禍で利用が伸び、8月の月間利用数は1月と比較して約2倍以上の25万回以上にまで達した。福岡市を中心にサービスを展開してきたが、2020年7月より愛知県の名古屋市、9月より東京都の浅草エリアで提供開始し、エリアを拡大している最中だ。
電動キックボードをシェアサイクルのポートに配置
mobby rideにはneuetと事業提携することで、Charichariのポートにmobbyの電動キックボードを設置していく狙いがある。正確な時期や台数は未定だが、一部のポートには自転車と電動キックボードの両方が配置されていく。
mobby rideの日向氏は「今回(の実証実験は)は限定したユーザーに使用していただくことを想定しています。我々が募集をし、権限を付与した人から提供を開始する予定です」と説明する。
mobby rideはAnyPayから派生したため、ソフトウェアに強いスタッフを多く抱えている。日向氏は、「利用データなどを分析することで、Charichariの利便性をさらに向上できるのではないか」と言う。
「例えばポートを開拓する際に、これまでの利用データからどの程度の利用を見込めるかをシミュレートして、適切な数や場所などを事前に割り出せるようにしていく、といったこともできるようになっていくと思います。 また、単純にユーザーを増やし、利用回数を上げていくためのマーケティング領域においても、利用実績などをもとに多くの施策を実施できる体制を構築できるようになるかと考えております」(日向氏)
mobby rideがソフトウェアに強い一方で、neuetの強みはハードウェアにある。
neuetの家本氏は「私たちが持っている強みは自転車をゼロから設計していく力」と述べる。家本氏は自転車のサドルやバルブに到るまでも強いこだわりを持っている。そのためmobbyの電動キックボードの最適化についてもアドバイスを提供する。
チャリチャリのバルブを米式に徐々に変えているの、気づいて頂いた福岡の方いらっしゃっるかな..。このような細かなところも改善しています。
— Kentaro Iemoto (@iemoto) August 13, 2020
ママチャリなどで使われる英式では空気圧が下がりやすく、空気圧低いと乗り心地も悪いし、パンクしやすくもなります。圧も上げられないし。 pic.twitter.com/dfI3em0Rra
福岡のチャリチャリをご利用いただいているお客さまには少し気づいて頂いている方もいらっしゃるかもしれませんが、新しいサドルが付き始めています。
— Kentaro Iemoto (@iemoto) September 12, 2020
初期のサドルは茶色のシートが貼り付けてあり、徐々に破れが出てきたり、紫外線での経年劣化が出てきていました。 pic.twitter.com/U5lnSKdMPM
2社のスタートアップが都市部の短距離移動を革新する
mobby rideとCharichariが福岡市で解決を目指す課題は、放置自転車問題だ。2003年には天神駅周辺の放置自転車数が4220台に上り、全国ワーストを記録した。公営施設駐輪場を整備するなどし現在は改善されているが、家本氏は「まだまだ所有自転車が多すぎる状況です」と説明する。
「日本には7000万台くらいの自転車があります。ですが、シェアサイクルはまだ3万台くらいしかありません。僕は日本の自転車の数はここまで必要ないと思っています。所有の自転車はもっと減らせるんじゃないかと。街の自転車をみんなで共有する形を今後も推進して行きたいです」(家本氏)
家本氏は「スポーツや娯楽などで自転車を利用する場合には、長距離を走行するため、身体に合ったサイズの自転車を選ぶ必要があります。しかし短距離移動の場合は、目的地にポートがあるのであれば、片道移動も可能なのでシェアサイクルのほうが便利なのではないでしょうか」と言う。
電動キックボードのポートへの設置には、新たな利用者による集客の目的もある。1つのアプリから自転車と電動キックボードを選べるようにすることで、“目新しさ”に惹かれた新規利用者が期待できるのではないかと両社は考えているという。天候や移動距離によって車体が使い分けられることも想定している。
Charichariは現在、電動ではない通常の自転車のみを提供しているが、来年中には現在開発中の電動アシスト自転車を投入する予定だ。「モビリティの未来は“電動”です。人間は一度楽になったら(元の人力に)戻ってこられない」と家本氏は言う。
「シェアサービス」ならではの利便性と安全性
公道走行が可能な状態で販売されている電動キックボードもある。だが、シェアサービスとして提供されることで、“利便性”だけでなく“安全性”も向上すると日向氏は言う。
「『シェア型』の電動キックボードだからこそできる安全性対策はたくさんあります。エリア制限、及び速度制限ができることは大きなメリットです。 まず、車体のそもそもの速度設定が可能。 加えて、エリアごとに上限速度の設定が可能です。また、危険エリアなどに侵入すると、自動的にアクセルがかからない設定や、車体などから警告音を出すこともできます。アクセルやブレーキ、バッテリーにセンサーのようなものを仕込むことで、車体に何らかの不具合がある場合には利用できないよう制御することも可能で、整備不良の車体をユーザーに提供することがなくなります。 また、シェア型電動キックボードを通信ができる1つの“デバイス”だと捉えると、加速度センサー、カメラなどのさまざまな機器を追加実装することで多くの安全対策を講じることも可能とります」(日向氏)
電動キックボードのシェアリングサービスは日本において「近未来の便利なサービス」としてのイメージを脱却できておらず、正式にローンチできるか不透明な印象は強い。だが、日向氏と家本氏は「5〜10年後のモビリティは確実に“電動”になる」として、電動キックボードを皮切りに「mobby rideとneuetが一丸となってモビリティの未来を切り開く」と口を揃える。
「我々がやっているような電動キックボードのサービスはここ2〜3年で生まれたビジネスですが、すでに世界では交通インフラとして機能し始めている国もあります。世界の動きの速さを見ていると、5〜10年後の世界では、自転車や電動キックボードに限らず、数多くの新しいモビリティが誕生していると思います。自動運転や空飛ぶクルマなども当たり前に普及しているかもしれません。我々はneuetと一緒に、まずは新しい短距離移動の習慣を作り出していきたいと考えています」(日向氏)
「長期的には都市部で電動のシェアモビリティの比率は間違いなく上がってきます。国内の電動アシスト自転車の出荷台数がこの10年で2.5倍近くになっていることを考えても、電動になることでの便利さは確実にあります。一方で、シェアモビリティとして大規模に提供しようとすると、『バッテリーの充電方法』、『借りようとしたときにバッテリーが無いといった体験の無くしかた』、『安全性』など、さまざまな観点の課題があります。ここは欧米のモデルからも学びつつ、どのように街の皆さまに一緒に関わっていただけるかも含めて考えたいと思っています」(家本氏)
「私たちが次にアプローチする電動アシスト自転車の未来と、電動キックボードによる未来の線は、どこかで交わるのではないかと考えています。すなわち、あらゆる安全性や公道走行に必要な要件が整理されてきた電動アシスト自転車と、手軽に移動ができる電動キックボードのそれぞれの今の姿は、5~10年後にはさらに進化して新しくなる。そこには、こうしたモビリティデバイスがより利用される社会があるはずと考えています」(家本氏)