
- 不在時ビジネス活況の実態
- ポイントは“扉の突破”と“順番”
- スマートロック自体に価値なんてない
- 急速な普及の裏側にある“圧倒的な営業力”
- 普及後に生きるセキュリティ技術
- 鍵から変えていくシェアリングエコノミーの未来
アマゾンジャパンが「置き配」サービスを始めるなど、家やオフィスの“不在時”を有効活用するサービスが活況だ。そんな中、スマホを使って遠隔で鍵を開閉できるスマートロックを提供しているビットキーが、“不在時ビジネス”参入に意欲を燃やしている。創業からわずか1年で累計調達額が10億円を超えた急成長スタートアップが見据える戦略の全貌とは。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
不在時ビジネス活況の実態
「休日は毎週、再配達の受け取りがあるから、なかなか外出できないんです」――都内のアパートで一人暮らしをしているMさん(20代女性)は頭を抱える。
ネット通販の普及により、物流業界が深刻な人手不足に陥る“宅配クライシス”。それに拍車を掛けるのが、 配達員が何度も無駄足を踏まされる“再配達問題”だ。国土交通省の調査によると、再配達率は全国で約16%(2019年4月)と、大きな割合を占めている。
この解決策として、“不在時ビジネス”が広がりつつある。2019年4月にアマゾンジャパンが玄関の前や自転車のカゴなど指定の場所に商品を届ける「置き配」を開始し、6月にはスマホアプリと簡易宅配ボックスを連携させたサービス「OKIPPA」が、日本郵便と連携して10万個の簡易宅配ボックスの無料配布を実施した。
その中で、スマートフォンなど用いて遠隔からでも鍵の開閉ができる「スマートロック」によって“宅配クライシス”を解決しようとしているスタートアップが、ビットキーだ。ビットキーは、2019年3月に家事代行サービス「Casy(カジ―)」、7月にはスーパーやコンビニで購入した商品を自宅まで届けるサービスを展開する「ココネット」とも提携した。さらに、8月20日に農家から直接食材を購入できるアプリを提供している「ポケットマルシェ」との実証実験開始を発表し、不在時ビジネス参入の足場を固めている。
ポイントは“扉の突破”と“順番”
不在時の配達における最大のポイントは、「いかに扉を突破するか」である。
ビットキーが取り組んでいるのは、集合住宅の“オートロック”という最初の関門を、スマートロックによって突破することだ。ビットキーが提供するスマートロックを導入している集合住宅であれば、配送業者が一時的に中に入ることのできるワンタイムチケットでオートロックを乗り越え、確実に玄関前まで「置き配」できる。現在、集合住宅でのビットキー導入と宅配サービスとの提携を両軸で進めている。
もちろん、オートロックという第一関門に続いて狙うのは、「部屋の扉」という次の関門である。新鮮な食材や重量のある荷物が、不在時に屋内まで届いたら便利なのは言うまでもない。しかし、セキュリティや心理的ハードルを考えるとまだまだ難度が高い。実際、現時点でアマゾンなどが提供している置き配も、自転車のカゴや宅配ボックスなど、設置場所は屋外が対象になっている。

この点についてビットキーの江尻祐樹社長は、「不在時のサービスは順番が大事」と語る。
「心理的なハードルには無意識の線引きがあり、ある一線を越えなければ利便性が勝つんです。例えば、合鍵を渡すのは抵抗があっても、時間を限定して入ってもらうのなら便利だと感じるようなイメージ。消費者が“気持ち悪い”と感じない範囲から、便利な体験を広げていくように心がけています」(江尻社長)
消費者の不信感を招かないよう慎重に進めているものの、いずれは屋内までサービス拡大を目指している。そのための突破口は、「“屋内に入るのが当たり前のサービス”と“ブランド”の掛け合わせ」だという。
先述した家事代行サービスCasyとの提携は、まさにその一環だ。「郵便物が部屋の中まで届いたら怖いですけど、家事代行だったら部屋の中に入るのが当たり前です。また、無名の宅配業者よりもヤマトのブランドネームがあるだけで安心感があります。これらを掛け合わせ、セキュリティ面の開発も行うことで、違和感のない形で屋内配送の普及を目指します」(江尻社長)。
スマートロック自体に価値なんてない
ビットキーは、2018年8月創業という文字通りのスタートアップだが、わずか1年で累計10億円の資金調達を達成している。また、販売開始からわずか2ヵ月で、5万台のスマートロックを普及させた。競合他社より数年遅れて参入したが、一気に追いついた。
急成長の理由の1つは“価格帯”だ。他社が初期費用に加え月額・数千~数万円で提供しているのに対し、初期費用0円、月額300円という、破格の安さの月額課金モデルで提供している。セキュリティなど質を担保したままで、この価格帯が実現できる裏には、スマートロックの販売自体には利益を求めない徹底した姿勢がある。

「スマートロック自体に大した価値はないと思っています。企業ならまだしも個人で鍵にかけられるお金なんて、せいぜいワンコイン程度でしょう。でも、不動産管理や宅配業のように、スマートロックが普及することで生まれる付加価値はある。私たちは鍵自体ではなくて、それに付随して変革できる空間や時間の価値がマネタイズポイントだと考えているんです。“人は不便の解消にお金を払う”ものです」(江尻社長)
急速な普及の裏側にある“圧倒的な営業力”
急成長を遂げているもう1つの理由は、セールス力だ。マーケティングや開発に注力するスタートアップは多いが、セールスが売りなのは珍しい。
ビットキーは元々、大手企業向けのERP(統合業務基幹システム)パッケージを開発・販売するワークスアプリケーションズに勤めていたメンバー3人で創業した。その1人である福澤匡規氏は、ワークスアプリケーションズ時代、一度の商談で数千万から数十億円規模を売り上げ、東日本の営業を統括する、“超”がつくほどのトップセールスマンだった。その福澤氏が起業したという話を聞きつけ、ビットキーに集まった営業部隊が、武器になっている。
「特に大企業へのセールスが強みです。マーケティングツールを使って地道にリード(見込み客)を獲得するのに比べ、『とりあえず5000台入れましょう』の一言で大型受注が決まりますからね。スピード感が違います」(江尻社長)
スタートアップは開発費や在庫管理など、膨大な初期コストがかかるハードウェアビジネスを敬遠する傾向にある。しかし、ビットキーはその営業力を後ろ盾に、販売開始から毎月、万単位で売り上げが伸びている。だからこそ、製造コストがかかっても、低価格&大量生産ができるのだ。
普及後に生きるセキュリティ技術
そして、この低価格とセールスで急速に普及拡大するビットキーの戦略には、モデルがある。
「Yahoo!BB」を立ち上げ、4000億円もの赤字を出しながらもブロードバンドを普及させた孫正義氏だ。孫氏は、リテラシーの高い“オタク”層がプロバイダ契約して使用しているだけだったインターネットのモデムを、初期費用無料の使い放題2980円で打ち出し、一気に2000万世帯へ普及させた。そしてインターネットの普及で盛り上がったオークションやニュース事業などのネットサービスで売り上げを伸ばした。
「インターネットに法人も個人もないのと同じで、家もオフィスも関係なく、すべての扉をスマートに変えるビジネスだと思ってやっています。だからこそ、まず普及させることが大事。メッセージアプリも、結局LINEだけが残りましたよね。ある程度普及すると、“みんなが欲しがる”正のスパイラルに到達するんです。スパイラルの臨界点まで生き残れるか、面取り合戦ですね」(江尻社長)
スピード重視、普及重視の印象が強いが、ソフトウェアの開発には余念がなく、技術面のフォローも欠かさない。
「技術面は、普及後に生きてくるものだと思っています。普及してから安全面が問題になるケースは多いですよね。だからこそ、創業時に独自のサーバー認証型システムを開発しており、あらかじめ対策済みです」(江尻社長)
鍵から変えていくシェアリングエコノミーの未来
ビットキーは今後の展開として、空間を利用したシェアリングエコノミーの改革も視野に入れている。

「近年台頭しているUberやAirbnbなどのシェアリングエコノミーの特徴は、選択や登録はスマホ操作などでバーチャルに行われ、利用自体はリアルであること。リアルなサービスの場合、提供時にどうしても本人認証や鍵の受け渡しなど人同士のやり取りが必要になり、手間やコストがかかってきます。スマートロックが普及すれば、『誰が』『どこまで』入るかをセキュアに管理した上で、鍵の受け渡しをデジタル上で実施できるので、人を介在させなくて済むようになる。現状のシェアサービスをさらに一段階、便利にできると考えています」(江尻社長)
スタートアップの定石を無視して突き進むビットキー。消費者の心理的な抵抗に打ち勝ち、鍵業界からの革命児へと進化する野望は叶うのか。