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  • 「より安全な脳血管内手術」実現のためにAIが医師をサポート
  • “世界一の手術医を超える”手術支援AI開発を目指す

成人の脳卒中・脳梗塞・脳出血の生涯発症リスクは、グローバルでは約25%。4人に1人が脳血管疾患にかかると推定されている。日本でも、死亡率こそ多少下がってきたとはいえ、いまだに死因の第4位を占めている。

また新型コロナウイルス感染者では、30代〜40代で無症状または軽症の人でも脳血管疾患にかかりやすくなると見られており、感染症の影響下では脳梗塞などの患者が7倍に増えたという報告もある。ウィズコロナ時代における患者増の可能性に加えて、高齢化による疾患増加も考えると、今後さらに多くの患者への対応が必要となることが予想される。

脳梗塞やくも膜下出血などを治療する手術方法としては近年、カテーテルを使った「脳血管内手術」が増えている。この手法は従来の開頭手術と比べて患者の体への負担が少ないこともあって、手術件数は年率10%以上で増加している。ただし、脳血管内手術を執り行う医師にとっては、複数の部位を同時に確認しながらミリ単位の繊細な操作が必要で、高い技量と長時間の集中力が求められる。

この脳血管内手術をディープラーニング技術で支援しようという「手術支援AI」を開発するのが、脳神経外科医で脳血管内治療の指導医も務める現役医師、河野健一氏が率いるiMed Technologies(アイメッドテクノロジーズ)だ。

「より安全な脳血管内手術」実現のためにAIが医師をサポート

iMed Technologies代表取締役CEOの河野氏は、脳神経外科医として16年間、医療現場で手術を行ってきた。手術支援AI開発の背景には、河野氏が手術の最中、見落としによりステント(血管を内側から広げるチューブ状の医療器具)で血管を突き破りそうになったという現場での原体験がある。河野氏は同僚からも、時折同じような「ヒヤリ」体験を聞くことがあるという。

iMed Technologies代表取締役CEO・医師 河野健一氏
iMed Technologies代表取締役CEO・医師 河野健一氏 写真提供:iMed Technologies

脳の血管の幅は1〜2ミリメートル。足の血管から1メートルを超える長さのカテーテルとガイドワイヤーを挿入し、脳まで送り込んで操作を行う。開頭せずに手術を行うため、操作はレントゲン画像を通して行うのだが、部位を立体として把握するために二方向から撮影し、血管造影のある画像とない画像の合計4画面を同時に見ながら、カテーテルを動かしていくことになる。

手元を1ミリ動かせば、1メートル以上先のカテーテルの先端も1ミリ動くという状況で、求められる精度は1ミリ以下。先端を動かすと同時に周辺の管もどうしても少し動くため、たくさんの画像の全体を同時にリアルタイムでチェックしながら、動きを見逃さないよう、3〜4時間集中して手術に当たる。

いつ患者が発症するか分からないというのが脳梗塞などの脳血管疾患であるため、医師は土日でも夜中でも駆けつけて治療を行うことになる。これでどうやって医療事故が起こらないようにしているかと言えば、サポートする医師も含めて3〜4人で手術を行い、メインの術者は先端に集中、ほかの医師が別の箇所を見ていて何かあれば「危ない!」と声をかけるそうだ。手術中はかなり頻繁にこの声かけがあるのが日常だと河野氏はいう。

「つまり人間の注意力に依存している。医療ミスがなく、通常の手術を行っていても、誰にでも事故が起こり得る状況です」(河野氏)

日本脳神経血管内治療学会からもカテーテルの扱いについては注意喚起が出されているが、「危険性を意識し、ガイドワイヤーの先端を常に監視するように」としか言えないのが現状だ。そして「監視しろ」と言われるサポートの医師も、レントゲン画像だけではなく患者の身体の状態をモニタリングするなど、さまざまなことを同時に行っており、「絶対に見落としがない」という状況をつくるのは実際問題、難しい。

この課題をディープラーニングで解決しようとiMed Technologiesが開発を進めているのが、脳血管内手術の支援AIだ。従来のレントゲン撮影機器にAIのプログラムを接続し、映し出される画像を読み込んでカテーテルやガイドワイヤーが血管に当たる状況だとAIが判断すると、音や画面でアラートを出してくれる。人間の最終判断は必要だがAIのサポートによって、より安全な手術が行えるようになる。

「手術支援AIを使うことで、人間の良さとAIの良さを足し算するようなイメージです。人間は1点を集中して見るのは得意です。ですから文字を読む、ということは得意なのですが、『同時に4冊の本を読む』といったことはなかなかできません。それをAIはできてしまう。おおざっぱにではありますが、全体を把握するのが得意です。人間の良さとAIの良さをミックスすれば、もっと安全な手術ができるだろうと考えました」(河野氏)

河野氏は、クルマの進化に例えて手術支援AIの役割を説明する。「昔は運転手が気を付けて運転する、というソリューションしかなかったところに車体センサーが搭載されるようになって、車庫入れのときなど何かに近づきすぎるとアラートが鳴るようになりました。センサーの普及率が上がることによって、現在はより安全に運転できるようになっていて、近い将来には完全な自動運転も期待されています」(河野氏)

iMed Technologiesが展開を図る手術支援ソリューション
iMed Technologiesが展開を図る手術支援ソリューション 画像提供:iMed Technologies

手術支援AIは、クルマの例で言えば「センサーとアラート」に当たるものだと河野氏。2024年には、そのAIが臨床の現場で医療機器として活用されることを目指すと話している。

「すごく高度なことをAIがするというよりは、人間が不得意でAIが得意とするところをソリューションとして用意しようとしています」(河野氏)

“世界一の手術医を超える”手術支援AI開発を目指す

河野氏は「16年間、目の前の患者さんを24時間365日ずっと現場で治療してきたけれども、それだけでは救える命、与えられる影響は限られています。世界中の患者を笑顔にしたい、世界に安全と安心の手術を届けるというビジョンのもと、iMed Technologiesを起業しました」と語る。

2019年4月、共同創業者で取締役COOの金子素久氏と2人で創業し、現在は画像解析エンジニアや医療機器・自動運転技術開発に携わってきたエンジニア、薬事担当などのメンバーを加えて、プロダクト・事業の開発スピードを上げようとしているところだ。

創業から半年ほどで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「研究開発型ベンチャー支援事業」、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)主催のインキュベーションプログラム「東大IPC 1stRound」に採択されるなど、各所から資金面を含めた支援を得ながら順調に事業化を進めてきたiMed Technologies。その結果、脳血管内治療の指導医でもある河野氏をして「(自身より)AIの判定の方が当たっていることがある」と言わしめるほど手術支援AIの精度が上がり、5月には特許も出願した。

同社は10月1日、SBIインベストメントが運営するファンド、グロービス経営大学院(GLOBIS Alumni Growth Investment)、三井住友海上キャピタルが運営するファンドを引受先とした第三者割当増資により、シードラウンドで総額1.7億円の資金調達を実施したことも発表している。

iMed Technologiesでは今後、2020〜21年にかけて研究開発・トライアルを進めながら、薬事申請の準備も並行して行い、医療機器としての承認審査を経て、2023〜24年には手術支援AIの販売を開始したいとの考えだ。2026年には海外も含めて31億円の売上を計画、イグジットを目指すとしている。

AIを活用した医療機器開発では、GoogleやPreferred Networksといったテック企業、PhilipsやMedtronicといった医療系企業が診断支援ソリューションを開発しており、この領域では競争が激しい。また手術ロボットの領域には「da Vinci(ダビンチ)」を擁するIntuitive Surgicalや、Verb Surgicalといった企業も存在するが、今のところ、手術支援の領域には目立った競合はないと河野氏は述べている。

「今後、この領域に踏み出す企業も現れるかもしれないが、iMed Technologiesの強みは『現場』『100万枚の画像(学習)データ』『人的ネットワーク』の3点にある」と河野氏は自信を見せる。

「診断系ソリューションでは99.9%の精度があれば『使ってみようか』となるが、手術支援ではそれだけでは導入してもらえません。自分も経験がありますが、現場では一度使いにくいと思われると新しい機械は使われなくなる。どうすれば使われる機械になるか、医師としての現場感覚を生かし、アジャイル的な開発ができる点は強みとなるでしょう。また、大学病院との提携で入手した100万枚の画像を使って解析が可能なこと、医療機器メーカーの薬事・開発に携わった方々に共感いただき、サポーターとして協力いただけることも大きいです」(河野氏)

河野氏は「世界一の手術医を超える」手術支援AI開発を目指すと語る。「AIのサポートによって、若手医師のスキルが底上げされればいいと考えています。私の経験から言っても、うまくなればミスは少なくなる。『自分が若いときにこれがあればもっとよかったなあ』と言えるようなものができると思います」(河野氏)

iMed Technologiesでは手術支援AIの発展系として、医師による手術動画をAIが評価し、教育するプラットフォームの開発も検討しているとのこと。多忙で現場での指導が難しい先輩医師に代わってAIがフィードバックを行うことで、若手医師の習得速度を速められればとの考えだ。

またゆくゆくは、半自動型の手術ロボットを提供する企業との協業により、医師がいなくても完全自動で手術ができる、自律型の手術ロボットの開発も手がけたいと河野氏は述べている。

iMed Technologiesの試算では、脳血管内手術の市場は日本だけでも850億円、グローバルでは1兆円に近く、年10〜20%成長すると見積もっている。この約1兆円市場の上に、教育・評価プラットフォーム、手術ロボットをあわせた3本の矢で「新しい市場をつくっていきたい」と河野氏は語る。

「4人に1人が脳梗塞になる世の中で、自分や家族が発症したときに手術支援AIのある病院を選んで安心して手術を受けたいと思っていても、救急車で搬送されるときにそれを選ぶことは、まずできません。ですから、早く『どの病院に行っても手術支援AIがあるのが当たり前』の状態をつくりたい。それにより、『世界に安全と安心の手術を届ける』というビジョンを実現したいです」(河野氏)