イタダキ代表取締役の松本⿓祐氏 Photo by Yuhei Iwamotoイタダキ代表取締役の松本⿓祐氏 Photo by Yuhei Iwamoto
  • 表参道の低糖質ピザ専門店、オーナーはメルペイ元取締役と有名シェフ
  • アナログな飲食業界をITで変える
  • 著名シェフと意気投合、出会って2ヵ月で法人設立

決済サービス「メルペイ」を筆頭に、メルカリの新事業を企画してきたメルペイ元取締役CPO(最高プロダクト責任者)の松本龍祐氏。7月に取締役を退任した彼は、新会社のイタダキにて、“完全キャッシュレス”をうたう低糖質ピザ専門店を立ち上げた。ネットで事業を立ち上げてきた松本氏が、飲食店ビジネスに取り組んだ理由とは。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平)

表参道の低糖質ピザ専門店、オーナーはメルペイ元取締役と有名シェフ

 8月8日、東京・表参道駅から10分ほど歩いた路地に、低糖質をうたうピザ専門店「SONOBON」がオープンした。同店で販売するのは、イタリア直輸⼊のビール⼩⻨を生地に使⽤した切り売りのピザ。一般的な冷凍ピザの糖質量が1食あたりおおよそ30~50グラム程度なのに対して、SONOBONのピザは生地1⾷あたりの糖質量が約9グラムと非常に低いのが特徴だ。価格は1食あたり600~900円程度。定番メニューのマルゲリータと他の商品を組み合わせたセット(2食で1300円~)も販売する。

 店舗は“完全キャッシュレス”をうたっており、現金は一切取り扱わない。現在はクレジットカードでの支払いにのみ対応するが、今後はさまざまな決済サービスを導入する予定だ。営業時間は11時から20時まで。今後はフードデリバリーサービスの「Uber Eats」にも対応する。

 このピザ専門店を運営するのは、2月に設立したばかりの株式会社イタダキ。決済サービスを提供するメルカリ子会社・メルペイの元取締役CPOの松本⿓祐氏と、人気イタリアン「リストランテ・ラ・ブリアンツァ」などを手がけるオーナーシェフ・奥野義幸氏が立ち上げた新会社だ。

アナログな飲食業界をITで変える

 学生起業を経て、2006年にゲームやアプリを開発するスタートアップ・コミュニティファクトリーを設立した松本氏。同社の写真加工アプリ「DECOPIC」は、世界4000万ダウンロードを達成する大ヒットを記録。2012年9月には、同社をヤフーが買収するに至る。ヤフーのモバイル部門を担当した後にメルカリ子会社のソウゾウ、そしてメルペイで新規事業の立ち上げを担当した。

「決済サービスのメルペイを作りながら、その決済を利用してもらうための『キラーコンテンツ』についても事業計画していました。そう考える契機になったのは、中国をはじめとしたアジア圏の動向です。今はスマートフォンを使った決済が、さまざまな行動の基点になっています。だったらメルペイが立ち上がったときに何が必要なのかと考えていました。モビリティなのか、飲食なのかと」(松本氏)

 だがメルペイの開発が進むほどに、よりコンテンツを作ることに注力したいという思いが強くなり、メルペイを離れる決意をしたという。

「メルカリは今、決済という強大なプラットフォームを作っているところです。今のタイミングしかないと考えました。メルペイのUXは一定の評価を頂いたと思っています。僕の得意なのは“ゼロイチ”の立ち上げ。ここから事業を成長させるのは別の人間が適任だと思いました」(松本氏)

 そこで松本氏が注目したのが、メルペイを拡大する中で接点が増えた飲食業界だった。アナログで、深刻な人材不足に陥っている業界だからこそ、ITで効率化できるとにらんだ。

「完全キャッシュレスにしたら、レジで現金を管理する必要がなくなりますよね。オンラインにたまったデータで需給予測もできます。今後はIoTを活用して調理も簡単になるかも知れません。ITでどう生産性を上げるか。今後この効果は莫大なものになってくると思います」(松本氏)

 従業員の連絡にはコミュニケーションツールの「Slack」を導入。日々の連絡や毎日の売り上げデータを共有するようにした。また、目標管理手法の「OKR」や目標達成の振り返り手法である「KPT」といった、IT企業で使われているフレームワークも、試行錯誤しながら店舗に導入しつつあるという。

「ツールを使って情報をオープンにすれば、業務のスピードが上がります。もちろんテクノロジーで変わることもありますが、企業のカルチャーで変わることがあります。スタートアップ企業にはいいところも課題もありますが、とにかく効率を求めますし、『Think big』、つまり世の中を変えようという思いがあります。こういったカルチャーを既存の業界に繋げていくチャレンジに価値があると思っています」(松本氏)

著名シェフと意気投合、出会って2ヵ月で法人設立

 ピザのレシピは、共同代表の奥野氏が考案した。これまで、ミシュランガイドのビブグルマンに3年連続で選ばれたイタリア料理店をはじめ、複数の飲食店を経営する奥野氏。2人は共通の知人を介して出会ったが、「“食”の分野をITでより効率化することで、料理人や店舗スタッフが本来取り組むべき作業に集中できるのではないか」という話をしてすぐに意気投合。たまたま条件に合う物件が見つかったこともあって、知り合って2ヵ月後にはイタダキを共同で創業した。

SONOBONで提供する低糖質ピザ(写真提供:イタダキ)SONOBONで提供する低糖質ピザ(写真提供:イタダキ)

 店舗の効率化はITの導入だけではない。SONOBONのピザ生地やレシピは奥野氏のオリジナルだが、生地の焼き上げに関しては外部の工場に委託。店舗では具材の盛り付けや仕上げのみに徹することで、従業員の経験に依存せず、品質を担保することを選んだ。

「前提として、料理人もビジネスパーソンであると考えています。料理人もリソースや予算を最適配分する必要があります。そう考えて、今回はビール小麦の仕入れルート開発、および配合を考案し、その後の焼き上げる過程はOEMとして外注する選択をしました」(奥野氏)

「重要なのは奥野さんのクリエイティビティです。彼の作る“おいしい”を平準化して、誰もが調理から提供までの作業をできるようにすれば、新たな価値が生まれると考えています。ですが大事なのは“インターネット村から来た侵略者”にならないこと。(強引にITで働き方を変えるのではなく)本来その人がやらなくてもいい仕事を平準化して、その人でないとできない仕事に注力できるようにしたいんです」(松本氏)

 SONOBONの売り上げ目標については「まだ未定」と語るにとどまったが、将来的にはチェーン展開についても視野に入れる。IT化や平準化はそのための布石でもあるという。

 また松本氏はイタダキと並行して株式会社カンカクを設立。東京・北参道に完全キャッシュレスカフェの「KITASANDO COFFEE」をオープンしている。同店では各種決済サービスのほか、専用アプリを使った事前決済にも対応する。また今後は、サブスクリプション(定額制)でのコーヒー販売も計画中だという。ネットとリアルを繋げる松本氏の新たな挑戦は、今まさに始まったばかりだ。