Pale Blueが開発する水蒸気式の小型衛星用推進機(エンジン) すべての画像提供 : Pale Blue
Pale Blueが開発する水蒸気式の小型衛星用推進機(エンジン) すべての画像提供 : Pale Blue
  • 注目を集める小型衛星が抱える課題
  • 安全無毒で利便性の高いエンジン実現へ
  • 小型衛星やエンジンの研究を引っ張ってきた日本のアカデミア
  • 大学の研究シーズを社会実装できる仕組みを作る

宇宙(スペース)関連のスタートアップと聞いてどんな事業を思い浮かべるだろうか。

メディアで大々的に取り上げられる機会もよくあるため、多くの人はSpaceXを始めとするロケットや衛星を開発する企業をイメージするかもしれない。日本でもインターステラテクノロジズ(ロケット開発)やアクセルスペース(超小型衛星開発)などが数十億円規模の資金を集め、海外企業に負けじと研究開発に取り組んでいる。

もっとも宇宙系のスタートアップとして紹介される企業は実に多様だ。国内に目を向けても宇宙デブリ(宇宙ゴミ)の除去を目指すアストロスケールや宇宙資源の活用をテーマに複数事業を展開するispaceなど、ビジネスの幅は広い。

2020年4月に創業されたPale Blue(ペールブルー)もこのカテゴリーに分類されるスタートアップの1社だろう。同社が手がけるのは小型衛星用の推進機、つまり「エンジン」だ。

Pale Blueがルーツを持つ東京大学は長年に渡って宇宙推進機の研究に取り組んでいて、推進機内における複雑なプラズマ物理の解明や電気推進の性能評価に関しては世界をリードする研究機関の1つとして知られる。同社はその中でも⼩型衛星⽤のエンジンに関する研究と実応用に力を入れる「⼩泉研究室」からスピンアウトするような形で始まった。

今後小型衛星の市場がさらに広がっていくことが予想される中で、エンジンはそのポテンシャルを最大限引き出すためのカギとなる存在。世界でも数十社がこの領域で研究開発を進めるが、Pale Blueでは最大の強みである「水を推進剤として用いる技術」を活用した独自のエンジンを提供することで、持続的な宇宙開発を後押しする計画だ。

そのための軍資金として、同社では10月21日にインキュベイトファンドと三井住友海上キャピタルを引受先とした第三者割当増資と⾦融機関からの融資により総額約7000万円の資金調達を実施した。

注目を集める小型衛星が抱える課題

近年、地球観測やIoTサービスを中心に小型衛星ビジネスが注目を集めている。小型衛星は質量100kg以下の衛星を指し、数千万円〜数億円のコスト感で短期間で製造できるのが大型衛星にはない特徴だ。

Pale Blue代表取締役の浅川純氏によると、中でも1辺が10cmの立方体ユニットから構成される「キューブサット」分野の成長が著しいそう。さまざまな民間企業だけでなく、NASAやJAXAといった宇宙機関から東京大学を始めとした大学まであらゆるセクターで研究開発が進む。

そのような背景もあって小型衛星市場は今後も伸びていくことが予想されている一方、世界的に宇宙デブリを抑制する動きも加速しつつある。小型衛星の用途を広げていく上では、この宇宙ゴミを含むいくつかの課題を乗り越えることが必須だ。

浅川氏は具体的な課題として、ほとんどの小型衛星がエンジンを搭載していないが故に、「軌道投入」「軌道維持」「軌道離脱」などができないことを挙げる。たとえば空気抵抗や重力による軌道のズレを定期的に修正できないため、軌道が徐々に落ちて寿命が縮んでしまう。運用を終えた衛星を軌道上から離脱させることができず、いつまでも宇宙デブリとして漂ってしまう。そのような問題に繋がっているのだという。

小型衛星のほとんどがエンジンを搭載していないため、いくつかの課題が生じているという
小型衛星のほとんどがエンジンを搭載していないため、いくつかの課題が生じているという

解決策として小型衛星用のエンジンが必要であることは明白だが、それを実現することは簡単ではない。浅川氏の話では「安全性、コスト、多軸方向への推進力、燃費」の全てを兼ね備えていることが求められ、実際に現場で活用できるレベルのものを作る難易度が高いのだ。

大型衛星用のエンジンでは高圧ガスや毒性の高い素材が使用されていることが多く、取り扱いが難しい。また低コストが1つの魅力である小型衛星に見合った価格帯で、なおかつ推進力や燃費の面でも優れたエンジンを作らなければならない。

安全無毒で利便性の高いエンジン実現へ

Pale Blueでは「水」を活用した小型衛星用のエンジンを開発することで、課題解決を目指す
Pale Blueでは「水」を活用した小型衛星用のエンジンを開発することで、課題解決を目指す

Pale Blueではその打開策として、安全無毒で取り扱い性・⼊⼿性の良い「⽔」を推進剤とした3つの小型衛星用のエンジン(水蒸気式推進機、水プラズマ式推進機、水統合式推進機)の研究開発を進めている。

水を活用する最大のメリットは安全性だ。上述したように小型衛星用のエンジンに取り組む企業は世界で数十社存在し、燃費などの面ではPale Blueが開発する製品よりも優れたものもある。ただターゲット企業にヒアリングを重ねたところ、特に安全性に対するニーズが大きいことがわかったそう。Pale Blueでは強みの安全性を担保しつつ、多軸方向推進力や燃費も兼ね備えたプロダクトの実現に向けて改良を続けている最中だという。

水蒸気式エンジンを搭載した小型衛星の様子
水蒸気式エンジンを搭載した小型衛星の様子

同社以外にも水を推進剤に用いたエンジンにチャレンジする例はあったが、気液分離(液体と気体を分離すること)が難しく、結果的にエンジンをうまく動かせないことも多かった。その点Pale Blueのエンジンでは内部に「気化室」と呼ばれる真空空間を設けることで、完全な気液分離を実現。エンジンを確実に動かせる仕組みを作っている。

また従来のプラズマ式推進機で用いられていたプラズマ生成方法では消費電力が大きいことも実用化の壁になっていたが、Pale Blueは超低電力でプラズマを生成できる技術を確立しているという。

小型衛星やエンジンの研究を引っ張ってきた日本のアカデミア

Pale Blueの創業メンバー。右から2人目が代表取締役の浅川純氏
Pale Blueの創業メンバー。右から2人目が代表取締役の浅川純氏

これらのコア技術はまさに浅川氏らが研究室に在籍していた頃から試行錯誤を重ねてきた結果生まれたものだ。

浅川氏の博士号のテーマは、水を推進剤とした小型衛星推進機の研究と実応用。Pale Blueは浅川氏を中心に、指導教官であった小泉氏がCTOとして、同じく小泉研究室で博士号を取得した2人のメンバーが取締役として創業のタイミングからジョインして4人で立ち上げた。

宇宙領域のスタートアップは海外勢が多額の資金を調達して最先端の研究開発を行なっている印象もあるが、小型衛星の領域では日本のアカデミアも負けてはいない。浅川氏によると、もともと世界で初めて打ち上げと運用に成功したキューブサットは東大と東工大の学生の設計・製作によるものなのだそう。東大では同じ学科内の中須賀研究室がキューブサットの歴史を切り開いてきた。

2014年ごろからは「中須賀研の小型衛星に、小泉研のエンジンを搭載する」といった形で両研究室のコラボが活発になる。それ以来、小泉研では数々の小型衛星用エンジンの研究開発・宇宙実証を行い、この分野を牽引してきた。

  • 地球周回軌道において小型キセノンイオンスラスタの世界初実証(2014年9月)
  • 深宇宙に置いてキセノン統合型スラスタの世界初実証(2014年12月)
  • 世界初の水レジストジェット搭載ISS放出衛星の実現打上/放出(2019年11月)
  • 水統合式スラスタがJAXAの宇宙実証プログラムに採択。2022年に宇宙実証予定(2020年5月)
Pale Blueの主な実績
Pale Blueの主な実績

大学の研究シーズを社会実装できる仕組みを作る

「研究と実利用のギャップを埋めたいと考えたのが最初のモチベーションです」——浅川氏は起業という選択肢を選んだ理由についてそのように語る。

「研究者として研究に取り組む中で『研究』と『実利用』の間に大きなギャップがあることを痛感しました。小型スラスタの研究対象となるのは、プラズマ生成部や加速部など、推進機の中のほんの小さな部分だけ。でも実利用する場合を考えると制御装置や電源装置など、それ以外の周辺機器の完成度を高めることが重要です。研究の世界から一歩踏み出して会社を作ることで、周辺機器の開発にも取り組みながら、研究の成果を社会実装していきたいと考えました」(浅川氏)

研究内容をプロダクトに落とし込み、実用化に繋げる。その上できちんと収益化し、得られた収益を再び研究や研究人材の育成に分配する。Pale Blueではそのようなサイクルを構築していきたいという。

その考えは同社の事業スキームからもよくわかる。小泉研の基礎研究を社会に実装していくのがPale Blueの役割。特許を利用する代わりにPale Blueからは新株予約権を付与し、収益をアカデミアに還元することを目指す。

Pale Blueの事業スキーム。アカデミアと“役割分担”をする形で、基礎研究の社会実装を目指す
Pale Blueの事業スキーム。アカデミアと“役割分担”をする形で、基礎研究の社会実装を目指す

Pale Blueにとっては、自社のエンジンがさまざまな小型衛星に標準的に搭載されるような世界を実現することで小型衛星の可能性を拡張し、この市場をさらに広げていくことが大きな目標だ。

今回の資金調達はそのためのマイルストーンを達成するために、組織体制を強化することが大きな目的。当面は水プラズマ式推進機の宇宙実証に向けて研究開発を進めていくという。