
- 「バーチャルオフィス」の可能性を感じていた2人
- 資金繰りの問題でサービス撤退、チームも解散
- コロナ禍で「リモートワーク」が本格化、RISAに活路を見出す
- バーチャルオフィスを持つのが当たり前の時代になっていく
オフィスに出社して仕事する——これまで当たり前とされてきた、“働き方”の価値観は大きく変化した。新型コロナウイルスの感染拡大によって、リモートワーク(在宅勤務)が一般化。オフィスで同僚とコミュニケーションをとりながら働く機会はかなりの数の企業で減少している。
そんな働き方の変化に対応する企業も出てきている。例えば、オンラインストレージサービスを手がける米Dropboxは新たな働き方の方針「Virtual First」を発表。同社は通わなければならない「オフィス」を手放し、ひとりでやる仕事については基本的に家、コワーキングスペースで行い、チームビルディングやクライアントとのミーティングなどについては、新たに開設する「Dropbox Studio」を活用していく、としている。
次なる働き方の当たり前は何か——多くの企業が模索を続ける中、新たにアバターやバーチャル空間を活⽤し、クラウド上にオフィスを展開できるサービスも登場した。それがバーチャルな3D空間でオフィスを提供するサービス「RISA(リサ)」だ。
RISAは自分だけのアバターを作成し、そのアバターをもとにバーチャルオフィス空間で働くことを可能するサービス。ちょっとした雑談機会や相手の様子の察知など、テレワーク環境で失われた、ひとつの居場所を共有する体験をリモート環境下で実現してくれる。またパソコンのブラウザ上で動作するため、アプリなどをインストールする手間もかからない。
RISAが用意した髪型、目、口などのパーツを組み合わせて自分だけのアバターを作成すれば、バーチャルオフィス空間で同僚と音声通話やチャットが行える。

2020年7月にベータ版を提供開始し、製造業や製薬業、通信キャリア、コンサルティングファームを中心に、トライアルの導入実績は9月には100社を突破。10月には製品版をリリースしている。RISAの運営元であるOPSIONは10月26日、クラウドワークスと資本業務提携を締結したことを明かした。出資の金額は非公開だが、関係者からの情報によれば出資額は1億円未満だという。
また、今回の資本業務提携に伴い、クラウドワークス取締役副社⻑兼COOの成⽥修造氏がOPSIONの取締役に就任する。
「クラウドワークスの責任者として、またOPSIONの取締役として、経営責任を負って事業の立ち上げをやっていきたいと思っています。まだプロダクトをリリースしたばかりで事業は立ち上がっていない状況なので、Problem Solution Fit(解決に値する課題と、その課題の最適な解決方法を見つけること)、そしてProduct Market Fit(プロダクトがマーケットに適合し受け入れられている状態)に到達し、次の事業拡大(スケール)に持っていけるように全力を尽くしたいと思ってます」(成田氏)
「バーチャルオフィス」の可能性を感じていた2人
OPSIONは2019年1月の創業。今ほどリモートワークが一般化する前から、同社は「リモートワークにおけるコミュニケーションの課題を解決したい」という思いのもと、3Dバーチャルオフィスを提供するサービス「Metaria(メタリア)」を展開していた。
当時について、代表取締役の深野崇氏はこう振り返る。
「労働人口の減少、働き方改革などを背景にテレワークやリモートワークの重要性が増してきている一方で、非対面ゆえに気軽な雑談や相談をしにくく、チームワークが機能しづらいという問題も発生していました。その課題を解決する手段として、3Dバーチャルオフィスの提供は効果的なのではないかと思ったんです」(深野氏)
1ルーム最大10人による同時接続コミュニケーションやアバターの距離や方向に応じた立体感ある音声通話、アバター上のマークによる在席状況の可視化などの機能を搭載し、2019年3月にMetariaのアルファ版を一般公開した。
そんなタイミングで、会社の5〜10年後の柱となる事業をつくるべく“働く場所”の変革に関心を持っていたのが、クラウドワークスの成田氏だった。
これはめちゃくちゃ面白い。VR会議可能性大だし、できそうやな。軽いスタンドアップmtgなら楽勝でいけそう
— 成田修造(Shuzo Narita) (@shuzonarita) August 11, 2018
裸で仁王立ちでVR会議、やってみたいw
川上量生×GOROmanが語る「VRとAIがもたらす最適化された世界」とは?──仮想現実がディストピアになるほど人類は幸福になる! https://t.co/6yKXde9q7c
「クラウドワークスが5年、10年後にどういう事業をやっているのか、ということを考えたときに、クラウドワーカーやフリーランスと企業とのマッチングに加えて、働き方を支えるインフラとなるようなサービスを作っていきたいと考えました。具体的には、クラウドワーカーとの契約や請求を簡単に管理できるようにしたり、稼働や工数を把握できたり、社員とクラウドワーカーのコラボレーションを促進したり。そういうサービスを作っていくべきだと思った時に、働く場所の変革に大きなポテンシャルがあると思いました」(成田氏)
成田氏によれば、当時は特にVR(仮想現実)やAI(人工知能)、ブロックチェーンに強い関心を持っていて、各領域のスタートアップに一通り会って話をしてみたという。
「実際、VR系のスタートアップは10社ほど見ていましたし、社内のオープンスペースでOculus Questの体験会もやっていました。VR出社やVRミーティングの検討も実は進めていましたが、VRはヘッドマウントディスプレイをつけなければならず、これをずっと着けながら働き続けるのは正直、キツイなと思ったんです」(成田氏)
そんな成田氏のもとに、Twitterで1通のDM(ダイレクトメッセージ)が届く。その相手がOPSIONの深野氏だった。成田氏が“VRオフィス”に関するツイートをたくさん投稿していたことから、コンタクトをとってみることにしたという。

DMをきっかけに会って話をした成田氏と深野氏。「バーチャルオフィスのコンセプトは面白い」と感じた成田氏はエンジェル投資家として出資を決める。
資金繰りの問題でサービス撤退、チームも解散
その後、2019年7月にサービス名を「Metaria」から「RISA」へと変更し、クローズドベータ版のLP(ランディングページ)を公開するなどOPSIONはバーチャルオフィスを当たり前のものにすべく、歩みを進めていたが途中で資金繰りの問題が発生する。
「働き方改革の推進によって“リモートワーク”という言葉を耳にする機会は増えていましたが、当時は今ほど切実な問題にはなっていませんでした。そのため、なかなかバーチャルオフィスの実績も増えず……。資金調達のためにVC(ベンチャーキャピタル)を回ったのですが、導入実績もあまりなく、またバーチャルオフィスに関しても『そこまで需要はないのではないか』『将来性が不透明』など懐疑的な声が多かったこともあり、資金繰りはうまくいかなかったんです」(深野氏)
結果的に、OPSIONは2019年11月末でRISAの事業から撤退。その後、開発に携わっていたメンバーも退職し、チームは解散。年明けには会社に深野氏しかいない状態になった。
「『事業はタイミング』とよく言いますが、バーチャルオフィスはタイミング的に今ではないんだなと思いました。このままサービスを続けていても上手くいかないだろうと判断し、RISAから撤退することを決めました」(深野氏)
その後、「新型コロナウイルス感染症特別貸付」の融資で得た資金をもとに、OPSIONは新たに経理のアウトソーシングサービス「REON accounting」を2020年3月にリリースした。
「当時は成田さんからも『RISAはやらない方がいい。今あるスキルでマネタイズしよう』というアドバイスをもらっていたので、自分が経理のスキルを持っていたので、新規事業として経理業務のサポートをしていければと思ったんです」(深野氏)
コロナ禍で「リモートワーク」が本格化、RISAに活路を見出す
心機一転、新たな事業に注力していこうとしていた矢先で新型コロナウイルスの感染拡大が本格化。4月7日には全国で緊急事態宣言が発令されたことを受け、多くの企業は出社を禁止にし、“原則在宅勤務”の導入を余儀なくされた。
一度は「タイミング的に難しい」と判断し、事業を撤退させたが、図らずも新型コロナウイルスの感染拡大により、バーチャルオフィスの需要が高まり始めたのだ。
そうした社会の変化を受け、深野氏は経理のアウトソーシングサービスを止め、再びRISAをスタートさせることを決意。メンバーを集め、6月頃から開発を再開した。
「テクノロジーに精通しているスタートアップの人たちは、オンラインホワイトボードツールやコミュニケーションツールのDiscord(ディスコード)などを使って、リモートワークの課題解決ができていると思います。その一方で、これまで通勤するのが当たり前だった企業などはリモートワークが当たり前になったことで一気に課題が噴出しています」
「例えば、飲みニケーション(お酒を飲みながらコミュニケーションを取ること)の機会がなくなると、どうやった部下をマネジメントすればいいか分からないといった声もありました。そういう課題を抱える人たちに対して、RISAを提供することで課題を解決してもらえるのではないかと思いました」(深野氏)
また、成田氏も新型コロナウイルスの感染拡大によって考え方が変化。「バーチャルオフィスの価値が増していくのは確実な未来だと信じるようになった」と言う。

「海外でもバーチャル空間でオフィスをつくり、リアルなオフィスを持たないで成立している上場企業があるというニュースも話題になっています。コロナで世界が一変する中で、リアルオフィスの価値は逓減し、バーチャルオフィスの価値が増していくのは確実な未来だと信じるようになりました。その中で、OPSIONは過去に資金繰りの問題もあり、いかに事業開発を戦略的、かつスピーディに行っていくかが課題になっていたので、私から声をかけ、業務資本提携によってクラウドワークスの新規事業として事業開発を戦略的、かつスピーディに行っていく体制を作れないか、と提案をしました」(成田氏)
その結果、今回の資本業務提携が実現。深野氏は「組織を拡大させ、上場までを経験した成田さんに組織構築やマネジメントの考えを聞けるのはすごく大きいです」と語る。
バーチャルオフィスを持つのが当たり前の時代になっていく
今回の資本業務提携を機に、両社が持つノウハウやリソースを活かしたシナジー(相乗効果)の最⼤化に取り組んでいく。例えば、クラウドワークスが保有するリモートワークやテレワークを積極的に活用している40万の法人アカウントにRISAを紹介するほか、セールス活動にも活用。過去15個ほど新規事業を展開している中での成功と失敗のパターンや、事業開発のノウハウを余すところなく提供し、RISAの成功確率を高めるという。
「今年コロナショックが起きて、90%以上の企業さんがリモートワークやテレワークを取り入れるようになり、みんなが集まって仕事をする場所を突然失いました。どの企業もその変化に適用しようと頑張っているものの、当然集まる場所がなくなったことによる弊害もあります。例えば、業務時間中の雑談がなくなったり、目的が明確なミーティング以外に隣の人に気軽に相談できなくなったり、Zoomミーティングでカメラをオフにし続ける人が多かったり、周囲に人がいないことでモチベーションを維持するのが難しくなったりしています」
「現状、RISAは開始から2カ月程度で300件近い問い合わせをいただいていますが、その中には誰もが知るような大企業が多く含まれており、みなさん例外なく同じような課題をおっしゃいます。そういった課題を解決するためには、テレワークの人も、オフィスワークの人も、みんなが一同に会する場が必要で、それはやはりバーチャル空間になるはずだと思っています」
「その空間に加えて、RISAはアバターを介した楽しい空間を提供しており、よりリアルなオフィスに近い3D空間の臨場感も感じられ、バーチャル世界とリアル世界の間を取ったソリューションになっています。このような課題が大きくなる中で、“3D×アバターのクラウドオフィス”を次世代の常識にしたいと思って事業を進めています」(成田氏)
まずは100~1000人の同時接続を前提とした「大規模オフィス対応」や「マルチデバイス対応」などの機能開発を行っていき、製品の完成度を高めていく。そして、大企業を中心に有料契約の企業数を増やしていくことに取り組むという。
「アフターコロナの世界ではオフィスに出社する人、テレワークの人が混在するハイブリッドな働き⽅が主流になります。その中で、場所に囚われずに居場所を共有できるオフィス空間として、全ての企業がバーチャル事業所を持つことが当たり前になっていくと予想しています。その未来に向けて、RISAの価値を高めていければと思っています」(深野氏)