
- 世界第7位の“移民大国”日本で引き続き求められる多言語化
- オンライン化の加速と大企業のグローバル化が多言語化を推進
- 翻訳フローをAPIとして提供、協業によるセット販売も検討
- 新しい世界での多言語化にアクセル、地域に応じた翻訳対応も
新型コロナウイルスの影響でしぼむインバウンド需要。訪日外国人観光客が話す各国の言葉もめっきり聞かれなくなり、オリンピックに向けて一気に進んでいた、さまざまなサービスの多言語化対応も落ち着いてしまった印象がある。
だが、多言語化ソリューションを展開するスタートアップ、Wovn Technologies(ウォーブンテクノロジーズ)取締役副社長COOの上森久之氏は「よく『インバウンド対応の需要がなくなって大変ですね』と心配されるのですが、ウェブ、インターネットの多言語化については、そうした印象とはギャップがあります」と語る。
Wovn Technologiesはウェブサイトやアプリの多言語化サービス「WOVN.io(ウォーブンドットアイオー)」「WOVN.app(ウォーブンドットアップ)」を提供しているが、コロナ禍にあっても大手企業との取引は増え続けているという。その背景にあるのは「300万人の在留外国人」と「エンタープライズ企業のグローバル化」だ。
世界第7位の“移民大国”日本で引き続き求められる多言語化
WOVN.io、WOVN.appは既存のウェブサイトやアプリに後付けで導入できる多言語化ツールだ。2014年6月から提供されているWOVN.ioは、多言語化のための追加開発が不要で、基本的には翻訳対応したいページのHTMLにタグを反映するだけで自動的に翻訳ができる。導入の手軽さと、複数言語を一元管理できる点が評価され、現在は1万5000以上のサイトに導入されている。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響が現れるようになっても、インバウンド対応とは異なり、在留外国人の利用を前提としたウェブサイトやアプリの多言語化ニーズがなくなったわけではない。
2020年上半期の日本への外国人入国者数は409万人。新型コロナウイルスの影響で、前年同期と比べて1232万人余りの減少となっている。オリンピックへ向けてさらに膨らむはずだったインバウンド消費は大打撃を受け、特に旅行・観光業と小売業では大きな影響を被った。
一方、中長期在留者と特別永住者を合わせた在留外国人数は2020年6月末現在、288万人を超えている。この数字は2019年末時点の293万人に比べると約5万人の減少となってはいるものの、「新型コロナの影響下でも5万人しか減らなかった」という見方もできる。今でも300万人近い外国人が日本で暮らし続けているのだ。その中には幼少期から日本で育ち、日本語が堪能な人も少なくないが、「日本語も英語も母語ではなく不得手」という人も数多く存在する。
さらに経済回復へ向けて、人の往来が復活する兆しも出てきている。10月1日からは入国制限措置が全世界を対象に緩和され、中長期の在留資格を持つ外国人に日本への新規入国も認められるようになった。
制度として移民政策が採られているわけではないが、実質的には世界でも第7位と言われる指折りの移民大国となっている日本。中国や東アジア、東南アジアを中心に国籍・地域も言語も多様化する在留外国人に対し、自治体やインフラ企業、銀行などの金融機関や交通機関といった生活にかかわるサービスの提供者は、引き続き多言語化対応が求められている。

Wovn Technologiesのプロダクトについても、3月には三菱UFJ銀行がWOVN.ioを導入。サイトの一部で英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語、ベトナム語に対応した。緊急事態宣言が発令された4月以降も、交通や金融、自治体など、国内の生活インフラサービスを提供する企業・組織で、サイトやアプリの多言語化がWOVN.ioやWOVN.appの導入によって進められている。
また上森氏は「大企業では、インバウンド対応も3カ年計画といった中長期で進めているところが多い」とコメント。「多言語化対応も多くの企業で引き続き進められています」と話している。
オンライン化の加速と大企業のグローバル化が多言語化を推進
上森氏はさらに「新型コロナの影響で、むしろ多言語化のニーズ、チャンスが広がっている」とも述べている。移動の制限を発端として「ヒト・モノ・カネの動きに制約ができた。この制約により、エンタープライズ企業、特に日本では製造業が変わったことが要因」と上森氏はいう。

「上場企業では製造業の半数近くが海外拠点を展開していますが、現地への出張ができなくなったことで、海外子会社での意思決定や決算業務が遅れたり、現地従業員とのコミュニケーションがうまくいかなくなったりといった課題が現れています。また対面での営業活動も滞り、モノが売れないことへの危機感もある。こうした状況を改善するために、業務のインターネット化、ウェブへの移行が進みました。その裏側で、ウェブの多言語化を我々のプロダクトが担う形になっています」(上森氏)
また海外拠点の有無にかかわらず、デジタルトランスフォーメーションの文脈でも、同社の多言語化プロダクトは注目されていると上森氏はいう。「部署がまたがった場合の翻訳発注の重複による無駄なコストや翻訳結果の重複、複数サイトの運営の必要性など、大企業になればなるほど、多言語化においても効率化が求められます。WOVNなら訳したデータの一元管理も可能ですから、社内外のポータルサイトやEコマース、ATM、SaaSなどでプロダクトの利用が広がっています」(上森氏)
上森氏は、コロナ禍でオンライン化が加速しているという点も指摘する。インターネットアクセスは200%増加したと言われ、Eコマースでの購買が米国で150%伸びたというデータもある。300万人の在留外国人の存在と外国籍社員の増加、ダイバーシティ/SDGs経営への取り組みも相まって、企業におけるウェブ多言語化へのニーズはますます高まると上森氏は考えている。
実際、Wovn Technologiesでは前期との対比で売り上げ200%の成長を遂げているという。
「EU加盟国での調査では、42%のインターネットユーザーが『母国語以外では商品を購入しない』と回答した結果があります。また、母国以外で暮らす国際移民は全世界では約3億人で、その数は今後も増えると見られています。世界の平均年収はOECD加盟国では500万円ですが、全世界での平均は100万円です。今はコロナ禍で移動の制限がありますが、新興国から先進国への移動はこの収入の差がある限り増え続けるでしょう。マーケットのオンライン化とグローバル化で、顧客体験としての『買いやすさ』、従業員体験としての『働きやすさ』は求められ続けます」(上森氏)



翻訳フローをAPIとして提供、協業によるセット販売も検討
2014年6月のWOVN.ioリリース以来、年間250以上の新機能をリリースし、機能追加・強化が続けられてきたWovn Technologiesの多言語化システム。2018年7月にアプリ対応のWOVN.appベータ版、2020年4月に正式版をリリースしたのに続き、2021年前半にはファイルの多言語化をクラウドストレージ上で実現する「WOVN Workbox(ウォーブンワークボックス:仮称)」のリリースも予定されている。
直近では10月1日に新機能「WOVN.api(ウォーブンドットエーピーアイ」を発表したばかりだ。WOVN.apiではWOVNの翻訳のコア機能をAPIとして提供。他社サービスと直接連携して多言語化が実現できようになった。連携の第1弾として、サイト内検索サービスを展開するナビプラスの「NaviPlusサーチ」との連携が発表されている。


これまでのWOVN.ioでは主にHTMLでテキスト化された情報を間でトラップし、翻訳して表示してきた。これに対し、WOVN.apiではHTML化されていない情報の多言語化対応が可能になった。サービスを連携する事業者は、API経由で任意の単位でデータを送信して翻訳結果を自社のデータベースに格納することができ、任意のタイミングで表示することができる。

WOVN Technologiesの製品開発責任者、幾田雅仁氏は、WOVN.apiについて「検索だけでなく、例えばメールの定型文や、チャット、ビデオのスクリプト(キャプション)を私たちのシステムに送り、翻訳して反映するようなサービスの提供も考えられます。開発力のあるテック系企業やSaaS企業にそうしたサービスをパートナーとして開発いただくことを前提としています」と説明する。
幾田氏は今後、翻訳のコア機能をそのまま提供する現在の形から、用途に特化した形にラッピングして提供していくことを計画していると話している。また、API自体をSaaSや他のIT企業との協業により、セットで販売していくようなことも検討しているそうだ。
新しい世界での多言語化にアクセル、地域に応じた翻訳対応も
Wovn Technologies代表取締役社長CEOの林鷹治氏は、2020年上期の6カ月は「コロナに適応することに苦労した」とコメントしている。一方で、次の世界でWOVNが必要になることも見えてきたという。
「今後は新しい世界での多言語化に、組織としてアクセルを踏んでいきます。過去最大に採用も行い、営業を強化して企業に導入されることが多言語化社会につながっていくと考えています。APIも含めた“高度な多言語化”が求められる中で、どんどん機能を企画していきます」(林氏)

製品については「ローカライズ・ザ・インターネット」というキーワードを使って、今後の開発の方向性をこう説明する。
「我々は単純に翻訳をする翻訳屋になるつもりは全くありません。度量衡や通貨、デザインの文化による受け止め方の違いなど、ターゲットの文化を大切にしたい。その国・地域の文化に根ざしたホームページのコンバートという将来像に向けて、製品開発を一歩一歩進めていきます」(林氏)
同社が掲げる将来像の実現を目指して10月26日には、WOVN.ioの新機能「地域別翻訳機能」をリリースしている。同じ英語でもアメリカ英語とイギリス英語、さらにはオーストラリア、カナダ、シンガポールなどで、言語の地域差が生じることはよく知られるところだ。英語だけでなく、ポルトガルとブラジルのポルトガル語、フランスとカナダのフランス語など、発音や単語、スペルの違いはさまざまな地域で存在する。この地域に応じた翻訳やコンテンツの出し分けを可能にする機能が地域別翻訳機能だ。
渡航制限の緩和に寄せて、林氏はこう語っている。「1年後かもしれないし、3年後かも5年後かもしれませんが、コロナが明けて、また人が移動するときは必ず来ます。そうなったとき、WOVNはとてつもなく強くなっているようにしたい。次のインバウンドが来るときには、新たなインバウンド客を、国を代表する技術でもてなせるようにしようと考えています」(林氏)