LINE上で起動しているアプリの数々(提供:サイシード)
  • タクシー会社の思わぬ需要
  • 自社開発アプリは廃れる
  • 園芸相談サービスもLINEで登録者2倍に
  • 中国の「We Chat」では一足先に大ブーム

LINEのプラットフォーム上でアプリサービスを展開する”LINE内アプリ”を活用する企業が増えている。このブームの先陣を切り、開発から運用までを手掛けるスタートアップ企業が、サイシードだ。LINEのプラットフォームアプリ化ブームに一石を投じる“アプリの中のアプリ”、その人気の秘密に迫る。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)

タクシー会社の思わぬ需要

「当初は、配車アプリとしてLINEを乗客向けに導入したんです。それを運転手たちが勝手に使い始めてしまった」 

 タクシー会社の山三交通の担当者は、思いがけない需要にうれしい悲鳴をあげた。山三交通がコミュニケーションアプリ「LINE」での配車サービスを開始したのは2017年11月のこと。

 このサービスは、あらかじめLINE上で山三交通の企業アカウントをフォローしておけば、乗車希望のメッセージを送るだけで、指定の場所まで同社のタクシーが迎えにきてくれるというものだ。ユーザーから乗車希望の投稿があれば、タクシー会社の本部アカウント(ユーザー向けの企業アカウントではなく、運転手への連絡専用のもの)がLINEで運転手に通知を行うのだが、最近ではこのアカウントに対して従業員が勤怠を報告するようになっているのだという。

“予想外の展開“というのは、山三交通の従業員のうち、4割が60歳以上だから起こった。これまで、運転手の勤怠はソフトウェアで管理していたが、運転手が使いこなせず、結局は電話や無線で本部へ連絡するという実情があった。しかし、LINEで本部に連絡できることがわかった瞬間、「新しいアプリやソフトを使いこなせなくても、LINEなら使える」と、勤怠連絡にも利用し始めてしまったのだ。 

 配車サービスを開発したのは、AIベンチャー・サイシードだ。山三交通のうれしい誤算を受けたサイシードは2019年8月、勤怠システムを組み込んだ“LINE内アプリ”を作った。これにより、打刻だけでなく有休消化日数までも、LINEのチャットベースで確認できるようになり、導入直後であるにもかかわらず、山三交通の従業員の8割が使いこなせるようになった。

自社開発アプリは廃れる

 近年、企業の自社アプリ開発がトレンドだ。モバイル対応が求められ、アパレルブランドや家電量販店など消費者向けのサービスはもちろん、新卒採用やインナーブランディング用のアプリまで、業種業態問わずアプリが量産されてきた。一方で、課題も多い。

「企業ごとにアプリが分かれていて、それぞれUIが違うと消費者は面倒ですよね。プッシュ通知もたくさんきてしまうし」(サイシードの中村陽二社長)

サイシード・中村陽二社長 Photo by Karin Hanawa

 ホーム画面がアプリで溢れてしまい、ダウンロードしたもののほとんど使わない“ポイントカード現象”が、多くの消費者のスマホ内で起こってしまっているのだ。さらに、企業にとっても、アプリ開発費は高額で、UIの設計などの手間もかかるため負担は大きい。

 これが、プラットフォームをLINEに変えるだけで、一気に解決される。

「ITリテラシーの低い人でも、LINEは使っている。LINEをプラットフォームにした時点で、“使いこなす”という一番高いハードルをすでに超えられているんです」(中村社長)

 LINEの国内アクティブユーザー数は、2019年4月時点で月間8000万人を超える。そのうち、50歳以上が29.8%も存在するのだ。

 企業ごとのカスタマイズが得意なサイシードは、3年前からLINEをプラットフォームとして、メーカーや卸売業者へのBtoB受発注システムや、営業日報、不動産の入居者管理など、あらゆるアプリを提供している。

 プラットフォーム側であるLINEも、こうした“LINE内アプリ”の活性化には積極的な姿勢だ。2019年6月27日に行われたLINE CONFERENCEにて、新サービス「LINE Mini app(ラインミニアプリ)」の搭載が発表された。これまで、チャットボット形式の企業アカウントがメインだったところを、決済機能やクーポン、予約などのあらゆるサービスをLINE上でアプリ化できるようになる。

園芸相談サービスもLINEで登録者2倍に

 サカタのタネは、園芸の専門家が家庭内菜園の育て方や悩みに回答する「サカタコンシェル」というサービスを、LINE内アプリで提供開始した。

東日本大震災以降、空前の“家庭菜園ブーム”が続いており、2011年に家庭内向け野菜苗ブランド「おうち野菜」シリーズをリリースした。競合ブランドが多数ある中で、サカタのタネのOBが在宅相談員となり園芸相談の対応をする「サカタコンシェル」は、わかりやすい付加価値となり、販売店から受注が相次いだ。

在宅相談員の丁寧な対応が人気だ(提供:サイシード)
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「園芸に長年携わってきた相談員たちが丁寧に返信してくれる、温かみのあるサービスが評判です。24時間以内に長文で返信がくることもあり、管理している私も驚くほどです」(サカタのタネ・苗木球根統括部の堤洋祐課長)

 実はこの「サカタコンシェル」は、当初はシャープと共同開発したスマホアプリとしてリリースした。しかし、商品自体の店頭導入や消化率は悪くないにもかかわらず、アプリのユーザー数は伸び悩んだ。

「電話でのお客様対応の体制もすでに整っていたこともあり、メインターゲットである60代以上の方は、アプリよりも電話の方がハードルが低かったのだと思います。また、アプリのUIが悪くダウンロード後の離脱も多かったです」(堤課長)

 7年ほどアプリを運用し、キャンペーンや広告出稿も行い試行錯誤したが、想定していた目標値の10%にも満たないダウンロード数だった。また、ダウンロードまで漕ぎつけても、そこから一度でも質問をした人は全体の半分に満たなかった。

 そこで、スマホを持っている人であれば、だれでも使っているLINEの活用を考え始めたという。

「LINEは最近だと70代の方でも使いこなしていたりしますよね。園芸相談員に相談しやすい設計を一番に求めていたので、ぴったりでした。開発費はスマホアプリを0から作ったときの半分以下で済みましたし、元々LINEのUI上にアプリを載せる形なので設計の手間も少なく、やらない理由はありませんでした」(堤課長)

 2019年からLINE内アプリへ切り替えると、これまでと露出量は変えていないにもかかわらず、登録者が2倍に増えた。しかも、50代以上の増加率は若年層の2.4倍だ。

「アプリで1回以上質問をした人の数は登録者のうち8割を超え、ロイヤリティも高まりました。あと、以前よりも軽い質問が増えましたね。なじみのあるLINEで質問できるので、チャットのハードルが下がったのだと思います」(堤課長)

サカタのタネは、対人の温かみのあるサービスを継続しながら、対応履歴を蓄積してAI活用へ発展させていく可能性も見据えている。

「最終的には、園芸の裾野自体を広げたいです。これまで蓄積してきたFAQデータは、マーケティングや商品開発など、あらゆる園芸サービスで活用できるものだと思っています。テクノロジーの力を使って、お客様の声を反映させていきたいです」(堤課長)

中国の「We Chat」では一足先に大ブーム

LINE内アプリは、かつてサービスだったものが圧倒的なシェアを勝ち取り、プラットフォームと化す典型といえる。その姿は、かつてのWindowsと重なるものがある。Windows はPCを爆発的に普及させ、情報通信のインフラとしての座を手にした。

メッセージアプリがインフラとなり、周辺需要を喚起している例は中国にもある。8億4000万ユーザーを誇る中国のメッセージアプリ「We Chat」では、2018年1月に「ミニプログラム」と称して、アプリの中でアプリを立ち上げる機能をリリースしている。ミニプログラム上のサービスで上場する企業も出始めるほど、盛り上がっている。

 実際、中国で成功していることから分かる通り、LINE内アプリにはポテンシャルがある。

「様々な企業がデジタルトランスフォーメーションを迫られ、アプリ制作を実施していますが、費用を回収できないケースがほとんど。特に、ITリテラシーの高くないユーザーが見込まれる場合には、LINEが最適でしょう。いまだにFAXや電話が主流になっているようなレガシーな業界を変えることができるかもしれないと思っています」(中村社長)

 まだまだ盛り上がりそうな「LINE内アプリ」市場。LINEがプラットフォームになり、すべてその中で完結する時代がくるのかもしれない。