
- 紆余曲折を経て「新しい小売り」をつくる道へ
- “香りをまとう”ことがメジャーではないからチャンスがある
- 「フレグランス」を起点にブランド価値を高める
新型コロナウイルスの感染が本格化してから約半年。感染拡大の防止を目的とした“新しい生活様式”の実践が推奨されてから、手指の消毒は当たり前の生活習慣になった。実際、商業施設や飲食店などでは入退店時における手指消毒を徹底しているところも多い。
しかし、市販のハンドジェルや除菌スプレーなどはアルコールの匂いが強いものが多く、苦手としている人もいるのではないだろうか。そうした中、「手指の消毒を少しでも楽しいものにしたい」という思いから、香り付きの除菌スプレーをつくった人物がいる。
PATRA(パトラ)取締役COOの鈴木真彩氏だ。同社はインフルエンサー向けECプラットフォーム「PATRA market」やアパレルブランド「mellowneon(メロウネオン) by PATRA」などの事業を展開している。これまで女性向けアパレル関連のブランドを数多くリリースしてきたが、新たにフレグランスブランド「wonde(ウォンド)」を2020年9月にリリースした。

そんなwondeの第1弾のプロダクトとして開発されたのが、前述した香り付きの除菌スプレーだ。このスプレーは厚生労働省が新型コロナウイルスへの対策として有効と認める「アルコール70%以上」を配合しているほか、オリジナルで開発した4つの香りをベースに、ヒアルロン酸、ホホバオイル、スクワランなどの保湿成分も配合している。
「実は『香水を作りたい』という思いからwondeの企画が始まっており、最初はオードパルファムを作ろうと思っていたんです」と鈴木氏は語る。
なぜ、香水から除菌スプレーの開発へピボットしたのか。また、アパレル以外の領域で新たなブランドを立ち上げた狙いについて、鈴木氏に話を聞いた。
紆余曲折を経て「新しい小売り」をつくる道へ
PATRAの創業は2014年9月。当時はChotchy(チョッチー)という社名で、AI(人工知能)が参加者それぞれにマッチする相手を提案したり、席替えを提案したりするイベント「人工知能コン」を手がけていた。今から6年前はAIが“バズワード”になっていたこともあり、人工知能コンはさまざまなメディアで取り上げられるなど大きな反響があった。しかし収益化の面で課題があり、結果的にクローズすることになる。
「イベントの切り口は面白かったと思うのですが、事業をスケール(拡大)させていくためには全国規模で合コンをたくさん開催しないといけない。全然インターネット的ではないですし、合コンの開催が本当にやりたかったわけではありませんでした。その頃にシードラウンドでの資金調達も実施していたので、人工知能コンはクローズし、ウェブサービスの開発に注力することにしたんです」(鈴木氏)
その後、チャットアプリやゲームなど10個以上のウェブサービスを開発するものの、思うようなヒットにはつながらず、どれもクローズすることになった。
「その頃は代表の海鋒(健太)がエンジニアで私がサービスの企画、そしてもう1人デザイナーがいて、バランスよくサービスを開発できる体制になっていました。なので、アプリ内広告モデルで収益化できればと考えていたんです。ただ、アプリの改善やグロースに関するノウハウがなかったので、想像していたような成果につながりませんでした。それを踏まえて、ユーザーが集まれば集まるほど収益につながる事業を模索することにしたんです」(鈴木氏)
その結果、誕生したのが女性向け動画マガジン「PATRA magazine」だった。「C CHANNEL」などのサービスが盛り上がり始めた2016年夏に、Instagramを中心にYouTubeやFacebook、アプリなどでメイク・DIY・美容・ファッション・トレンド情報といった女性向けの情報を動画で配信する分散型動画メディアを立ち上げた。
開始から1年弱で約13万人のフォロワーを獲得。その後、タイアップ広告も実施できる規模にまで成長したが、「Instagramの限られた広告枠でマネタイズするビジネスモデルには限界を感じていました」と鈴木氏は振り返る。
そうした中、タイアップ広告を実施していたクライアントの商品の動画がInstagamで話題になり、Instagam経由で実際に商品が売れる経験を味わう。それがきっかけとなり、“SNSで買い物をする未来”に可能性を感じた鈴木氏らは、2018年1月にオンラインアパレルブランド、mellowneon by PATRAを立ち上げた。
同年3月にはグローバル・ブレイン、SMBCベンチャーキャピタル、個人投資家から1億3000万円の資金調達を実施。そのタイミングで社名もChotchyからPATRAに変更した。
“香りをまとう”ことがメジャーではないからチャンスがある
その後、複数のアパレルブランドを展開するなど、順調に事業を成長させていたPATRA。それなりの手応えを感じつつも、鈴木氏は「アパレルブランドは売上の波が激しい。会社としては通年で安定して売れる商品を増やしていくべきと考えていました」と課題感を口にする。
その課題を解決すべく、PATRAは昨年にアクセサリーブランド「my twilight」を立ち上げ、そして今年の4月にランジェリーブランド「UNDER THE ROSE」を立ち上げた。それに続く形で新たに立ち上がったのが、フレグランスブランドのwondeだ。

「今までは“女性向け”のブランドを中心に展開してきたので、そろそろユニセックスな商品を取り扱い、今年から来年にかけてユーザー層を男性にも広げていけたら、と考えていたんです。その第1弾として取り組むことにしたのが“フレグランス”でした」
「『香水を作りたい』というところからフレグランスブランド立ち上げの企画が始まり、最初はオードパルファムを作ろうと考えていました。日本のトレンドにも大きく影響を与える韓国では、韓国発の香りのブランドがここ数年増加しています。月に1度、出張で韓国に足を運び、香水のリサーチをしている中で“香り”という切り口に惹かれていきました。また、“香りをまとう”ことは、日本では他の国に比べてあまりメジャーではないかもしれないからこそチャンスがあるのではないか、と思いました」(鈴木氏)
「アソビにきたくなるPOPUPショップ」というコンセプトのもと、ECとオフライン店舗を融合させた取り組みに注力し始めていたPATRA。鈴木氏は「香水はPOPUPショップで実際に体験してもらえたらと考えていました」と語るが、コロナ禍ですべてが白紙になる。
「新型コロナウイルスの感染拡大によって、リアルな場でのマーケティングにはなかなか踏み出しにくい状況になりました。最初はPATRA marketで買い物をしてくれる既存ユーザーに対して試香紙(しこうし)をつけて香りのサンプルを嗅いでもらい、気に入ったら購入してもらう方法も考えたのですが、売り方があまり面白くないと思ったんです」
「やはり香りなので体験してもらうことは、とても重要です。もともと考えていた売り方が実現できないと分かったときに、香水に囚われることなく商品自体をニーズに合わせて変えていけばいいのではないかと思いました。コロナ禍で“おうち時間”が増えていて、生活様式の変化も変化している。それに合わせてハンドソープやルームフレグランスなどの商品を考えた中で、今の社会情勢にもマッチしていて、なおかつ競合が少なく今まで作り込んできたコンセプトが合う商品が除菌スプレーでした」(鈴木氏)
オードパルファムのデザインやコンセプトも完成し、発注も間近のタイミングだった今年の4月頃に企画内容をピボット。除菌スプレーの開発に取り組み始める。

「フレグランス」を起点にブランド価値を高める
その後、鈴木氏はデザインコンサルティングファーム「DONGURI(ドングリ)」のメンバーと共にコンセプト設計や商品のコピー、デザインなどを考え直した結果、“ゆらぎ”というコンセプトの商品が完成した。
「どんな時であっても人にはさまざまな不安がつきものです。何か上手くいったとしても、今度は別な不安やプレッシャーがやってきて、なかなか心は落ち着いてくれません。いつだって悩み考え続け、いろんな方向にゆらいでいるからこそ、あらゆる”ゆらぎ"を否定しない。今、悩みゆらいでいる自身を受け入れ、時には立ち止まりながらも進んでいくことが、きっと自分らしさなんだと思います。そんなゆらぎ続ける私たちの“お守り”のような存在にwondeがなれたらいいな、と思ったんです」(鈴木氏)

さまざまな”ゆらぎ”の状況に合わせて香りを纏えるようにすべく、香りはサボン系やジャスミン系、フローラル系、ウッド系の4種類を用意。それぞれのコンセプトは「Plainly(思い出)」「Memento(青春)」「Whimsy(移り気)」「Salvage(救出)」となっている。価格はいずれも70mlで2280円。
また、wondeは売り上げの一部をコロナウイルス感染防止支援として日本ユニセフに寄付を継続的に行っていくほか、2021年3月で10年となる東日本大震災の支援として、鈴木氏の出身地でもある宮城県気仙沼市に直接寄付を行っている。
「今までいくつか新規事業を立ち上げてきたのですが、これまでは“自分が作りたい”と思ったものを作ったことはありませんでした。それは自分が作りたいものを作るよりかは、消費者のインサイトを汲み取り、それをもとに商品を開発して世の中に新しいトレンドを作ることに関心があったからです。そのため、これまでのブランドに自分の趣味や欲しいものが反映されているものはありません。
その点において、自分が大事にしている価値観、そして気仙沼市への寄付など個人の思い入れをプロダクトに落とし込むなど、今までとは異なる方法で商品を開発しています。個人的には初めての経験で、すごく挑戦的な取り組みになりました」(鈴木氏)

9月の発売から約1カ月半が経過。今後、年内には一度延期にしていた香水やハンドソープのリリースを予定しているほか、将来的にはシャンプーやコンディショナー、リップクリームなど商品の幅を広げていく予定だという。
「最初にお風呂や水回りに置ける商品を作った後に、香水など値段の高い商品にユーザーをシフトさせていくのは難しい。逆に値段の高い商品から安い商品にシフトさせていくのはハードルが低いんです。例えば、(フレグランスブランドの)ジョー マローンのシャンプーやコンディショナーがあったら欲しいと思うじゃないですか。だからこそ、まずは採算度外視でブランド価値を示せるような高級感のある商品、そしてに商品が届いたときのユーザー体験を作り込み、ブランド価値を高めていくことに注力していければと思っています」(鈴木氏)