PR TIMES代表取締役社長の山口拓己氏(左)とism創業者の鈴木碩子氏(右)
PR TIMES代表取締役社長の山口拓己氏(左)とism創業者の鈴木碩子氏(右)
  • プレスリリース配信プラットフォームがメディアを買収する理由
  • スマホ普及で加速したプレスリリースのSNSシェア
  • 一度は諦めた海外展開に再挑戦

大手PR会社ベクトルの子会社でプレスリリース配信サービス「PR TIMES」を展開するPR TIMES。2005年設立の同社は2016年に東証マザーズに上場し、2018年に東証一部に市場変更した。

事業は好調だ。2021年度2月期・上半期の業績は、売上高17億4100万円(前年同期比26.7%増)、営業利益6億3100万円(同83.1%増)で、それぞれ過去最高を更新した。当期純利益は6億100万円(同269.1%増)。当期純利益が大幅に増加しているのは、後述するマッシュメディアの吸収合併に伴い、合併差益を計上したことによる。

本業であるプレスリリース配信や自社サービスに加えて注力しているのが、オンラインメディアの運営だ。2018年にはTHE BRIDGEよりスタートアップメディア「THE BRIDGE」(現「BRIDGE」)」を買収し、U-NOTE(現:グラム)より若手ビジネスパーソン向けメディアの「U-NOTE」を事業譲受した。2020年3月には完全子会社でテクノロジーメディア「Techable」などを運営するマッシュメディアを吸収合併。直近では10月にウェブメディア制作・企業PR支援を行うスタートアップのismを買収した。

元来、プレスリリースの配信がビジネスだったPR TIMESは、なぜメディア運営体制を強化しているのか。代表取締役社長の山口拓己氏に話を聞いた。

プレスリリース配信プラットフォームがメディアを買収する理由

──メディア関連事業における戦略を教えてください。

(メディアやコンテンツ制作会社の買収は)組織と事業、2つの面での理由があります。組織面では、通常の採用では獲得できない人にM&Aを通じて参画いただくのは、非常に重要だということがあります。

鈴木さん(ism創業者の鈴木碩子氏)も平野さん(BRIDGE共同創業者の平野武士氏)もそのような人材です。平野さんは業務委託(編集注:平野氏はPR TIMESによるBRIDGE買収後、業務委託で運営を担当している)でありながら、PR TIMESのメディア事業部長。M&Aという機会を通じて参画いただければ組織も強くなります。これまでにない組織を目指していきたいという考えがあります。

次に事業面です。ismの買収は特殊でした。我々が行う通常のM&Aには、当社の事業基盤を使って相手先の事業を伸ばすという考え方があります。しかし今回は逆に、私たちの事業を、ismの事業資産を使って伸ばして欲しいというM&Aでした。

我々はPR TIMESというプラットフォーマーでありながら、パートナーとしてお客様の情報発信のサポートにも取り組んでいます。ですが、その事業はあまり伸びていませんでした。

ismが加わることで、ここを伸ばす余地が出てくる。メディア事業は十分に伸ばせていない状況なので協力してほしい。そう考え、M&Aに至りました。

──プレスリリース配信サービスであるPR TIMESがメディアを運営することに疑問を持つ人もいるのではないでしょうか。

PRのプラットフォームを持ちながらメディアも持つということには、さまざまな意見があると思います。批判もあると思います。私たちがメディアをやらなくて良いのであれば、本当はそれが一番良いのではないかと思っています。

ただ、世の中の多くの人が目にするニュースというのは、PR TIMESのお客様になり得る層を含めて、彼らにとって関係のないニュースが主役となっていて、多くの人の多くの時間がそこに使われています。私たちがメディアの方々にプレスリリースを届けていくだけでは、状況は変わらないのではないでしょうか。

だからこそ、さまざまなパートナーシップが重要になってきます。資本業務提携もありますし、場合によっては私たちの資本下で、編集権を維持しながら、運営するという手段もあります。

本当に編集権が守れるかは、私たちにとっても挑戦だと思っています。今、それがうまくできているかというと、まだまだだと思っています。そして、編集権が守られると同時に「情報流通の状況が好転しているかどうか」も重要です。

スタートアップに限らず、「新しい製品を出します」という情報よりも、「不祥事や事故を起こした」という情報のほうが、注目度が高い状況です。PR TIMESとしても、まだまだ力不足ではありますし、メディアに対する情報提供でより貢献できることがあるのに、できていない側面もあるのではないかと思います。

ismもBRIDGEも、資本やリソースが不足していることが理由で媒体が伸びないのであれば、さまざまな形で協力したいと思っています。

かわら版の時代から現代まで、スキャンダルや、デマを含むコンテンツが注目を集めてしまう状況は変わっていません。でも、私たちには変えることができるのかもしれないと思っています。

PR TIMESは主語が「主観」です。PRの教科書的に言えば、主観は(読み手に)伝わらないというのが従来の考えでした。ですが今では、メディアでもプレスリリースでも、「主観だから伝わる」という考えも出てきました。

例えばメディアの署名記事があります。これはある意味では客観というより主観で伝わっているところもあるのではないでしょうか。「どこ(のメディア)」で書いているかではなく「誰」が書くか、が重要になっています。

PR TIMESに掲載されるリリースは企業が書いています。でも実は主観だから、(企業が)自分で語るからこそ伝わる、客観的な情報とは違う評価が出てきました。そういった動きが2010年から2011年くらいから起こっています。実はそれまで、PR TIMESのページビューは全然伸びていませんでした。

スマホ普及で加速したプレスリリースのSNSシェア

──最近ではメディアが書いた記事ではなくPR TIMESに掲載されたプレスリリースがSNSなどでシェアされるケースも見られます。こういった変化が起きたのはいつころでしょうか。

インターネットデバイスの主流がパソコンからスマートフォンに移行した頃です。この移行により、調べたいことを家や会社に帰ってから調べるのではなく、いつでもどこでもすぐに調べられるようになりました。

SNSはもともとプライベートで閉じた場でしたが、多くの人が社会に関する情報を共有し、意見する場になっていきました。SNSが大きく変わり、閉じたSNSでは登場の余地がなかったPR TIMESのプレスリリースも共有されるようになり始めました。(メディアの)ニュースとして取り上げられなくても共有され始めたというのは、大きな変化でした。

──特にスタートアップの起業家や広報担当者が、自社のプレスリリースをSNSでシェアするケースも増えました。

PR TIMESではさまざまなメディアとアライアンスを組んできました。PR TIMESで配信したプレスリリースを転載していただくという取り組みです。

2015年くらいまでは、大手新聞社や通信社に転載されたプレスリリースを「○○というメディアに掲載されました」といってSNS共有する人は多かったように思います。これでは、場合によっては、あたかもメディアに取り上げられたかのように伝わってしまいます。あくまでも転載なので、それはおかしいのですが。

今では、多くの人がPR TIMESで配信されたプレスリリースそのものを共有しています。一方で、新聞社や通信社に転載されているプレスリリースも、異なる層に読まれるという意味で意義はあると思っています。

──PR TIMESに配信されているプレスリリースを転載するメディアも増えてきていて、メディアに溶け込んできている印象もあります。この状況をどのように見ていますか。

掲載するコンテンツを選択することには、メディアとしての大きな価値があると考えています。記者には、場合によっては1日に1000通以上ものプレスリリースが届きます。記者はその中から取り上げる情報を判断します。「取り上げると判断した情報が何か」というのは非常に重要です。

その判断こそが重要なのに、プレスリリースと同じ文章を人為的に書き直す必要があるのでしょうか。その書き直しのプロセスの省力化は、テクノロジーでできる範囲だと思っています。

「記者の判断の価値をより大きくする」というところにまだ解はありませんが、プレスリリースをいかにメディアにとって使いやすくしていくか、というところには、まだまだ進化の余地はあると思っています。

——PR TIMESの利用社数は4万3516社に到達し、上場企業の41.8%が利用しています(2020年8月末時点)。そんななかで、PR TIMESを悪用する(誹謗中傷に利用したり、法に触れる可能性のある企業が利用したりする)ような企業も​出てきました。プラットフォーマーとしての責任をどのように捉えていますか。

「責任を取る」のと「責任を持つ」のは違うと思っています。取り返しのつかない事態は、とり返しがつきません。責任を取り返そうとしても、そうはいきません。

PR TIMESが発信するプレスリリースは、発信する企業に責任があるとしても、私たちが審査をして、掲載していることに責任を持っています。それを免れることはできません。

企業審査も行いますし、1つ1つのプレスリリースを確認しています。場合によっては、確認して明らかな間違いがあれば、訂正をお願いすることもあります。

人的な確認作業にも限界がありますが、限界があるから仕方がないと考えているのではありません。限界を知っているからこそ、今後は技術力を駆使して精度を上げていく必要があります。

PR TIMESでは、当社の判断でプレスリリースの掲載を保留したり、場合によってはリリースを出した企業に通知をしたりすることがあります。もし掲載保留や通知の過程を外部への説明のために開示するならば、慎重になる必要があります。それは、その企業への信頼を毀損することにもなり得るからです。

どうすることが最適解かはまだはっきりしていないのですが、いずれにしても、PR TIMESで配信される「全て」に責任を持たなければならないと思っています。

一度は諦めた海外展開に再挑戦

──PR TIMESは今後どのような存在になっていくのでしょうか。

PR TIMESはどのような存在になりたいのか──我々は「社会的な情報インフラになりたい」と思っています。

そして日本だけに留まらず、世界で有数のインターネットサービスになっていくための挑戦をしない理由はないと考えています。

実はPR TIMESは2013年に中国に進出しています。ですがその時は事業資産も能力もあまりなく、そんな状況にも関わらず挑戦してしまった。考えが甘かったです。

当時と比べれば、今では多くのクライアントやメディアにサービスを使って頂いています。挑戦を恐れ、日本国内にとどまっていては、いずれPR TIMESは別のサービスに置き換えられてしまうかもしれない。それは致し方ないことなのでしょうか? いえ、ここまで来たのであれば、クロスボーダーのチャレンジをして、クライアントやメディアの利用価値をさらに高めることに繋げていくべきだと思っています。

その挑戦に挑む事業資産が2020年、やっとしきい値に達しました。テクノロジーも進歩し、言語の壁もなくなってきていることは、ここ数年で誰にとっても明らかになりました。今やらないと、PR TIMES自体も、まだ視界に入っていない誰かに置き換わってしまうのだろうな、という危機感も覚えています。

──海外展開では中国に再挑戦する予定でしょうか。

(2013年)当時はまだFacebookもGoogleもAmazonも中国に対してチャレンジしていました。でも、もはや国の状況からして、(他国の)インターネットサービスは受け付けないんだということがよくわかりました。

TikTokを見ていてもわかるように、世界から中国に進出できず、中国から世界に対する進出も一定制限されるという流れは、自分たちの解決できる領域ではありません。だからこそ、(政治や経済面で)他国と分断していない国でサービス展開をすることが、我々の通ることのできる道です。

PR TIMESは日本において(プレスリリース配信における)特殊要因を作りました。ですが、場合によっては英語圏など他の国々でも同じ状況を引き起こせるのかもしれません。

アメリカの例では、Business WireやPR Newswireなど、まだ従来の「報道機関向け素材資料」としてのプレスリリースのサービスが主流で、新興系のサービスはうまくいっていません。しかし、もしかするとPR TIMESに可能性があるのではないかと思っています。

日本でそうなったように、多くの人の主観で書かれているプレスリリースが、多くのビジネスパーソンの役に立ったり、多くの生活者を楽しませる、メディアが取り上げて書く記事とは別軸の情報源になる可能性を信じています。