
- 昔は「スーパーマーケット」に間違われていた“黒子”ぶり
- 愛をもって、足を使って泥臭く起業家を支援する
- 良いときも悪いときも「継続して支援する」
- 出資者、ベンチャーに対して「健全」であるために
- 時代のニーズに合わせて、必要な価値を提供する
“ITバブル”や“ビットバレー”といった言葉がもてはやされ、ITベンチャー企業が数多く誕生し、急成長を遂げた1990年代後半──そんな熱狂の時代よりもさらに前、1973年4月に設立したベンチャーキャピタル(VC)が「ジャフコグループ(以下、ジャフコ)」だ。
1982年には日本で初めてとなる投資事業組合を設立。現存する日本のVCの中で、最も歴史が古い。以後、30年以上にわたって、起業家の支援を続けてきた。またVCとしての規模も日本最大だ。国内外における累計のファンド運用額は1兆円を突破。これまでに4030社への投資を実行し、そのうち1008社は上場を果たしている。
VCとして圧倒的な歴史と実績を誇るジャフコだが同社を取り巻く環境も変化してきた。国内のベンチャー市場の成熟化に伴い、年々VCの数も増加。今では「VCが起業家を選ぶ」のではなく、「起業家がVC選ぶ」時代になってきている。そうした中、ジャフコグループは新たな動きに出た。
2020年3月には国内のVCとして最大規模となる総額800億円の大型ファンド「ジャフコSV6シリーズ」の組成を完了。そして10月にはコーポレートロゴと社名を「ジャフコ」から「ジャフコグループ」へ変更するとともに、起業家に関する情報を発信するオウンドメディア「&JAFCO POST」を新たに開設するなど、ブランディングを強化している。
メディアへのインタビューやイベントなどで大々的に表には出ず、あくまで“黒子”として数多くの起業家を支援してきたジャフコがなぜ、ブランディングの強化を始めたのか。また総額800億円のファンドを組成した狙いは何か。パートナーの北澤知丈氏、藤井淳史氏に話を聞いた。
昔は「スーパーマーケット」に間違われていた“黒子”ぶり
──まず、ブランディングを強化することにした理由を教えてください。
北澤:起業家のいちばん近くに寄り添い、起業家の志を実現するためのサポートしていく──ジャフコが設立当初から掲げている思いに変わりはありません。しかし、昔と比べると起業家を取り巻く環境も変化しているほか、大企業がCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を立ち上げるなど、ベンチャー市場も成熟化してきています。
そうした環境の中、より大きな事業をつくっていくために起業家にとって大事なのは「誰に投資してもらうか」です。そう考えたとき、起業家に自分たちはどういう会社で、どんな人がいるのかをきちんと知ってもらわないと、お互いにとって良い組み方ができません。
それで自分たちのことを適切に表現するためにブランディングを強化することにしました。実際、これまでに「具体的にジャフコは何をしている会社なのか見えてこない」と言われるような課題もありました。そこで良い機会だと思い、ジャフコがどういう起業家とお付き合いしていて、過去にどんなことをしてきたのか、を発信するためにオウンドメディアも立ち上げました。
藤井:過去には(2008〜2009年の)リーマン・ショックで有望と見込んだ企業に資金を集中する“厳選集中投資”に切り替えるなど、投資戦略の変更もありました。ただ、ジャフコの基本的な思いは北澤が話した通りで、それは今も変わらず脈々と受け継がれています。
また、ジャフコで働く人たちは「投資先が上手くいったら、それは起業家が頑張ったおかげである」ということを昔から先輩に口酸っぱく教えてこまれていました。ともすれば、投資先が上場するなど成功事例が生まれれば「私たちが支援しました」とPRするのは世の中的には良いかもしれないですが、ジャフコには“黒子”の意識が強くあります。ですから、これまでは表に出ることなくあくまで黒子として起業家を支援し続けてきました。
ただ、ずっと黒子であり続けることで私たちの考えや伝えたい思いがきちんと伝わらず、外からは“謎の集団”に見えてしまうかもしれない。昔はVCのことを知らない人が多く、私たちが企業に連絡しても、スーパーマーケットに間違えられることも多くありましたが(編集部注:似た名称の「ジャスコ(現:イオン)」に間違えられることが多々あったという)、今はプレーヤーも増えていて、VCのことを知っている人もたくさんいます。そうした時代においてジャフコはVCとして何ができるのか、どういう人たちなのかを伝えていかないといけません。
そのため「黒子である」という思いは秘めながらも、少しずつ表に出していこうということで今回、黒の色を基調にステートメントやロゴを変えることにしました。

──もともと御社は野村ホールディングスの子会社としてスタートしていますが、2017年に独立し、2018年に会社組織型からパートナーシップ型に移行するなど、ここ数年で変わってきている印象があります。何か変化のきっかけがあったのでしょうか?
北澤:リーマン・ショック以降、手法や形を含めて色々と変え続けています。ただ、ここ数年でより変化を加速させるきっかけとなっているのはベンチャー市場の変化です。
年々、ベンチャー市場が高度化していますし、大企業も参入するなど市場が成熟化していっています。その中で自分たちの立ち位置を明確にしないといけないですし、ジャフコ自身が形を変えていかないとベンチャー市場自体が盛り上がらない、という思いがありました。
藤井:ジャフコはまだ日本にストックオプションの仕組みがなかった時代に「分離型ワラント社債(2002年4月の商法改正で新株予約権制度が創設され、新株予約権付社債という名称に統一された)」を開発し、ストックオプションの先駆け的なことをやったり、日本で初めてファンドの仕組みを使って“投資事業組合”という現在のVC形をつくったりしました。
日本にまだVCという業種がなかった時代から、試行錯誤を繰り返しながら日本の形に合わせてVCというものをつくってきたんです。
人材についてもそうです。世の中にベンチャーキャピタリストがいなかったので、自分たちで育成していかないといけないと思い新卒で採用し、多くの人材を輩出してきました。それらはすべて「起業家の役に立ちたい」という発想のもとで動いています。
北澤:ジャフコは起業家をどうにか支えたい、どうにか関わりたいという点にこだわっています。そういう思いでずっとやっていますし、時代と共に形も変えてきています。
愛をもって、足を使って泥臭く起業家を支援する
──昨今は起業家から選ばれるために資金以外の機能を提供するVCも目立ちます。そうした中、ジャフコはどういった手法で起業家を支えているのでしょうか?
藤井:リード獲得に課題を感じている企業があればウェビナー(オンライン上で実施されるセミナー)を開催したり、投資先に人材を紹介したりしている。例えば、今でもハイクラス転職サイト「ビズリーチ」のデータベースをたたいて人材を検索していたりします。
北澤:意外と思われるかもしれませんが、ジャフコはけっこう泥臭く投資先を支援するVCです。例えば、ベンチャー企業に直接伺う件数も多いです。それはベンチャー企業に来てもらうよりも、自分たちが行った方が相手の時間を奪わないという思いからそうしています。
また人材の紹介に関しても、単に知っている人やベンチャー業界にいる人を紹介するのはあまり意味がなく、結果的にはいずれその人にたどり着くんですよね。だからこそ、そうではない人をどう捕まえるか。もし、ネットワークがないならネットワークを作りにいきます。
時には投資先が営業したい会社に対してジャフコからコールドコールをかけます。それは投資先の社名を使うよりも、知名度のあるジャフコの名前を使った方がまだアポがとれる可能性が高いからです。自分たちはそういう名前の使い方でもいいと思っています。
コールドコールをかけたり、セミナーを開催したり、はたまた大企業の社長のアポをとりたいときはIR説明会で名刺交換をしたり。投資先が具体的な売り上げをつくれるように、自分たちは泥臭く足を使って支援しています。
──具体的にどのような体制で支援を行っているのでしょうか?
北澤:基本的にはHR支援チーム、マーケティング・セールス支援チーム、バックオフィス支援チームという3つのチームをつくり、投資先を支援しています。HR支援チームは主にリクルーティングや組織構築、採用ブランディングの支援、マーケティング・セールス支援チームは販売・拡販やセミナー運営、提携先・代理店開拓の支援、バックオフィス支援チームは管理体制・経営インフラ構築、上場準備の支援といったイメージです。
ここ数年、きちんとしたビジネスデベロップメント組織をつくり、投資先にきちんとした価値を提供することに注力してきました。いまの支援チームは専門的な知見を持つ中途メンバーに加えて、ベンチャーに対して愛を持っている新卒のメンバーがミックスする形でチームを構成しています。昔は投資先に対して、ひとりがひとつの会社に関わっていたのですが、いまはチーム性にして投資先の状況や成長に合わせて、適切なチームメンバーを組み、3人くらいで投資先を支援するような形にしています。

良いときも悪いときも「継続して支援する」
──ジャフコの投資で印象に残っているのが、2010年のビズリーチへの2億円の出資です。今では億単位の資金調達のニュースも聞きますが、当時は、リーマン・ショック後ということもあり、2億円もの出資をしたのは驚きでした。そうした点も踏まえて、改めて御社の投資のスタンスについて教えてください。
藤井:ジャフコが最も大事にしているのは、良いときも悪いときも継続して起業家を支援することです。リーマン・ショック後も、良い起業家に対して成長資金を提供することはやめない、ということは会社全体で取り組んでいました。
当時で言えばビズリーチだけでなく、医師向けコミュニティサイト「MedPeer」を運営するメドピアや、オンラインゲームの開発を行うコロプラにも出資をしています。
ビズリーチに関しては短期的には人材マーケットは求人倍率もボロボロでしたし、転職も大変な状況でした。ただ、中長期で考えると終身雇用がなくなり、自分の価値が適性に評価されてやりたい仕事をする流れはあると思いましたし、また南さん(ビズリーチ創業者で現在は同社グループ持ち株会社であるビジョナル代表取締役社長の南壮一郎氏)が言ってきたダイレクト・リクルーティング(企業が直接求職者へアプローチをする採用手法)は理にかなったものですし、南さんの経営者としての魅力。事業と人の両面で見て「良い会社」と判断して投資を実行しました。
北澤:起業家は常に先を見ている人たちなので、自分たちも先のことを考え続けないといけません。ビズリーチへの出資も大きい金額だったと思いますが、実は当時から二桁億円の出資はいくつか実行しているんです。
年々、大きく事業をつくろうと考える起業家が増えていくに伴って、自分たちも1社ごとの投資金額を上げていかないといけません。だからこそ、今回新たに800億円規模のファンドを組成することにしました。
──なぜ、800億円の規模だったのでしょうか?
北澤:自分たちが現実的に投資できる社数に対して、どれだけの資金を供給していかなければいけないか。それをもとに考えた結果、800億円という結論になりました。
ヒューマン・リソースにも限りがある中で、きちんと投資後も関わっていこうと思うと、ジャフコでは70社ほどへの投資が限界です。ではその70社が数千億円規模の会社をつくっていこうと思ったときに、一桁億円の出資では足りません。10億円くらいは必要になってくるので、その資金を投資できる形にしています。
藤井:初回で大きな金額を出資することはないと思いますが、追加投資で投資金額を上げていくことも可能です。追加で出資してもらえそうか、は起業家にとっては「ジャフコと一緒にやりたい」と思ってもらえるポイントになると思っています。
出資者、ベンチャーに対して「健全」であるために
──昨今、出資者(LP)に年金基金などの機関投資家が参加していることが特徴のVCも増えていますが、ジャフコのファンドの特徴は何でしょうか?
北澤:ジャフコは昔、野村ホールディングスの子会社だったので、グループ内で資金が回っている印象があるかもしれませんが、実は“ドブ板”で(グループ外から)集めています。また自己資金の比率が高いのも特徴です。800億円のファンドも37%の資金を入れています。
今回は金融機関や事業会社を中心に資金を集めています。ジャフコの強みは出資者に適切な情報開示と情報提供をする体制を構築したことです。VCが適当な情報を共有していると出資者に信用されなくなってしまう。ただ、LP出資者向けに専任の担当を置くなど丁寧なコミュニケーションを続けた結果、これまでに金融機関、年金基金、事業会社など約1200社から出資をいただいており、再度LPとして出資していただくケースもあります。
また、投資する資金はあくまで“無色透明”でなければならないと思っているので「特定分野に特化したファンドはつくらない」「特定出資者のためのファンドはつくらない」「ファンド運用以外の事業はやらない」といった3つの運用姿勢を徹底しています。
ベンチャー企業自体が大きくなる可能性がある中で、特定分野や特定出資者に特化していては事業上の制約が出るかもしれない。それはとてもナンセンスだと思うので、ファンドの資金は使いやすい形にしておく必要があるので、この運用姿勢にしています。
藤井:出資者の人にも利益を還元していかなければベンチャー市場は成長しないですし、出資者がいなければベンチャー企業も成長しない。だからこそ、全員が健全な関係であることが重要だと思うんです。
機関投資家を含めて大きなお金を集めて、ファンドとしてきちんとパフォーマンスを出す。そして、さらに大きなお金を集めてくる。そのサイクルをつくり、ベンチャー市場を発展させていくことが自分たちの仕事だと思っています。

時代のニーズに合わせて、必要な価値を提供する
──年々、投資環境も変化していますが、ジャフコはどんなVCでありたいと考えていますか。
藤井:資金の出し手が限られている時代から、今はいろんな人が資金を出すようになってきています。その結果、1億円を投資する話でも昔は「1億円も投資してくれるんですか?」という感じだったのですが、今は「1億円だと小さいですね」ということになっている。
業界に供給される資金の量が増えたことで、資金の価値が変わってきたことは大きな変化だと思っています。ただ、海外と比較して日本のベンチャー市場が大きいのかと聞かれたら、まだまだ大きくない。今後はジャフコが資金を提供するだけでなく、他の人と協調して巻き込んでいかにファイナンスを実行していくか。巻き込み力が重要になると思います。資金以外の部分、例えば人材や営業を強化することで、大きく勝っていけると考えています。
北澤:一度限りの人生において、わざわざベンチャー業界に進む道を選ばなくてもいいわけです。そうした中、ベンチャー業界にいる意味は何か。ジャフコは全社でその意味を考えた結果、歴史をつくる会社をつくりたい、そしてそこに関わりたい思いがあるから、ベンチャー業界にいます。それを実現するために、ジャフコは何ができるのか。常に問いかけ続けています。新しいファンドのサイズもその発想ありきの規模ですし、ビジネスデベロップメントの機能も今の時代にベンチャー企業を立ち上げるにあたって、どういう機能が必要かを考えた結果、生まれたものです。
日本のベンチャー市場はまだまだ大きくなっていくと思っています。大きくなったときにジャフコが存在する意味は何か。そこはこれからも変化し続けていくと思いますし、必要な金額が大きくなるのであればファンドのサイズも大きくなるでしょうし、セールスの重要性が高まったらセールスの機能を強化するでしょう。時代のニーズに合わせて、ジャフコは起業家に必要な価値を提供できる存在であれたら、と思っています。