グッドパッチ代表取締役社長兼CEOの土屋尚史氏
グッドパッチ代表取締役社長兼CEOの土屋尚史氏
  • 創業当時は「出資してもらうイメージもなかった」
  • 突然やってきた、キャッシュアウトの危機
  • 「上場」に対する考え方を変えたのは、元はてな近藤氏
  • 「問題は、経営陣への信頼がまったくないこと」
  • 組織の共通言語を持てば、企業価値は上がる
  • 今は「デザインの力」を証明するスタートライン

「グッドパッチを会社として残し続ける手段が、上場だったんです」

そう話すのは、2020年6月に東証マザーズに上場したグッドパッチ代表取締役社長兼CEOの土屋尚史氏だ。グッドパッチは「デザインの力を証明する」をミッションに掲げて、ソフトウェアのUI/UXのほか、組織・ビジネスのデザインなどを行ってきた。

10月には上場後初となる2020年8月期の通期決算を発表した。売上高は21億4300万円(前年同期比27.3%増)、営業利益は2億1600万円(同187.3%増)、経常利益は2億1100万円(同153.3%増)、純利益は2億1500万円(同275.9%増)。下半期にコロナ禍の影響を受けつつも、業績予想に対して95.8%で着地。堅調な成長をアピールしている。また、スタートアップへの出資からデザインまでを支援する「Goodpatch Design Fund」も立ち上げた。

コロナ禍でも成長を続けるグッドパッチだが、彼らも他のスタートアップ同様、これまで数多くのハードシングスを乗り越えてきた。中でも大きかったのは、「壊滅的な組織崩壊」だったという。スタートアップにおいて難しいフェーズと言われる「50〜100人の壁」で起こったその“事件”と、それを超えて上場を目指した理由を聞いた。

創業当時は「出資してもらうイメージもなかった」

グッドパッチの創業は、2011年9月。きっかけは、サンフランシスコで働いていた土屋氏が、次々と立ち上がるスタートアップのサービスにおいて「デザイン」が重要な役割を果たしているところを目の当たりにしたことだった。

「UberやInstagramなど、今成功しているスタートアップはすべて、UI/UXデザインを重視してプロダクトを作っていました。その姿を見て『今後、UI/UXデザインがより重要になる』と確信しました。しかし、当時の日本ではデザインの価値は低く、できる範囲も限られていました。グッドパッチを創業することで、デザインの重要性や価値を高められると思ったんです」(土屋氏)

そして、ソフトウェアのUI/UXを中心としたデザインサポート支援を開始。記念すべき1社目のクライアントであるGunosyのニュースアプリ「グノシー」がヒットして、立ち上がりは順風満帆だった。

2011年当時といえば、国内でスタートアップムーブメントが過熱し始めた時期だ。土屋氏自身も、同世代もしくは自分より年下の学生が起業し、ベンチャーキャピタル(VC)などから出資を受けている姿を見ていた。だが、グッドパッチが出資を受けて、スタートアップ的な経営を行うイメージはなかったという。

「Gunosyのおかげで、当時僕1人だった会社に問い合わせが殺到し事業は軌道に乗りました。デザイン事業ということもあり、このときはスタートアップのように出資を受けて一気に会社を大きくするイメージは持っていませんでした。どちらかというと「社員や家族を養えるくらいの業績がないとイケてないよなぁ」と思っていた程度だったんです。一方で学生時代から孫正義さんや三木谷浩史さん、藤田晋さんなどの起業家の影響を受けている部分はあったので、チャンスがあれば、大きく挑戦したいという野心は心のどこかでは持っていました。」(土屋氏)

突然やってきた、キャッシュアウトの危機

そんな土屋氏だが、2013年にデジタルガレージから出資を受けることになる。理由は、「キャッシュアウト(編集注:一般的には「資金が流出すること」全般を指す言葉だが、スタートアップコミュニティでは「資金が流出してゼロになる」という意味で使われることが多い。ここでもその意味で使用している)」の危機だったからだ。

グノシーの成功から順調に売り上げ1億円まで成長していたグッドパッチだったが、当時は資金繰りが甘く、キャッシュアウト寸前の状況に陥ったのだという。そこで銀行から借り入れをしようと考えたが、当時のグッドパッチの与信では2000万円程度の借り入れが限度だと言われた。急激に組織が拡大している中で、その額を借り入れただけでは不安定な経営が続くことは予想された。

「そのとき、飲み仲間として出会い、その後顧問(現:監査役)になって頂いたスダックス代表の須田仁之さん(編集注:アエリアの元CFO。エンジェル投資を行うほか、スタートアップ複数社の顧問などを務めている)に相談し、いくつかVCを紹介してもらいました。そのなかの1つだったデジタルガレージに話をしに行ったんです。そこから、トントン拍子で出資が決まりました」(土屋氏)

思ってもみない展開だが、こうしてグッドパッチは初めての出資を受けたのだった。

「上場」に対する考え方を変えたのは、元はてな近藤氏

出資を受け、精神的にも後ろ盾ができた土屋氏は、採用強化やオフィス移転などを行う。そして、グッドパッチ自体の今後も考え始めた。グッドパッチは社会に対して何をしたいのか、何ができるのか──。そこから逆算し、言語化したのがビジョンである「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」と、ミッションの「デザインの力を証明する」。

「日本における『デザイン』は、表層や装飾だけという誤解している人が多いです。でも、デザインにできることはそれだけじゃない。本当にサービスを良くしようと思えば、見える部分でのデザインだけでなく、ユーザー体験の向上、ひいては事業そのものもデザインすべき。そういった観点の整理とグッドパッチがやるべきことを言語化し、改めて腹をくくりました」(土屋氏)

グッドパッチを会社として残し続ける方法を探るなか、土屋氏の頭をかすめたのが「上場」の文字だった。もともと上場を考えていなかった土屋氏としては大きな心境の変化だが、一体何があったのか。話は、デジタルガレージから出資を受ける少し前まで戻る。

「元はてな代表の近藤淳也さんと食事する機会があったんです。そこで上場の意味を聞いてみると、近藤さんは『上場は会社にとっての成人式』と言っていて。あと、印象的だったのが『自分が尊敬する起業家はみんな、わざわざ面倒な道を選んでいる。だから僕も上場を目指した』の言葉。確かに、僕が尊敬する起業家はみんな、苦しいと知っていながらも上場を選んでいました。ずっと不思議だったことですが、近藤さんの言葉で腑に落ちたんですよね」(土屋氏)

これをきっかけに、土屋氏のなかにある「上場」への考えが変わる。当然ながらM&Aも選択肢に入っていたが、思い切って捨てることを決めた。

「今後、グッドパッチのようにデザインの力を証明するというミッションを掲げる会社は出てこないかもしれません。そう考えるとM&Aを選択肢に入れてはいけないと思ったんです。会社として残し続けるために、上場を目指すことを決めました」(土屋氏)

「問題は、経営陣への信頼がまったくないこと」

グッドパッチと言えば、避けて通れないテーマが「組織崩壊」だ。ちょうど50〜100名へ拡大する組織フェーズで、グッドパッチは「経営と社員の二項対立」に陥った。これについては土屋氏も、多くのインタビューやブログで「完全に組織は崩壊していた」と語っている。

「グッドパッチは、しっかりとした組織体制を整えられないまま50名規模へ突入しました。初期メンバーは全員退職し、クライアントにもデザイナーを引き抜かれてしまう始末。急ごしらえでマネジメントレイヤーを設けましたが、離職率は2年連続で40%のままでした。つまり、離れようとする社員を引き止められような組織じゃなかったんです」(土屋氏)

「これは組織崩壊だ」とはっきり感じたのは、グッドパッチ創立5周年の社員総会のときだ。総会の1週間前にサンフランシスコへ出張していた土屋氏は、社内の情報共有ツールで見た投稿に仰天した。

そのタイトルは「社員総会に出るべきではない5つの理由」。現状の組織運営に異議を唱える社員が、このような状況で総会に出るべきではない、と理路整然とした内容が書かれていた。これに対して賛成する人、反対する人ともにいた社内で、瞬く間に大炎上した。結局強行した社員総会の場は静まり返り、聞こえるのは会場の隅で誰かがタイピングする音だけだった。

「組織回復のためにいろいろやりましたが、どれもダメで。わかったことは、経営陣がまったく信頼されていなかったことでした。それに対して、僕を含め、経営陣みんなが気づいていなくて。ある日、全社員に向けて『問題の本質は、経営陣への信頼がまったくないことだ』と言い切りました。今思えば、これがスタートラインになっていましたね」(土屋氏)

その日から、土屋氏は全社員との1on1(1対1でのミーティング)を実施。さらに、グッドパッチのビジョンとミッションをひも解き、バリューを再構築した。このときを知る社員は後日、土屋氏に「あのとき、社長がそう(経営陣への信頼がないと)言えるなら大丈夫だと思った」と話している。

「組織崩壊していましたが、それでも『デザインの力を証明する』のミッションに共感してくれる社員はいました。そこで、ミッションの実現に向け一枚岩となるためにバリューを再構築したんです。それが浸透し『組織崩壊から抜けた』と感じたのは、あの社員総会から2年経ったころでした」(土屋氏)

組織の共通言語を持てば、企業価値は上がる

組織崩壊を乗り越え、マザーズ上場を果たしたグッドパッチ。上場時の会見では、「デザイン領域で売上高100億円を目指す」と語った土屋氏だが、今回発表された決算では、着実にその目標に向けた一歩を踏み出していることをアピールした結果となった。

「グッドパッチは、事業と組織をデザインする会社です。それはソフトウェアのUI/UXに限らず、ユーザーの課題解決、コアニーズ体験価値の最大化、デザイン組織の支援なども含まれています。さらに広げると、企業価値の最大化にも、デザインという手法を用いて取り組みます。これは、今でこそDXと呼ばれている領域です。僕らの場合、単にシステム化するのではなく、より本質的に企業を取り巻くステークホルダーや社員、ユーザーをデザインしていくことになります。

そういう意味では、コンサルティングファームやSIerと近しい事業ですが、僕らが目指すマーケットは顕在化している範囲より大きいと思っています」(土屋氏)

グッドパッチが掲げる「デザイン」という言葉には、「企業価値のデザイン」という意味が含まれている。それは、土屋氏自身が痛いほど組織の重要性を知ったからだ。

「組織が良くなったことで、明らかに業績も上がりました。組織内に共通言語を持てば、企業価値を上げられる。そうすると、サービス価値も上がる。僕らがサービスに関わりながら組織課題も解決しようとするのは、そのためです」(土屋氏)

「ただし」と続ける土屋氏。

「上場前からそうであったように、グッドパッチは今いる社員たちでつくりあげていくものです。そこに共感する方に、株主になっていただきたいと思っています。『内向きな発言ばかりでどうなんだ?』と言われそうですが、身内が共感していないことを広げることはできません。そこはブラさずに、ミッションである『デザインの力を証明する』を目指すのが、僕らのやり方です」(土屋氏)

今は「デザインの力」を証明するスタートライン

上場後は新しい取り組みも進めている。10月にはスタートアップへの出資からデザイン支援までを行う「Goodpatch Design Fund」を設立した。ただし、スタートアップへの出資自体はこれが初めてではない。2015年には FiNC Technologies、2020年にはビットキー、それぞれのスタートアップに出資をしている。

「新しい事業を創出し、急成長する必要のあるスタートアップには、ユーザーが使い続けたくなる体験をデザインすることが重要であり、また他社との差別化の要素になります。僕らも多くのスタートアップへのデザイン支援をしてきましたが、その中で6社のスタートアップが上場しています。このファンドを通じて、これまで以上デザインの力で事業の成長を推進していきたいと考えています」(土屋氏)

土屋氏はまた、デジタル庁の設立や、そこでより注目が集まるUI/UXのあり方についても触れる。

「平井卓也デジタル改革・IT担当大臣の口からも『今までの国のシステム開発では、システム運用管理側の都合を重視し、ユーザー側の使い勝手は最後に考えていました。その発想を根本的に変える。UI/UXは重要だ』という言葉も出てくるほど、僕たちが創業期から信じ続けていたデザインの力が、これまでにない多くの人から世界を前進させるのではないかと期待されている状況です。その期待に応えられるようなデザインを提供していく。それがデザインの力を証明するために、上場という新しいスタートラインに立った僕たちが今できることです。」(土屋氏)