須田仁之氏
須田仁之氏 Photo by Yuhei Iwamoto
  • 社外取締役はツッコミを入れる役割
  • 「経営メンバーの対立」は日常茶飯事
  • いまの起業家は「どこかのビジネス本」に引っ張られすぎ
  • 数字を伸ばす方法はユーザーからしか学べない
  • ビジネス本の言葉を鵜呑みにしてはいけない
  • 不足しているのは、経営者よりも「ナンバー2」

初の自伝『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』(ワニブックス)と、自身の仕事術をまとめた『捨てる。手を抜く。考えない。月460時間労働から抜け出した私の方法』(かんき出版)を立て続けに出版した須田仁之(きみゆき)氏。同氏は投資家、実務の支援家として、スタートアップ界隈ではその名を知らぬ人はいないと言っても過言ではない人物だ。須田氏は起業家に対して、「ビジネス本にあるような『成功の法則』を鵜呑みにするな」と警鐘をならす。その真意とは。(編集・ライター 野口直希)

社外取締役はツッコミを入れる役割

 1990年代、カリスマ経営者として知られるソフトバンク孫正義の下で「Yahoo! BB」を立ち上げ、2000年代にはアエリアCFOとして子会社を約100億円で売却――。その実績をもとに、エンジェル投資家やアドバイザーとして活躍する須田仁之氏。

 同氏はこれまで、クラウドワークスや弁護士ドットコムなどの上場を支援してきたほか、合計30社以上のスタートアップに関わってきた。須田氏は投資家、そして支援家として、日々どのように活動しているのか。

 取材に訪れたのは、須田氏が社外取締役を務めるスタートアップのオフィス。彼は毎日のように支援先各社のオフィスを訪れ、経営会議に参加している。関わる領域も、エンタメから技術系のスタートアップまで幅広い。そのためアドバイスを求められるのは、人材の悩みから資金繰り、ビジネスの方向性などさまざまだという。

「基本的になんでも相談に乗りますし、会社によって関わり方もバラバラですよ。経営会議で出たあらゆる話題に対して『それはおかしいでしょ』とツッコミを入れる役割です」

「経営メンバーの対立」は日常茶飯事

 須田氏のもとに寄せられる相談事でもっとも多いのは、「ヒト」の問題だ。

「経営メンバーどうしで意見が対立することは日常茶飯事。僕を社外取締役に誘ってくれた人がすぐに辞めてしまい、ほとんど面識のない役員と今後の経営戦略を語ったこともありました。また幹部候補を採用するときでも、経歴を詐称した職務経歴書を受け取ることがあるので注意しています」

 組織に属する人なら、多かれ少なかれ「ヒト」にまつわるトラブルに遭遇したことはあるはずだが、スタートアップの経営陣のトラブルとなると、今後の成長にも大きな影響を与えかねない。須田氏はコミュニケーションの食い違いで生まれた「絡まった糸」をほどくのが役割だというが、果たしてどのような解決策を提示しているのか。

「意見の対立で収集がつかなくなったら、『とりあえず一緒にご飯を食べて、風呂に入ろう』と提案しますね。経営合宿をやるなら、誰か幹部の実家の近くにするなどの工夫をします」

 感情の問題をうまくまとめる秘訣があるわけはない。基本的には人と人とが向き合う環境を作って経営者の悩みを解きほぐしていく。

「こうすればトラブルが解決する、なんてロジカルなセオリーはありませんよ。むしろいまのベンチャーは、KPIがどうこう言って数字ばかり追いかけてしまうことが多い。どんな高校に通っていたとか、どんな食べ物が好きかといった『人間と人間』のやり取りをしっかりしていないと、論理や数字の話なんかしても意味ありませんよ」

いまの起業家は「どこかのビジネス本」に引っ張られすぎ

 とはいえ、須田氏は決してロジックを嫌う感情型の人物ではない。むしろ、ソフトバンク時代から無数の資料を作り続け、その資料制作のノウハウを『ショートカットキー活用事典』(インプレス:Jin名義)として出版したこともある「作業効率化マニア」だ。そんな彼からすれば、いまのベンチャーは「教科書」に引っ張られ過ぎて自分の頭で判断をしない傾向にあるという。

「多くのベンチャーで目にするのは、ビジネス本に書いてある手法を鵜呑みにしてしまうことです。例えば、資金政策でよくあるのは、採算がとれていない部門に売り上げ以上の資金を投下し続けてしまうケースです」

「どこかのビジネス本に、『ベンチャー創業期は赤字になってもいいから先行投資すべき』と書いているんでしょうね。普通の会社だったら予算と実績が合っていなければ週単位で見直しが入りますが、ベンチャー経営者が『いまは市場を掘るフェイズだから』と言うとなかなかストップをかけられないんです」

 ビジネス本のメソッドに踊らされずに、素直に数字を見て絶えず現状を把握してほしいと語る須田氏。「金融関係者の方から、『(赤字経営を続ける)ベンチャー経営者ってバカなの?』と言われたこともありますよ」と辛辣な言葉も飛び出す。

数字を伸ばす方法はユーザーからしか学べない

 ただ口当たりの良い経営手法に踊らされずに数字をきちんと見ながら、メンバーとの信頼関係を築く。須田氏はさらに、経営者はユーザーを注視すべきだと続ける。

「先ほどの話と矛盾するようですが、数字ばかりを気にするベンチャーも多いんです。経営会議で『先週比で売り上げが何パーセント増加している』といったデータは細かく上げてくれるのに、『じゃあどんなお客さんに人気なの?』と質問すると途端に黙ってしまう。数字を伸ばす方法は、生きたデータであるユーザーからしか学べません」

 プロダクトのターゲットとなるユーザーの声や、競合他社をしっかり調べる。経営の基本ではあるが、徹底するのは簡単ではない。

「gumiの國光さん(gumi代表取締役会長の國光宏尚氏)は、週末カフェにこもってひたすらゲームをプレイしている様子をSNSで公開していたし、マイネットの上原さん(マイネット代表取締役社長の上原仁氏)も一緒に移動している際、ひたすら自社のゲームをプレイしていました。自分が挑戦する領域なのだから、それくらいどっぷり市場に浸からないと勝負できないですよね」

ビジネス本の言葉を鵜呑みにしてはいけない

 ここまでヒト・モノ・カネについてよくある失敗と対策を紹介してもらった。では、逆に成功する企業に共通する要素は何なのか? そう須田氏に尋ねると、「うーん」とひと呼吸分だけ悩んだ後、こう答えた。

「『成功する企業は○○をしている』と定義づけることこそが、ベンチャーにとってのミスリードになっている気がするんです。ビジネス本の言葉を鵜呑みにするせいで、経営上の違和感にも気づけなくなっている」

「僕のアドバイスはある意味当たり前の指摘ばかりかもしれません。ですが、当たり前のことこそこなすのが難しい。経営の当事者だと、どうしても主観的な視点が混ざってしまうので。一歩引いた場所から『まあまあ』と客観的なツッコミを入れるのが、外部取締役である僕の役目ですね」

不足しているのは、経営者よりも「ナンバー2」

『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』書影須田仁之氏の初の自伝『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』(ワニブックス)

 最後に、須田氏がベンチャー社員として働いていた頃と、いまのベンチャーの違いについて訪ねてみた。

「泥臭く働く会社は減りましたね。ベンチャーでもきちんと法令や規則を守る会社が増えています。僕がソフトバンクに勤めていた頃は、不眠不休で働き、24時間ずっとYahoo! BBのことしか考えていなかった。これにはもちろん良い面も悪い面もありますが、いまのルール通りの戦い方で成功できるベンチャーはひと握り。厳しい環境だと思います」

 30社以上のベンチャーを支援する立場でありながら、本心では「若者が起業すべきだとはあまり思っていないんですよ。『起業しろ』と言う投資家もいますが、僕は『起業するな』と言うくらい」だと明かす。むしろいまベンチャー業界に足りていないのは、経営者を支える「ナンバー2」だという。

「経営者に力があっても、組織全体でのチーム力がいまいちなベンチャーが多い。財務や戦略面などで経営をリードできる起業家の右腕的な存在がいると、組織の力はグッと高まります」

 ベンチャーというと経営者ばかりが目立つが、自分で起業するのではなくトップを支えるのも重要な役割。実際、最近はメルカリやミラティブなど、CFO(最高財務責任者)やCOO(最高執行責任者)が目立つ企業も増えている。

 須田氏が担っている社外取締役も、少し引いた位置から組織を支えるポジションだ。その判断の礎にあるのは、やはり孫正義の下で働いたソフトバンク時代なのだろうか。

「正直、スキルアップにつながったのかはよくわかりません。あれは戦争経験みたいなものだと捉えていて(笑)。辛いことがあっても、『あの頃よりはマシだな』と踏ん張ることができる。私自身もまだまだですが、精神的には少し成長できたのかもしれませんね」