- Googleを退社して、フリークアウトを共同創業
- お金の流れを知ることで、顧客を支援する
- 失敗許容量の把握こそが大事
- 「トライすれば失敗する」は当たり前
- 広告事業を創造するには「探索的に正解を見つける」
資金調達にサービスの立ち上げ、上場や事業売却と、ポジティブな側面が取り上げられがちなスタートアップだが、その実態は、失敗や苦悩の連続だ。この連載では、起業家の生々しい「失敗」、そしてそれを乗り越えた「実体験」を動画とテキストのインタビューで学んでいく。第1回はヘイ代表取締役の佐藤裕介氏の「失敗」について聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平、動画ディレクション/ダイヤモンド編集部 久保田剛史)
「これまでの最大の失敗は、参入するだけの力があったにもかかわらず、新しい市場に挑戦しなかったこと」――そう語るのは、ヘイ代表取締役の佐藤裕介氏だ。
佐藤氏は、学生時代から自らプログラミングを行っていくつかのサービスを立ち上げた後、2008年にGoogle入社。広告関連の製品開発を担当して独立した。2010年にはアドテクノロジーを開発するフリークアウトの創業にCOOとして参画。同時にイグニスにも取締役として参画しており、2014年には両社ともに東証マザーズ市場に上場している。そして2018年には、新会社のヘイを設立。決済サービスを手がけるコイニーと、ECサイト構築サービスを手がけるSTORES.jp、2つのスタートアップを傘下に置き、事業を展開している。ここからは佐藤氏に、これまでの起業家としての道のり、そして失敗の経験を語ってもらおう。
Googleを退社して、フリークアウトを共同創業
Googleを辞めた2010年くらいからプラプラしていたんですが、そのときに、後にフリークアウトを創業する本田謙に出会ったんです。最初は私自身が広告システムを開発していましたし、本田謙は自ら創業したブレイナーというアドネットワークの会社をヤフーに売却したところ。広告やSEOの話で盛り上がっていました。その半年後くらいでしょうか、次の挑戦としてフリークアウトを創業するという話を聞いていたんです。
それで2010年末、創業資金をクロノスファンド(現在East Venturesのパートナーを務める松山太河氏が当時運用していたVCファンド)に出資していただくことになりました。そのファンドにはのちに独立系VCのANRIを立ち上げることになる佐俣アンリもいたんですが、本田、佐俣の共通の知り合いということで開発に関わることになったのが、スタートアップに関わる一番最初のタイミングでした。僕はもともとフリーランスとしてほかの受託案件の開発などもやっていたのですが、それをこなして、フリークアウトに共同創業者として参画することになりました。
いち技術者という目線で見ると、本田は僕以上にコンセプチュアルな人間なんです。テクノロジーや、自身が試したいコンセプトをもとに製品を生み出していくタイプの人間。私はそれをマーケットに合わせていく役割。彼がコーディングしていたのはフリークアウト設立から最初の6ヵ月くらいなんですが、本田のコンセプトを、いかにより世の中に受け入れられるプロダクトにしていくかということをやっていました。創業して3年半、プロダクトの実稼働としては3年ほどで、マザーズ市場にIPOするまでに至りました。
そこから広告市場がすごいスピードで変化する中で、広告にソフトウェアがしみ出していくというタイミングだったんです。広告にはソフトウェア技術が必要だとなり、市場が成熟していく中で、プロダクトドリブンな事業から、マーケットインでプロダクトを作っていくことで事業の幅を広げてきました。
お金の流れを知ることで、顧客を支援する
その後のフリークアウトで課題だったのは、『広告事業一本足打法』の次をどうするかということでした。広告は景況感に相関性を示すビジネスなので、景気に左右されないポートフォリオを持つ必要がありました。景況感を超える成長を考えると、新興国に進出するのか、インダストリーを変えるのかしないといけないという課題がありました。そこで海外と、景気に強い金融事業をやると決めました。それを推進していくためにフリークアウトの代表取締役となり(現在は取締役)、10ヵ国以上の海外投資やM&Aも実施しました。フィンテック領域については自社事業に加えて(プリペイドカード事業を手がける)カンムへの出資などを行いました。
そういう中で金融事業に大きな可能性があると感じていました。また同時に僕自身、90年代半ばからインターネットの可能性に影響されて生きてきたタイプなので、個人の力の進化を感じている中で、(決済サービスとECサイトの構築サービスを手がける)事業の可能性を感じて、ヘイを立ち上げました。
もともと考えていたのは、スモールチームや個人をエンパワーできる仕組みを作れるかどうかということでした。そういう方々が抱えている課題はいくらでもあります。そこで決済だけを提供するのが重要なのではありません。そういう方々の「商流に入る」ということが大事だと思いました。POSや決済システムからお金の流れが見えると、どういうニーズがあるかがわかります。
またそれ以上に大事なのは、コマースの売り上げが大きくなるほど私たちに入る手数料も増えるビジネスということです。たとえば私たちが資金をお貸しするようなことをしたとして、その手数料ではなく、売り上げに対する手数料で私たちも成長できます。個人やスモールビジネスを支援する最初の立場として決済とECを持っているのは意味があると考えています。(STORES.jpの)加盟店にはもっと深い悩みはありますが、その支援のためにも、お金の流れが分かっていることが大事だと考えています。
失敗許容量の把握こそが大事
失敗という話で言えば、本田からはプロダクトを作ること以上に学んだのが、「たくさん失敗していくべき」ということです。自分の取り扱える失敗の質と量をちゃんと認識して、どれだけ失敗できるかを分かって失敗することこそ、一番質がいいということでした。ソフトウェアの業界は、うまくいくとレバレッジが効いて成果が大きいんです。だから「できなかったこと」や「やれたかもしれないこと」がある方が、損失が大きいんです。自分たちが分かっていること、分かっていないことを認識して、とにかくトライをしていく、と。
とはいえ自分たちができる以上の失敗はできませんよね。ゴールを明確にするより、トライの原資になるような『失敗許容量』の把握が大事なんだということです。だから最大の失敗は、「挑戦しないこと」なんです。
私たちのことで言うと、たとえば海外のレコメンド広告事業が日本に参入して、売り上げが数百億円の規模になっています。それを後発でもやってこなかった。フリークアウトは今期の売り上げで二百数十億円なので、その(やっていなかった)分の差は大きいですよね。
「トライすれば失敗する」は当たり前
フリークアウトやヘイの「失敗」って、実はあまりないんです。「トライすれば失敗する」というのは当たり前なので、いかに自分たちの失敗を織り込めるか。だから本当に会社がつぶれるかもしれないということはないんです。経営を持続させられなければゲームが終わりです。だからそれはやってこなかったですし、一方で取り逃がした失敗は「あの事業には触れなかった」ということのほうが大きいんだと思います。
だから、CriteoやOutbrainといった海外企業がやっていたレコメンド広告の領域に「挑戦しなかった」というのは失敗です。自分の無能さというか、「できたのにやっていない」。参入する能力もあり、海外の動向から流れも見えていたのに投資できていないわけです。キュレーションメディアや、仮想通貨といった領域に参入できていなかったことも失敗です。
逆に、10億円の事業投資でミスをする、社員が離反して事業ごと他社に持って行かれたということは、正直なところ、些末で想定できる範囲内だったりします。
広告事業を創造するには「探索的に正解を見つける」
常に自分の頭の中では、「既存の事業がどういう数字になればブレイクイーブンを越えるのか」ということは意識していて、そのためのあらゆる係数は頭の中にたたき込んでいます。その数字をベースに自分たちが何をできるかを考えています。
そんな判断をしていたところは、「自分たちとはこうである」という思い込みが強かったんだと思います。もともとプロダクトアウトな発想を持っていたので、「自分たちとは」という定義が強い。機会やユーザー側の需要に合わせて事業構造を作れていなかったんだと思います。
事業を創造するとき、目的やゴールを設定して、そこにどうやって最短距離で到達できるか逆算する方法と、探索的に正解を探していく方法があります。
インターネット広告領域の事業は後者であるべきだと思います。自分たちのできることをやりながら、新たな事業の機会を発見していくのです。大半は失敗するんですが、その失敗を軽度で、巻き戻し可能なものにすることが大事です。自分たちがあと何回打席に立てるのかをきちんと理解していくことが、成功に繋がるのだと思います。