
- 現役医師起業家が46億円の資金調達
- “内視鏡のプロ”として抱える課題の解決に向けて起業
- AIは医師の仕事を奪わない、“優秀なアシスタント”になる
AI(人工知能)と内視鏡を組み合わせて、がんの見落としゼロを目指す――そんなビジョンを掲げる医療スタートアップがある。2017年設立のAIメディカルサービスだ。同社は10月4日、約46億円という大型の資金調達を実施した。AIメディカルサービスの代表を務めるのは、現役医師の多田智裕氏。起業の背景には、消化器科の医師が直面する課題があった。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平)
現役医師起業家が46億円の資金調達
「『医療×AI』のマーケットは、2025年に2兆円規模になるといわれています。そして、日本の内視鏡技術は世界一です。同時に内視鏡の世界シェアも、オリンパスを初めとした日本メーカーが7割を占めています。AIの得意とする画像、そして内視鏡、この分野であれば、世界のシェアを取っていけるのではないでしょうか」
そう語るのは、AIメディカルサービスの創業者で代表取締役CEOの多田智裕氏だ。AIメディカルサービスは10月4日に、グロービス・キャピタル・パートナーズ、WiL、スパークス・グループ、Innovation Growth Ventures(ソニーと大和キャピタルホールディングスの合弁会社)、日本ライフライン、日本郵政キャピタル、Aflac Ventures、菱洋エレクトロ、SMBCベンチャーキャピタル、大和企業投資および個人投資家を引受先とした、約46億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
AIメディカルサービスは2017年9月の創業。2018年にはインキュベイトファンドから約10億円の資金を調達している。経営陣の出資や助成金を含めて、創業から約2年で、累計で約62億円の資金を集めている医療AIスタートアップだ。今回調達した資金をもとに、臨床試験や人材採用、設備投資などを進める。
同社では、内視鏡で胃や大腸を観察する際、リアルタイムにがんの可能性がある場所やその確率を示す、診断支援のAIを開発している。がん研究会有明病院や大阪国際がんセンター、東大病院、慶應義塾大学病院など、全国約80の医療機関と連携。数万件の動画を含む膨大な内視鏡検査画像を収集し、教師データとしてAIに学習させている。
海外でも内視鏡AIは開発されているが、その多くは大腸ポリープに特化し、また静止画を対象にしたものがほとんどだ。だがAIメディカルサービスでは、早期の胃がん、それも動画での利用を想定したAIを開発しているのが特徴だ。同社の研究は、世界最大級の消化器系学会「DDW(Digestive Disease Week)」でも12本の演題に採択されているほか、複数の論文も発表しており、世界の医学界からの注目も高い。
“内視鏡のプロ”として抱える課題の解決に向けて起業
多田氏は現役の医師であり、2006年には埼玉県さいたま市に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。同診療所では、複数の医師により年間9000件の内視鏡検査を実施しており、多田氏はいわば内視鏡のプロともいえる人物。そんな人物がなぜ起業という道を選んだのか。そこには現役の医師だからこそわかる「課題」、そして同時に世界の医療に挑戦できるという「可能性」があった。
「現場で撮影される医療画像は、すでに専門医の処理能力を超えていたんです」(多田氏、以下同)
内視鏡検査の現状について、多田氏はこう話し始めた。かつての内視鏡検査では、フィルムを使った撮影をしていたこともあり、一度の検査で20枚程度の画像を撮影する程度だったという。だが今ではシステムが電子化され、ボタンひとつで画像を保存できるようになったため、撮影枚数も一度の検査で40枚から50枚程度と大幅に増えた。もちろん検査の精度は上がるが、最終的に確認するのは医師、つまり人間だ。その作業の負荷は大きなものになっていた。
そんな課題と「バチッとハマった」(多田氏)というのが、AIだった。2016年にAI研究者である東京大学の松尾豊教授の講演を聞き、AIに内視鏡検査画像を学習させることを思いついた。すぐに東京・神楽坂のマンションの一室を借りてAIメディカルサービスを起業。試験的にプロダクトの開発を始めた。2018年1月には、6mm以上の胃がんを98パーセント以上の確率で検知(1画像の検知はわずか0.02秒)することに成功した。「そうなったら実用化までやってみよう」と事業を本格化することになった。
AIは医師の仕事を奪わない、“優秀なアシスタント”になる
当初は医師からの反発も強かった。開発するAIに対して、「医師の仕事を奪うのか」という声も飛んできたという。だが実際のところ、今の内視鏡検査では10%から25%ほど、医師が見逃してしまう早期胃がんがあるのが実情。多田氏の開発するAIは、そんな人力での見落としを減らす、いわば“優秀なアシスタント”になるものだ。周囲の誤解を解きつつ、開発に注力した。
「あくまでAIは胃がんの確率を出すだけで、確定診断を下さない。診断するのはあくまでも医師なのです。だからこそ、僕自身が欲しいと思って作りました。発売されれば世界中で売れるプロダクトになるでしょうし、究極的にはガンの見逃しをゼロにできないかと思っています」
また内視鏡検査は医療でも日本が機器シェア、知見ともに先行している分野。AIが実用化されれば、世界中のニーズを解決できる可能性もあると期待を寄せる。製品化のイメージとしては、既存の内視鏡にAIを組み込むことで、モニター上にガンの可能性がある部位を表示するというもの。海外に向けてクラウドサービスを提供する計画もある。「既存の内視鏡を操作することになるので、医師が新たな機器の操作方法を覚える必要もないし、業務フローを変える必要もない」(多田氏)のも強みだ。
ただし医療機器としての認証を受けるには、数年時間がかかると見込む。AIメディカルサービスでは、来年度から治験を開始する予定だ。将来的には数十万円程度でのプロダクト提供を計画している。また、当初は胃がんの診断支援のみを提供するが、将来的には対応する部位や難度も広げていく予定だという。
「内視鏡は日本が世界をリードしている唯一といっていい医療の領域。類似製品はまだないので、発売されれば世界中で売れるプロダクトだと思う。今後は早期の上場も視野に入れて、世界を目指します」