TLM 木暮圭佑
  • 地方のスタートアップであっても、“火”を起こせる
  • 「モテ経済」がより活性化する2021年のC向けサービス

激動の1年となった2020年。新型コロナウイルスの世界的流行によって、人々の生活様式は大きく変化し、またそれは大企業からスタートアップまで、ビジネスのあり方も大きく変えることになった。

DIAMOND SIGNAL編集部ではベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2020年のふり返り、そして2021年の展望を語ってもらった。最終回はTLM ジェネラルパートナーの木暮圭佑氏だ(連載一覧はこちら)。

地方のスタートアップであっても、“火”を起こせる

業界全体を振り返ると、「なにもいいことがなかったな」と思っています。アパレルブランド・SOPH.が出した広告のコピーにもありましたが、本当に「まいったな 2020」というのが正直な感想です。

とはいえ私たちTLMはシード期のスタートアップを中心にした投資を続けてきました。2020年を振り返って一番大きかったトピックは、初めて福岡の起業家に投資をさせて頂いたことです。

もちろん福岡のスタートアップは、情報量や人的なネットワークでは東京のスタートアップとの差があります。ですが起業家としての魅力で見れば東京と遜色のない方が多いですし、何よりも、彼らなりの感性を持っています。

東京に拠点を置く私たちは、良くも悪くも「都心の事情のインサイダー」です。そこに入りすぎないからこそ見える課題とその解決方法、プロダクトセンスというのを期待しています。ちなみに投資させていただいた福岡の社長たちは最初に会ったときと比べて、この数カ月で大きく成長しました。

地元をREP(レペゼン)しなくても良いですが、どんな場所からでも“火”を起こせることは証明できればと思っています。

また、他の方も書かれていますが、2020年のスタートアップ業界において注目を集めたのは「ダイバーシティ」というキーワードだったのではないでしょうか。ベンチャーキャピタルのANRIは「D&I宣言」を出していましたし、私たちの投資先であるYOUTRUSTの岩崎社長もダイバーシティに関するアクションを起こしていました。

「モテ経済」がより活性化する2021年のC向けサービス

ユーザーは「応援したい」「プロセスを見たい」という欲求で動く

キーワードとしては、「B2B」「SaaS」「DX」「ブロックチェーン」「個の時代」などが挙がると思います。これらを挙げていればいずれかの領域のサービスは当たるかとも思うのですが、TLMの投資領域の主戦場である、C(コンシューマ)向けサービスの話をさせてください。

2020年がとんでもない1年だった結果、助けを求める人も、そこに手を差し伸べる人も顕在化したのではないでしょうか。クラウドファンディングやネットショップが作れるサービスは間違いなくその両者を結びつけるための一助になりましたし、そういったサービスを提供するスタートアップの事業は数字を伸ばしました。

このコロナの時代、ユーザーはクラウドファンディングやコマースで、「お金を払った結果がほしい」というROI(費用対効果)を求めただけでは動いていません。「助けたい」という気持ちによって突き動かされた結果としてお金を払っている、という人も多いのではないかと思っています。

まだまだコロナが終息するとは言えない世の中、人類全体の課題に対して、「助け合い」「優しさ」といった感情がテクノロジーで広がっていくのではないでしょうか。同じような話をけんすうさん(編集注:エンジェル投資家でアル代表取締役の古川健介氏)が「プロセスエコノミー」という言葉で説明していました。2021年、こういった動きはより加速するのではないかと思っています。

人々が求めているのは、人への共感や感情、「よく分からないけれども、心揺さぶられるモノ」であり、それを求めてお金を払う──最終的なROIとか考えないけれども、応援したい、プロセスを見たい、そんな思いが広がっていくのではないでしょうか。

2021年はよりそれがより可視化されていくと考えています。若い世代には「○○を購入する」「□□を支援する」というアクションをSNS上で共有することで、人々から共感や称賛、アテンションを得たいという思いがあります。そんなアクションがより広がっていく気がしています。

これは言い換えると、いわゆる“推し”にお金をつかうということ。それと同時に、これからは、「自分はその“推し”が好きなんだ、ファンなんだ」と表現することにもお金をつかうようになるのではないでしょうか。C向けサービスにおいては、「推し」や「好き」という思いをSNSやコミュニティで増幅させて経済が動く、いわば「モテ経済」が活性化していくのではないでしょうか。

すでに一部のソーシャルゲームや、投げ銭(ギフト)機能を提供するサービスなどは、そのモテ経済を理解してプロダクトに落とし込み、多くの売り上げを生んでいます。ですが、今後はより広いジャンル、ともすればまったく理解できない領域での掛け算を生み出すモテ経済のプロダクトが生まれるのではないでしょうか(ソーシャル、コミュニティを絡めるという意味ではアンドリーセン・ホロウィッツのこのブログもおすすめです)。

テクノロジーによる利益のギャップに商機、地方や女性もテーマに

もう1つ注目しているのは、「すでにテクノロジーによる利益を享受できている人と、まだ利益を享受できていない人のギャップを埋めるビジネス」です。

デジタルネイティブと呼ばれる1980年代以降の世代、そして私たちスタートアップの関係者、マーケティング用語で言うところのイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる人たちは、すでにテクノロジーの強さを感じ、その利益を享受しています。

ですが2020年になって初めてクラウドファンディングやネットショップを利用したという人も多いと思います。そういった人たちがテクノロジーの利益を享受するところにビジネスのチャンスがあるのでしょうか。

また別の話になりますが、例えば老人が自動車事故を起こすと、「車に乗るべきではない」という意見が出ます。ですが「車に乗る」「買い物をする」「人に会う」といった行為に対することへの代替手段はまだまだ提示できていません。そういう人たちこそ、もっとECやコミュニケーションのサービスが流行るべきではないかと思っています。

BtoB向けのSaaSや、DX関連のプロダクトがトレンドになっているのも、ある意味では今までテクノロジーが入らなかった場所に対して入ることができた結果です。同じようなことが、コンシューマ領域でも起こりそうな気がしています。

もう1つ、起業家や投資家の平等性についても考えなければいけません。たとえば、2020年の振り返りにも挙げた「地方」と「女性」に関しては、TLMは引き続きどちらも投資を狙っていきたいなと思っています。特に女性起業家への投資に関しては、前述のANRIなども「女性起業家比率20%」を目標に掲げていましたが、TLMでも目指していきたいと思います。