
- 「家族信託のコモディティ化」で認知症課題の解決へ
- アナログな業務の型化・システム化で家族信託を変革
- 高齢者×ITの先駆けとなるような事業を作っていきたい
- 2.2億円の資金調達も実施、AgeTech推進へ
高齢化が進む日本において、「認知症」は大きな社会課題の1つだ。2025年には認知症者数が約700万人、「65歳以上の高齢者の約5人に1人」に達するという厚生労働省の試算もある。
自身や家族が認知症になった際、資産の問題が大きな悩みのタネとなりやすい。認知症になって当人の意思能力がないとみなされると、あらゆる契約が1人ではできなくなる。当人名義の不動産や保有株式を売却して介護費に当てることもできず、場合によっては銀行口座が凍結されてしまうことさえある。
これらの問題の解決策として近年注目を集め始めているのが「家族信託」だ。家族信託とは信頼できる家族に自身の資産を委託する仕組みのこと。“認知症になる前”にあらかじめ家族間で信託を行えば、上述したようなトラブルも防ぐことができる。
上手く活用すれば便利な仕組みだが、家族信託を組成するには資産規模に応じて100万円を超える高額な費用がかかるケースもある。だからこそ、これまでは富裕層を中心に一部の人に使われるに留まっていた。
2019年創業のファミトラが取り組むのは、ITの活用によって家族信託をより多くの人が使える仕組みにすること。人とシステムを組み合わせた家族信託組成サポートサービスを通じて、「家族信託をコモディティ化する」のが目標だ。
「家族信託のコモディティ化」で認知症課題の解決へ

従来、認知症にまつわる資産トラブルを回避する方法としては「成年後見制度」が広く知られてきた。この制度では認知症によって意思能力が低下した本人(被後見人)に代わり、成年後見人が口座の入出金などの財産管理や介護施設への入所手続きを始めとした生活支援(身上監護)を行う。
ただ、成年後見制度にもいくつかの注意点が存在する。特に裁判所が後見人を選任する(法定後見)場合、家族ではなく弁護士や司法書士などの第三者が選ばれることも少なくない。
士業の後見人が就任した場合には資産の管理を家族以外の人の手に委ねることになるほか、管理報酬として毎月2〜6万円ほどの支払いが発生する。後見人は原則解任することが難しいため、本人が亡くなるまで継続して報酬を支払い続けなければならない。後見人による横領が問題になることもある。

これらの問題は「認知症になる前に家族信託を組成しておくことができれば、そのほとんどを回避できる」とファミトラ代表取締役社長の三橋克仁氏は話す。
「家族信託では信頼する家族に『資産を管理処分できる権利』だけを委託できるため、そこから発生する収益は(当人が)受け取ることができます。認知症を患って意思能力がなくなっても、家族が積極的な資産運用やお金周りのアクションを法的に問題なく進められる。家族が無償で受託者を引き受けることもできるので、合意さえすれば高額な費用もかかりません」(三橋氏)

そのような利点があるにも関わらず、家族信託は広く認知されているとは言い難い。冒頭で触れた費用が1つのネックにもなっているが、三橋氏自身は根本的には「慣習」が大きな原因だと考えていると言う。
「家族信託は守備範囲が非常に広く、良くも悪くも様々なことができてしまうんです。そのため士業の方に依頼をすると、いろいろな視点を踏まえた100点満点の契約書を作ろうとするケースが多い。結果的に半年に渡って家族会議に何度も同席するなど大掛かりになり、その分だけ費用も高額になります」(三橋氏)
料金体系に関しても原価ベースなどではなく、慣習的に信託財産の評価額をもとに「信託財産の1%」といった歩合で決めることが一般的だという。そもそも適切なアドバイスのできる士業の数も限られていて、競合も少ないため大きな変化も生まれてこなかった。
アナログな業務の型化・システム化で家族信託を変革
現在ファミトラでは、顧客ごとに最適な家族信託を組成する「初期のコンサルティング」と「信託開始後のサポート」をパッケージ化し、“継続課金型サービス”の形で提供している。

基本料金は4万9800円(税抜)からの初期費用と、2万9800円(税抜)からの年間費用(信託財産の評価額が1億円以上の場合は初期費用が評価額の0.05%、年間費用が同0.03%)。そこに弁護士による契約書作成費用などの実費が加算される。
司法書士や弁護士に依頼をして家族信託を組成する場合、初期費用だけでも報酬金として信託財産評価額の1%程度かかることが多いため、その負担が大きく軽減されるのがファミトラのウリだ。
なぜそこまで低価格で提供できるのか。ポイントは、従来アナログかつ人力になりがちだったオペレーションを「ITの活用で徹底的にシステム化する」という試みにある。
そもそも家族信託の組成は複雑で、家族の事情もそれぞれ異なるが故に何度も専門家が家族会議に足を運び、コミュニケーションを取りながら進めるのが常識だった。それがそのまま価格にも反映されているわけだ。
そこでファミトラは認知症対策に特化し、信託契約書作成の論点を大幅に限定。用途を絞り込むことで契約書の型化(テンプレート化)に取り組んできた。型に落とし込むことができれば、手動で行っていた信託契約書を半自動化することができるだけでなく、その前段階における論点の整理や、契約書作成後の手続きも円滑に進む。

サービスの流れとしては、家族信託コーディネーターの資格を持つファミトラの担当者が電話やLINEを介してユーザーの情報をヒアリングし、社内のシステムに取り込む。するとユーザーごとの状況に最適化した見積書や信託契約書が半自動で生成されるので、担当者はその内容を基にユーザーとやりとりを進める。
三橋氏によるとLINEの公式アカウントと併用できる独自の顧客対応システムも自社で開発しているとのこと。従来のアプローチでは各顧客に最適な提案をするために膨大な数のスタッフを抱える必要があるが、全てを人力で対応するのではなく、テクノロジーを組み込むことで「業務のシステム化、提案レベルの標準化」を実現しようというのがファミトラのやり方だ。
「コンサルティングの核となる部分を、可能な限りシステム化・IT化しようと考えています。まだ日本で誰もやったことのない挑戦で、業界の横断的な知識とテクノロジーの融合ということで難易度は高いですが、それだけ価値も大きい。最終的には必要な情報をインプットしさえすれば、1クリックで瞬時に最適な契約書や見積書が出力されるような世界観を目指しています」(三橋氏)
現段階ではシステム化できている部分はまだ一部に限られるということだが、中長期的には銀行との提携を通じて信託口口座の開設を自動化する機能や、API連携によって信託口口座の入出金を捕捉・異常検知することで監督人業務を効率化する仕組みも見据えている。
もっとも全てを自動化・システム化するわけではなく、人が担った方がいい工程はこれまで通りアナログな要素も残していく方針。ユーザーからの問い合わせも7割以上は電話からとなっていて、コミュニケーションを進める過程で直接面会をすることもある。
その反面、わざわざ人がやらなくても良いことや機械の方が得意な部分は徹底的にシステムに任せる。結果的にユーザーの目線では一見シンプルなサービスに見えるが、実は「その裏側でITがゴリゴリ使われている」のがファミトラの特徴と言えそうだ。

高齢者×ITの先駆けとなるような事業を作っていきたい
「社会の課題を解決するべく自らスタートアップを立ち上げる」という意味で、三橋氏にとってファミトラは“2度目”の大きなチャレンジとなる。
1度目のチャレンジは2012年に自ら創業した教育系スタートアップのマナボ。三橋氏は同社の創業者としてスマホアプリを通じて気軽に個別指導が受けられる“スマホ家庭教師”「manabo」を手掛けた。事業を拡大するにあたっては教育関連の大手事業会社やベンチャーキャピタルなどから複数回の資金調達を実施。最終的には2018年に駿台グループ入り(子会社化)を決めた。
そんな三橋氏が次の挑戦の場として選んだのが、高齢者×IT。最近では「AgeTech(エイジテック)」と呼ばれる領域だ。
「ちょうどシニア領域で事業を考え始めた頃にAgeTechという言葉を知りました。日本にはHealthTech関連のスタートアップはあれど、AgeTechのスタートアップはまだほとんどありません。(グローバルで見ても)日本は特にこの領域の課題が大きい国ですし、地の利もある。日本でAgeTechの先駆けとなるような事業を作っていきたいと考え、2019年の11月に会社を立ち上げました」(三橋氏)

では実際にAgeTechで何をやるか。たとえば介護士版のUberのようなものはニーズがあるか、オレオレ詐欺の解決に繋がるサービスはどうだろうか。さまざまな事業案を検討する中で行き着いたのが、特に当事者の負が大きいと感じた「認知症」だった。
とはいえ医学的なアプローチは専門性が高く、必ずしも自分たちが得意な分野ではない。そうではなく「金融認知症対策」という切り口から、テクノロジーを用いて家族信託をDXするようなプロダクトが作れれば大きなチャンスがあると考え、サービス開発に取り掛かった。
共同創業者として初期から三橋氏とともに事業を進めてきた取締役CTOの早川裕太氏は、子供の頃からずっと高齢者の問題に関心を持っていたという。
きっかけは自身の祖母が認知症を患ったこと。「介護はする側だけでなく、される側にとっても負が大きい」と感じた。中学生時代の卒業論文では原稿用紙約50枚に渡って、高齢者の課題に関する考えをまとめたそうだ。
早川氏は慶應義塾大学で機械学習やデータマイニング、自然言語処理などを学んだ後、東京大学大学院では画像認識の研究に従事。胃癌の早期発見技術の開発などにも取り組んだ。新卒で入社した楽天で複数の新サービスの立ち上げを経験後、技術系アクセラレータ「TECHFUND」でのCTO職を経て、三橋氏と共同でファミトラを創業している。

2.2億円の資金調達も実施、AgeTech推進へ
ファミトラでは2020年5月13日にサービスをスタートして以降、すでに1000件を超える問い合わせを受け付けており、正式に契約が完了した件数も増えてきている状況とのこと。同社のサービスを介した信託財産の規模は約13億円ほどになるという。
今後は実績を積み上げつつ、蓄積したノウハウやデータをもとにさらなるシステム化を進めていく計画だ。ファミトラでは2020年12月25日にCoral Capital、SMBCベンチャーキャピタル、みずほキャピタルを引受先とする第三者割当増資により2.2億円の資金調達を実施済み。この資金を用いて組織体制の強化にも取り組む。
またコンシューマー向けのサービスだけでなく、法人とのアライアンスにも力をいれる。すでに複数社と話し合いに着手している状況で、OEM提供などを通じた事業展開も見据えているという。
「家族信託という仕組みは合理的で良いものですが、現時点ではそのポテンシャルを十分に発揮できていません。ITを用いることで、家族信託をもっと多くの人が使えるように、コモディティ化していきたい。チャレンジングな取り組みにはなりますが、この領域から日本のAgeTechの先駆けとなるようなスタートアップを目指していきます」(三橋氏)