
- 2020年は「スマホが主戦場」になった
- 芸能プロダクションだからこそ、数字を突き詰める
- 「音にこだわらないと淘汰される」時代に
- ライブ配信に注力、フォロワーを「ファン」に変える
コロナ禍で、あらゆるものが大きく変化した2020年。エンターテインメント(以下、エンタメ)の主戦場も、大きく変化した。Glossomの調査によれば、2020年は10〜60代でエンタメ系メディアの利用率が上昇。特に10代においては、TikTokの利用率が2倍近く上昇するなど、スマホでのエンタメ消費が一気に普及した。また、テレビを主な活動の場としていた芸能人・タレントが、次々とYouTubeチャンネルを開設していったのも、象徴的な出来事だった。
例えば、川口春奈の公式YouTubeチャンネル「はーちゃんねる」は2020年1月の開設から、わずか4カ月で登録者が100万人を突破するなど、成功をおさめている。
プラットフォームが多様化し、可処分時間の奪い合いがさらに激化することが予想される2021年。大きな自信を見せるのが、ホリプロデジタルエンターテインメント(以下、ホリプロデジタル)代表取締役の鈴木秀氏だ。ホリプロが「デジタル発タレント」の輩出を目指し、2018年7月に設立した同社には、TikTokで560万人超のフォロワーを誇る景井ひなをはじめとした、「Z世代の人気者」が多数所属している。
鈴木氏は、2021年のエンタメ業界にどのような展望を抱いているのか。話を聞いていくと、従来の「芸能事務所」とはかけ離れた戦略が垣間見えてきた。
2020年は「スマホが主戦場」になった
──2020年はエンタメ業界にとって、どのような1年だったのでしょうか?
2020年はコロナの影響によって、エンタメの主戦場が従来のマスメディアからスマホに一極集中した1年だったと思います。巣ごもり生活での暇つぶしのために、NetflixやAmazonプライム・ビデオなどのサブスクリプション型の映像配信サービス登録者が増加。また芸能人・タレントがYouTubeに進出したり、大手テレビ局が番組のネット配信を始めたりするなど、スマホでエンタメを楽しむのが当たり前になりました。
それによって、「可処分時間の最適化」への欲求も高まりました。スマホで楽しめるコンテンツがあふれかえったことで、好きなものに触れる時間を少しでも増やすことが求められるようになりました。その結果、ユーザーの趣味嗜好にあわせて最適な短尺動画をレコメンドしてくれるTikTokやInstagramのリール、YouTubeの縦動画などが支持を集めました。
また、AIによる個人への最適化も、ユーザーの心を掴む上で奏功していると感じます。みんなが同じ動画を見るのではなく、人によって最適な動画が変わるようになったことで、よりニッチな方向へユーザーの嗜好の深掘りが進んだとも言えるかもしれません。
──スマホでのエンタメ消費が増えるなか、コンテンツの供給側である「タレント」に求められる素養も変わってくるように感じます。
インターネットで人気を得る人に共通しているのは、自分のパーソナルな情報をさらけ出すこと、そして人柄、キャラクターに共感や支持が集まっていることです。従来の芸能人・タレントほど、プライベートな印象や、色をつけてしまうことを嫌う人は多いのですが、そこにこだわっていては、インターネットで支持を集めるのは難しいかもしれません。
──ホリプロデジタルではTikTokで多数のフォロワーを抱えるタレントが多くいますが、TikTokで抜きんでた存在になる人に、共通しているものはなんでしょうか?
大前提として必要なのが「一芸」です。例えば、ブレイクダンスができたり、ゲームがものすごく得意だったり、ファッションにめちゃめちゃ詳しかったり……。その方がユーザーのアンテナに引っかかりやすいですし、バズれば「〇〇の人」として認知を得られる。そのうえで、どうフォロワーを増やすかを考えるのが、私たちの仕事です。
──「一芸」を持ったタレントのフォロワーを増やすために、どのようなプロデュースをしているのでしょうか?
一番重要なのは親近感ですね。趣味のチャンネルにせよ、メイクのチャンネルにせよ、「私も真似できるかもしれない」と感じさせるタレントがバズり、支持を集めていく傾向にあります。特にコロナ禍では在宅時間が増えたことで、若者を中心に「投稿はしないけれどやってみたい」と思わせるような動画が次々にバズっていましたね。
とりわけ女性は自撮りなどで縦型のコンテンツに参加するハードルがどんどん低くなっているので、いかに真似しやすいコンテンツを投稿し、「この人、気になるかもしれない」という対象になってもらえるかどうか。これがかなり重要になっています。

景井ひなも、親近感によってフォロワーを獲得していったひとりです。実を言うと、景井も最初はユーザーがお題を真似したり、アレンジしたりして広がる「meme(ミーム、模倣され伝播する文化的な情報)」動画」をやっていた側だったんです。
自然と真似したり、アレンジしたりする癖がついていたからこそ、「真似をするハードルが低く、思わずやってみたくなる」動画を発信できているのかなと思います。それも毎日動画を投稿しているので、多くの人たちがTikTok上で真似し、ミームのように広がっていくことでフォロワーを増やしていきました。
@kageihina これすごくない?😳#棺桶ダンス
♬ номер смерти - Nurbergen Zhukeyev
また、景井は視聴者の誘導のフローを細かく設計しています。例えば、TikTokの動画でインプレッションを集め、そこで景井のことを知った人がさらに景井のことをもっと知りたいと思ったらInstagramに行ってもらい、彼女のパーソナルな趣味を知りたい人にはライブ配信プラットフォーム「Mildom」でゲーム配信動画を見てもらう。こういう細かいストーリー設計をすることで、彼女に人気が集まっていると思います。
芸能プロダクションだからこそ、数字を突き詰める
──さまざまなプラットフォームが乱立する昨今ですが、若者を中心に、TikTokの存在感は日に日に大きくなっているような気がします。
最近びっくりしたのは、音楽と出会うチャネルもTikTokになっていること。若者の間では、フォロワーの多い投稿者をきっかけにアーティストを知り、Spotifyで深堀りするという流れが「定番」になってきています。音楽をはじめ、TikTokで情報収集や自己発信もできてしまうので、Twitterはおろか、Instagram離れやYouTube離れも加速しているほどです。
例えば、YouTubeは5分ほどの動画のボリュームが多いと言われているのですが、5分間の動画となるとソファなどに座って視聴する体勢をつくれないといけません。となると、現代の人たちは家にいるとNetflixを見たくなってしまうんです。
一方、TikTokは1分ほどの動画が多いので、電車などの移動時間でサクッと見れます。その結果、YouTubeは家で見るべきか、外で見るべきか、見る場所と時間が曖昧になり、YouTubeではなく、TikTokが好まれる傾向になっています。
──TikTokは、動画サービスだけでなく、SNSや検索エンジンとしての役割も果たしつつあるんですね。
中国などで顕著なのですが、いち娯楽だと思われていたプラットフォームが、さまざまな役割を担うようになってきています。タレントのライバルが「他のタレント」ではなく、アプリゲームなどの「可処分時間を奪うもの」になっていることを強く感じます。
──「すべてのコンテンツがライバル」という状況で、タレントはどのような生存戦略を描いていけばいいのでしょうか?
一番大切なのは、マーケット感覚を持つこと。自分がどのような情報を、どのような形で、いつ発信すればいいのか、誰が見ているのかを常に意識させるようにしています。また、弊社ではタレントごとにKPIを設定し、数値を追いつつ、フォロワーのリアクションを因数分解しながら、目指すポジションに向けて軌道修正していくようにしているんです。
たとえば、アパレルのお店を出したいタレントがいたら、Instagramのフォロワーと、エンゲージメントを表す「平均いいね数」が重要な数値になってきます。タレントにもこのことを伝えたうえで、動画の編集や時間帯など、トライアルアンドエラーを繰り返すのが、ホリプロデジタルのやり方です。
──「伸ばす」ためにKPIを設定し、タレントも考えながらトライアルアンドエラーを繰り返す。話を聞いていると芸能プロダクションというより、IT企業のようですね。
そうですね。表向きは芸能プロダクションですが、やっていることはデジタルマーケティングカンパニーに近いと思います。弊社ではタレントも数字を見て分析するので、いちIT企業の社員よりも、「数字に強い」かもしれません。

「音にこだわらないと淘汰される」時代に
──ホリプロデジタルで、これから新たに挑戦していきたい領域はありますか?
先ほど話したように、私たちの競合は既存の芸能人・タレントではなく、可処分時間を奪うアプリやゲームなどです。それを踏まえて、いまは新たに「耳」へのアプローチにも挑戦しています。2021年からは「動画に疲れた」と感じたり、より可処分時間を効率的に使いたいと感じたりする人が増えると思っています。
そんな人たちに向けて、「ながら」で低カロリーに摂取できるコンテンツとして、音声配信には注目していました。
しかし、フォロワーのエンゲージメントを高めたいと思っているタレントにとっては、「ながら」消費はあまり好ましい状況ではありません。芸能プロダクションは、視聴者の「目」と「耳」を魅了することで、エンゲージメントを高める仕掛けを作らなければなりません。
──「耳」を魅了するコンテンツは、あまり開発されていない気がします。
そう思うかもしれませんが、実はすでにコンテンツ同士の「耳」の奪い合いは始まっているんです。たとえば、女子高生の間で流行っているスマホゲーム「原神」では、ゲーム内音楽が壮大なオーケストラになっていて、イヤフォンで聴くと迫力がすごい。これは、ユーザーのエンゲージメントをより高めるために、あえて音楽に莫大な資金を投下し、スマホゲームとしては場違いと言えるほど、上質な音楽を流すようにしているんです。
アーティストの一発撮りのパフォーマンスを鮮明に切り取るYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」が人気を博しているのも、そういうことでしょう。「耳」を魅了するコンテンツだからこそ、話題になっているのだと思います。
「ながら」で消費されないために何ができるかは、私たちもこれから考えなければいけません。最近では、タレントの配信のエンゲージメントを高めるために、1個3〜4万円する高級マイクも導入しました。トークだけでなく、配信で聴ける音の良さも一緒に「音」も楽しんでもらう工夫をしています。
ライブ配信に注力、フォロワーを「ファン」に変える
──ホリプロデジタルは、今後どのような戦略を描いているのでしょうか?
これまで、労働集約型だったエンタメ業界の常識を変えるきっかけとなる事業を作っていきたいと考えています。売れれば売れるほど、番組出演のスケジュールがいっぱいで疲弊してしまうのではなく、最初から好きなことで稼げる土壌を作り、健康的に稼げる仕組みを作っていきたい。
労働集約を解消するために必要なのが「タレントがいなくてもファンが満足できる仕掛け」です。たとえば、BTSの所属事務所として有名なBig Hit Entertainment(ビッグ・ヒット・エンターテインメントでは、YouTubeやSNSを活用し、アーティストの日常生活を無料で公開。メンバーたちの素顔を身近に感じられる仕掛けにより、ファンの熱量を高め、世界的人気に繋げています。また、メンバーが「BT21」というキャラクターをデザインし、LINEスタンプを販売したり、グッズを販売したりしています。
Big Hit Entertainmentはあくまで一例ですが、一人ひとりがタレント業を中心とした「ビジネスをプロデュースする経営者」として独立し、ホリプロデジタルがホールディングスとして統括するような形態が、ひとつの理想系です。テレビタレントや企業の広告塔だけでなく、さまざまな事業に横展開できる仕組みを、これから作っていきます。
──ホリプロデジタルが、2021年にチャレンジしていきたいことも教えてください。
2020年までは、世間で一定の認知を得るための「フォロワー」を作ることができたと感じています。2021年は「フォロワー」を、より熱量の高い「ファン」へと変えていく施策を打っていきたいですね。いまはなかなか動きづらいですが、オフラインでのグッズ販売などを通じて、直接コミュニケーションをとる機会も積極的に作っていきたいですね。
デジタル上で曲を公開し続けてきた、小説を音楽にするユニットのYOASOBIが、あえて手に取れる形でアルバムを発売したのも、ファンのエンゲージメントをより高めるだと思います。これからはオンラインだけで物事を考えるのではなく、オンラインとオフラインの双方で物事を考えることが必要になってくるのではないか、と思っています。
それを踏まえて、ホリプロデジタルはフォロワーの熱量を高めていくために「ライブ配信」に注力していくつもりです。熱量を上げる配信を行うために何が必要なのか、スキルを洗い出し、ノウハウを言語化し、タレントに教え込めるようなカリキュラムを作っていきます。いずれは「ライブ配信に特化したタレント集団」をプロデュースしていくつもりです。
そして、まだ構想段階ですが、何者でもない人が夢をかなえていくストーリーを設計し、物が売れるまでをエンタメにする。そして、出来上がった商品を販売していく。それにより、反永久的にヒト、モノが動く仕掛けを作っていきたいと思っています。
──「エンタメの常識を変える」ために布石を打っていく。そんな1年になりそうですね。
はい。熱量の高いファンがたくさん生まれれば、既存の枠組みを超えた「次世代のタレント像」を皆さんにお見せできるはずです。いまでこそ、芸能プロダクションなのにIT企業のようなことをしていますが、これからもっと「何をしているのかわからない」会社になっていると思います。
