justInCaseTechnologiesを通じて、1月21日より保険会社向けにSaaS型のデジタル保険基盤「Master(マスター)」Technologiesが手掛ける保険会社向けのSaデジタル保険基盤「Master(マスター)」
保険会社向けのデジタル保険基盤「Master(マスター)」画像提供 : justInCaseTechnologies
  • テクノロジーを活用し、独自の保険商品を次々展開
  • 2年以上サービスを運営する中で直面した課題
  • 自社で培ったナレッジをSaaSとして提供、保険会社を後押し
  • 海外でも“イネイブラー”として事業者を支援するスタートアップが拡大

保険金を加入者同士で“わりかん”する後払い型のがん保険(わりかん保険)を筆頭に、独自の商品を複数展開してきた保険テックスタートアップのjustInCase(ジャストインケース)。これまで少額短期保険業者として個人向けのサービス開発に力を入れてきた同社が、新たな一歩を踏み出した。

兄弟会社であるjustInCaseTechnologiesを通じて、1月21日より保険会社向けにSaaS型のデジタル保険基盤「Master(マスター)」の提供を始める。

Masterは保険システム基盤、アプリ基盤、マーケツール基盤という3つの機能を用いて、保険会社を後押しするソフトウェア。このサービスのローンチはjustInCaseが自ら保険商品を開発することから、“イネイブラー”として既存の事業者をサポートする方向へと事業の軸をシフトしたことを意味する。

justInCaseおよびjustInCaseTechnologiesで代表取締役を務める畑加寿也氏の話では、約2年半にわたって複数の保険サービスを運営する中で見えてきたこと、そしてコロナ禍での業界の変化が今回の意思決定にも大きく影響を与えたという。

テクノロジーを活用し、独自の保険商品を次々展開

justInCaseは保険領域でのビジネス経験が豊富な畑氏が、2016年12月に立ち上げたスタートアップだ。畑氏は数理コンサルティング会社Millimanで保険数理に関するコンサルティングに従事した後、投資銀行やミュンヘン再保険を経てjustInCaseを創業。起業前は一貫して保険会社向けのサービスに携わっていた。

2018年6月に関東財務局から少額短期保険業者として登録を受けて以降は、同年7月にリリースした「スマホ保険」を始め次々と保険商品を開発。約2年で5つの自社商品を手がけたほか、他社との協業による保険サービスの展開にも取り組んできた。

現在justInCaseでは「わりかん保険」を始め、複数の保険商品とサービスを展開する。画像は同社のコーポレートサイトより
現在justInCaseでは「わりかん保険」を始め、複数の保険商品とサービスを展開する。画像は同社のコーポレートサイトより

特徴はテクノロジーを活用したユニークな商品だ。スマホの画面割れや盗難紛失を補償するスマホ保険では、内臓のセンサーから取得できるデータなどを用いて、ユーザーごとのスマホの扱い方を「安全スコア」として数値化。スコアが高いほど保険料の割引率が大きくなる仕組みを取り入れた。

同時に保険の申込みから問い合わせ、請求までの一連のフローがアプリで完結する設計を採用。カジュアルに保険に加入できる体験を実現している。

冒頭で触れた「わりかん保険」も発表時には話題を集めた。わりかん保険は契約者同士が年齢に応じてグループを作り、リスクをシェアするタイプのがん保険だ。保険金の支払いは後払い式で、グループ内の誰かががんと診断された際に初めて保険金が発生する。

保険料の使途およびjustInCaseの管理費が明確になっていることによる「透明性の高さ」と、自分の支払った保険料が誰かのために使われたことが実感できる「助け合いの見える化」が大きな特徴だ。

2020年1月に発売開始したわりかん保険は話題を集めた。justInCaseでは2020年12月に「実証実験終了後も販売を継続できる見込みとなったこと」を発表。現在は機能改善やサービスのリニューアルのため、新規契約を一時停止している状況だ。
2020年1月に発売開始したわりかん保険は話題を集めた。justInCaseでは2020年12月に「実証実験終了後も販売を継続できる見込みとなったこと」を発表。現在は機能改善やサービスのリニューアルのため、新規契約を一時停止している状況だ

わりかん保険のようなモデルはP2P(Peer-to-Peer)型の保険として海外ではすでにいくつも先行事例がある。日本においては前例がなかったものの2019年7月にjustInCaseが「規制のサンドボックス制度」の認定を取得し、2020年1月からがん保険の領域で販売をスタートした。

2年以上サービスを運営する中で直面した課題

2019年12月に複数のベンチャーキャピタルおよび事業会社から約10億円の資金調達を実施して以降は組織体制も強化し、着々と商品のラインナップを拡充してきた。

コロナ禍の2020年5月にはいち早く「コロナ助け合い保険」の提供をスタート。9月にはアプリで計測される毎日の平均歩数とBMIによって保険料が変動する「歩くとおトク保険」もリリースしている。

その一方で、2年以上にわたって複数の商品を展開する中で、徐々に課題を感じるようにもなっていたという。

「認知度の観点では大手の保険企業と比べるとはるかに低いですし、扱っている商品がデジタルで少額のもののため、顧客獲得のために使える予算にも限界があります。日本中のさまざまな人たちに保険を届けていくことを考えた場合に、自分たちだけでできることは限られている。そのことを2年半の間で実感しました」(畑氏)

たとえばデジタル上で比較的簡単に販売できるような保険商品であれば、すでに多くの顧客と接点がある企業や、マーケティングに多額の予算を投じられる企業の方が有利だ。justInCaseとしては自社ならではの商品開発を得意とする反面、顧客獲得に関してはエキスパートではなく「そこは正直苦労をしてきました」と畑氏は話す。

“すでに多くの顧客を抱えている既存事業者”を手助けするアプローチにも取り組んだ方が、結果的には自分たちの理念を実現することにも近付く。畑氏の中ではそのような考えに至ったのだという。

とはいえ、そこに繋がる取り組み自体は以前から動き出していた。2019年には第一生命保険に保険APIを提供する形でレジャー保険を販売(第一生命がjustInCaseの保険代理店として自社のWebアプリ上でレジャー保険を販売するスキーム。現在は終了)。同年には受託事業として、とある保険会社の商品販売ページを作るような案件も手掛けた。

保険会社と話をする機会が増える中で、既存事業者が抱える課題に気付き始めていたという畑氏。現場の解像度を上げるという目的も兼ねて、社内でも賛否両論はあったが受託ビジネスに着手した。

結果的にはその経験が保険事業者の悩みを深く知ると共に、自社のノウハウやテクノロジーを提供することが課題解決に繋がるという手応えを掴む1つのきっかけとなった。

そこに新型コロナウイルスによる業界の変化が重なったかたちだ。保険会社の中でもDX化の需要が一気に加速し、そこに予算がつきやすくもなった。さらにjustInCaseがコロナ第一波中に約1カ月でコロナ助け合い保険をローンチした動きをみて、興味を示す企業も増えたという。

「今後状況が大きく変化しうる中で『そのような開発をできるように』ということも、保険会社と直接お話しする中で何度もおっしゃっていただいた点です」(畑氏)

justInCaseおよびjustInCaseTechnologiesで代表取締役を務める畑加寿也氏
justInCaseおよびjustInCaseTechnologiesで代表取締役を務める畑加寿也氏

自社で培ったナレッジをSaaSとして提供、保険会社を後押し

今回ローンチしたMasterではこれまでjustInCaseが蓄積してきたノウハウやシステムを「保険システム基盤」「アプリ基盤」「マーケツール基盤」という3つの要素に落とし込み、SaaSとしてまとめた。

Masterは大きく3つの要素から構成される
Masterは大きく3つの要素から構成される 画像提供 : justInCaseTechnologies

保険システム基盤に含まれるのは、主に保険会社のバックエンドの担当者が触れる機能。たとえば従来の基幹システムではAPIを開放して事業の幅を広げようと思っても、膨大な工程と費用がかかることがネックになっていたそう。リスク分析や保険料の計算も含め、システム周りのペインとなりやすい部分を解消していくのが保険システム基盤の役割だ。

2つ目のアプリ基盤はユーザーとの接点となるWebアプリやモバイルアプリの体験を向上させるためのもの。アプリを継続的にアップデートし、常に使いやすい状態を保ち続けることは不可欠だが、必ずしも保険会社の得意領域ではない。そこをSaaSでサポートするのが目的だ。

Masterでは顧客のアプリ内における保険募集のUIやUXを整えられるほか、justInCaseTechnologiesの手掛けるネイティブアプリに顧客の保険商品を実装し、Push通知などを活用して顧客との接点を作ることもできるという。

3つ目のマーケツール基盤はより多くのユーザーに保険を売るための機能を集めたもの。A/Bテストに取り組む、オフラインと融合したマーケティング施策を実施するといったアクションを手助けする。

3つの基盤は用途に応じて使い分けることが可能(一部のみを導入することもできる)。料金体系は初期費用と月額の固定利用料、そして保険料に応じた手数料から構成される。

主なユースケースは保険会社が既存の保険商品を新しいチャネルで展開したり、新しい売り方にチャレンジしたりする際を見込んでいるとのこと。新しい保険商品をデジタル上で提供する際にも使えるが、まずは既存商品のデジタル化やアップデートのニーズに注力していく計画だ。

なお初期パートナーとして、すでに東京海上日動火災保険とジェイアイ傷害火災保険への採用が決まっている。

海外でも“イネイブラー”として事業者を支援するスタートアップが拡大

畑氏によると、Masterのように既存の保険事業者を支援するような動きは特に北米や欧州のスタートアップでは加速しているという。

たとえば2020年に上場したRoot Insuranceや2021年第1四半期に上場予定のMetromileは走行距離や運転行動を基にした自動車保険を展開する傍ら、損保や事業会社向けのビジネスも手掛ける。

同じく昨年上場したDuck Creek Technologies(上記3社はいずれも米国の企業)は損保会社向けのSaaSを開発する企業だ。

日本ではFinatextが以前から証券領域において非証券事業者のサービス立ち上げを支援するシステムを展開していたが、昨年新たに保険領域にも進出。保険分野ではないものの、つい先日にはコンシューマー向けに資産運用サービスを提供していたFOLIOも金融機関向けのSaaSを発表している。

スタートアップがイネイブラーとして金融機関や事業会社とエンドユーザーの間に入り、双方の課題解決に繋がるサービスを提供する。そんな流れは日本でも今後加速していきそうだ。

justInCaseとしては引き続きコンシューマー向けの保険商品の提供・開発を進めていくが、社内リソースの多くはMasterの開発・運営に当てる方針。レガシーな要素の残る“保険”という分野において既存事業者をサポートしていくことで、より多くのユーザーへと保険を届け、以前より掲げていた「あんしんの民主化」の実現を目指す。