
- 川崎重工とBCGで感じた重工業の現場が抱える課題
- 埋もれていた“工程写真”の活用で製造状況を可視化
- 「日本の重工業が世界ナンバーワンであり続けること」を後押しへ
「一貫して製造業のキャリアを数年間歩んできた中で気づいたのが、製造業の中でも特に重工業がレガシー産業であり、現場でのデジタル活用が遅れていること。(プロセス系製造業や電子系製造業など他の分野に比べても)作業の標準化が難しいためどうしても労働集約型になりがちで、デジタルの恩恵を受けることができていませんでした」
そう話すのは製造業の生産現場を支援するSaaS「Proceedクラウド」を開発する東京ファクトリー代表取締役の池実氏だ。
池氏は新卒で川崎重工業へ入社後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)を経て2020年4月に東京ファクトリーを立ち上げた。
現在同社が手掛けるProceedクラウドでは生産現場で撮影される“工程写真”を基に、製造情報のデータベースを構築。これによってサプライチェーンの見える化と技能継承をサポートする。
目指しているのは、デジタルツールの提供によって「今後も日本の重工業が世界ナンバーワンであり続けること」に貢献すること。これまで現場で十分に活用されてこなかった工程写真とテクノロジーを用いて、プラント機器や船舶、大型構造物などを製造する重工業のDXを推進していく計画だ。
2020年10月からベータ版の提供を開始し、これまで3社に試してもらいながらプロダクトの機能改善を進めてきた。2月には正式版を公開する予定で、それに向けてベンチャーキャピタルのANRIを引受先とした第三者割当増資により約1億円の資金調達も実施。組織体制を拡充しながら、サービス開発に一層力を入れていくという。
川崎重工とBCGで感じた重工業の現場が抱える課題

池氏は2013年に大阪大学大学院工学研究科を修了し、新卒で川崎重工業へ入社。兵庫県の加古川にある工場で産業用のボイラーを製造する生産技術エンジニアとしてキャリアをスタートした。
国内の工場で複数のプロジェクトを経験した後、中国や韓国など東アジアの外注会社に常駐して製作指導を行う業務に従事。2017年に同社を離れBCGへと転職した。
池氏にとって1つの転機となったのが、BCG時代に製造業やエネルギー企業のコンサルティングに携わったことだ。プロジェクトを通じて様々な業界を見ていく中で「重工業は製造業の中でも特にデジタル化が遅れている」と感じるようになったという。
「重工業の現場ではA1サイズで印刷した紙の図面を用いることが常識であったり、ハンコを捺印した紙の資料を現場の掲示板に貼り付けて工程管理を行っていたりなど、半世紀近くにわたってオペレーションが変わっていない。業界を離れ、外から見るようになって改めてレガシーな現場だったんだなと実感しました」(池氏)
重工業は船舶やプラント機器など巨大な製品を扱うため、現場では「製品の位置が固定されて、その周りを現場の担当者が動き回る」というセル生産方式が採られる。
自動車や家電製品などの製造現場で採用されているライン生産方式では比較的作業を標準化しやすく、工場のIoT化やAI活用を始めとした最新テクノロジーの導入が進む反面、セル生産方式の重工業では人がほとんどの作業を担当するため標準化が難しい。そうであるが故に、重工業ではデジタル化が遅れていたというのが池氏の見立てだ。
重工業においてはAIやIoTの導入を進めるよりも、業務やプロセスをデジタル化した方が有効なのではないか。Proceedクラウドはそのような発想が原点にある。
プロダクトの開発にあたっては川崎重工時代の繋がりに加えて、スポットコンサルティングサービス「ビザスク」なども活用しながら十数社の担当者にヒアリングを実施。その中で見えてきたのが、特に「技能継承」と「サプライチェーンの見える化」に関して課題が大きいということだ。
上述した通り重工業は製造業の中でもデジタル化が進んでおらず、生産情報やノウハウが属人化しやすい。多くの企業が人材教育や技能継承に力を入れているものの、継承すべき技術の抽出において網羅性が欠ける、それを文書化するのに負担が大きいといった点がネック。研修などを実施してもコストがかかる一方で、どうしてもその場限りの指導になりがちだ。
また現場の工程(サプライチェーン)がデジタル上で可視化されておらず、メールや電話だけでは確実な情報共有が難しいため「現地に行かないと外注先の状況を正確に掴めない」点も悩ましい。池氏自身も川崎重工時代に何度も現地へ出向いたが、「状況確認のためだけの無駄な出張がかなり発生してしまっていました」と当時を振り返る。
そもそも各国で新型コロナウイルス感染症の影響が深刻化している今、以前のように気軽に海外視察に出向いたり、スーパーバイザーを派遣したりすること自体も難しい。「現地で工程の進捗を確認する」という業務プロセスを抜本的に変える必要性も出てきている。
埋もれていた“工程写真”の活用で製造状況を可視化
これらの課題の解決策を模索する中で、池氏が目をつけたのが「工程写真」だ。
現場の担当者はデジタルカメラなどを使って1日に数十枚の写真を撮影することが一般的なのだそう。ただ従来はそのデータを「各自がローカルのパソコンに保存して管理する」ことが多く、“チーム内の資産”としては十分に活用されていなかった。
Proceedクラウドではこの工程写真をフル活用して、現場の課題解決につなげる。

同サービスでは担当者がアップロードした写真が工程(横軸)× 部材種別(縦軸)という形式で保存・共有されていく。写真には撮影日時が表示されるため日々の作業状況を把握するのに役立つほか、“本日までに完了しておくべき工程”が赤色で示されるため、外注先に写真保存権限を付与しておけば作業の遅れにもいち早く気付ける。
「現場では、工程がとんでもなく遅れたタイミングになって初めて外注先から連絡があるということも珍しくありません。そのため結局出張に行かざるを得ず、現地に行ったとしても追加でお金を支払って人員を増加するなど、本来は取りなくない選択肢しか残されていないんです。(Proceedクラウドを通じて)現場の様子が簡単に把握できるようになれば、そのようなリスクが低減されるとともに、そもそも現地に出張に行く機会自体も減らせます」(池氏)
写真はデジカメで撮影したものをドラッグ&ドロップで保存する方法に加えて、各自のスマホで撮影した写真をアップするための仕組みも開発。正式版ローンチのタイミングではスマホアプリも同時に提供する予定で、現場ですぐに写真の分類ができるようになるという。
各写真にはユーザーが書き込みやコメントを残せる機能も搭載。「若手のメンバーがアップした写真に対してベテランがフィードバックをする」ことで、口頭や文書で実施していた技能継承をデジタル化できる。
書き込みやコメントは写真に紐づいてProceedクラウド上に残っていくので、ベテランの知見やコツをいつでも自由に検索・閲覧することが可能だ。

ベータ版ではこれらの機能を実装した状態で、造船系のメーカーや大手プラントエンジニアリング企業など3社に試してもらいながら仮説検証を進めてきた。正式版では既存機能のアップデートに加え、Excelで作成することの多かった「工程表」や「報告書(工程写真の写真集)」をクラウド上でスムーズに作れる機能などを新たに追加して提供する予定だ。
領域は異なれど、たとえば建設領域では「ANDPAD」や「Photoruction」などが写真や図面をクラウド上で管理できる機能を通じて現場のデジタルシフトを支えている。これらのサービスは他にも豊富な機能を有しているので全く同じとは言えないが、ProceedクラウドはANDPADやPhotoructionの“製造業版(重工業版)”に近いサービスと捉えることもできそうだ。
「日本の重工業が世界ナンバーワンであり続けること」を後押しへ

池氏は川崎重工時代、コスト競争力の観点から重工メーカーが日本よりも人件費の安い海外の工場に外注する方向へと徐々に舵を切っていく様子を見てきた。自身も東アジアの関連会社で日本向けのボイラーを製造するプロジェクトにスーパーバイザーとして参加。現地で製作指導にもあたった。
プロジェクトを通じて現地スタッフに日本の品質レベルや管理手法を伝える中で、「自らが国内工場で獲得してきた知見を海外に流出させてしまっているのではないか」。そんな葛藤を感じたこともあったそうだ。
一方で、海外の現場を経験したことで日本の生産現場のレベルの高さも感じたという。管理手法だけでなく作業員の製品に対する理解やリテラシーの面でも日本はレベルが高く、やり方次第で十分に戦える余地があると感じた。
「ボイラーなど産業機器の一部ではコモディティ化が進み、それらの製品を作って利益を出すためには海外への生産拠点の移転は必然だと思います。今日本の重工業の現場で求められているのは、技術開発という面で“ものづくり力”を活かして新製品の開発を続け、生産を維持していくこと。生産情報を蓄積してデータベース化し、それを全員で見れる状態にすることがチームの開発力を上げることにも繋がると考えています」(池氏)
今後東京ファクトリーでは調達した資金を活用しながら組織体制を強化し、サポート体制を整えるとともにサービスの機能拡充にも力を入れていく方針だ。
直近は現在の機能を中心に「現場のエンジニアがマルチに使えるデジタルツール」としてプロダクトを磨き込みながら、ゆくゆくは基幹システムとの連携やファシリティマネジメントの領域でも使えるような機能追加も進めていくという。