LINEのボットを活用して新型コロナウイルスワクチン接種に関するQ&Aサイトを立ち上げた山田悠史氏。現在ニューヨークの大学病院で勤務する現役の医師だ
LINEのボットを活用して新型コロナウイルスワクチン接種に関するQ&Aサイトを立ち上げた山田悠史氏。現在ニューヨークの大学病院で勤務する現役の医師だ すべての画像提供 : 山田氏
  • 電話殺到でコールセンターがパンク、現場で起きた出来事
  • LINE活用で住民の不安解消と医療機関の負担軽減目指す

昨年末から日本でも新型コロナウイルスワクチンに関する報道を目にする機会が増えてきた。国内の取り組みについては厚生労働省がワクチン接種に関する情報を発表しており、2月中旬にも医療従事者等への最初の接種が始まる見通しだ。

アメリカやイギリスなどでは日本より一足早く、昨年12月からワクチンの接種がスタート。接種の優先順位や体制は国や州によって異なるものの、医療従事者をはじめ、介護施設の職員や入居者、65歳以上の住民らへと対象が広がりつつある。

ただ、いざ自分ごととなると、不安が大きいからだろうか。病院への電話による問い合わせが殺到した結果、コールセンターがパンクし、肝心の予約が取りづらい状況に陥ってしまう──現場ではそのような問題も発生しているようだ。

「日本ではワクチンを接種する側、提供する側のどちらもまだ誰も経験していません。だからこそアメリカでの経験値を少しでも日本に伝えたいと考えています。『日本はワクチン接種に関して遅れをとっている』といった声もありますが、逆にその期間を強みに変えることもできるはずです。今のうちに準備をしっかりしておくことが、現場の負担を軽減しながらよりスムーズにワクチンの接種を進めることにもつながります」

そう話すのは昨年8月からニューヨークのマウントサイナイ大学病院で働く医師の山田悠史氏だ。山田氏は昨年12月および今年1月に2回のワクチン接種を実施済み。一方で病院のスタッフとしてワクチンを提供する立場も経験した。

日本で本格的に接種が始まる前に、少しでも双方の不安や負担を和らげられるような取り組みができないか。知人の医師やIT業界のメンバーと意見交換をする中で、コミュニケーションツールとして普及しているLINEのボットを活用したQ&Aサイトを立ち上げることを決意。本日2月6日よりLINE上で「コロワくんの相談室」の運用を開始した。

なお同プロジェクトは代表の山田氏を中心に日本・海外の病院で働く10名の医師、IT業界で働くデザイナーやエンジニアら有志のサポーターが運営。サービスは無料で提供し、開発・運営資金の一部はクラウドファンディングなども通じて集める計画。また開発面ではSun Asteriskが企業サポーターとして支援している。

電話殺到でコールセンターがパンク、現場で起きた出来事

今回のプロジェクトには山田氏を中心に日本・海外で働く10名の現役医師が参画している
今回のプロジェクトには山田氏を中心に日本・海外で働く10名の現役医師が参画している

新型コロナウイルスが日本でも急速に広がり始めた昨年春、山田氏は埼玉医科大学総合診療内科で働いていた。

「その際に病院の代表電話番号がパンクするという経験をしたんです。感染流行が始まると同時に不安を感じる人が増え、『自分の症状はコロナなのか』や『こんな症状が出ているのだけどどうすればいいのか』など幅広い形で電話を受けるようになりました」(山田氏)

大規模なコールセンターを抱えているわけではないため、基本的に電話対応をするのは山田氏を含む医師や看護師たち。ただでさえ混乱している現場の中で、人々の不安や医療機関の負担の大きさを身を持って体感したという。

山田氏は8月にニューヨークの大学病院へと活動の場を移して以降も、変わらず前線に立ち続けた。勤務先のマウントサイナイ大学病院は、春先のニューヨークの第一波において最も多くの患者を受け入れてきた病院の1つ。ピーク時に比べれば少しは落ち着き、病棟外にテントを張って対応するようなことはなくなったが、それでも依然として診療の件数は多く慌ただしい状況が続いているという。

そんな状況下で、12月からワクチンの接種が始まった。当然ながら医師たちは通常の業務と並行してワクチンの接種業務をこなしていかなければならない。

「一方で感染者診療と同様に、このパンデミックを終わらせるためにはワクチン接種を進めることは最も重要な業務の1つだと医療関係者は理解しています」(山田氏)。負担を抱えながらも、どちらも絶対にやらなければならないと進めているのが現状だという。

予約時間前のワクチン接種会場の様子
予約時間前のワクチン接種会場の様子

ニューヨークでは州がワクチンに関する情報サイトを用意しているほか、各病院でもウェブサイト上で情報発信を行っている。それでも全ての住民が自発的にサイトにアクセスし、情報を収集するわけではない。

「身近な手段として、ウェブサイトを思い浮かべるよりも医師や看護師に電話して相談してみようと考える人も少なくありません。結果としてコロナの感染流行が始まった時と同じような形で、ワクチンの予約をするためのコールセンターや病院の代表番号に、山のように不安や苦情などの電話が寄せられてきた。たちまちコールセンターがパンクしてしまい、肝心の予約がそもそもできなくなってしまうという事態にも陥ってしまいました」(山田氏)

山田氏が現場で感じたのが、1人でも多くの住民をサポートするためにも医療者の負担を少しでも減らせる仕組みが不可欠であること。それと同時に、住民が正しい情報にきちんとアクセスするための手段も足りないと感じた。

「情報が欲しくても、どこに取りに行けばいいのかわからない人もいます。普段使っているTwitterやFacebookなどのSNSには間違った情報や明らかなデマも流れてくる。実際にニューヨークでもデマが拡散され、誤解が広がってしまうことがありました。基本的な情報については(州や病院が用意した)ウェブサイトに必ず書かれているのですが、そこまでたどり着けていない。そのためのサポートも必要だと痛感しました」(山田氏)

LINE活用で住民の不安解消と医療機関の負担軽減目指す

山田氏によると現在ニューヨークでは「NYC COVID-19 Vaccine Finder」というサイトが少しずつ充実してきているそう。州内の病院の予約状況の確認や予約の受付、ワクチン接種に関するFAQの確認などが可能だ。

山田氏自身、現在も電話やメールで住民からの問い合わせに対応するが、極力同サイトを使ってもらうようにアナウンスをしている。それによって少しずつ現場の状況も改善され始めたという。

一方で、日本はまさにこれからワクチンの接種が徐々に始まっていく段階だ。何かしら対策を講じなければ、第一波の時の日本やワクチン接種が始まった時のニューヨークと同じような課題に直面する可能性も高い。

「よく知らないことであるが故に不安になり、そこから必要以上にワクチンが怖いものだという感情に繋がってしまいがちです。無用な不安によってワクチン接種を受けず、その結果感染してしまったという人を1人でも減らしたいと強く思っています」(山田氏)

自身のSNSやマスメディアを通じても情報発信を続けてきたが、山田氏は「1人でできることは限られている」と限界も感じていた。そこで医師の仲間やIT業界の知人に協力を求め、有志のメンバーで解決策を相談することに。スマホから簡単に必要な情報へアクセスできる仕組みが必要との考えから、代表的なコミュニケーションツールでもあるLINE上で使えるQ&Aシステムを作ることを決めた。

初回のミーティングを実施したのは1月22日。そこから急ピッチで準備を進めてきた。

LINEのボットを活用したQ&Aサイトのイメージ
LINEのボットを活用したQ&Aサイトのイメージ。用意されている質問をLINE上からチェックできるほか、新しい質問を投稿することも可能だ

本日より運用をスタートしたLINEボットのコロワくんの相談室は、LINE上でワクチンに関する情報を得られるサービスだ。構造はとてもシンプルなチャットボット型のQ&Aサイトで、ワクチンの接種方法や効果、仕組み、副反応などについて表示される選択肢を選んでいくと知りたいことの答えが得られるというもの。

FAQ一覧画面からは基本的な情報に関する質問と回答を一通りチェックできるほか、新たに質問を投稿することも可能。投稿されている質問に対して「自分も知りたい」ボタンを押せば、質問への関心度を示せる。リアルタイムで回答が用意されるわけではないが、知りたいボタンの数なども参考に、医師たちが順次回答を追加していく計画だという。

「アメリカにいることで、日本の人たちに対して現場で全く貢献できていないもどかしさを感じていました。今回のプロジェクトは違う形でも貢献できる方法があるのではないかと考え、取り組んできたものでもあります。必ずしも全員がワクチンを打つべきとは思いませんが、本来は持たなくてもよかったはずの余計な不安を解消することで、1人でも多くの人がワクチン接種を前向きに検討できるようなサポートができればと思っています」(山田氏)

山田氏たちとのプロジェクトとは直接的な関係はないものの、LINEも先月28日に「ワクチン接種予約をLINEで完結できるシステム」の提供をスタートしたばかりだ。

この予約システムでは、LINE音声応対サービス「LINE AiCall」を活用した電話対応の自動化や文字認識技術「CLOVA OCR」を活用した誤入力確認の自動化などの仕組みを構築。住民にとって便利な予約フローの実現と現場のスタッフの業務削減が目的で、すでに全国約100の自治体にて導入の決定・検討が進んでいる。

ワクチンに関する情報収集や接種予約において、LINEが1つのインフラとして機能していく余地もありそうだ。