newn代表取締役の中川綾太郎氏
  • ネットネイティブ時代のモノづくりを追求
  • newnを支える価値観「ダサいことはやらない」
  • 具体的な数値目標を追いかけない

一定の資金とアイデアさえあれば、誰もがネットでモノを売れる──モノづくりが“民主化”されたことにより、ここ数年で新たに立ち上がるD2Cブランドの数が急増している。

アパレル、スキンケア、コスメ、フード……。さまざまな領域でD2Cブランドが立ち上がっているが、もちろんすべてが成功するわけではない。むしろ、ブランドの数が増えたことで、昨今はストーリーだけでOEM生産した商品を売り切って儲けようとするブランドも出てくるなど、まさに玉石混交とも言える状況になっている。

そうした中、D2Cブランドを立て続けにヒットさせている企業がある。連続起業家の中川綾太郎氏が代表取締役を務める「newn(ニューン)」だ。同社は身長155cm以下の小柄女性に特化したアパレルブランド「COHINA(コヒナ)」や、オンライン限定のチーズケーキブランド「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)」、コスメブランド「rihka(リーカ)」など話題のD2Cブランドを合計で6つ展開している。

中川氏は、過去に女性向けキュレーションメディア「MERY(メリー)」を運営していたペロリの創業者(編集部注:現在のMERYは小学館とDeNAが共同で設立した新会社のMERYが運営)そんな彼が新しい挑戦のため、2017年4月に設立したのがnewnだ。

ウェブサービスやアプリの立ち上げなど、いわゆる“インターネット畑”でキャリアを積んできた中川氏。なぜ、次なる挑戦がD2Cブランドだったのか。また、複数のD2Cブランドをヒットさせている要因はどこにあるのか。彼の考えを聞いた。

ネットネイティブ時代のモノづくりを追求

「D2Cブランドをやろう、と思って立ち上げた会社ではないんです」

取材の冒頭、中川氏はこう語った。今でこそ、バズワード的に大きな盛り上がりを見せているD2Cだが、newnを設立した2017年当時、日本のD2Cはまだ黎明期。日本でD2Cブランドを立ち上げる企業はほとんどなく、投資家の多くも「これまでの通販事業と何が違うのか?」と懐疑的な見方をしていた。

一方、海外ではD2Cブランドが勃興。コスメブランド「Glossier(グロッシアー)」や、スニーカーブランド「Allbirds(オールバーズ)」といったD2Cブランドがミレニアル世代を中心に支持を集めるなど、大きな盛り上がりを見せていた。そんな海外の事例を通して、中川氏は“D2C”というテーマ自体、昔から認識していたという。

海外の盛り上がりをなぞるように、2018年頃から日本でもD2Cのトレンドがやってきた。ただ、中川氏はただトレンドを見越してD2Cブランドの立ち上げを計画していたわけではないと語る。

「海外のD2Cブランドの盛り上がりを見て面白いと思ったのは、『モノを作って売る』という行為がどんどんネットネイティブになっているということです。InstagramやYouTubeなどのソーシャルメディアが台頭し、個人がメディア化したことで、マイクロインフルエンサーが大量に生まれました。その結果、趣味趣向がどんどん多様になっていき、単純なモノの価値だけではなく、ストーリーや共感がモノを売るのに求められるようになっていたんです」

「そういう時代において、ニッチかもしれないけれどもユーザーのニーズを満たすブランドは成立するのではないかと考えました。今までのリアルな販路を前提としてブランドは難易度が高いかもしれませんが、ネット前提のD2Cブランドであればデータをもとに販売予測や在庫管理もできるので、(ネットビジネスの知見がある)自分にもできるのではないかと思いました。そして何より、今までやったことがないことに挑戦したいと思った結果、行き着いたのがD2Cだったんです」(中川氏)

newnは同社の“1号インターン”だった田中絢子氏が友人の清水葵氏と共同で2018年1月に立ち上げたCOHINAを皮切りに、次々とD2Cブランドを展開している。

2019年7月には、元フランス料理シェフの田村浩二氏が2018年12月に立ち上げたMr.CHEESECAKEをグループに迎え入れ共同で運営を始めたほか、2020年2月にはヘアメイクアップアーティストの松田未来氏とrihkaを立ち上げるなど内製・協業問わず、さまざまな方法でブランドを立ち上げている。

「例えば、Mr.CHEESECAKEは実際にチーズケーキを食べてみて、美味しさに衝撃を受けたんです。『これは多くの人に知ってもらうべきだ』と思い、共通の友人を介して田村さんに会い、『一緒にやりませんか?』と声をかけました」

「私自身は美味しいチーズケーキをつくることはできないですが、一流のシェフがつくった美味しいチーズケーキを世界に広めるためのサポートならできる。rihkaもそうですが、“餅は餅屋”でお互いに得意なことに専念した方が成功確率が高まると思ったんです。だからこそ、newnは一流のスキルを持ったクリエイターがブランドをつくりたいと思ったときに、それをサポートする装置のような役割を果たせればと思っています」(中川氏)

newnを支える価値観「ダサいことはやらない」

セブン‐イレブンとのコラボレーション商品「ミスターチーズケーキ アイスクリーム」、「ワッフルコーン ミスターチーズケーキ カカオラズベリー」 Mr.CHEESECAKEのプレスリリースより

現在、COHINAは創業から3年で月商1億円程度の規模に成長しているほか、Mr.CHEESECAKEはセブン‐イレブンとのコラボレーション商品を開発するなど事業を拡大。中川氏によれば、newnは黒字を記録する事業規模になっているという。

ここ数年、D2Cブランドが乱立している中、なぜnewnのブランドは立て続けに成功を収めているのか。その理由を中川氏はこう分析する。

「newnではとにかく“ダサいことはやらない”と決めています。例えば、人のコンプレックスを刺激するような広告や、訴求の仕方は絶対にやりません。広告を打てば計画通りに数字は伸びていきますが、それを続けたとしても『広告の工夫』になってしまう。これだけ良いものが伝わりやすい時代だからこそ、広告以外の部分を工夫した方が絶対に早く成長しますし、そっちの方が現場も絶対に面白いと思います」

「他に意識していることは、必要な人を必要な場所に最適なタイミングで配置することです。例えば、Mr.CHEESECAKEは2019年7月にサイトやクリエイティブをリニューアルしました。そのタイミングで、newnのメンバーをPM(プロジェクトマネジメント)として出向させたのですが、それが結果的に現在の成長に繋がっていると思います。Mr.CHEESECAKEに関して私がやったことといえば全体の設計を整えて、やるべきことを明確にしただけです。他のブランドもそうですが、基本的には自分が『こうした方が良い』と細かく決めず、常にお客さんのことを考えている(田村氏ら)ブランドのプロデューサーに裁量を持ってもらうようにしています」(中川氏)

具体的な数値目標を追いかけない

また、newnの特徴は経営手法にもある。D2Cブランドを展開しているスタートアップの多くは外部から資金を調達し、急成長を目指すが、newnは異なる。同社は創業から自己資本で経営を続けており、自由度の高い経営が行えている。

例えば、具体的な売上目標や立ち上げるブランド数などは決めないという。ウェブサービスなどであれば考えられない話かもしれないが、「D2Cの場合は目標から逆算しない方がいい」と中川氏は語る。

「ウェブサービスとD2Cブランドでは求められるスキルが異なります。ウェブサービスの場合は開発するまでのリードタイムが長く、検証すべき仮説も複雑です。さらに一定の資金が必要になるのでVCの文脈を理解し、彼らが考える優秀の水準に到達していなければ資金を調達できず、事業は立ち上げられません」

「一方、D2Cブランドを立ち上げ、一定の事業規模にしていくために、そこまでお金は必要ではありません。事業の責任者(のスキル)がベンチャーキャピタルの求める水準に達していなくても問題ないですし、レポーティングや経営管理ができなくても、それは得意な人に任せればいい。それよりも大事なのは『こういうモノをつくりたい』という強い思いと、同じ志を持って一緒に戦うチームメンバーです。みんなが起業したわけではないと思うので、newnは責任者のニーズに応じてブランドの立ち上げに必要な仕組みを提供できる組織設計にしています」(中川氏)

例えば、newnには全社共通のCS(カスタマーサポート)メンバーに加えて、各ブランドごとに専門性が高いCSメンバーも配置。縦と横の組織設計にしたことで、情報交換やノウハウの共有が行いやすくなり、結果的にD2Cブランドの成功確度が上がっているという。

「もちろん、全員が最初から完璧にブランドを伸ばせるわけではありません。むしろ、できない方が当たり前。それでも成長を期待してブランドの立ち上げ任せるのですが、人はゼロイチをがんばると成長するんです。実際、newnでも1年ほど伸びてないブランドがあったので、成長を急がずに信じて待っていたら成長したこともあります」(中川氏)

そんなnewnに対して、多くの会社やインフルエンサーから「一緒にこういうブランドをやりませんか?」という提案もたくさん来るそうだが、基本的にそういった提案は断っている。中川氏は「本物のブランドに育てる意志やチームがあればいいと思うのですが、自分の中で『何か違うな』と思ったら断るようにしています」と語る。

現在、アパレルやスイーツ、コスメの他にも複数のD2Cブランドを展開しているnewnだが、今後さらに複数のブランドの立ち上げを予定しているという。

取材の最後にnewnが成長を続ける理由について質問したところ、中川氏は笑みを浮かべながら、唐突にこう語り出した。

「ここまで語っておいてあれなのですが……newnが上手くいっている理由は、実は現場で働くメンバーたちが優秀だけだった説があります(笑)」(中川氏)

こう言えることが、newnが成功している秘訣なのかもしれないと思った。