
- 1社目の失敗を経て、トリコを設立
- リリースから2年弱で月商2億円の事業規模に
- 500億円規模のブランドになるポテンシャルがある
- D2CブランドはM&Aとの相性も良い
大手消費材メーカーのユニリーバが、髭剃りのD2Cブランド「Dollar Shave Club(ダラー・シェイブ・クラブ)」を約1100億円で買収したのは2016年のこと。この出来事が呼び水となり、海外ではD2Cブランドの買収が加速した。ここ数年の間で、P&Gやウォルマートといった大手企業が複数のD2Cブランドを買収している。
そんなD2Cブランド買収の動きが、いよいよ日本でも起こり始めた。ファッション通販大手のZOZOが複数のD2Cアパレルブランドを展開するyutoriを2020年7月に買収したのに続き、化粧品大手のポーラ・オルビスホールディングス(以下、ポーラ)もD2Cブランド買収の動きに出た。
ポーラは2021年2月、パーソナライズスキンケアのD2Cブランド「FUJIMI(フジミ)」を展開するトリコの買収を明らかにした。買収金額は38億円。株式譲渡実行日は2021年3~4月を予定しており、今回の株式取得によって、トリコはポーラの100%子会社になる見込みだ。
ポーラはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)である「POLA ORBIS CAPITAL」を通じて、2019年10月にトリコへ出資している。そのタイミングで同社はトリコの発行済み株式の10.56%(1900株)を取得していたが、今回の買収によって残りの発行済み株式の89.44%(1万6100株)を取得する、ということになる。
なぜ、ポーラ・オルビスホールディングスは出資先であるトリコを買収することにしたのか。POLA ORBIS CAPITALの投資担当である岸裕一郎氏と、トリコ代表取締役社長の花房(旧姓:藤井)香那氏に買収の経緯について話を聞いた。

1社目の失敗を経て、トリコを設立
トリコは2018年4月の創業だ。代表の花房氏はもともと、「ヘアラボ」をはじめとした複数のウェブメディアを展開するアラン・プロダクツ(旧:ゴロー)でインターンをしていた人物。同社が2016年9月にユナイテッドに買収(編集部注:アラン・プロダクツはすでに全事業が終了している)されたことをきっかけに起業を決意した。
当時、ユナイテッドの取締役だった手嶋浩己氏(現:XTech Ventures共同創業者兼ジェネラルパートナー)の計らいもあり、花房氏は“ユナイテッドの子会社”という位置付けで会社を立ち上げる機会を得る。そして、2017年春に1社目となる「MIWAKU」を設立した。
同社はチャット小説アプリを展開していたが、なかなか結果が残せず、立ち上げから1年ほどが経ったタイミングで会社を精算。花房氏はユナイテッドを離れることになる。
1社目の起業は失敗に終わった花房氏だが、すぐに2社目となるトリコを設立した。「MIWAKUでは自分以外のコアメンバーがいなかった」という反省を踏まえ、エンジニアと共同で会社を立ち上げ、化粧品やダイエット食品、健康食品などの情報を扱う美容系のウェブメディアを運営していたものの、方向性の違いなどから半年ほどで共同創業者のエンジニアと決別してしまう。
「『今度こそは結果を出す』と意気込んで会社を立ち上げたのに、共同創業者と別れることになり、当時は完全に自信を失っていました。それから3カ月ほどは毎日アニメや映画を見て、ただただボーッとする日々。何もしない生活を送っていました」(花房氏)
花房氏が一念発起し、パーソナライズスキンケアのD2Cブランドを立ち上げようと思った理由──それは「欲しいと思える商品がなかった」という思いにある。
「美容系のウェブメディアを運営しているときに、いろんなサプリメントの紹介記事を書いていたのですが、心からオススメしたいと思える商品がありませんでした。当時、メディアを運営する中でサプリメントの成分に自然と詳しくなっていたこともあり、それならば自分で作ってしまえばいいのではないか、と思ったんです」
「そして何より私自身、過去にサプリメントを飲んで肌荒れが改善したので、良いサプリメントを自分で作って広めたいと思いました」(花房氏)
とはいえ、すでにサプリメントを販売する会社は数多くある。そうした中、花房氏が目を付けたのが“パーソナライズ”だった。
「モノやサービスの選択肢があふれかえる世の中になり、自分にとってベストな選択肢を見つけるのが難しくなっている。だからこそ、自分に最適な商品が届く“パーソナライズ”は大きな可能性があるのではないか、と思いました」(花房氏)
その考えをもとに、美容診断の結果をもとに一人ひとりの肌の悩みに合わせたサプリメントを提供するアイデアが立ち上がり、新たに参画した2人のメンバーと開発を進めていく。
リリースから2年弱で月商2億円の事業規模に
アメリカのISNF(International Sports Nutrition Foundation)サプリメントアドバイザー資格を持つ専門家の指導を参考にしながら、約10カ月ほどの開発期間を経て、2019年3月にサブスクリプション形式の「FUJIMI パーソナライズサプリメント」はリリースされた。

FUJIMI パーソナライズサプリメントは、無料の美容診断サイトによる20問ほどの設問を通して回答者の肌の状態を分析。その結果をもとに一人ひとりの肌の悩みに合わせたサプリメントを提供する、というものだ。1袋30日分の通常価格は8000円(税別、送料別)、定期購入価格が6400円(税別、送料込み)となっている。
サービスをリリース後、トリコは成長のスピードを加速させるべく、資金調達を実施。2019年4月にはXTech Venturesと野口卓也氏(バルクオム代表取締役CEO)から総額3000万円の資金調達を実施したほか、半年後の10月には、POLA ORBIS CAPITALとXTech Venturesから1億5000万円の資金調達を実施している。
2020年2月には第2弾の商品として、美容診断の結果をもとに肌の状態に合わせた最適な美容液を処方する「FUJIMI パーソナライズフェイスマスク」をリリース。1箱6枚分の価格は通常が6400円(税別、送料別)、定期購入の特別価格が4980円(税別、送料込み)となっている。
「サプリメントを1年ほど展開し、美容診断に対するニーズの高さを感じました。そこでサプリメントという“インナーケア”だけでなく、“集中ケア”にフォーカスをあてた商品もあるべきだと思い、フェイスマスクを開発することにしました」(花房氏)

花房氏によれば、現在トリコの事業規模は月商2億円ほど。サプリメントとフェイスマスクの2種類の商品を展開しているが、売上の大部分はサプリメントが占めているという。
「サプリメントと比較すると、フェイスマスクの事業規模は5分の1ほどです。実際にフェイスマスクを展開してみて、サブスクリプションと相性が良いのは継続しやすく、日常生活に入り込みやすい商品だと感じました。その点でサプリメントはサブスクリプションとの相性が非常に良かったと思います。またFUJIMIのサービスの肝である“パーソナライズ感”においても、透明な美容液を使ったフェイスマスクは、必要な5粒が包装されているサプリメントよりも実感を持ちにくい部分はあったのかなと思います。そこはとても勉強になりました」(花房氏)
ただ、サプリメントを購入した人へのクロスセルが上手くいっているそうで、花房氏は「フェイスマスクも月3000万円ほどの売上が立っています」と語る。
ここまでサプリメントが伸びた理由については、「広告の活用が大きい」と花房氏は言う。当初、インフルエンサーマーケティングやInstagramのインフィード広告を活用し、新規顧客を獲得していたが、少しずつ広告のチャネルを拡大。TwitterやYouTubeなどでも広告を実施した結果、新規のユーザー数が増加していったという。
また、新型コロナ禍の影響もあり「インナーケア」というワードで検索する人の数が増えたことで、FUJIMIに辿り着く人も増加。その結果、2020年8月に月商1億円だったトリコの事業規模が約半年で倍増し、月商2億円の規模になった。
「FUJIMIは新規ユーザーを獲得すればするだけ、積み上げ式で売上が増えていくサブスクリプションのモデルを採用しています。そのため、Instagram以外にも広告のチャネルが増えたことは事業の拡大において非常に大きかったですね」(花房氏)
500億円規模のブランドになるポテンシャルがある
リリースから2年弱で月商2億円の事業規模に──そんなトリコの急成長に誰よりも可能性を感じていたのが、既存株主のポーラだった。投資担当の岸氏はこう語る。
「ポーラは現在、9つの化粧品ブランドを運営していますが、今後の成長戦略としてブランドの領域を広げ、ポートフォリオを拡張することを掲げています。ブランドの領域を拡張していくにあたって、自社でゼロから立ち上げるだけでなく、個性的なD2Cブランドを買収することはCVCを立ち上げた時からひとつの選択肢として考えていました」(岸氏)
POLA ORBIS CAPITALは2018年2月に立ち上がってから、累計で10社ほどに投資を実行しているが、なぜトリコを買収することにしたのか。岸氏は「ポーラとの事業の親和性が高い」とした上で、その理由をこう説明する。
「トリコに投資を実行したときから、花房さんは『500億円規模のブランドをつくりたい』と言っているのですが、直近の事業成長のスピードを見て、これは本気で目指せるのではないか、と思いました。とはいえ、トリコには製品開発における課題も多くあります」
「その課題を解決し、500億円規模のブランドをつくるスピードを早めるためには、ポーラのグループに入ってもらうことが一番良い選択肢ではないかと思ったんです。またトリコはどこに投資すればブランドが伸びていくかも明確になっていました。そうした背景があり、本格的に買収の選択肢を考えるようになりました」(岸氏)
また、岸氏はCVCを立ち上げる前に、会社の新規事業コンテストで“パーソナライズサプリ”の事業アイデアを提案していたそうだが、そのアイデアが実現することはなかった。だからこそ「製造部分のハードルが高いにもかかわらず、スタートアップでそれをやり切っているのはスゴい」と岸氏は言い、トリコに対する思い入れも強かったという。
そんな岸氏の思いから、トリコを買収する話が2020年の秋ごろに始まった。当時、花房氏はシリーズAラウンドでの資金調達に動いていたそうだが、岸氏の提案をきっかけに“買収”の選択肢を本格的に考え始め、そしてグループ入りを決断する。
「過去に投資先のベンチャー企業を買収するという前例が全くない中で、最初は『本当に話が進むのだろうか』と思うこともありました。ただ、岸さんとやりとりを重ねる中で、トリコに対してアツい思いを持ってくれていることが分かったんです。国内でも最高レベルの技術力を持ったポーラのグループに入ればトリコだけではできないことも挑戦できると思い、資金調達ではなく、グループ入りの決断をしました」(花房氏)
岸氏によれば、トリコの買収にあたって投資実行から1年半の間で何回もコミュニケーションを重ねていたことが大きかったとのこと。ポーラ社内で「トリコだったら、ぜひ来てほしい」と言われるくらい信頼関係ができていたことで、スムーズに話が進んでいったという。
D2CブランドはM&Aとの相性も良い
ポーラがトリコを買収した理由はブランドのポートフォリオを拡張する狙いもあるが、他には既存の従業員たちへの“カンフル剤”としての役割を期待する狙いもある。
「化粧品業界は安定した思考を持っている人が多く、現状への危機意識やイノベーションに対する意識が自社も含めて弱い傾向にあります。そんな状況を打破するために、起業家精神がある人にグループに来てもらい、彼らと一緒に製品づくりを経験すれば、グループの若手にも良い刺激になるのではないか、と思いました」(岸氏)
買収後もトリコは独立して運営を続けていくが、必要に応じてポーラ社員とのコミュニケーションを定期的に図るほか、お互いのニーズがあえば出向の選択肢もあるそうだ。正式にポーラのグループに入ったタイミングで、岸氏と共にオルビス代表取締役社長兼ポーラ・オルビスホールディングス取締役の小林琢磨氏がトリコの取締役に就任する予定だという。
創業から約3年でイグジットを果たした花房氏。ただ「今後もやるべきことは変わりません」と強く語る。“FUJIMIを5年以内に500億ブランドにする”という目標は変えず、サプリメント、フェイスマスクに続く新規プロダクトの開発も進めていくという。

「“売却ゴール”と言われないよう、ポーラのアセットを最大限に活用して、成長のスピードをさらに早めていければと思っています。『美容診断をもとにパーソナライズされた商品を提供する』というFUJIMIブランドの軸は変えず、さまざまな領域で新しいプロダクトをスピード感を持って展開していけたら、と考えています」(花房氏)
また岸氏は最後に、「今回の買収が日本国内のD2Cブランドに対する風向きを変えるきっかけになればいいなと思っています」と語る。
「ここ数年でD2Cブランドがたくさん立ち上がっていますが、『将来的にどうなっていくのか?』と思っている人もいると思います。日本においてM&Aの選択肢は一般的ではないですが、海外では当たり前のようにD2Cブランドが大手企業に買収されています」
「D2Cブランドはサブスクリプションモデルを取り入れていることもあって、早期にビジネスの収益を安定させやすく、実はM&Aとの相性も良いんです。これをきっかけに国内でもD2Cブランドを買収する流れが出来上がり、海外のようにD2C業界全体が盛り上がっていってほしいな、と思っています」(岸氏)