
- 美味しいまま、凍らせる
- 東南アジアで見つけた“冷凍愛”ビジネス
- 特殊冷凍機の比較販売
- シーズンに関係なく海の幸が食べられる
- 特殊冷凍を使った新食感フローズンフルーツ
- “ゴミ”が“富”に変わるビジネス
- サーキュラーエコノミーが狙い
食べられるはずの食品が廃棄処分される「フードロス」問題が年々深刻化している。日本国内だけでも年間643万トンの食品が捨てられているのだ。長期保存が難しい果物は特に廃棄が多く、デパートや百貨店に並ぶ果物はその日のうちに捨てられることも。この“もったいない”惨状を、冷凍技術によって解決しようとしている企業が、デイブレイクだ。創業70年の老舗冷熱屋3代目が挑む、“冷凍イノベーション”とは。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
アフリカ象1000頭分――これは、日本国内で1年間に廃棄された食品の量だ。食べ残しや売れ残り、また消費期限などが理由で、食べられるのに捨てられてしまう「フードロス」。その量は年々増加しており、環境への悪影響にもつながっている。
このフードロス問題を思わぬ側面から解決しようとする企業が、デイブレイクだ。デイブレイクは、“特殊冷凍”と呼ばれる技術により、食品の美味しさを保ったまま消費期限を延ばすことで、食品流通の常識を変えようとしている。デイブレイクの創業者である、代表取締役CEO・木下昌之氏は70年続く老舗冷凍業者の3代目で、“冷凍”に対しての情熱も人一倍だ。
美味しいまま、凍らせる
「食べ物を凍らせると“まずくなる”イメージをもっている人が多いと思います。一般的な冷凍だとまずくなっても、特殊冷凍の技術を使うと美味しさが保たれるんですよ」(木下氏)
デイブレイクは日本で唯一、多数の特殊冷凍機を扱う専門商社として、2013年に創業した。これまで日本全国5000社以上の企業に、特殊冷凍技術のコンサルティングや提案をしてきた。

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デイブレイクの強みである特殊冷凍技術の秘密は、冷凍速度にある。肉や魚など水分を含む食材は、時間をかけて凍らせると、細胞内の水分が大きな氷の結晶となり、周りの細胞膜を壊してしまう。その状態で解凍するとドリップ(旨味成分)が流れ出てしまうのだ。しかし、特殊冷凍技術では、食品が凍る温度帯(マイナス1~5度)を急速に通過することで、氷の結晶を小さいまま保てる。結果として細胞が破壊されず、食感や味わいなど美味しさを保つことが可能なのだ。
「特殊冷凍だけでなく保管方法が非常に難しいです。温度や包装の仕方など、保管時のわずかな環境の差で賞味期限が1年以上変わってしまうこともある。そのため、何年もかけて比較と検証を繰り返し、冷凍と保管のノウハウを蓄積しました」(木下氏)
東南アジアで見つけた“冷凍愛”ビジネス
木下氏は、老舗氷屋の家庭に生まれた。元々70年前に、木下氏の祖父が神奈川県横須賀市で創業、現在は父が家業を引き継ぎ、官公庁やコンビニエンスストア向けに、冷凍冷蔵設備の設置・保守業務を行っている。
「本来であれば私が3代目社長になるのですが、ずっと昔から抱いてきた“自分にしかできないことをやりたい”という思いを形にしようと一念発起しました」(木下氏)
そこで、親の反対を押し切り、ITに明るかった友人の守下和寿氏(現・デイブレイク副社長)と一緒に、ビジネスのヒントを探るため、東南アジアに渡った。
「当初は東南アジアの経済を見るつもりだったのですが、道で売られている果物が気になりました。日本では見かけない珍しい果物が山のように並んでいるのに、衛生状態や保存方法が悪いので、傷んでどんどん捨てられていく。今でこそ、“フードロス”だといわれますが、当時の彼らにとってはそれが当たり前で、捨てている意識すらなかったと思います」(木下氏)
そこからヒントを得て、 これまで携わってきた“冷凍”の分野を“IT”と掛け合わせるビジネスを思いついた。しかし、家業で扱っているのは一般の冷凍技術。果物を新鮮なまま凍らせることのできる特殊冷凍技術は、まったくの専門外だった。
「特殊冷凍技術を使えば、フードロスを削減できるかもしれないとわかっても、特殊冷凍機メーカーとのコネクションはまったくない状態。完全にゼロからのスタートでした」(木下氏)
そこから地道に特殊冷凍機メーカーへ1件1件テレアポを行い、まずは1社、代理店権利を得た。そこからさらにライバルメーカーにも複数社声をかけ、冷凍機業界で初めて、比較販売のできる代理店を目指した。「当初は売り上げが下がることを懸念して比較販売を快諾してくれないメーカーも多かったのですが、顧客の立場に立ったセールスをするべきだと伝え続け、やっとの思いで比較販売のビジネスモデルを成立させることはできた」と木下氏は語る。
その後、仲間集めに奔走し、2013年に4人で創業した。
特殊冷凍機の比較販売
デイブレイクの商社としての強みは、前述のような比較販売に加え、冷凍ノウハウのない顧客に対して、最適な特殊冷蔵機を見つけるためのサポートを徹底している点にある。木下氏は「 “ほけんの窓口”的スタイルで、特殊冷凍機を比較できるのが強み」だと胸を張る。
「冷凍する食材の種類や環境によって、相性のいい冷凍機が違います。メーカーだと自社製品のデータしかありませんが、私たちは比較データを持っている。冷凍のプロである私たちが、中立的な立場で、最適な特殊冷凍機をコンサルティングしています」(木下氏)
コンサルティングするにあたり、複数の特殊冷凍機を比較することができるテストルームを設けている。顧客はテストルームで、凍結速度や解凍後の品質を直接確認できるのだ。デイブレイクとしても顧客と直接の接点を持てるので、顧客が抱える課題や食品業界の最新情報を吸い上げる貴重な場になっている。
シーズンに関係なく海の幸が食べられる
特殊冷凍は、シーズンによって価格が変動する食品にも最適だ。例えば伊勢海老は、5~8月が禁漁期間のため4月に仕入れると安価だが、年末になるとおせち料理需要で価格が大きく高騰する。その価格差は数万円にも及ぶ。
「新鮮な海の幸も特殊冷凍すれば、“ほぼ生”の状態に解凍することが可能です。水揚げしたての伊勢海老を特殊冷凍し、適切に保存しておくと、数年たってもお刺身として提供できます。そのため、シーズン関係なく安定した供給も可能です」(木下氏)
このように特殊冷凍のメリットはたくさんあるが、「食品会社の認知はまだまだ低い」という。木下氏は、「特殊冷凍を視野に入れることで、食品会社の事業は明らかに広がる。もっと知ってもらいたい」と語る。
特殊冷凍を使った新食感フローズンフルーツ

特殊冷凍機の専門商社として顧客に寄り添ってきたデイブレイクだが、2019年3月から新事業を開始した。特殊冷凍の技術を駆使した新食感フローズンフルーツ「HenoHeno」の製造・販売だ。
HenoHenoは、「フードロスを美味しく解決する」をコンセプトに、規格外などが理由で廃棄されていた果物を、特殊冷凍で美味しいフローズンフルーツに作り変え、オフィスや家庭に届けるサービスだ。使用する果物は、すべて純国産・無添加にこだわっている。販売開始から半年が経過した2019年9月時点で、導入実績が100社を突破し、W vetnturesを引受先とする資金調達も実施した。
「普通、果物は冷凍するとぼそぼそとした食感になってしまうのですが、特殊冷凍技術によって、サクサクした新食感が実現しています。また、冷凍前のフレッシュな風味や甘味、香りもそのまま保たれているので、とにかく美味しい。一度食べてみてほしいです」(木下氏)
果物は、ただでさえ日持ちがしない上、普通に冷凍すると、解凍後は食感が変わって味が極端に落ちる。そのためこれまでは、ジュースやジャムにするくらいしか、加工の手立てがなかった。その結果、国内の年間フードロス640万トンの中の減耗量では、果物のロスは31%に及ぶ。
「急速冷凍機で凍らせれば、氷の結晶の粒が小さいのでカチカチになりません。解凍しなくても、凍らせたままアイスとして出せると考えました。専属栄養士による実験や商社としての実績があったからこそ実現できたと思っています。まずは5年間で1万トンのフードロス削減を目標にしています」(木下氏)
“ゴミ”が“富”に変わるビジネス
HenoHenoは、生産者にも消費者にもメリットのあるビジネスモデルだ。これまで捨てるしかなかった作物がお金になるため、生産者である一次産業に携わる人の財布は潤う。これまでマイナスだった物から収益が生まれるので、まさに“ゴミ”が“富”に変わる魔法のビジネスといえるだろう。一方、消費者にとっては、健康面でのメリットが大きい。
「果物は体に良いですが、日持ちがしなくて値段が高いため、購入の障壁が高い。HenoHenoは、冷凍なので日持ちしますし、そもそも廃棄するはずの果物を使っているので安価で仕入れられます。さらに、皮や種も取った状態で提供しているので、手間をかけずにすぐ食べられます」(木下氏)
さらに、「健康経営」や「SDGs(持続可能な開発目標)」といった昨今の企業が取り組む経営課題の文脈から、オフィスでの導入も進んでいる。商船三井やロート製薬は、社員の福利厚生のひとつとして、HenoHenoを使用している。カロリーも低いので“罪悪感のないおやつ”として、ダイエットの味方にもなるため、社員からも好評だという。
サーキュラーエコノミーが狙い
現状はデイブレイクの中でHenoHenoの製造・加工・販売のすべての領域をカバーしているが、「食品メーカーを目指しているわけではない」と言う。

「生産者に還元される循環経済をつくっていきたいんです。各都道府県にある果物の産地に加工場を作る予定です。地方には、使われなくなった空き工場が多いので、そこを加工場にできるんです。地方での雇用創出にもつながりますし、冷凍技術が地方の人に伝われば、特殊冷凍機を買ってもらえる機会も増えるはずです。私たちは、冷凍のノウハウと販路を提供することに特化していきたいと考えています」(木下氏)
現在は、需要がどんどん増える中で製造が追いつかず、東京都・品川にあるオフィスで木下氏もアルバイトも一緒になり、昼夜問わず果物のカットに追われる日々だという。年間643万トンのフードロスのうち、デイブレイクが現状削減に貢献しているのは、ほんの数%だ。それでも、冷凍に懸ける情熱は冷めることなく、木下氏は走り続ける。