
「ゆくゆくは細胞解析のプラットフォーマーを目指していきたい」
そう話すのはAIを活用した細胞解析技術の研究開発に取り組むCYBO(サイボ)で代表取締役を務める新田尚氏だ。細胞単位での遺伝子解析が進めば、がんの早期発見や出生前診断などに応用できる可能性がある。CYBOでは細胞を超高速で撮像し、そのデータをAIで識別した上で目的の細胞を分取する技術の実用化に取り組む。
同社の特徴は細胞分野において「データを集めるところから、AIで細胞を分類して社会で有効活用できるようにするところまで」、一連の工程で必要となる技術を一貫して保有していること。そのために2つのハードウェアを開発しながら、取得した細胞のデータを分類・解析するためのソフトウェアも自ら手がける。

従来、医療分野はデジタル化が遅れており、細胞の検査領域でもほとんどの場合は検査士が顕微鏡を目でのぞきながら業務を進めている状況。AIなどを活用してより高度な取り組みを行うためには、そもそもデジタルデータを作るところから始める必要があった。
CYBOではスライド上の細胞を高速3D撮像できる独自のAI細胞スキャナ(SHIGI)や、集めたデータをクラウド上に格納するためのエッジークラウド連携技術などを活用して細胞のデータベースを構築。アノテーション(注釈データの付与)用のツールも保有し、専門家とタッグを組みながら「細胞を自動で分類・解析するAI」を作る。
たとえば、がん研有明病院とは約1年前からより精度の高い「子宮頸がん検診」の実現に向けて共同研究に取り組んできた。昨年末には実際にCYBOのAI細胞スキャナを病院の細胞診部に設置し、約2000件分の検体データを収集。医師たちの協力を得ながらアノテーションを進めているところで、ゆくゆくはAI細胞診システムとして実用化し、 子宮頸がんの早期発見を目指していく。

新田氏によると新しい技術を活用したがんの早期発見に関しては「感度(検査で検出したい疾患を有するものを正しく陽性と判断できた割合)」に目が行きがちだが、現在臨床の現場では「特異度(検査で検出したい疾患を有さないものを正しく陰性と判断できた割合)」をいかに担保できるか、つまり「いかに偽陽性を出さないか」が重要視されるようになってきているという。
「現場ではより感度が高くて、かつ特異性が高い技術が必要とされるようになっています。もともと細胞診は古い技術ではあるものの、遺伝子の検査よりも特異度が高いんです。ただ人手がかかるから大変だという課題もある。私たちはその『特異性の高い優れた技術』をAIの力で(現場の負担を抑えながら)今後も使える形にしていきたいと考えています」(新田氏)
子宮頸がんのプロジェクトが軸となるが、今後はプロジェクトの展開先も徐々に広げていく計画。CYBOではすでにオンコリスバイオファーマとの血中循環がん細胞(CTC)検査領域における取り組みや、東京大学病院とのコロナ血栓症関する共同研究などを始めている。
事業に関しては、まずは上述した例のようにハードウェアとソフトウェアを組み合わせて医療機関の診断をサポートする「診断AI」を展開していく計画。同社では細胞画像をAIで解析して目的細胞を分けていく装置(ENMA)も開発中で、次のステップではさらに高度な細胞精密解析事業も手がけていく方針だという。

CYBO創業者の新田氏はもともとベンチャー企業で細胞分析装置の開発に携わった後、前職のソニーでは8年間フローサイトメーター(細胞分析機器)の事業化に取り組んできた人物。合計で約20年ほどこの領域に関わってきたベテランだ。
その後内閣府の革新的研究開発推進プログラムImPACTにて、東京大学教授の合田圭介氏がプログラムマネージャーを務める研究グループで現在のCYBOに繋がる基盤技術を開発。その仕組みを社会実装するべく、合田氏らと共に2018年7月に会社を立ち上げた。
冒頭でも触れた通りCYBOが見据えているのは細胞解析のプラットフォーマーだ。遺伝子解析の領域でプラットフォーマーとして複数事業を展開する米イルミナを1つの目標に、細胞解析の領域で同じような立ち位置を目指していく。
そのための資金として3月1日にはインキュベイトファンドを引受先とした第三者割当増資により、シードラウンドで6000万円の資金も調達した。
「長期的には細胞解析の市場ががんの診断や出生前診断、あるいは細胞医療といったようにさまざまな領域へと広がっていく、言うなれば『細胞経済圏』が広がっていくことに合わせて、自分たちの事業もしっかりと伸びていくようなモデルを作っていく計画です」(新田氏)