
- ヤフーで遺伝子解析サービスを作った起業家、ゲノム領域で新たな挑戦
- 従業員の健康ケアや健保の医療費削減をサポート
遺伝子情報をもとに、自らの祖先の情報を調べたり健康上のリスクを判定したりできる遺伝子解析(ゲノム解析)サービス。アメリカでは3000万人を超える個人に利用されており、「Ancestry」と「23andMe」の大手2社を筆頭に複数のプレーヤーが参入する大きな市場となっている。
日本でも唾液を用いて遺伝子情報を解析できるサービス自体は数年前から存在するものの、アメリカに比べるとまだまだ普及しているとは言えない状況だ。
2020年2月創業のZene(ジーン)もこの領域で事業に取り組む1社だが、従来と異なるのは消費者向けではなく企業や健康組合向けにサービスを開発していること。疾病リスクが高いと判定された従業員に対してはリスクを低減するプログラムを合わせて提案することで、病気の予防や医療費の削減をサポートする点も特徴だ。
Zeneでは3月8日より企業や健康組合の募集を開始し、まずは2型糖尿病や乳がんを対象にサービスの提供を始める。
ヤフーで遺伝子解析サービスを作った起業家、ゲノム領域で新たな挑戦
Zeneはヤフーでデジタルヘルス分野に10年以上従事し、遺伝子解析サービス「HealthData Lab」の事業責任者を務めていた井上昌洋氏らが立ち上げたスタートアップだ。代表取締役を務める井上氏と取締役の有地正太氏はともにバイオ領域のバッググラウンドを持ち、前職のヤフーではHealthData Labを軸に日本での遺伝子解析事業の展開に携わった。
この2人に加えてヤフーで法務部⻑や法務本部⻑、執行役員を務めた経験のある別所直哉氏がZeneの創業メンバー。バイオ領域の知見がある2人と、リーガル領域の専門家がタッグを組んでスタートしているのがチームの特徴だ。
Zeneが手掛ける「Zene360」は上述した通り企業や健康保険組合向けの遺伝子解析サービス。企業の福利厚生施策や健康保険組合の保険事業の一環としてサービスを導入してもらい、所属している従業員に対して遺伝子解析を通じた疾病のリスク判定やリスク低減のプログラムを提供していく。

井上氏は改めてこの領域で事業を立ち上げるにあたり、今まで日本の市場で足りていなかったことを考えた。その際、まず頭に浮かんだのが「これまでの遺伝子解析サービスが、遺伝子情報を調べても結果がレポートとして返ってくるだけ」ということだった。
「大多数の人は、その結果を受けてどうしたら良いのかがわからないのです。一部の人はレポートを読み解いて具体的な施策に落とし込んでいましたが、一般的にはハードルが高く、誰もが同じようにできるわけではありません。具体的な介入プログラムを用意した上で、行動変容することに対してインセンティブが発生するような仕組みが必要だと考えました」(井上氏)
採取した唾液検体を送付することで遺伝子解析が受けられる点は従来のサービスと大きな違いはないが、Zene360ではリスクが高いと判定された人に対して個別のプログラムを提案する点がポイント。たとえば「2型糖尿病のリスクが高いとされた人に野菜を無料で届ける」「脳梗塞のリスクが高い人は脳ドッグを無料で受けられる」といった具合だ。
ある交通系の企業は従業員が心疾患になってしまうと顧客に迷惑がかかってしまうこともあり、福利厚生の一環で脳ドックの受診料の補助を積極的に進めているそう。ただ実際に受診する従業員はその中の一部のみ。そこで「遺伝子解析を通じてリスクが高いと判定された人には個別で案内し、無料で脳ドッグを受けてもらう」といった用途でZene360の利用を検討しているという。
リスクに応じて提供する各介入プログラム(食事や運動指導など)はZene自身が開発するわけではなく、関連する事業者などとパートナーシップを組みながら企業のニーズに合わせて最適なものをマッチングする計画だ。
「全員に同じようにインセンティブを出すのではなく、リスクの高い人に濃縮してインセンティブを提供した方が、結果的には従業員のQOLの向上だけでなく健保全体の医療費の最適化にも繋がると考えています。その効果についてもしっかりとエビデンスを出し、明確なメリットとして訴求していきたいです」(井上氏)

従業員の健康ケアや健保の医療費削減をサポート
最初は2型糖尿病と乳がんを対象としてサービスを始めるが、循環器や大腸がんなどへの準備も進めているそう。法人向けに提供する場合は消費者向け以上に「精度」や「エビデンス」が重要になることから、疾患ごとに大学と共同研究に取り組み、最新の科学的根拠に基づいてサービスを開発できる体制を作っている。
また精度の観点から、従来よく使われていた手法ではなく「ポリジェニックリスクスコア」と呼ばれる機械学習技術を活用したアプローチを採用。この手法自体はすでに複数の論文が出ており、アメリカを中心に海外では広がり始めているものだが、日本市場ではまだ事例がなかったという。
従業員の視点では、従来に比べて安価にリスク評価を受けられる点も特徴。「(解析の内容によっても違いはあるが)一般的な遺伝子解析サービスは大体3万円ほどかかる」ところを、Zene360では従業員1人あたり5000〜6000円程度で提供できる予定だ。
Zeneとしては遺伝子解析サービス単体で収益を上げるのではなく、個人情報保護法などに則った形で集めたデータを活用しながら事業を広げていく計画のため、この価格帯で提供できるという。

目指しているのは「(医療の)プレスクリーニングの手段として遺伝子解析サービスを根付かせる」こと。疾病のリスクを事前に知ることで、未病の段階から介入プログラムを通じて予防のためのアクションをいち早く実施していく。またそれを企業や健康保険組合のサポートにも繋げていく狙いだ。
そのための資金としてZeneではインキュベイトファンドを引受先とした第三者割当増資により5000万円の資金調達も実施済み。組織体制を強化しながら、サービス開発を加速させていくという。