
- 水深1000メートルまで潜れる水中ドローン
- 深海好きのロボット開発者
- “人でなくてもできる”部分をロボットに
- 海のグーグルマップを作る
地球上の約7割を占める海のうち、人類が足を踏み入れた領域は“テニスコートに針1本”と例えられるほどに、ごくわずかだ。そんな特殊な深海をフィールドに、日本で唯一の水中ドローンを開発するスタートアップがある。2020年には50億円に到達するほど市場規模が拡大している水中ドローンビジネスの裏側に迫った。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
“空の産業革命”といわれ、急拡大した空中ドローン市場。実はその“水中版”である水中ドローンが、ビジネスで使われ始めている。水中インフラの管理やダム底の点検、養殖業の生育調査などあらゆる事業で活用できる水中ドローンの、国内で唯一、開発から販売まで手掛けているスタートアップがFullDepthだ。
水深1000メートルまで潜れる水中ドローン

FullDepthが開発している水中ドローンは、日本で初めて開発された産業用水中ドローンだ。海外製の水中ドローンは、日本でも販売されているが、産業用に特化して開発から手掛けている企業は他にない。
最大水深1000メートルまで潜れ、人力で持ち運べる重量(22~28kg)に抑えている。機体の操縦は直感的に操作が可能な市販のゲームコントローラーで行うため、大掛かりな設備や人員を要さず、コストを抑えた利用ができる設計だ。
バッテリーやモーター、カメラの構造は、空中ドローンの構造を応用している。また、インターネットを介して、リアルタイムで水中の様子を確認できる。水温や深さ、酸素量や濁り具合などの水中の計測データは自動的にクラウド上に蓄積される。
ドローンの世界には4段階の飛行レベルが存在する。レベル1が「目視での操縦飛行」、レベル2が「目視内での自動・自律飛行」、レベル3が「無人地帯での目視外飛行」、レベル4が「有人地帯での目視外飛行」だ。空中ドローンはレベル3までクリアしているが、水中ドローンはまだレベル1の段階にある。
FullDepth代表取締役の伊藤昌平氏は「水中ドローンも、レベル3まで進化させたい」と意気込む。
「陸上や空中のドローンは色々な種類があるのに、水中ドローンはまだ種類がありません。深海は、陸上の技術をそのまま使えず、深海そのものすらまだ解明できていない特殊な領域ですが、それぞれの産業の課題に合わせてソフトウェア・ハードウェア両面で開発を続け、水中のプラットフォームを目指したい」(伊藤氏)
深海好きのロボット開発者
伊藤氏は、子どもの頃からロボットと深海生物が大好きだった。筑波大学に入学し、ロボットの試作開発に没頭する中、偶然観たテレビの特集で、子どもの頃に図鑑で見た深海魚「ナガヅエエソ(三脚魚)」に再会した。
「テレビを観ていてふと、『人が潜ることのできない深海の映像を、どうやって撮影してるんだろう?』と疑問に思ったんです。そして、ロボットが撮影していると気付き、いつか自作のロボットで深海を冒険してみたいという気持ちが芽生えました」(伊藤氏)
これを契機に、まずは趣味で水中調査ロボットを作り始めた。その後、2014年6月にfulldepthの前身である空間知能化研究所を立ち上げ、ロボットの受託開発に従事。その後、「本当にやりたい深海ロボットの開発をしよう」と改めて思い至り、海洋調査分野の学術機関へ、市場の課題のヒアリングを開始した。いざ、市場を調査してみると、「水中のことは、いまだによくわからないことだらけ」だと思い知ったという。

「水中を調査しようとすると、潜水士が潜るか、調査用の大型ロボットを稼働させるしかありません。人が潜ると危険がつきまといますし、大型ロボットを稼働させるには1日1000万円単位の大幅なコストがかかってしまう。そのせいで、これまで深海を調査する機会は限られており、知る手段がなかったのです」(伊藤氏)
水中はよく「宇宙と似ている」といわれるほどに、地球上にありながらにして未知の領域だ。深くても浅くても、冷たい水の中に入るだけで人の体には負荷がかかり、命に危険が及んでしまうため、潜っている時間は最小限に抑えなければいけない。また、既存の遠隔操作型の無人潜水機は、主に研究機関向けに受託開発されるため、どれも一点モノで高コスト、かつ大掛かりなものばかりだった。
そのせいで、水中を点検・調査するのが困難なままになっていた。例えば、日本のダムの多くは50年以上前に作られており、点検には潜水士が必要で危険が伴うため、底まで調査するのは難しい。また、魚の養殖においては、生育状態や定置網の状態を確認する手段がなく、勘と経験に頼り切った状況だった。洋上風力発電などの海洋産業や海底資源を掘る石油探査でも、調査や点検が大掛かりになり、コストがかかりすぎるという課題感があった。そこに、FullDepthの水中ドローンの「手軽さ」が、ぴったりはまったのだ。
空中ドローンが当初ホビー用として流行し、その後産業に活用されていったのと同様、水中ドローンもFullDepthが開発を始めた当初は、ホビー用が主流だった。その中で、地道に実証実験を重ね、2018年6月にサービス提供を開始。さらに同時期、神奈川県相模湾沖で、水中ドローンでは世界初の深海1000m域にまで到達し、深海生物の調査も達成した。
その後も順調にサービス化を進め、2019年5月には、Drone fundをリードインベスターとし、Beyond Next Ventures、三井住友海上キャピタル、筑波総研を引受先とする総額3.4億円の資金調達を実施した。
“人でなくてもできる”部分をロボットに
FullDepthの水中ドローンは、主に水中の構造物の点検に利用される。販売モデルを中心に、月額20万円からのサブスクリプションモデルも実施している。
「水中機材は過酷な現場でトラブルが付きもの。実際に船で調査する地点まで行っても、構造物が見つからなかったり、何らかの要因で動けなくなったりすることがあります。 そんな時でも、必ず潜れる状況を作る保証付きビジネスモデルとして、保守メンテナンス・保険・機材レンタルをセットにしたプランを用意しています。万が一トラブルがあったら、すぐ代替機を使うことも可能です」(伊藤氏)
現在、設計から開発、製造まですべて自社で実施しており、今後は画像処理やソフトウェアの技術を伸ばしていくために、業務提携にも積極的な姿勢だ。
海のグーグルマップを作る
海洋調査無人探査機の世界市場は急成長を遂げており、伊藤氏によれば「2022年には5500億円へと拡大する見込み」だと言う。もともと、資源探査や科学調査などが市場の中心であったが、水中ドローンの誕生によって、それ以外のインフラや水産業などに市場が拡大したことが要因だ。仕事の過酷さから潜水士の人数が減少している背景もあり、需要は急速に増えている。
「以前、Drone Fundの千葉功太郎さんが『日本のインフラはすごく古いから、まずは国内で老朽化のメンテナンスを頑張れれば、そのノウハウは世界で通用する』と言っていて、たいへん共感しました。水中ドローンによって、国内の水産業やインフラ業のレガシーな課題を解決していけば、海外にも展開できると考えています」(伊藤氏)
実際にセールスしてみると、産業用水中ドローンの存在自体を知らなかったり、水中ドローン自体は知っていてもビジネスで使う発想がなかったりすることも、まだまだ多いという。
「ロボットは、完全な人の代わりにはなれませんが、人でなくてもできることをロボットに補完させることはできます。その手段を作ることが私たちの使命だと思っています」(伊藤氏)

FullDepthという社名は、“海で一番深いところ”という意味だ。地球の約7割は海で、そのうち人類が到達したのは“テニスコートに針1本”と例えられるほどごくわずかで、なんと9割以上が未知の領域だといわれている。「海全域を当たり前に知れるようになり、人類の活動領域を広げる」ことが、FullDepthの最終目標だと伊藤氏は言う。
「昨年水深1000mまで到達しましたが、今後もさらにドローン開発を進め、海の土壌データを集めようとしています。将来的には、視覚的なデータにして、“海のグーグルマップ”を作りたい」(伊藤氏)
海のように深い伊藤氏の水中ドローン愛で市場がさらに拡大し、深海が未知の領域ではなくなる日も近いかもしれない。