
- 次のトレンドは「非金融事業者によるリバンドル化」
- Embedded Financeにおける3つの役割
- さまざまな企業が金融サービスに挑戦できる土壌を
- 金融サービスの次の担い手は「顧客接点を持つ事業者」に
- 日本でもプラグイン金融は広がるか
「金融サービス」は銀行や証券会社といった金融機関が運営するもの──。その前提が大きく変わりつつある。
Uberがドライバー向けの金融サービスを開発したり、LINEが決済や資産運用など金融サービスを続々とローンチしたり。“顧客との接点”を持つ事業会社が金融領域に進出する流れが国内外で広がってきた。
その中で注目を集めているのが「Embedded Finance(エンベデッド・ファイナンス)」という概念だ。
組み込み型金融やプラグイン金融などとも訳されるこの言葉は「非金融系の事業者が既存サービスに組み込む形で、金融サービスを提供すること」を意味する。まさに上述したUberやLINEの取り組みがその一例だ。
近年はさまざまな事業者が低コストで金融サービスに挑戦できるように、APIを通じて必要な基幹システムをまるっと提供するプレイヤーも増え始めた。
2013年設立のFinatext(フィナテキスト)ホールディングスは、日本国内でいち早くEmbedded Financeの事業をスタートさせた1社だ。
「金融基幹システムのSaaS化」をテーマに掲げ、まずは証券業の機能に特化した金融インフラサービスを開発。2019年11月に同サービスの1号案件として、協業先のクレディセゾンとポイントを活用した投資アプリ「セゾンポケット」をリリースした。
2020年11月には2号案件としてANAグループのANA Xと提携し「Wealth Wing」も公開している。
今回はそのFinatextホールディングスで取締役CFOを務める伊藤祐一郎氏に、Embedded Financeが注目を集める理由とその全体像について話を聞いた。
次のトレンドは「非金融事業者によるリバンドル化」
Embedded Financeはフィンテックの変遷における第3の波と言われる。そのため、そこに至るまでの業界の流れを大まかに把握しておくと、Embedded Financeの全体像を捉えやすい。

第1の波は1990年台後半から2000年以降に起こった「金融のオンライン化」だ。
特に2000年以降はEコマースの台頭に伴って、金融サービスをオンライン上で提供する流れが生まれた。ネットバンクやオンライン専業の証券会社が一気に登場し、手数料の面で業界に大きな変革をもたらすとともにチャート機能などオンラインの良さを活かした機能を提供。オンライン化によって手数料の引き下げと機能の拡充が進んだ。
そこから金融サービスのオンライン化が浸透してから数年後、次第に「モバイル化とアンバンドル化」の波が訪れる。
スマートフォンの普及に伴いモバイルで使いやすいサービスへのニーズが高まり、そこに狙いを定めたフィンテックスタートアップが誕生。モバイルへの最適化と特定の金融サービスへの特化(アンバンドル化)によって良質な顧客体験を実現することで、ユーザーを獲得した。
昨年マザーズに上場し、現在も時価総額が1000億円を超える「ウェルスナビ」などはまさにそのタイミングで生まれたサービスと言えるだろう。
一方で手数料の引き下げや機能の高度化などが進んだ結果、徐々に“機能面での差別化”が難しくなり「金融サービスのコモディティ化」が進み始めた。これが近年第3の波としてEmbedded Financeへの関心が高まっている1つの背景だ。
伊藤氏は「非金融事業者によるリバンドル化」が次のトレンドだと話すが、ここでポイントになるのが金融サービスの担い手が変わること。その担い手は既存事業を通じて「顧客接点」を持っているプレイヤーだ。
「機能面で細かい差別化が難しくなると、徐々に『いかに安く顧客を集客できるか』または『いかに的確な提案ができるか』の戦いヘと移行するようになります。そこでカギを握るのが、どうやって顧客との接点を作るかです」
「顧客に近い企業が(既存事業と合わせて)金融サービスを運営した方が低コストで集客できたり、既存サービス内で蓄積されたデータに基づき適切なタイミングで適切な商品を提案することができたりする。仮にどの金融機関を使っても一緒なのであれば、普段から慣れ親しんでいて、楽に使える場所を選ぶ人も多いはずです」(伊藤氏)
この流れが最も進んでいるのが中国のアリババ(Alipay)とテンセント(WeChat)。日本でもメッセンジャーアプリとして地位を確立したLINEが金融サービスのラインナップを拡充し、ユーザーを増やし始めた。
同社は3月にZ HOLDINGSとの経営統合を果たしている。データ保管に関する問題も取りざたされているが、事実上日本で一番にこの流れをくんでいる企業であると言えるだろう。また、メルペイを擁するメルカリも今後近い存在になっていく可能性がありそうだ。
これからは顧客との接点を持つ非金融系の事業者が、既存サービスに紐づく形で金融サービスをまとめて提供するようになる(リバンドル化)──。それこそがEmbedded Finance、伊藤氏の言葉を借りれば“プラグイン金融”という考え方だ。
Embedded Financeにおける3つの役割
Embedded Financeを理解する上では、「Brand(ブランド)」「Enabler(イネイブラー)」「License Holder(ライセンスホルダー)」という3つの役割を押さえておくことが重要だ。

ブランドとは最終的に金融サービスを消費者へ提供する事業者のこと。既存サービスに金融機能を組み込む形で、顧客が触れるUIや一連のサービス体験を作る。冒頭で触れたUberやLINEはこのブランドに該当する。
イネイブラーは後述するライセンスホルダー(金融機関)と顧客接点を持つブランドの間に入り、システムで両者を繋ぐ役割を担う。このイネイブラーがAPIプラットフォームを通じて金融基盤をブランドに提供することにより、ブランドは自身で1からシステムを開発せずとも金融サービスを顧客に届けることが可能だ。
近年アメリカを中心にイネイブラーに分類されるフィンテック企業の勢いが増しており、Marqeta(マルケタ)やAffirm(アファーム)、Galileo(ガリレオ)などがその代表格。たとえばUberはUber Cardを提供するにあたり、自社でシステムを持たずにMarqetaのサービスを活用している。
最後のライセンスホルダーとは金融ライセンスを持って金融商品やサービスを組成する事業者をさす。彼らが支援をすることで、ブランドは規制を遵守した形で金融サービスを提供することができるようになる。
アメリカではCross River Bankなど、元々中小規模でパートナー戦略をとることに活路を見出した金融機関がこの役割を担うことが多い。
この3者の関係性は国によっても大きく異なる。アメリカがそれぞれ綺麗に棲み分ける形で機能している一方で、日本や欧州はイネイブラーとなるプレイヤーが自らライセンスを取得し、APIを通じてブランドへ金融機能を提供する傾向が強いという。
つまり1つの事業者がイネイブラーとライセンスホルダーのポジションを務めるわけだ。
さまざまな企業が金融サービスに挑戦できる土壌を
まさにFinatextもグループ会社のスマートプラスがイネイブラー兼ライセンスホルダーとして、2019年に証券領域で「BaaS(Brokerage as a Service)」事業を立ち上げた。

従来企業が自社で証券サービスを開発する場合、大きなボトルネックになってきたのが膨大な時間と費用だ。
通常はパッケージ型のソフトウェアをカスタマイズして開発することが多いが、その方法では数十億円規模の初期費用がかかる。実際に証券事業を始めるにはサービス開発と並行してライセンスを取得せねばならず、1~2年の準備期間が必要だ。
そこでスマートプラスでは、証券サービスに必要となる裏側のインフラシステムを“サービスとして”事業者(ブランド)にまるっと提供する仕組みを作った。
汎用的なSaaS型のシステムにすることで、カスタマイズの制限はあるものの初期の導入コストを10分の1程度に削減。さらに証券サービス自体は証券会社であるスマートプラスが提供する形式をとることで、導入企業は仲介業のライセンスを取得するだけでサービスを展開できるようにした。
このスキームによってライセンス取得にかかる時間を減らし、最短6ケ月ほどでサービスを開発できるようになる。
「自分たちだけでやろうとすると最初から10人、20人単位で人を雇わなければいけません。(そこまでコストをかけてしまうと)実際にライセンスを取得してサービスが開始できるまでの数年間で業界や会社の状況が変わったからといって、簡単に中止することはできない。金融サービスに関心のある企業は多いものの、ものすごくハードルが高く、断念する企業が多かったのが実情です」(伊藤氏)

最初のパートナーとなったクレディセゾンの事例ではスマートプラスがスマホアプリの開発までサポートしたため、サービスローンチまでに約1年を要した。それでも証券サービスの立ち上げという観点では従来に比べて遥かに短い期間と言えるだろう。
なお伊藤氏によると「APIだけを提供して後は顧客企業に任せる」のは、現状では顧客企業側に豊富な開発リソースがないと難しいこともあり、当面はスマートプラスがエンドユーザー向けのアプリ開発まで含めて支援していくことも考えているという。
金融サービスの次の担い手は「顧客接点を持つ事業者」に
もし日本でもEmbedded Financeを支える仕組みが広がれば、普段からよく使っているサービスの運営元がいつの間にかフィンテック企業になっていた。そんなことが起こるかもしれない。
証券の分野にもその可能性があるというのが伊藤氏の見立てだ。特に投資の中でも中長期で資産を増やしていくウェルスマネジメント(資産形成)に関しては、従来のオンライン証券は十分にはアプローチできていないという。
「資産形成の場合は『どのタイミングで、なぜ資産形成をするのか』という文脈も踏まえたアドバイスが非常に大事になります。もともと金融機関は担当者が定期的に顧客の自宅を訪問し、家庭の事情を詳しく把握した上でアドバイスをしてきました。ところがこれがオンラインになった途端、顧客との接点がなくなってしまい、文脈に沿った提案ができなくなってしまったんです」(伊藤氏)
そのぽっかり空いた穴を埋めていくプレーヤーは誰か。それは「顧客のデータを保有し、顧客を1番理解している事業者」だという。
たとえば冒頭で名前を出したUberは兼ねてからドライバー向けのローンサービスを検討しているようだと報じられてきた(同じライドシェアサービスのGrabはすでにローンサービスを提供済み)。
彼らは既存サービスを通じて各ドライバーの行動ログや顧客からの評価を蓄積しているため、「この人は一生懸命やっていて、事故もしないし顧客からのクレームもない」ということを知っている。
UberやGrabの立場からすると、成績の良いドライバーにはもっと良い車を購入してもらい、さらに活躍して欲しいはずだ。それはほとんどのドライバーにとっても望ましいことだろう。
そこで「稼いだお金の一部を頭金にしてローンを組み、もっと良い車を買いませんか?」とローンや資産形成サービスを提案できればどうだろうか。
何の文脈もなく唐突に「お金を借りませんか」「資産形成をやりませんか」と提案するのではなく、ドライバーの状況を踏まえて最適なタイミングで最適な金融サービスを提案する。その基となるのは「証券会社にはわからない、UberやGrabだけが知っている情報」だ。
「それがまさに『サービスと金融をつなぐ』ということだと思うんです。顧客にとって大事な瞬間を掴んでいる人が、(普段提供しているサービスと)シームレスに金融サービスを提案する。これができれば無理やりニーズを作り出すのではなく、顧客の中の潜在的なニーズをきちんとすくい取れるはずです。この体験はすでに顧客が慣れ親しんだサービスの“ついで”に金融サービスが提供されることで、初めて成り立つと考えています」
「正直、いずれ金融サービスはどこででも買えるようになると思っているんです。だからこそ『誰がどういう理由でサービスを提供するか』の戦いになっていく。あの企業だから提案できた、ということが絶対にあるはずなんですよね。では誰がそれを実現できるかというと、実は既存の金融機関ではなく、一番顧客のことを理解している全然別の業界の企業かもしれない。そこに次の大きなチャンスがあると思っています」(伊藤氏)
日本でもプラグイン金融は広がるか

日本では上述したLINEのほか、LINEとの経営統合を行ったZホールディングスがさまざまなサービスと組み合わせて“ニーズに沿った最適な金融商品”を提案する「シナリオ金融」構想を進めている。
たとえば「ヤフオク!」でスマホ・家電修理保険を提供したり、「Yahoo!トラベル」で宿泊キャンセル保険を提供したりといった形だ。
また、メルペイは貸付投資サービスの「funds」と組んでメルペイ残高を使って“資産運用”ができる仕組みを作った。厳密には現時点でサービスに組み込んでいるわけではないものの、今後組み込み型になっていく可能性もあるというのが伊藤氏の見解。そのほかではBASEも2018年からショップオーナー向けの資金調達サービス「YELL BANK」を手掛ける。
まだまだ数は限られるものの、IT系の事業会社が既存サービスと紐付けて金融機能を提供する事例も少しずつ生まれ始めている。
Finatextとしては証券領域を皮切りに他の領域でも必要な基盤をSaaSとして提供することで、金融サービスにチャレンジする事業者を支援をしていく計画。昨年9月には第2弾として保険領域でもBaaSと同様のサービスを立ち上げた。

最近は同社に限らず、日本国内で同様の動きが見られる。
先月には保険スタートアップのjustInCase(ジャストインケース)がまさにイネイブラーとして事業者向けのサービスをスタート。個人向けの投資サービスを手がけてきたFOLIO(フォリオ)も金融機関向けのSaaS事業を始めた。与信サービスの領域では昨年12月に紹介したCrezit(クレジット)が近しい仕組みを開発する。
国によって事情は異なるものの、米国のプライベートエクイティファームLightyear Capitalが出したレポートではEmbedded Financeの市場が2020年から2025年の5年間で約10倍の2300億ドル規模にまで拡大すると予測されている。
事業者を裏側で支えるイネイブラーやライセンスホルダーの存在が、今後さらに重要になりそうだ。
>>3月30日(火)公開の後編ではFinatextホールディングス創業者で代表の林良太氏に、起業してからBaaSの構想に至るまでの背景や今後の展望について聞いた