
- コア技術は“理研生まれ”の細胞ビッグデータ診断技術
- AIと掛け合わせることで創薬や再生医療の課題解決へ
- スタートアップだからこそできる挑戦へ、研究室時代の同級生が再びタッグ
“難病”で苦しむ人を救うための方法として、最新の医療技術やバイオテクノロジーを活用したアプローチが注目を集めている。
新薬の開発プロセスにAI技術を取り入れる「AI創薬」はその代表例と言えるだろう。難病であるほど新薬の開発難易度と開発コストが高くなるため、従来とは異なる創薬技術のニーズは大きい。
そこでカギを握るのがAIに学習させるビッグデータだ。
アルゴリズムがあっても、基となるデータがなければ始まらない。AI創薬自体は以前からさまざまな企業が取り組んできているが、「AI創薬用のデータがなかなか取れない」ために苦戦してしまうことも珍しくない。大量のデータを集めるためには膨大なコストもかかる。
2018年創業のナレッジパレットではその課題を“日本生まれの独自技術”を用いて解決していこうとしている。
同社は理化学研究所出身の團野宏樹氏(代表取締役CEO)と和光純薬工業出身の福田雅和氏(代表取締役CTO)が共同で創業したスタートアップ。團野氏が理研時代に開発に関わった「遺伝子発現解析技術」を応用することで、細胞のデータを高速かつ正確に取得・診断し、創薬や再生医療の分野を前進させていくのが目標だ。
3月29日にはスパークス・グループが運営する未来創生ファンドを始め、横浜キャピタルや既存投資家のANRIから約5億円の資金調達も実施。組織体制を強化しながら、研究開発を加速させる。
コア技術は“理研生まれ”の細胞ビッグデータ診断技術
人間の体は約37兆個の細胞で構成されており、それぞれの細胞の中には「DNA」が存在する。そのDNAには約3万個の「遺伝子」と呼ばれる領域があり、遺伝子の一部だけが活性化している。
ポイントは細胞の種類や状態によって遺伝子の活性化パターン(遺伝子発現のパターン)が異なること。細胞の種類によって「オンになっている領域、オフになっている領域」が違うため、どの細胞にも同じDNAが含まれているにも関わらず、心臓や腎臓など別々の個性を持つ臓器が形成される。
臓器の違いに限らず、疾患のタイプや薬剤の種類によっても同様だ。かかった病気によって細胞の遺伝子発現のパターンは変わってくるし、そこに対してどのような薬剤を投与するか次第でも変化する。
つまり遺伝子の活性化パターンは有用なビッグデータであり、このデータを正確に取得して細胞の状態を診断できれば、さまざまな領域で大きなインパクトをもたらしうるわけだ。
冒頭で触れた通り、ここで大事になってくるのがデータを取得する仕組み。まさにナレッジパレットのコア技術は理研で生まれた高度な「遺伝子発現プロファイル技術(遺伝子の活性化パターンを調べる技術)」にある。

具体的には精密な実験技術により、希少かつ重要な細胞も含めて高精度に細胞のデータを取得することが可能。そこにAIを組み合わせることで、細胞の数や種類、状態を正確に診断できるという。
特徴はデータの取得精度と取得速度だ。
特に取得精度については同様の技術の性能を比較した国際ベンチマーキング大会にて、ナレッジパレットのコア技術が精度指標と総合スコアで首位を獲得。その結果は科学誌の「Nature Biotechnology」でも発表された。
AIと掛け合わせることで創薬や再生医療の課題解決へ
ナレッジパレットでは現在この技術をAIと掛け合わせ、「創薬」と「再生医療」分野の課題解決に用いることを目指している。

たとえば創薬の場合。さまざまな病気の細胞や薬剤を投与した細胞の“遺伝子発現データベース”を構築することにより、AI解析によって新しい切り口から新薬を開発できる可能性がある。
手順としてはまず特定の難病を患っている患者の遺伝子発現プロファイルをデータベースと照合する。その上で「この病気に対してどのような薬剤を適用すれば正常な状態に戻るのか」を遺伝子発現パターンの変化を基にAIで探索し、新薬の開発に活かすという方法だ。
近年は新薬の開発難易度と開発コストが高騰しており、それが製薬会社の悩みのタネにもなっている。打開策として遺伝子発現プロファイルを用いたAI創薬には以前から注目を集めていたが、データ取得の精度に課題があったことに加え、膨大なコストがかかっていた。
一方でナレッジパレットの技術を用いれば従来に比べて10〜100倍の数の化合物をまとめてプロファイルし、データベースを構築できる。1つのサンプルに対してかかる実験のコスト自体を10倍以上抑えられることもウリだ。
「これまではコストの負担が大きすぎて全遺伝子レベルの表現型スクリーニングが難しかった企業でも、それが10分の1になるのであればできるかもしれないという声をいただけています。また私たちの技術を用いれば、今まで取りこぼしていた新薬の芽に気づくことができる可能性もある。そこにも期待をいただいています」(代表取締役CEOの團野宏樹氏)

また再生医療は難病患者のアンメットメディカルニーズ(治療方法が見つかっていない病気に対する医療ニーズ)に応える仕組みとして期待されているが、生きた細胞を用いるが故に「品質のばらつき」が発生しやすい。品質がばらつけば、当然製造コストも高くなる。
この課題の解決にも「ビッグデータを測る技術が使える」と團野氏は話す。ナレッジパレットの技術では“細胞のパラメーター”を測れるのがポイント。さまざまな種類の培養条件で培養された細胞を全遺伝子レベルで診断することで、培養液の最適化を行う。
細胞を育てる培養液が最適化されれば、再現性の高い細胞製造を実現することが可能。品質が安定すれば他の医薬品と同じように製造できる余地があり、コストの削減も見込める。
スタートアップだからこそできる挑戦へ、研究室時代の同級生が再びタッグ
ナレッジパレットの創業自体は約2年半前だが、創業者である團野氏と福田氏の付き合い自体は長い。2人は東京大学大学院の同期生であり、同じ研究室で5年間に渡って共に研究に励んだ。
その後團野氏はアカデミアの研究所、福田氏は民間企業でそれぞれ研究者としてのキャリアをスタート。團野氏はバイオテクノロジーとAIを融合した研究に取り組み、一方の福田氏は幹細胞の培養研究に従事した。
研究を続けていくうちに直面したのが、上述した「細胞のばらつき」や「細胞制御」に関する課題感だ。
細胞が測れないから何が正解なのかがわからない──。研究者になって以降も情報交換を続けていたという2人は、この課題を解くべく再び集結することを決める。
「考えてみれば全ての医薬品も先駆者となる人が挑戦して、道を切り開いてきました。再生医療に関しても誰かが同じようにチャレンジをして、大きな谷を乗り越えていくことが必要だと思ったんです。そのためには研究機関や大手企業よりもスタートアップの方がやりやすい。2人の経験と技術をミックスさせればこの谷をジャンプできると考え、2018年に共同で起業することを決めました」(福田氏)
創業時点では再生医療の分野により大きな課題を感じていたが、製薬企業の人たちと話しているうちに創薬にも自分たちの技術が活用できると気づいた。
「製薬業界の方達も私たちと話す前には全ての遺伝子発現を見ながら薬のスクリーニングをすることは現実的でないと思っていたので、ニーズですらなかった。最初から選択肢に入っていなかったんです。でも技術の話をしていくうちに、そんなことができるならぜひやりたいと興味を示してくれるようになりました」(團野氏)
多くの製薬企業にとって創薬はメイン事業で、再生医療は新規事業に当たる。そのため創薬の方が事業としての立ち上がりや進捗も早い。
AI創薬事業は複数の製薬企業と技術検証に取り組んでいて、共同研究の準備も進めている状況。すでに売上も立ち始めているという。
今回の資金調達は創薬・再生医療双方の事業を加速させるのが大きな目的だ。
ナレッジパレットでは研究者を中心に人材採用を強化するほか、設備投資など研究開発体制の整備にも投資をする計画。技術開発や企業との共同研究を通じて、より多くの難病に対処できる創薬・再生医療プラットフォームの構築を目指していく。